第4話 暗黒騎士

 ドク、ドク、ドクッ、激しい鼓動はまるで毒を受けたかのように苦しい。上手いこと言ってる場合じゃない。今の手持ちでできることをしなければ待っているのは今度こそ地獄だ。


『鑑定』


[暗黒騎士ブラッキー]

 LV 794

 HP : ????/????

 MP : ????/????

 スキル

 ぶらっとまつり


 レベル高え!! LV 794ってこっちが泣きたくなってきた。


「しかもネームドじゃねえか!?」


 名前の付いた魔物は、通常より強いとされていると昔、爺さんから聞かされた記憶がある。


 スキルも物騒で震えるが、それだけじゃなく肝心の戦闘力が見えない。鑑定スキルのレベルが低過ぎるせいだ。数値的には、万は超えているのだと予想できる。


 終わった、完全に詰んだ……


 今の手持ち装備は、『折れた包丁の柄』『汚れた村人の服』『折れた心』以上だ。


「しかし、それにしても、どうなんだ?」


 俺が、あれこれ考えている時間(主に雑念)にどうして暗黒騎士は、攻撃を仕掛けて来なかったんだ?


 余裕か……? それとも小物には、興味ないってことか? なら俺は一生超小物でいい。


 スキル名からすればかなり好戦的な奴っぽいんだがな……


 待てよ、こちらの攻撃が、戦闘開始の合図になってるとかあり得るかな。だとすれば少し冷静になって考える時間があるってことだ。いずれにしても奴が人形のように突っ立っているうちに知恵を絞るしかない。


 確かあの時メルシアは、役に立つスキルと俺に言った。それと『仮面師』を高める能力だとも……


 それならまず仮面を錬成しなければならない。しかしここには、素材になるような鉱石やガレキひとつ落ちていない。よく片付いた綺麗な部屋だ。


「クソっ! この掃除好き野郎がっ!」


 思わず手に持っていた包丁の柄を投げ付けそうになるが思い止まる。これが戦闘の合図になったら目も当てられない。


「ん!?」


 あったよ素材!

 木製の包丁の柄は、十分に素材となる。


「仮面錬成っ!」


 発動したスキルは、包丁の柄を仮面へと変えていく。出来上がったのは、やはり鋭い目がくり抜かれたノッペリとした不気味な面。せめて道化のようであれば、売ることも考えたんだけどな。


 仮面を手にした俺は、そこで想定外の事態が起きたことに気が付く。それまで電池が切れたように動きのなかった暗黒騎士が、腰元の剣を引き抜いてこちらに向かって構えたのだ。


「うおっ、ま、まだ何も用意出来てねえのに……」


 どうやら戦闘のスタートボタンは、俺がスキルを使ったタイミングで押されたようだった。

 ゆっくりと加速して迫る暗黒騎士、速さよりも力で薙ぎ払うタイプなのかもしれない。


 真上から振り下ろされる剣は、風圧だけで吹き飛ばされそうだ、ふぎーーーーっ、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。一刀目をかろうじて避け切れたのは、曲がりなりにも100倍の経験値でレベル上げをしたおかげだが、当たったらそのまま地獄ツアーにご招待という流れになりそうだ。


「しかし、エグいなコレ! 何で初心者ダンジョンでこんなボスがいるんだよ!?」


 暗黒騎士が振り下ろした剣の道筋は見事に床を抉り取っている。コイツがいればトンネル工事も一瞬で終わりそうな勢いだ。


 間髪入れず、今度は横凪の剣が、周りの柱を切り倒しながら飛んでくる。柱の影に身を隠しながらも切り倒した瓦礫の欠片が俺を襲う。たまらず錬成した仮面で防御すると容易く面は、砕け散った。


「ぎゃーーーーっ!!」


 最後の頼みの仮面が、粉末調味料みたいに香ばしく……


「ああっ、もう、これは……」


 いよいよ万策も尽きてしまった、暗黒騎士は、俺が逃げられないと悟ったかメチャクチャ剣を振りがぶっている。とうとう俺自身が粉末調味料になる時がやってきた。いやどちらかと言うと肉骨粉かな。


「ごめんな……ミスティア……」


 俺が、冒険者にこだわった本当の理由……ミスティア……叶わぬ夢だったのかもしれない。


 せめて暗黒騎士に一矢報いようと床の瓦礫を拾い、投げ付けてやろうと考える。できれば傷の一つでも付けてやりたい。


 ドオオオオオン! ガラガラガラガラ!!


 暗黒騎士が、容赦なく剣を振り下ろすと途轍もない斬撃と共にもくもくと粉塵が舞い散り、辺り全ての視界を奪った。


 仕事を終えたとばかりに暗黒騎士は、その剣をカシャリと鞘に収めた。


 また、次の挑戦者が来るまで退屈な時間を彼は過ごす予定だっただろう。暗黒騎士に感情があるのかは分からないが元の位置に戻りかけた彼が気配に振り返った時、少し慌てたようすを見せたのは確かだった。急いで剣を引き抜こうとしているのがその証拠だった。


 それもそのはず、暗黒騎士の目の前にいたのは、自分と全く同じ姿の暗黒騎士だったからだ。


「驚いただろっ、まあ、俺も驚いてるんだけどな」


 暗黒騎士の最後の攻撃の瞬間、俺は拾った瓦礫を投げずに石の仮面へと変えた。そしてその面を装着して『なりすまし』のスキルを使ったのだ。

 何の根拠もない直感だったがダメでも奴が驚けばいいやくらいには考えていた。そして今は、予想を良い方に裏切り、姿だけじゃなくその力さえもなりすますことができているようだった。


 そう俺は、『暗黒騎士』になりすませたのだ。

 それでも新米の暗黒騎士には違いないのだが、まだ戦える、その希望だけで十分だ……


 俺を見た暗黒騎士は、怒りの波動を拡げると先程とは比べものにならない力を解放した。つまり今まで手加減していたんだろう。


 こちらも力を振り絞って腰に携えられた剣を引き抜く。武器まで錬成されていたのはありがたい。


 お互い初手の剣を交わす。激しい火花が飛び散り暗黒騎士は、体をのけ反らす。どういう訳かスピード、力とも俺が優っているように感じられる。


 奴もそれを感じ取ったのかさっきの大技を繰り出そうと剣を振りかぶる。


「だが、それは悪手だぜ!」


 暗黒騎士になりすました俺には、同じ技が当然使える。俺も剣を振りかぶった。


「「ダークネス・クラッシュ!」」


 同じ技同士が激しくぶつかり合い、本来は相殺されるはずだった。だが俺の剣は、暗黒騎士ブラッキーの技を押し返し、そのまま本体を粉砕させた。


 呆気ないほどの決着、ブラッキーは、粉末となりその姿を消した。完全に終わったのだ。


「いやったああああああああああああああぁぁぁっ!!!!」


 勝利の喜びと新しく得た力、そして何より生き残った安堵感、色々な感情が押し寄せその場に俺は、へたり込んでしまった。


 しばらくの余韻の後、暗黒騎士を倒した辺りにドロップアイテムがあることに気が付いた。


「おお、これは!?」


 ドロップしたのは、黒い剣にマジックバッグ更に瓶に入った謎の粉末だった。


 ヘトヘトなので『鑑定』は、帰ってからだな。


 予想通り部屋の奥には、青い光の転送陣が浮かび上がっていた。俺は、今度は迷いなく、その帰りの転送陣に飛び込んだ……



 ◇◆◇◆



 目を覚ますと見覚えのあるベッドの上だった。どうやらアンディー家の俺の部屋に無事に帰ってきたようだ。ほぼ無意識だったにもかかわらず、よく戻って来れたもんだと思う。酔っ払いが、ちゃんと家に帰るみたいな遡行スキルなのかもしれない。


「昨日は、大変だったな」


 ひとり呟いた俺は、起き上がろうと体を動かすが激痛に身をよじる。


「ぐわあああああ!」


 その声に反応したのか、生アンディーが部屋に飛び込んできた。


「ど、どうした、今のガチョウの首を締めたみたいな音は!?」


「ああ、心配ないよ。激痛に耐えきれず俺の脳みそが、ガチョウみたいな鳴き声を出せと命じただけだ。俺を焼いてもローストチキンにはならない」


「ちくしょーつ! せめて七面鳥だったら良かったのに」


 七面鳥の鳴き声だったら捌かれていたんだろうか……それならローストライルだ。


 帰ってきてすぐぶっ倒れた俺は、アンディーに事情(言いわけ)をする間もなかった。

 それでもアンディーは、危ない目に遭うまでダンジョンを彷徨った俺のことを全く怒らなかった。さすが器が違うぜ生アンディー。


「アンディー師匠、ごめんなさい……」


 素直に謝罪する俺にアンディーは、全てを察しているかのように笑った。


「はははっ、わかってる、わかってるさ。ビビって入れなかったんだろダンジョン」


 まったくわかってねえええっ!

 俺は、ダンジョンでの経緯を全てアンディーに話した。


「そうか、そんな事があったのか……」


 驚きながらも、そこには弟子を労わる気持ちしか感じられない。無事だったことを素直に喜んでくれているようだ。


「あと勝手に持ち出した師匠の包丁を折ってしまったんだ。本当にごめん」


「えっ!? マジか!? 勝手に……折って……」


 みるみる険しい表情に変わるアンディー。

 あれっ、なんか俺、いま地雷踏んだ……のか。


「どおりで無いと思ったらお前が犯人かあああああっ!」


 激痛で動けない俺をアンディー師匠は、ボコボコにした。更に激しい痛みに襲われた俺は、やがて気を失った……



 再び俺が、目を覚ますと家の中になんだか良い匂いが漂っているのに気が付いた。

 誘われるように身を起こす、アレだけ酷かった体の激痛も今は感じない。これが若さだろうか、すっかり回復しているようだった。


 キッチンへ向かうとアンディーが鼻歌混じりに料理をしているのが目に付いた。

 どうやらもう機嫌は、治ったらしい。


「おはよう、師匠」


「おお、ラララ、ライルか、調子はもう良いのか?」


 鼻歌と俺の名を混ぜるのはやめて欲しい。


「ああ、それなんだけど、起きたらすっかり回復してるみたいなんだ。不思議なくらいにね」


「そりゃ、そうだろ。なにせ俺のマッサージスキルを使ったからな」


 ええっ、もしかしてブン殴られたのマッサージスキルだったのか! どんだけこの人スキル持ってるんだよ!!


「そ、そうなんだ。そりゃありがとう」


「おう、気にすんなって、可愛い弟子の為だからな」


 それにしても包丁がないのに随分ご機嫌だしどうやって料理してるんだろう。


 近づいて確認するとアンディーは、黒く長い刃物で野菜をカットしている。


 おいっ、それ暗黒騎士の黒剣じゃん!?


「これか? 見慣れない包丁があったから代わりに使ってるんだよ。お前が、買っといてくれたんだろ。すげー切れるぜ、ありがとな」


「ああ、うん、そうだね……」


 そりゃ、切れるはずだ、ボス部屋の柱も簡単に切り裂いていたし……今更本当の事は、言えねぇ。


「さあ、出来たぜ、食べな」


 テーブルに並べられた料理は、悔しいが今まで出てきた中で一番美しい見た目をしていた。あの切れない包丁と比べると切り口がとても鮮やかだった。


 二人でテーブルに着くと俺は、アンディーに促されるようにジャガイモと肉の煮込みを口にする。


「う、うめーーーーっ!!」


「だろっ! 一緒にあった瓶の調味料も使ったせいだろうな」


「ブーーーーッ!」


 マジかよ……

 それ、暗黒騎士のドロップアイテムだよ。本当に粉末調味料だったのか?


 思わず食べた料理を吹き出しそうになる俺。大丈夫かよ、なんだか呪われそうなんだが……


「ア、アンディー師匠、大事な事忘れてたよ、お、お祈りしないと、それから食べようぜ」


「ふうん、おかしな奴だな。今までそんな事言ったことないだろ。まあ、いいよ、そうしようか」


 俺は、アンディーと念入りにお祈りしてから食事をしたのだった。




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