第33話 クラス演劇が百合すぎる。

 文化祭開幕からすでに数時間が経ち、正午を周ったころ。

 体育館の袖では私たち一年A組が演劇の準備を始めていた。


「……はい、唇んまんまして」

「んまんま」

「よし、できた」


 ぱたぱたと忙しなく人が行き来する体育館の端っこで椅子に座って向き合いながら、私はこころちゃんにメイクをしてもらっていた。

 手渡された手鏡に映る私は、なんだか私じゃないみたいで不思議な気分になる。


「かのんちゃんかわいい〜」

「こ、こころちゃんのお化粧が上手なんだよ」


 ……いや、ほんとにほんの少しだけ私もかわいいかもしれない。

 お化粧パワーのおかげで自己肯定感もアップしてる。


「そうかな? じゃあ文化祭が終わったらさ、あたしがメイク教えてあげるっ!!」

「……いいの?」

「いいの。それにさ、あたしも何かしてあげたいの」


 そう言うとこころちゃんは椅子とともに私に体を寄せる。


「……あたし、かのんちゃんにしてもらってばっかりだから」


 こころちゃんは儚げな瞳で私の方を見た。


「ほんとに、ありがとね」


 私の胸がとくんと音を立てて、暖かいものが体中に広がっていった。

 でも、まだ救われた気分になるには早いぞ、私。


「もうこころちゃん、本番はこれからだよ?」

「あはは、そっか。そうだった〜」


 こころちゃんは頬をかきながらぎこちなく笑う。


「……アンタら、ずっとイチャイチャしてんね」


 ふと、後ろから低い声が聞こえてきた。

 振り向くとそこには、男子用の学ランに身を包んだ華奈さんが立っている。


「いや、あたしたち恋人役なんだから。役作り役作り」

「それを言ったらアタシだってかのんとちょっとお近づきになるし……今から役作り、しよっか?」

「や、いいです……」


 しばらくそんな風に会話を交わしていると、文化祭の実行委員の人が私たちを呼びにきた。


 いよいよだ。

 決着をつけに行こう。


 私はぎゅっとこぶしを握って、立ち上がった。




 △▼△▼△



 『notice』は春夏秋冬の四場面からなり、四季が起承転結に対応している。

 全ては冬の「告白」へと向かい、この演劇そのものが――へのの布石。


 如月 かのんによる『百合プロデュース』、最後の幕が開かれる――。




 春――芽生えの場面。


 淡い桃色のライトに照らされたベンチに、桃香と愛里が並んで座っている。


「愛里、私たち、高校生になっちゃったね」

「高校生かぁ。実感ないなぁ」


 愛里が空を見上げる。桃香は肩にもたれたまま、静かに言葉を重ねる。


「…………ね、桃香ちゃん」

「うん?」

「あたし、好きな人がいるんだ」


 思わぬ告白に、桃香は目を見開く。


「えっ、ほんとに? ……ねね、誰なの? 同じクラス?」

「それは……秘密。まだちゃんとは言えない。でも、ずっと見てるだけじゃダメだなって思って」


 桃香は一瞬戸惑い、目を伏せたが、小さく頷く。


「私も、いるかも。好きな人」

「桃香ちゃんも?」

「うん。同じクラスの男の子なんだけど……なんか、かっこいいなぁって」


 愛里の指先が膝の上でそっと組まれる。


「じゃあさ、お互いのを応援し合おうよ」




 夏――揺らぎの場面。


 夕暮れの校舎の廊下。クラスのイケメン男子、挾間はさま蓮斗れんとが立っている。

 そこへ桃香がやってくる。


「……あ、お疲れさま~蓮斗くん」

「ああ、お疲れ」


「この前のプリント、ありがとね」

「いやいや、当たり前のことしただけだから気にすんなよ」

「でも、けっこう助かったよ」

「そっか。地味に役に立ててよかったわ」


 ふたりは笑い合う。空気は穏やかで、でも微妙ながある。


「蓮斗くんって、意外と話しやすいね。もっとクールかと思ってた」

「よく言われる。でも、話すの苦手ってわけじゃない。相手によるけど」

「そっか……なんか、わかるかも」


 笑いながらも、桃香の視線にはわずかな迷い。


「休日は何してるの?」

「ゲームとか映画かな。家でゴロゴロしてる」

「意外とインドアなんだ」

「そっちは?」

「私はカフェとか行ったり、マンガ読んだり。アウトドア寄りかも」

「じゃあ正反対だな」

「でも、話は合うかも。……たぶん?」

「そうかも。いや、合ってる? これ?」


 ふたりで笑い合うも、どこか温度が違うまま挾間は去る。

 桃香は一歩踏み出しかけて、足を止めた。


(話せて嬉しいはずなのに、なんでだろう……)


 場面転換。坂道を並んで歩く桃香と愛里。


「ねえ、愛里。最近、ちょっとずつ話しかけてみてるんだ」

「……好きな人に?」

「うん。この前、廊下ですれ違ったとき、ちゃんと挨拶できたの」

「おぉ、すごいじゃん。進歩だね」


 愛里は笑って肩を軽く叩く。


「話せると嬉しい。でも、すっごく緊張して……言葉が出てこなくて」

「ふふっ、桃香ちゃんらしい」

「でしょ? ……でも、こういうのって本当に恋なのかなって」


 愛里は少し足を止め、前を向いたまま答える。


「恋って、形はひとつじゃないから。それよりもさ、もっと好きになれた? 話せたぶんだけ」


 不意を突かれ、桃香が止まる。


「え……う、うん……話せて嬉しかったけど、ちょっと思ってたのと違ったっていうか」

「……わかるよ。期待と違うと戸惑うよね」


 愛里は笑顔を向けるが、目元だけが笑っていなかった。




 秋――ざわめきの場面。


 図書室。夕焼けの光が差し込む。

 愛里が本を閉じ、桃香が遅れて入ってくる。


「……ごめん、遅れちゃった。それで……どうしたの?」

「さっき、挾間くんに告白されたんだ」

「…………え?」


 桃香は言葉を失う。愛里の口調は穏やかだが、どこか遠い。


「で、どうしたの? 愛里は、なんて言ったの?」

「ありがとうって。でも……時間が欲しいって答えた」


 優しすぎる返答が、今の桃香には痛い。


「……そうなんだ」


 胸がざわつく。


「ねえ、桃香ちゃんは……どう思った?」

「えっ……?」

「あたしが挾間くんに告白されたって聞いて……どう思った?」


 感情を押し殺しながらも、愛里の目は桃香を見つめている。


「……別に。驚いただけ。ほんとに、それだけで……」

「うそだ」

「……!!」

「さっきから、あたしの顔、見てない。そんな桃香ちゃん、初めて見たかも」


 反論もできず、桃香は俯く。


「……ごめん。ちょっと変なこと言ったね」


 愛里はそれ以上言わなかった。ただ、その背中は気配を宿していた。


 図書室には静けさが満ちていく。

 夕焼けの光が、ふたりの顔を照らしていた。

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