第29話 文化祭は青春すぎる!?

「よし、このくらいにしとこっか」


 こころちゃんが額の汗を拭いながら、真っ赤なウィッグを外す。


「そうだね、もうけっこう遅くなってきたし」

「ほんとだもうこんな時間!? がんばりすぎた~」


 夕日が差し込む教室の中、私たちはふたりきりで演劇の練習をしていた。


「まーでもリハもバッチリだったし、明日も大丈夫!!」

「うん、ついに明日……だね」


 文化祭本番。

 それは即ち、こころちゃんの告白の日。

 うまくいけば『百合プロデュース』も、ここでフィナーレだ。


「……うわー、あたし明日ほんとに告白するんだぁ……うわぁ~」


 不安そうに、でもどこか嬉しげに呟いてしゃがみ込むこころちゃん。


「あたし、頑張る。自分のために、聖のために――」


 そして、勢いよく立ち上がる。



「――――かのんちゃんのためにも、ね」



 その言葉に、私はただ深く頷いた。

 責任を持って終わらせよう。ちゃんと最後まで。


「……それはそれとしてさ、普通に文化祭も楽しもうね。メイドカフェにお化け屋敷に……いっぱいあるよ?」

「そ、そうだねこころちゃん。私も楽しみ……」


 にこにこと笑うこころちゃんを見ながら、私は目を逸らす。


 いや、楽しみは楽しみなんだけど。

 一緒に回る友達がいないんだな、これが


 こころちゃんは当然、聖さんや男子たちと回るだろうし、華奈さんも友達は多い。佐久間さんは……うん、論外。


 もういっそ、二年生の教室にお兄ちゃんを迎えに行こうかな。

 どうせあの人もぼっちだし。


「かのんちゃん、あたしと一緒にぜーんぶ回ろうね!!」

「はぇっ!?」


 突然、肩をがしっと掴まれて、キラキラの目で見つめられる。


「……え、嫌だった? それとも先約ある?」


 すがるような潤んだ目で見られて、心臓が爆発するかと思った。


「な、ないっ!! ないから一緒に回ろうっ!!」

「良かったぁ~。あたしも誰と回るか決まってなかったんだ。ひじりはメイドカフェとバレー部の屋台で忙しいって言うし、男子たちは全員彼女と回るんだって!! ……てか彼女を現地調達って意味わかんないよね!!」


 ああ、神様っているんだなぁ。

 私にこんなご褒美をくれるなんて。


 そのままふたりで明日の予定を立てながら、うきうきで帰路についた。




△▼△▼△




 文化祭当日。

 北鷲高校は朝からお祭りムードに包まれていた。


「かのんちゃん、着替え終わった? じゃあ行こ行こっ!!」

「も、もうちょっと待ってよこころちゃん……」


 私たちは教室で、桃色ベースのクラスTシャツに着替えていた。

 胸には『notice』のロゴ。決して非公式グッズではない。


 そして、文化祭と言えば……。


「てかさ、かのんちゃん!! あたしの背ネーム見てよ!! 城崎さんと男子にこれがいいって言われたんだけどさ~」

「『ワンコインガール』……?」


 だいぶ悪趣味。さすがの私も黙ってないぞ。


「あたしそんなに犬っぽいかな? 名前だけじゃない?」


 ワンコ・イン・ガールだと思っているのか。

 なんて純粋。あの笑顔を永遠に守りたい。

 

「いや、犬だよ」

「むー……」


 こころちゃんはぷくっと頬を膨らませながら、Tシャツの裾を引っ張る。


「……ほら、早く行こうよっ!! メイドカフェメイドカフェ!!」


 ぴんぴんと私の服を引っ張るこころちゃん。

 うん、犬だね。


 あとちなみに私の背ネームは『如月さん』です。

 文句あるかこのやろう。




△▼△▼△




「お待たせ、じゃあ行こう。こころちゃん」

「よーしっ!! 待ってろメイド聖~~!!」


 鼻歌まじりに出口へ向かうこころちゃんの横に並んで、私は思う。


 楽しみだなぁ……メイド佐久間さんに全力でご奉仕させるの。

 今日こそ日頃のストレスを発散させてやる!!




△▼△▼△




 一年B組前は長蛇の列。人混みで中もよく見えない。


「こころちゃん、これ入れるのかな……」

「ふっふっふ、任せてよ!! ……ちょっと通りますね~失礼します~」


 ドヤ顔ピースからの強引な突破。

 そのまま私の手を引いて、受付前に辿り着く。


 その手のぬくもりにドキドキしていたら、視界が奇妙な何かで埋め尽くされた。


「ようこそ一年B組メイドカフェ『主従の館』へ!! 現在二時間待ちとなっております!! ご希望の方はお名前をご記入のうえお待ちくださ〜い!!」


 受付の人は……両手を大きく広げた動物の被り物をしていた。


「……そういうコンセプトなんですか?」

「いえ、私の趣味です。これはオオアリクイの威嚇」


 真顔で即答。


 ああ、そうだった。

 ここB組だった。魑魅魍魎の巣窟。


 こころちゃんがスマホを取り出し、オオアリクイさんに何か見せる。


「あたし、ここのキャストに招待されてるんですっ!! だからVIP待遇でお願いします!!」

「あれそんな制度あったっけ。……まぁいっか。じゃあメイドさん指名してください。指名料五百円でーす」


 ……適当すぎじゃない?


 案内されたテーブルには、メイドたちの写真がズラリ。

 しかも全員、目元が黒い海苔……もとい黒線で隠されている。


 なんかこう、妙にエロい。


「……ここメイドカフェで合ってるよね?」

「え、えーと、聖は……?」


 こころちゃんが不安げに尋ねる。


「あー、ですか? ならあっちですよ〜」


 オオアリクイさんが指さした先には、ど派手な看板が。

 『本店のナンバーワン・メイド、ひじりんで~す♡』という文字と、例によって黒海苔付きの写真が貼られている。


「あ、ああああたし聖……指名でっ!!」

「まいどあり~。ほんのちょっと待つかもだけど我慢してね~」


 こころちゃんが腕をぶんぶん振って興奮してる。


 わかるよその気持ち。

 あの写真、破壊力やばい。


 手でハートを作りながら、恥ずかしそうに顔を逸らしている聖さん。

 控えめに言って激えっち。


「あれ、そういえば佐久間さんは?」

「あー……くまちゃんですか」


 オオアリクイさんは横をチラ見してから、ぽつりと言う。



「そのメイドさんは接待が過激すぎて、隣のお化け屋敷に左遷されました」



 一体何をやらかしたんだ佐久間さん。


「そ、そうですか……じゃあこの子で」


 私は仕方なく、こころちゃんに雰囲気が似ているメイドさんを選んだ。




△▼△▼△




 教室の中はまさにカオス。

 個性豊かなメイドたちが、各テーブルでご主人様お嬢様方に尽くしている。


 私たちは男子の黒服スタッフに案内され、中央の席へ。


「なんか……ドキドキしてきた……」


 こころちゃんは落ち着かず、足をぱたぱた。

 私はメニューを開く。


 オムライス、写真撮影、ミニゲーム……全部高っ。

 絞らなきゃ財布が爆死する。


「ねぇかのんちゃん、この『曖慰姉妹萌クライシスモード』って何? わかる?」

「わかんないけど、すごい高いね……」


 そんなことを言ってると、凛とした声が響く。



「――――お待たせいたしました、お嬢様方」



「ひゅうっ……!?」

「おふっ……!?」


 思わず変な声が出た。

 そこにいたのは、写真の数倍は破壊力のあるメイドだった。


「あ、こころ……と如月さん? 二人、仲良かったんだ」


 オーソドックスなメイド服にミニスカ、黒ストッキングと絶対領域。

 完璧に着こなす聖さんは、どこを見ても刺激的だった。


「聖っ!! いや、ひじりんっ!? 今はあたしお嬢様だよ!? こころお嬢様とお呼びっ!!」

「そそそそうですよ聖さんっ!!」

「あーえっと……うん。なんか調子狂っちゃうなぁ……あはは」


 こりゃ、だめだ。

 メイドカフェ最高っ!! どんどんお金使っちゃうぞ〜!!

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