第8話 かよわい冒険者

 良く考えてみれば、アレだ、滝登り竜を倒して持っていくより邪竜を討伐した実績の方が遥かに評価が高いのではと、ふと考えてみる。


「主人様、何か良くないことを考えていませんかね」


「いいや、何も考えてないよ。ちっ!」


「今、舌打ちしませんでしたか?」


「してない、してないよ、もう、勘違いやめて欲しいなあ」


「そうですか、なら良いんですが……」


 ジト目で俺を見るのは、やめて欲しい。


「ああ、そうだ、サリア、ひとまず冒険者登録しないとな。今日は、もう遅いから明日また待ち合わせしてギルドに行こう」


「待ち合わせ……?」


「ああ、明日ここで待ち合わせするって事で」


「何をおっしゃいますか、主人様!? 従僕が主人と一緒に居ないでどうしますか! 私も主人様の所に連れて行ってもらいます!」


 強めにきたよな、コイツ、そんな気はしていたがアンディーにどう説明すれば良いのか、ハードル高えよ。


「ええと、そうだよな。じゃあ、馬小屋にくるまって……」


 ドラゴンがくるまれるような馬小屋は無い、そして馬は怯えてショック死しそうだ。


「私は、お腹が空いているのですよ、ご主人様」


 ニヤリと笑う邪竜、このままでは、俺が丸かじりになりそうだ。


「そ、そうだよな、家の人には、新しい冒険者仲間ってことで紹介しようかな……」


「それは、良い考えですね、主人様」


 そんな訳でアンディーには、空気読んでもらうしかねえ。それからもう独立しよう、そうしよう。


 思わぬ将来設計に発展しそうな展開だが、いつまでも甘えてばかりはいられないとたった今思った。





 ◆◇◆◇


「どもーっ、初めましてワタシ、サリアですーっ」


 お前、本当に邪竜かよ!? まるでパリピ留学生じゃねぇか!

 アンディーへの最初の挨拶がコレだった。


「いや、ははは、これは家が吹き飛びそうなほど威勢のいいお嬢さんだな。僕が、家主のアンディー・バトムだよ。よろしくサリアちゃん」


 サリアが、本気出せば都市が一つ消し飛ぶと思うのだが……

 ひとまずこれで受け入れてもらえそうだな、ほっとする俺だった。


「何これ、すご、うま、アンディーおじ……にいさん、凄腕の料理人なの!?」


 微妙に空気の読める邪竜ってどうなんだよ!

 褒められたアンディーもまんざらではない様子だ。


「いやぁ、まだまだ料理は、修行中なんだがそう言ってもらえると嬉しいね。遠慮しないでどんどん食べてくれよ」


 サリアは、その言葉通りとてつもない量の料理を平らげた。さすがは、竜の胃袋である。


 夕食も一段落したところで俺は、独り立ちの件を切り出した。


「そうか、わかった。実は、俺もそろそろ大きな街で料理の修行をしようと思っていた所だったんだ。この家を使ってくれと言いたいところなんだが、なにぶん先立つものがないと腰を据えて修行も出来ないからな。すまんがこの家は、売ってしまおうと思っている」


「いや、それはいいよ。俺もちょうど旅に出ょうとうと思ってたんだよ」


「そうか……行っちまうのか」


「それな、こっちのセリフでもあるんじゃないかな」


「違いない、あはは」


 俺とアンディーは、ガッチリ握手をした。


「今までありがとう! 師匠っ!」


「ああ、精進しろよ!」


「全く、暑苦しいね。でも、ちょっといいね」


 サリアは、二ヒヒと笑う。孤独だった竜の目にはどう映ったのだろうか。



 翌朝、俺は住み慣れたアンディーの家を出る。アンディーは、まだ家の片付けがあるから言って俺たちを見送ってくれた。


 思えばスキルに絶望した俺が、腐らずやってこれたのも全て彼のおかげだ。

 ありがとう、アンディー。素直にそう思った。


「さあ、後は滝登り竜を討伐するだけだ」


 頼もしいと思う仲間を加えて準備は整いました。と言うか邪竜がいる時点で勝ち確だろ。


 サリアの冒険者登録をするためにひとまずギルドに向かう。何事もなく登録できるのか不安はあるが後悔はない。


 カウンターの受付嬢リピットに声を掛ける。


「おーい、リピットっ! 登録を頼みたいんだが」


「ああ、なんだアンタか。登録ならもう済んでるじゃん、仮面バク」


 そんな夢を喰うような名前じゃねえ。それにしても相変わらず俺にはフランク過ぎる対応だなコイツ。


「俺じゃなく、コイツの登録を頼む」


 俺の背後から現れるサリアにリピットは、少し驚いた顔をする。


「幻覚……」


「違うわっ!!」


「そ、そうか、ぼっち仮面に現実の仲間がいるとは想定外だったし。アタシの目がおかしくなったんかもと……」


 相変わらず失礼な受付嬢だ。そんな目は、潰してしまおうか。


 俺が、二本の指を立てて目潰しの構えで威嚇するとリピットは、何を勘違いしたか嬉しそうにピースサインを返す。こいつは、もうダメだ。


「ふふ仲良しだね。バツ」


 今の流れでどうしてそう思ったサリア!?

 ちなみにサリアには、俺の事をバツと呼ぶように申し付けてある。


「それでは、お連れの美少女冒険者希望の方、こちらにどうぞ」


 だから何で俺の時だけ、雑な話し方なんだよコイツ! 


「うん、ありがと、ええ~と、この紙に名前とか書けばいいの?」


「はい、職業とかお分かりでなければ適当に書いておいて構いませんので……」


 言葉は、丁寧に戻っているが、仕事はずいぶん雑だな、おい。


 と言うわけでサリアの登録は、無事に終わった。なんと言うか鑑定の魔道具みたいな物がなくてつくづく良かったと思う。


「リピット、この前の昇格クエスト受ける事にしたから申請の手続きをしてくれ」


 その瞬間、またしても冒険者の横槍が入る。その正体は、またしてもあの男だった。


「やい、やい、やい、そいつは見過ごせねえな」


 声の主は、シーザー・カラザいやシャラジャだったか、どうでもいいけど……


「そんな喋り方だったかお前!? どうして人のクエストの邪魔をしようとするんだ?」


「ふん、お前ひとりなら、どうなろうと止めはしないさ。だがな、どうやって騙したのか知らないがそのいたいけな美少女冒険者を巻き込むのは断じて許さんぞーーーーっ!」


 なる、そういうことか、シーザーにはサリアが、そういう風に見えているらしい。おおよそ、ここにいる他の奴らもそうなんだろうな、黙って頷いているのもチラホラいるし。


「あはは、コイツが弱っちいだって!? だったら試してみろよ」


 決闘というわけにもいかず勝負は、力自慢の証『腕相撲』で行われることになった。


「しかし、このレディの腕が折れてしまっては申し訳ない。ここは手加減、湯加減のさじ加減でいこう」


 サリアは、何も言わずに口元に笑みを浮かべている。コイツやるつもりだ……


「シーザー、悪いことは言わない、全力でやれ!」


「バツ、お前いったい何を……」


 その瞬間レディ・ゴーの合図とともに勝負は開始された。


 バギッ!!!!


 サリアは、勝負に使ったテーブルもろともシーザーの腕を叩き折った。腕はあらぬ方向に曲がっている。


 シンと静まり返ったギルド内、やりすぎだろサリアっ!


 我に帰った野次馬が、遅れて騒ぎ出す。


「うおおおおおおおーーっ! 嬢ちゃんが勝ったぞ! すげえじゃねえか!」


 もはやシーザーのことは誰も心配してなかった。

 野次馬冒険者に囲まれて右手を高々と挙げるサリア。


 なんだよコレ、しかし、当然と言えば当然、邪竜であるサリアにチーズサラダ野郎が勝てるわけもない。


「やってやりましたよ、バツっ」


 冒険者どもがサリナに気を取られている隙に密かになりすましを使った俺は、アリナスの姿になってシーザーにヒールを掛けてやった。これで、良しということにしておこう。


 密かに元の姿に戻った俺は、シーザーへと詰め寄る。


「これでわかっただろう。サリアの強さに問題はないよな」


「あわわわわっ、お、おととい来やがれーっ」


 まったく意味不明だが、シーザーが白旗を上げたことだけはわかった。


「リピットっ、平和的解決だ! クエストよろ!」


「がってん承知!」


 と言うわけでようやくやって来た滝登り竜討伐。

 確か途中の竜神道っう所にSランクのとんでもないバケモンがいるってシーザーが言ってたよな。

 ここはひとつ警戒レベルを軽快に高めていこう。


 しかし、前を歩くサリアは、なんの迷いもなくスタスタ歩いていく。


「やあ、ようやく戻って来れたなあ」


「サリア、お前今なんつった!?」


「いや、だから家に帰って来れたなあって……」


 あれ、なんと言うか……もしかしたら……コレって。


「家ってこの竜神道のことか?」


「うん、そだよ。ここって洞窟になってるじゃん。だから雨風を凌ぐのにちょうどいいんだよね」


 竜神道は、かなり広いトンネル状の洞窟だ。それは、ちょうど竜が身を隠すのに丁度良い大きさだ。


「お前、ひょっとして何年か前からここに住んでたりする?」


「オヒョ、なんでわかったのご主人殿」


「……………………」


 そうか……やっぱり、そうだな。はい、確定。

 ここに住んでる化物ってサリアのことじゃん!


「ああ、そのことか、そう言えば何度か訪ねてきた人間を追い返したことがあったような……」


 問い詰めた俺にそんなとぼけた返事を返す。討伐されなかったのは、死人を出していなかったからだろう。そもそも滝登り竜を狩にくる冒険者は、そんなに多くないようだ。


「あれ、あまり美味しくないんだよね。生臭いっていうか、泥臭いのが嫌いなのよ」


 流石に邪竜さんだ、食べたことがあるらしい。素材としてもイマイチだってギルドの奴らも言ってたし危険を犯して取りに来る理由がないみたいだ。


 どうしてギルドは、そんな魔物をランクアップのクエストに指定してるんだろうか、非常に疑問だ。


 当たり前だが、すんなりと竜神道を通り抜けることができ、その先には開けた場所に巨大な滝があった。


 滝の飛沫は、辺りに漂いモヤとなって視界を遮る。

 これは滝登り竜の姿も確認出来るのか怪しいぜ。


「主人殿よ、何尾くらい狩ればいいのかな?」


「ああ、呼び方バツでいいよ。呼び慣れてないと他所で間違えそうだからな。そうさな捕まえるのは一体でいいけど、何尾ってまるで魚みたいな言い方するな」


「いや、魚みたいじゃなくて魚だよ」


 どうやら竜とはいうものの滝登り竜は、細長い魚らしいのだ。食べたサリアの言うことだから間違いないのだろう。


「ほら、アレがそうだよ」


 サリアが指差す方角を見ると水の流れに逆らって滝を登る何かがいるような気がしないでもない。


「もう少し近づかないとモヤでよく見えないぞ」


 俺達は、滝壺へ向かいあらためて確認する。


「うおっ!? でけーーっ! なにあの大きさ!」


 滝登り竜は、50メートルは、あろうかという全身を鱗に覆われた生き物で遠目には、巨大な蛇のような印象だった。


「確かに尾ひれがついてるから魚なのか? でも金色とは、ちょっと意外だったな」


「おおっ! これは当たりだよ、バツ」


「なに? 当たりハズレがあるの?」


「とにかく捕獲してから説明するわ。ちょっと待ってて」


 竜に姿を変えたサリアは、最も簡単に滝登り竜を掴んで川岸に放り投げた。

 そのタイミングで剣で突いたが、デカすぎてあまり意味が無かった。結局、サリアが頭を噛み砕いてトドメを刺した。


「他の冒険者ってどうやって討伐してるんだよコレ?」


「そんなことより、早くこの滝登り竜の内臓を確認してみようよ」


「内臓? 討伐証明なら魔石を回収すれば良いはずだったと思うけど……」


 疑問に思う俺にお構いなく、サリアは滝登り竜の腹を裂いて内臓を取り出す。竜の爪ってとても便利だ。


 驚いたことにその内蔵は、体よりもさらに金色に輝いていた。


 そして胃袋の中には、同じく金色の粉が沢山詰まっていた。


「おい、サリア、これ砂金だよな!」


「せいかーい! たまに川の砂金をいっぱい呑み込んだ金色の滝登り竜がいることがあるのよね。だからコレは、当たりね!」


 なるほどそういうことか、しばらく冒険者が寄り付かなかったせいか、たっぷり砂金を溜め込んだ滝登り竜がいたってわけだ。やったぜい!


 しっかり魔石も回収した俺達は、クエストを完了して帰路についたのだった。





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