第3話

 夕暮れの風が校舎を抜ける頃、迅は蒼馬に連れられ、警視庁の地下駐車場に降りた。


 蒼馬が運転席に乗りながら言う。


「公安から連絡があった。簡単な事情聴取だ。昨日の映像、一般家庭のログと違う反応が一件だけあったらしい」


「……僕の家、ですか?」


「まぁ、そういうことだ」


 迅の脳裏に、あの“ざらり”がよぎる。


 嫌でも胸が重くなる。


      ◇


 重い扉が閉まる。

 中にはスーツの男たちが数名。

 蒼馬の上司にあたる人物、公安警察の宗形むなかたが席にいた。


 宗形は迅を一瞥した後、資料をめくる。


「迅くん。まず最初に、君が何か危険な存在という話ではない。

 ただ、昨晩の映像の“ログ反応”が通常と違った家庭があってな」


 迅は静かに頷いた。


 宗形はスクリーンにデータを映す。


“視覚刺激に対する脳波の異常同期反応(未分類)”


「この反応が出たのは、日本で——君だけだ」


 迅の背筋が凍る。


 蒼馬が身を乗り出す。


「異常同期? それはどういう……」


「簡単に言うと、映像を“視覚以上の何か”として受け取った可能性がある。

 普通の人間は反応しなかった刺激だ」


「……それって」


 宗形は言う。


「まだ仮説だが、映像と同時に何らかの“脳刺激データ”が仕込まれていた可能性がある」


 会議室が一瞬、静まる。


 迅は手のひらが汗ばんでいた。


(……やっぱり、僕だけ何かを“受信”している?)


 宗形は続ける。


「だからといって、爆破が現実になるとは誰も思っていない。

 しかし、この技術は常識では考えられん」


 ――誰も本気にしていない。


 だが技術の専門家たちだけは、警戒を強め始めていた。


 その時、宗形の隣にいた女性研究官が口を開いた。


「迅くん、質問していい?映像を見た時にどんな感覚だった?」


 迅は少し迷ったが、正直に言った。


「……脳の奥を、ざらついたもので撫でられたような。

 気持ち悪くて、体が冷える感じでした」


 研究官が息を呑む。


「やっぱり……。

 その反応、脳深部の“非自発ノイズ”検知と一致する……」


 蒼馬が眉をひそめる。


「専門用語はいい。結論は?」


 研究官は言った。


「迅くんの脳は、

 映像を“脳内信号”として認識できる特殊な受信性を持っている可能性がある」


「受信性……?」


「普通の人は受け取れない信号を、

 この子だけが“受け取れる”体質だということ」


 宗形が締める。


「もちろん、現時点では科学的証明はない。

 だが一件だけ異常が出るというのは、偶然では済まされん」


 沈黙。


 迅は自分の手を見つめた。


(……僕だけが、あの魔法少女の“言葉にならない何か”を聞いた?)


 宗形が真剣な声で言う。


「そしたら迅くん——何か分かるかもしれない。協力してくれるか?」


 迅はゆっくり頷いた。


「……はい」


 蒼馬が横でそっと息を吐く。


「よし、決まりだ。迅、俺がついてる」


 迅は思った。


(僕だけが“聞こえる”のなら……僕が、止めなくちゃいけないんじゃないか?)


 その日の帰り際、

 宗形が蒼馬にだけ小声で言う。


「爆破なんてありえん。誰も本気にしていない。だが——この少年だけが鍵になるかもしれん」


 蒼馬は真剣な目で返した。


「アイツは普通の子ですよ」


「普通じゃないよ。Xが狙っているのは、このタイプの人間だ……

 そう考えると、いろいろ辻褄が合う」


 宗形の目は鋭かった。


「爆破が本当に起きるとしたら——君の甥が、一番最初に気づくことになる」

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