第2話 初めてのダンジョン

「うおおおおおおおおおおーっ!」


 もちろん俺の声だ。

 アンディーの元で修行を終えた俺は、アンディーから借りた金で冒険者登録をしアンディーに教えてもらったダンジョンに来ていた。


 そう全てアンディー頼りだ。

 いつかお返しすれば良いと思っているから今は感謝するのみだ。いわゆる出世払いという民主主義経済に則った正しい考え方だ。ちなみにいつかというのは5日ということではない。いつか、きっと、多分という気持ち的なやつだ。


「さて、やるか!」


 ロクな装備もないため俺の主戦力は、右手に持った包丁。もちろんアンディーの台所にあったやつだ。


 ここはコモノ村の森の外れにある初心者向け超ダンジョンだ。大した魔物はおらずソロでも訪れる冒険者は多い。


「このアンディソードで魔物達を料理してやるぜ」


 ある意味正しい包丁の使い方かもしれないのだが、こいつのささやかな戦闘力では料理されるのは俺の方かもしれない。


 おっと手が震える、これが武者震いってやつか!

 と言うか凄え震える。いやちげぇ、これ地面震えてるよな!


 何かが、地面を震わせながら近づいて来る。


「やばっ! こいつは、とんでもない強敵が現れたに違いないぜ」


 高鳴る心臓を押さえつけるように包丁を構える俺。ここは師匠直伝のあの技を試す時がやって来たようだ。


 こんなダンジョンの入り口付近でもうこれを試すことになるとはな……


 俺は、手のひらを広げて人という文字を書く。

 そしてそれを一気に飲み込んだ。へっぽこ奥義『緊張バイバイ』だ!


「ちっくしょうめ! 全くきかねぇ!」


 心臓の鼓動は、一ミリも治まらない。信じた俺がバカだった……


 ならば……最後の最後の手段だ!

 俺に残された技。


『ESCP』


 つまり、エスケープだ!

 全力で逃げるしかない、とにかく冒険者は、命大事にが基本だ! そうこれは、戦略的撤退なんだよ!


 ゴロゴロ迫り来る振動、そして逃げる俺。もう包丁すら捨てて身軽になりたい。


 気がつくと振動は、おさまっており脅威は去ったかのように思えた。


 やった、いや、やってないけど逃げ切れたのか!?


 振り返った俺の目に映ったのは、一匹のスライムだった……


「あれ? もしかして追いかけてきてたのスライムだったのか?」


 何だよ、ど畜生め、俺の緊張を返しやがれってんだ。スライムといやあ泣く子も黙る最弱モンスターだ。そりゃそうだよな、ここは超初心者ダンジョン『チュートリア』だ。厄介な難敵がいるわけない。


 ダンジョンの長めの通路でスライムを迎え撃つ心の準備をする。しかしさっきの地響きは、なんだったんだろう? そんな考えが頭をよぎるが、初めての戦闘で余計な雑念は捨て去れ俺。取り敢えず手のひらに書いた人を補給しておこう。


「確か、スライムの攻略法は……」


 俺は、アンディーがくれたメモを取り出した。メモには、初見でのモンスターに役立つ情報が書かれているとのことだった。アンディーの家から持ってきた、いまいち明るくないランプの光でメモを読み取る。


 <メモ>

 スライム……


 あった、これだ!

 スライム……そのまま、ゼリーのように食べても美味しいが、炒めた野菜とあえて餡掛けにしても健康に良い。


 うるせーーーーーーっ!

 思ってたのと違う。

 おいコレ料理レシピじゃん。確かに包丁持ってきてるけど!


「だが、スライムくらい自力で倒せなきゃ冒険者として失格だな……」


 ……ガンバ…レ……


「ん!?」

 気のせいかどこかでそんな声が聞こえたような気がした。


 遠くに見えるスライムは、こちらに向かってきているのかまたダンジョンの壁は震え出した。と同時に俺のハートも恐怖に震える。他の冒険者もスライムと遭遇するとこんな体験をしているのだろうか?


 スライムは、ゴロゴロと回転しながら近づいてくる。


「こいっ! 包丁で真っ二つにしてやらい」


 近づいて来るスライムは、段々とその大きさを増して……


「で、でけえ!?」


 いくらなんでもデカすぎるだろっ、ダンジョンの通路いっぱいじゃねえか!?


 遥か遠くに見えていたスライムは、既にイメージ通りの大きさだったということはつまり……コイツは元々とんでもない大きさだったということだ。こんなへっぽこ包丁では、俺の方が丸かじりだ!


 さっきからずっとダンジョンが震えていたのは、コイツが壁を削りながら移動していたのが原因だった。直径はラクに5メートルは超えてんじゃないか!?


 このままでは奴に飲み込まれる。運が良くても窒息だ。こんなデカいゼリーを食べ尽くす修行はしていない。


「あわわわわわーっ」


 終わった……完全に詰みだ……

 スライムの移動は、速く俺の足では逃げきれない。ましてや回避する隙間すら無い。


「それなら……」


 俺は、冒険者らしく腹を括ることにした。そう、コイツに立ち向かう覚悟を決めたのだ。


 包丁を構え、奥義の名を口にする。


「へっぽこ奥義、三枚おろし!!」


 もう剣の技名じゃない。しかしアンディーは、この技で淡水ブリを捌いて料理してくれた。ああ、美味しかったなあの照り焼き……


「ちょっ、これ走馬灯じゃん!!」


 死ぬのか? 俺、死ぬのか!?


 包丁が、スライムを少し傷つけたような気がしたが、俺の体はアッサリとスライムに飲み込まれた。


 ああ、最後に冒険者として闘えて良かった。呑み込まれたスライムの中で俺の体は光を放ち消えていく。人の最後って案外痛く無いんだな。そんなことを思いつつ、親切にしてくれたアンディーへの謝罪を口にする。


「包丁、返せなくてごめん……」


 そのまま俺の意識は、遠のいていった…………







 どの位の時間が、経ったのだろうか、意識を取り戻した俺は、辺りを見回す。

 薄暗い空間にひとり横たわっていたようで身を起こしてもここが何処だかわからない。


「真っ暗だな、俺はスライムに呑み込まれてそれから……」


 ハッとして現状を察した。何も見えない暗い世界……多分だがここは、アレだ、地獄じゃ無いだろうか。


「いや何でだよ、お、俺地獄に堕ちるような悪いことしてねぇよ!!」


 思い当たるのは、アンディーの包丁を勝手に持ち出したことや戸棚にあったお菓子を勝手に食べたことやポーションを勝手に飲んで代わりに青汁を入れておいたことや勝手に借りたアンディーの本の挿絵に髭の落書きをしたことや勝手に乗り回した馬のあぶみを壊してトライアングルを結んでおいたことや……


 やばっ! おれ、勝手が過ぎている!


 うおおっ、こんなの地獄に堕ちて当然だよっ。

 もう、死のう、これは救いがない……いや、もう死んでるか。包丁も返してないしアンディーも魚を捌けず丸焼きで食べながら困ってるよな。


 罪の意識に囚われながらも暗闇に目が慣れてきたのかあたりの様子が段々とわかるようになってきた。


 岩肌に囲まれた洞窟のような空間、そしてダンジョンに入る時に用意した道具類が辺りに散らばっている。幸運にも安いランプも近くに転がっていた。


 恐る恐る、ランプを操作すると何事もないようにそれは火を灯し辺りを照らした。


「ありがてえ、どうやらまだ生きているみたいだ」 


 思った通りここは、ダンジョンの中らしい。しかしどこにいるのかはわからない。目に付いた装備を拾い集めた俺は、出口を求めて進むことにした。わからないことだらけだがひとつの仮定として考えに至ったのは、呑み込まれたスライムの体内にあった転送陣によってここに飛ばされたのではないかという可能性だ。

 光に包まれた瞬間、俺が見たものは青く光る魔法陣だったように思えた。多分、きっと……


「わかんねーっ! そうだとしてもなんでスライムの中にそんなもんが……」


 とにかく情報が少な過ぎる、今は、それを考えてもしょうがない。ここは、ダンジョンからの脱出を最優先としよう。


 そんな俺の願いを裏切るかのように辿り着いたのは、行き止まりの小さな地底湖だった。


「こ、こんなところに湖だと!? しかもメッチャ水が綺麗じゃん!」


 喉が、乾いていた俺は、誘われるようにその水を掬って飲んでみた。うめぇ! アンディーの馬の水飲み場の水に比べるとドブ川と岩清水くらいの違いがあるだろう。


 喉が潤ったこともありあらためて湖を見渡すと中ほどにミニ小島のようなものがあることに気が付いた。

 しかもほのかに光を放つ何かがある。


 もしかして転送陣なのか!? 微かな希望が、俺に力を与えてくれる。


 これで懐かしいアンディーの家に帰れる! いやそうじゃねえ、出てきたばっかりだしアンディーの家に戻るのが目的じゃない!


 と言いつつも心配してるだろうなアンディー、ダンジョンは、人の時間の感覚を狂わせる、もしかしたらもう千年くらい過ぎてるかもしれないし……


「それなら、アンタ生きてないでしょ!」


「だよねーっ……って誰だ!?」


 こんな所に他に誰かいるのだろうか? 不意に突っ込まれたんで素で答えてしまったがどうにも怪しいとしか思えん。


「よし、とりあえず攻撃しとこう」


 迷ったら負け、冒険者は迷ったら負けなのだ。

 ダンジョンの迷路でも迷ったら無事に帰れないのと同じ理論だ。


 確認もせず、声のする方へ包丁を振り回しながら向かって行く。

 近づくにつれてぼんやりした光が、声の主を照らし出す。


「お、お前、ちょっ、ちょっと待てぇ」


 声の主は、スライムだった。しかもその体は、金色に輝いている。


「な、なんだと!? デカくないだと!」


「いや、アンタ、驚くのそこ!? もっとこう色とか神々しいとかあるでしょ!」


 俺は、またスライムに突っ込まれた……こうなったら文字通り口を封じるしかない。


「うりゃーーーーっ」


「待てってんだろうがっ!!」


 あまりの気迫に押されようやく手を止める俺。気がつくとミニ小島の中程にいる。今更だが小島にミニを付けるのもどうかという話だ。


「なんだよ、俺の初討伐を邪魔しないでくれ!」


「いや、その討伐されそうなのアタシなんだけど」


「お、お前、もしかして……」


「ふふーん、ようやくアタシの特別さに気が付いたようね。まったく遅いったらないわよ」


「お前、女子なのか!?」


「ちげぇだろーーっ! そこじゃねぇ! 違わないけど!」


「良くないぞ、女子が乱暴な言葉づかいして」


「ああ、わかったわ、アンタにもう何を期待してもダメだってことが」


 金色のスライムは、心底しょっぱい表情になった……ような気がした。


「いい、聞きなさい。その前にハイ正座っ」


 俺は、スライムに正座させられた……

 ダンジョンで魔物に正座させられた冒険者って世界で俺だけなんじゃないだろうか。

 そんな気持ちにお構いなくスライムは、話を続ける。


「パンパカパーン、おめでとうございます! あなたは、このダンジョンの10,000人目の冒険者です。そこで記念に特別な何かをお贈りします。パチパチ」


「はっ!? スライムが喋った!?」


「今かよ、それ!?」


 それが俺の初めてのダンジョンでの出来事だった。






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