私たちの未来。Ebullient Future.
街中で腕を組んだまま、ただ待ちゆく人々とすれ違い続ける。
そんな時間をずっと過ごしていると、ようやくカホが口を開いた。
「えっと、さっきはなんであんな事を……? その、嫌ではなかったんだけど、突然すぎてビックリしちゃって……」
当然の疑問だと思う。
私たちの仲とは言え、白昼堂々、友達の前でキスを見せるのは正気の沙汰ではないと、自分でも思う。
「……嫌だったの」
「え?」
「私以外の人が、カホを笑顔にしているのを見たら、何だか嫌になったの。……ごめんなさい、変よね、唯の友達に嫉妬するなんて」
だから、正直に自分の心の内を話すことにした。
正直距離を取られても仕方のないような行為だけど、カホに隠し事をしたくはないから。
「……ふふっ、やっとかぁ」
「え?」
けれど、カホから帰ってきた反応は、軽蔑でも拒絶でもなく、ただ安堵したようなくしゃっとした笑顔だった。
「やっとって、何が?」
「だってマキ……あの契約? の日以来、ちょっと優しくなったくらいで。全然今まで通りの接し方だったからさ。……キスだって、あれ以来全然してくれないし」
カホは口をとがらせながらそう言った。
そんなわけない。私は自分に出来る限りカホを大切に愛していたつもりだ。
高校の時だって、自分の勉強を見ながらもカホに付きっ切りで勉強を教えてあげて、それ以外の時もずっとカホの事を陰ながら守って。
大学に入ってからも、学部が違うから会う時間は前よりも少なくなったけど、ずっと今日みたいに陰ながら……陰、ながら……。
(あれ? もしかして思ったよりカホとスキンシップ取れていない?)
「気が付いた?」
カホは、困ったように眉を下げながら苦笑いした。
「……ごめんなさい。私は、こっそりカホを助けていたつもりだったのだけれど……」
「その気持ちはとっても嬉しいよ。……でも私は、あなたに隣に立って歩いて欲しいって思いますっ」
私の服を控えめにつまみながら、カホはそう言った。
「それとも、こんな事を言うのは眷属失格かな? 私は、あなたに助けてもらってばっかりだもんね」
「……そんなことないわ。私は、あなたが元気でいてくれさえいれば、それが幸せなの」
「そっか」と、カホは私の言葉を噛みしめるように何度もうなずいた。
「じゃあ、マキ。私が元気でいる為に、これからはずっとそばにいて欲しいな」
本当なら二つ返事で頷きたいところだけど、カホの隣では魔法を使いづらい。
もしも、カホの目の前で魔法を使わなければいけない時が来たとしたら……。
「……マキ?」
小首をかしげて、私を不安そうに見つめるカホを見た。その時。
ブチッ。と。
私の中の理性を縛る鎖が千切れた気がした。
そうだ。細かい事を考える必要はない。
カホは、彼女は。私の眷属なのだから。
「……カホ。とりあえず人通りの少ない……ビルの間にでも行きましょう」
「えっ? マキ?」
カホの返事も聞かずに彼女の手を引いて、近くのビルとビルの間にできた空間へ急いだ。
薄暗く、空気の流れも悪い場所で、人も寄り付かない場所。
そんな場所にカホを連れ込むと、途端に彼女の様子がおかしくなった。
「そ、そんな……いくらしたいからってこんな場所で……で、でもいいよ、私、あなたなら……」
何か盛大に勘違いをしているようだけど、気にせずこちらの用事を済ませようと思う。
勝手に目をギュッとつむったカホに、ふんわりと魔法の粉を振りかける。
「きゃっ、えっ、何これ?」
「認識阻害の魔法が込められた粉よ。これをかければ、あなたは周りから一切認識されなくなるわ」
「えっ、すごい……まって、何でそんなものをかけたの? まさかっ」
顔を真っ赤にしながらわなわなと震えているカホを尻目に、私は魔法で隠してあった箒を呼び出す。
ゴミ箱の陰に隠れていた箒が震えだし、真っすぐ私の手の中に飛び出した。
私は、箒を腰のあたりに降ろして上にまたがり、顔を真っ赤にしながら何かをブツブツと呟いているかわいい女の子を見つめた。
「……はぁ。カホ、私の眷属さん。箒にまたがって、私の後ろにつかまりなさい」
「えっ? う、うん……」
私の命令に困惑しながらも、カホは素直に箒にまたがり、私の腰にギュッとつかまった。
「飛ぶわよ」
「はい? ————う、うわぁ⁉」
カホがつかまって直ぐ、私は魔法を使った。
地上から見れば見上げるほど大きかったビル群は、瞬く間に私たちの足元よりも小さくなっていった。
「ま、マキ! 私たち、空、空飛んでるよ⁉」
「そうねっ!」
顔は見えずとも、青ざめている表情が目に浮かんでくるほどカホは慌てた声で叫んでいた。
「お、おちちゃうよ! 死んじゃうよ⁉ っていうか、こんな街中で空飛んでたら、SNSとかに上げられちゃうよ⁉」
「落ち着きなさい。落ちないし、死なないから。大体、さっき認識阻害の魔法をかけたのを忘れたの?」
「そ、そうかもしれないけど!」
「……はぁ。まったく」
いつまでも騒ぐのを止めないカホにうんざりしたので、仕方なく一番近いビルの屋上にゆっくりと降り立った。
「ほら、もう大丈夫よ」
「……はぁ。本当にビックリした。マキ、本当に魔女さんだったんだね」
わざわざ魔女にさんづけして呼ぶ様に愛くるしさを感じつつ、私はカホの頭をなでた。
少し青ざめた顔色が残っていたカホの顔は、徐々に温かい色を取り戻し、段々と私の手に頭を擦り付けるようにじゃれついてきた。
「ごめんなさい、あんなに怖がるとは思っていなかったの。私が魔女であることを示すついでに、あなたにいい景色を見せてあげようと思っただけで……」
「……何をするか言わなかったのは、サプライズのため?」
「そうね。あなたをびっくりさせて楽しませるつもりだった。……でも、余計なことをしてしまったわね」
「……ううん、そんなことないよ」
カホは、撫でる手から頭を離し、私の手をそっと両手で包んだ。
「確かにビックリしたけど、今はマキの心を知れたから。だから、嬉しい」
そして、カホは優しくはにかんだ。
嬉しい。優しい。
そんなカホだからこそ、私はしっかりと伝えないといけない。
「カホ、お願いがあるの。今度開かれる【魔女集会】に、あなたを眷属として……いえ、パートナーとして連れていきたいの」
「……マキ?」
カホは、大きく目を開いて私を見た。
頬を紅く染めながら、口をパクパクと開け閉めしていた。
「あなたは、ただの眷属なんかじゃない。私の、大事な人生のパートナーとして、隣で一緒に歩いていきたいの。……いい、かしら」
あの時、私はあえてカホに、彼女とか恋人とかではなく、眷属になって欲しいと言った。
私にとっては眷属という言葉も決してごまかしではないけれど、逃げの意味もなかったとは言えない。
だから、私は改めて、カホに告白した。
彼女は、ただのモノとか使い魔とか眷属とか、そういう関係では収まらないから。
「……マキ」
カホは、私の言葉にうっとりとほほ笑みながら、私の頬に両手を添えた。
そして、カホの体温が私の唇に乗った。
「……んぅ」
「んっ……」
ただ唇を重ねているだけ。それだけなのに、とても熱くて溶けてしまいそうな熱がカホから伝わってきた。
初めての時よりも長く深いキスをして、カホは少し息を切らしながらそっと唇を離した。
「ふふっ、マキったら。まだしてほしそうな顔してる」
「……え?」
分からない。私はただカホを見つめていただけだ。
まだキスをしてほしいかなんて、そんなことをはっきりとなんて考えられない。
私はただぼんやりとカホを眺めた。
「ありがとう、マキ。あの時、眷属にしてくれるっていう言葉も、私にとっては立派なプロポーズのつもりで受け取ってたんだけど……改めて、あなたに大切にしてもらえるって分かったら、もうたまらなくなっちゃって」
えへへ、とカホは小さく舌を出していたずらっぽく笑った。
「マキ。言ってくれてありがとう。こんな私でよければ、いつまでもあなたのおそばにいさせてください」
カホはワザとらしく、深々と礼をしながら言った。
「ちょっと、 やぁよ、そんな言い方! 私たちは対等に歩んでいくんだから、もっと砕けた言い方をしてよ!」
「ふふ。今まで眷属? っぽい接し方をしてなかったから、ちょっとやってみただけだよ。言われなくても、マキは私の大事なパートナーだから」
そうして、カホは私の胸に飛び込んで、ギュッと抱き着いてきた。
「私たち、いつまでも一緒だよ。マキ。私の大切なパートナーさん」
「ええ、私たちは未来永劫、一緒よ。カホ。私の大切な……パートナー」
今の私たちの周りは、ビルの大型の室外機などが設置されていて、空気も景観もあったものじゃなかったけれど。
そんなものは何も気にならないくらい、私たちは自分の世界に入っていた。
抱き続けているカホをふと見降ろしてみると、丁度私の胸から顔を上げたカホと目が合った。
「マキ! だいすき! 私の魔女さん!」
カホの笑顔を見て、ようやく気が付いたことがあった。
魔法使いでもないカホに、私は。
とっくの昔から、愛の魔法をかけられていたんだと。
夕陽のまじない。A Spell Painted in Twilight. 砂嵐番偽 @kirisasame
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