第32話 文化祭は青春すぎる!?④

 その後、ゲームは三周したが未だに佐久間さんが怯む様子はない。

 私のナマモノカプ妄想シリーズはそろそろ底をついてしまう。


 こころちゃんの聖さんセクハラシリーズはまだしばらく底を尽きなさそうだが……。


「じゃあぼくね、ぼくの×××は××××の××××なんだよね~♡ しかも××っ♡」


 相変わらず佐久間さんは平然とすごいことを言っている。


「そ、そんなことどうでもいいって!!」

「そう? けっこう自慢なんだけどなぁ~♡ あ、かのんちゃんもきっとそうだよ♡」

「ちが……って言いませんからっ!!」 


 私とこころちゃんは佐久間さんに翻弄され、もうすっかり冷静さを欠いてしまっていた。


 ふいにとんでもないことを言ってしまいそうで怖い。

 でも私はそろそろ佐久間さんが言うレベルのデッキを出さなければいけない段階だ。


「……国語の先生と数学の先生で妄想してました」

「もーかのんちゃん、次からそれ禁止ね~?」


 あ、終わった。


「さあ、こころんもそろそろハードル上げてこうよっ♡」

「わ……わかったよ」


 こころちゃんが覚悟を決めるようにこぶしをぎゅっと握って、顔を上げる。


「あたし聖と電話してるとき、たまに……その」

 

 ぴりぴりと、薄暗い空間に緊張が走る。



「……や、やっぱ無理っ!!  負け、あたしの負けっ!!」



「こころちゃんっ!?」


 そんなぁ!!

 普通に続きが気になるんだけど!!


 ぱたんと後ろに倒れていったこころちゃんを、佐久間さんは楽しそうに見つめている。


「じゃあ、かのんちゃんとぼくの一騎打ち、だね? かのんちゃんが勝ったらこころんも出してあげるよ♡」

「ごめんかのんちゃん!!  頑張って!!」

「ぐぬぬ……」


 私は羞恥で燃えるように熱くなっている胸をぐっと押さえながら佐久間さんと向かい合う。


 このまま恥ずかしがって、躊躇っていてはいつまで経っても出られない。

 かと言って私のディープなことを佐久間さんに言ったところできっと喜ばれるだけだ。


 ならば、私がとるべき行動は。


「じゃあいくよ? ぼくは××××は×××に××で、××××も好き〜♡」


 佐久間さんはゆらゆらと揺れながら、ハーフツインにした髪を軽くつまんで左右に振り回している。


 私は息を大きく吸って、佐久間さんの方に身を乗り出した。


「佐久間さん、こころちゃんはもうリタイアなんですよね」

「うん、そうなるよ〜?」

「じゃあ、別に秘密をこころちゃんに聞かせなくても良いですよね」


 私が勇気を振り絞ってそう言うと、佐久間さんは嬉しそうに口角を吊り上げる。


「……へぇ、別に良いよ。でも、そんなに恥ずかしいこと言っちゃうの? 楽しみ〜♡」


 私は心配そうにこちらを見つめているこころちゃんに微笑みかけると、佐久間さんの側まで移動して、耳元で囁いた。



「――――私は、こころちゃんのことが……好きです」



「…………ふぅん」


 佐久間さんの声が急に平坦なものに変わる。

 だが私は怯まずに続けた。


「そして、聖さんとの恋を応援しています。だから私の恋が叶わないってことも、わかってます」


 これが私の、最大のだ。


「それでも、好きなんです」

 

 そう言い終わると、私はもとの位置にさっと戻った。

 佐久間さんは自分の体を抱きながら、光のない瞳で私とこころちゃんを交互に見る。


「嘘はついてないよね?」

「もちろんです」


 嘘なんて、あるはずがない。


「……おっけ〜。ぼくの負けだよかのんちゃん」


 佐久間さんはやれやれとでも言いたそうに両手を広げながら、立ち上がる。


「やったねかのんちゃん。ありがとうっ!!」

「ううん、こころちゃんのおかげだよ」


 私がそう言うと、こころちゃんは不思議そうに目をぱちくりさせた。


「はい、ここから正規の出口に出られるよ〜♡」


 佐久間さんが布をめくると、外の光が一気に差し込んできて眩しい。


「ふぅ、じゃあ出よっか」


 こころちゃんがすぐに出口の方へ歩いていって、光の向こうに消えた。

 私もそれに続くと、すれ違いざまに佐久間さんが言った。



「……かのんちゃん、本気なんだね?」



 その声はこれまでの佐久間さんのどの声とも違う、透き通った含みのない声。


「ふふふ、やっぱり『好き』だなぁ〜♡」


 しかしすぐにいつものどろっとした甘さが溶け出してきて、その違和感も紛れて消えていってしまった。




△▼△▼△

 



 お化け屋敷で想定外のことはあったが、私とこころちゃんはその後も文化祭を満喫した。

 楽しい時間は本当にあっという間で、気付けば本番が迫ってきている。


「こころちゃん。そろそろ行かなきゃ」

「……わ、ほんとだ!! メイクとかするのに、間に合わなかったらまずい!!」


 私たちはふたり並んで体育館の方へ走った。

 体育館に近づくにつれて、とあるポスターが増えていく。



 【一年A組 クラス演劇『notice』】



 ふたりの女の子がうつむきがちに向かい合っているイラストとともに、そう書いてあるポスターだ。


 ……ああ、それにしても今日は楽しかったなぁ。


 やりたいことをやりきったんだ、やるべきこともやらなきゃね。

 体育館への長い渡り廊下からは、つい先ほどまでいた一年B組のメイドカフェや、お化け屋敷の看板が見えて、楽しい思い出から遠ざかっていくようで胸が痛くなった。


「かのんちゃん、ぜったい成功させようねっ!!」


 こころちゃんは走りながら私の方を振り向いて言う。

 その瞳はきらきらと輝いていて、希望に満ち溢れている。


「……うん」


 開演まで、あと五十分。


 それから演劇が終わるまで一時間。


 そして私の恋が終わるまで、あと――――



「頑張ろうね、こころちゃん」



 あとどれくらい、こうしていられるのだろうか。

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