第7話 Cランク昇格試験

 俺は、Cランクの昇格を賭けたクエスト『滝登り竜』の討伐に挑むためBランク冒険者シーザー・シャラジャに声を掛けパーティーに誘った。


「はっはは、この私を誘うとは中々見どころのある奴だ。だが、しかーし、断る」


 途端にざわめくギルド内。同意するように頷く者もいる。


 先程までの分かり合えた感は、どこに行ったのかシーザーは、あっさりと俺の誘いを断ったのだった。


「どうしてダメなんだ? お前となら滝登り竜を楽に倒せると思ったんだが……」


「バツ、お前知らないのか? 滝登り竜の棲家に行くためには竜神道を通り抜ける必要があるんだ。その竜神道には、数年前からとんでもないバケモンが棲みついている。そんな道を通り抜けるなんて自殺行為だ」


「そうか、そいつは厄介だな。それで一体その化物は、何体くらいいるんだ?」


「いや、何体じゃない。そいつは単体でそこを棲家にしている。以前、王都の凄腕冒険者Aランクのシーフが調査に向かい何も出来ずに逃げ帰って来たんだ。奴は、隠密のスキルを持っていた。それでも化物の力量を見るのが精一杯だったということだ」


「へえ、それでその化物ってどのくらい強いんだ?」


「ずいぶん平然と構えているが、そいつの強さは、俺たちが束になっても敵わない」


「じゃあAランク……なのか!?」


「いや、そいつはSランクのバケモンだ!」




 ◆◇◆◇


「う~ん、実際まいったな」


 何でCランクのクエストに行くのにSランクを倒さなきゃなんねーんだよ。ギルドの設定おかしくねえか。これじゃあ連れを探すなんて無理ゲーってもんだぜ。


 俯く冒険者ばかりのギルドを出た俺は、夕飯のヤワラカラビットを狩るために森へと向かっていた。アンディーの好物でもあるヤワラカラビットの肉は、シチューにすると超絶うまいのだ。


 腹ペコの今は、可愛いより、うめえが正義なのだった。


 耳を澄まし辺りの気配を探る。わずかな草のざわつきを見逃さず獲物へと辿り着かねばならない。


 カサカサ……


「ん!? いたか! そこかっ!」


 ガサガサ、バキバキ、ドーーン!!


「おいっ! バキバキ、ドーーンってウサギが立てていい音じゃねえぞ!!」


 周りの木々をまるで割り箸の如く、へし折りながら現れたのは、一体の黒いドラゴンだった。でけぇアンド怖っ、としか語彙が浮かばない。


 確か初心者冒険者の手引きにドラゴンに遭遇した時の対処法があったはず。思い出さなきゃ確実に死ぬ。ええ~っと……


 必死に記憶を探り、その項目を何とか思い出す。


「そうだ! 確か両手を前に突き出して手のひらを合わせて……指を重ねて握るだったよな……それから……握った手を胸に当て跪く……最後に目を閉じて天を仰ぐ…………」


 いや!! ダメだろコレ! 完全に祈りの姿勢だよ!! 


 そういえば、ドラゴンからは逃げられないので諦めて神に祈るのが得策でしょう、って書いてあった気がする。ちくしょう、まったく役に立たねえ!


 もう余裕だと思ったのかドラゴンは、その動きを止めた。もうオマエ、アタマカラ、マルカジリ状態ってやつだ……


「ニヒッ!」


 俺は、笑う、恐怖でおかしくなった訳じゃない。こんな状況で余裕があるのは、とっておきの切り札があるからに違いない。


「なりすまし」


 光に包まれた俺の体は、変化し最強かどうか知らんが、アホほど強かったくだんの真っ黒魔導士の姿に変わった。そう女性化したのである。


 見た目こそ弱そうに見えるだろう、しかし、俺が出会った中でこいつアリナスが一番強いのは紛れもない事実なのだ。


「さあ、狩の時間だ!」


 増大した魔力に一瞬怯んだ黒いドラゴンだったが、すぐに我に返り、目の前の危険分子を排除する行動へと移った。


 咆哮と共に口から放たれたブレスは、正確に俺の周囲一帯を呑み込むように迫り来る。


「ロケーションバラガード」


 なりすましで彼女の能力を得たおかげで頭の中には自然と魔法の知識も備わっていた。本人の記憶まで受け継げないのは残念だが、能力の知識だけで十分だ。考えてみれば、人を殺めてきた遍歴など見せられてもこちらが滅入るだけだ。


 魔法による防御壁のお陰でドラゴンのブレスを易々と防ぐことが出来た。どうやら力量は、アリナスの方が格上のようだ。そしてここからが反撃だ。


「バラバラスラッシュ」


 薔薇なのかバラバラになるのかハッキリして欲しい。風の刃が、ヤバいほどドラゴンの体を切り裂いていく。だが実際は、硬い鱗の表層に阻まれて決定打にはならない。


 逆にドラゴンは、牙を剥き、俺を食いちぎろうとする。何度か攻撃を避けていると業を煮やしたのか、ドラゴンは、その羽を大きく広げた。

 空中からブレスを連打されたら流石にまずい。まずコイツの動きを止めないと。


「バラのツル」


 地中から伸びた無数の蔓は、ロープ状にドラゴンの体を拘束していく。それでも引きちぎろうと暴れる力は相当なものだ。いずれこの拘束から抜け出してしまうだろう。


 だが……時間は稼いだ。


「アイスローズ・ストライクっ!」


 空中に浮かんだ氷でできた巨大なバラの花が、隕石のようにドラゴンへと堕ちていく。隙の多い魔法だが、その威力は絶大だ。


 あたりの木々もろともドラゴンを呑み込み地面をも深く穿つ。


「こりゃ、俺まで潰されるーーーーっ!!」


 最大限の防御魔法をもってしても耐えられるかどうか!? いや、頑張る。


 あたりに立ち込めた粉塵が、晴れる頃ようやく森は静寂を取り戻す。なんて魔法だよ! 危うく俺まで消し炭になる所だったぜ!


 地面にできた深いクレーターの底には、信じられないことにあの衝撃を受けてなお原型を留めているドラゴン、いや黒竜の姿があった。


「マジかよ!? あの黒竜とんでもなく強かったんじゃねえのか?」


 あんな魔法を放つアリナスも化物じみているが、あの黒竜も大概化物に違いない。


『鑑定っ!』


[邪竜サナトリア・プロンプター]

 LV 581

 HP : 1/70000

 MP : 0/8000

 スキル

 気配感知 LV7

 自動回復 LV5

 黒き咆哮 LV5

 幻獣変幻 LV 10


 やっぱりとんでもないステータスじゃねえかよ。どうやら残りの魔力を全部使って防御魔法を展開したか身体強化を掛けたに違いない。瀕死とはいえまだHPを1残していた。


 ただのドラゴンじゃねえとは思ったが、邪竜とは……あぶねえ完全に相手の力を見誤っていた。


 さて、ここでとどめを刺しておくのが得策なんだろうが、どうしたものか。


 なぜ、俺がここで躊躇うのか、そんなの決まっている、カッコイイからだ。邪竜に乗って空を飛ぶ、こんなの憧れない方がおかしいだろう。


「テラヒールっ!」


 手持ちのと言うかアリナスの最上級の回復呪文を唱える。対象はもちろん邪竜だ。また襲われる可能性は、十分ある、しかし後悔はない。


 回復魔法が、効いたのかゆっくりと身を起こす邪竜。キョロキョロと辺りを見回しているのは自分が生きていることを確認するためだろうか。


「ああ、うううっ、お、お腹すいた……」


「しゃ、しゃべった!?」


 多くの年月を生きたドラゴンは、賢いと聞いたことがある。人の言葉を話せる奴もいるのだろう。


「お、おい! お、お前喋れるのか?」


「ああ、あはは、人語のことか、こんなもの憶えるのはそう難しいことではない。それより腹が減った何か食べる物はないか?」


 さっきまで死にかけていた奴の言葉とは思えない。もしかしてこの邪竜は、そのせいで気が立っていたのだろうか。


「ああ、まあ、ないこともないが……」


 手持ちの干し肉を投げてやるとバクリと飲み込んだ。でかい体だ、とても足りそうにない。


「足りん……」


「だろうね……」


「食って良いか」


「ダメに決まってるだろっ!」


「冗談だ、竜は、自分より強いものに従うものだ、お主、私を飼う気はないか?」


 飼うって……こんなでけえペットどこに住まわすんだよ。


「無理だ!」


「でかいからか?」


「そうだな」


「そうか、分かった、ちと待っていろ」


 何をする気なのか黒竜は、光に包まれてその姿を変える。なんだか俺が仮面でなりすますのに似ている。


 光が収まると黒竜の姿が消えていた。

 あれ、これ逃げられた……のか!?


「しまったああああああっ!」


 頭を抱えていると背後から聞いたことのない女性の声がする。


「お前さん、そんなに大きな声を出してどうしたんだい?」


「ああ、捕まえた竜に逃げられ……って、誰だお前!?」


「ふふ、私かい、その逃げた竜を探してやろうっていう親切な良い女だよ」


 振り返った俺の目に映ったのは、目鼻立ちの整った美人の……竜だった……


「お前、竜だろ!」


「なっ! どうして分かった!?」


 顔だけ人間になっても体が、竜のままだよ。むしろキモいよ、ソレ。


「ああ、失礼、体がそのままだったようだ。ちょっと待ってくれないか」


 えい、とばかりに竜は姿を変えた。


「これでどうかしら?」


 どうかしらと言われても……確かに今度は、人の体に変化している、しているが今度は、顔だけ竜なんだが……


「ええーーっと、わざとやってないよな」


「あああっ!? 久しぶりに変身したから上手くいかなかったんだから」


 慌てて三度目の変身をする黒竜は、ようやくまともな人型になることができた。


「じゃーん、成功したわ。褒めて褒めて」


 長い黒髪に黒い薄手のドレスを纏った黒竜は、確かに見た目は、美しいと言えたがさっきの失敗は俺に十分なトラウマを植え付けた。う~ん、なんか複雑な気持ちだ。


「良いんじゃない……かな」


 精一杯、褒めたつもりだ。振り絞って言葉にしたよ。


「ええっ!? なにそのそっけない感じ、ミステリアス美少女の爆誕にその感動の無さは! 自分だってさっきは女の姿で今は男って性別ハッキリしなさいよ」


 叱られた、邪竜に叱られる奴ってどうなの俺。

 気を取り直して邪竜に本題の要件を伝える。決裂すればそれまでだ。


「あのな、お前よかったら……」


「ああ、いいだろう、私もそのつもりだった」


「いや、俺まだ何も言ってないだろ!」


 見透かすような邪竜の返事に戸惑いながらもこいつもしかして心が読めんじゃねえだろうかと疑いの念にとらわれる。


「そうだ、私はお主、いや主人の気持ちを汲み取ることができる。何故ならもう契約は、終わっているからな」


「えっ!? 契約ってアレか! 願いを叶える代わりに魂を捧げるみたいなアレか!!」


 さすが邪竜め! やりやがったな! いつの間にそんな儀式を……


「主人よ、なにか勘違いしていないか? 確かに私は、察しの通り邪竜だがそんな悪魔どもみたいな契約は結ばぬ。闘いで負けた私は、主人様と主従契約を結んだだけのことだよ」


「主従関係……って俺は、お前の支配下に置かれたのか!?」


「ああ……あの……主人様は、バカなのですか? 負けた私が従僕になるのが当然でしょう。今日から私が貴方様の命に従うという事です」


「そ、そうなのか、いや、知ってた、冗談だよドラ子よ」


「ドラ子って何ですか!? 私にはサナトリアと言うちゃんとした名前がありますが!」


 何だか、語尾が安定しない奴だな。偉そうなのか、そうじゃ無いのかハッキリしなさいと言いたい。


「なら、今日からお前をサリアと呼ぶが、それで良いか?」


「サリア、その呼び名は気に入りました。私もこれからは、主人様に相応しいキャラ付けで参りましょう」


 キャラ付け、言うな! しかしブレブレの話し方よりマシか。


 と言うわけでウサギを狩にきてタナボタで邪竜を手に入れてしまった俺だった。ようやく仲間ゲットだぜい!





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