第30話 文化祭は青春すぎる!?②

「聖……かわいい、かわいいよ聖……」

「こころお嬢様? その、お触りはNGなんだけど……」

「う、うるさいっ!! お嬢様の言うことが聞けないの!? てかこの紐なんなのっ!? どこに繋がってるのっ!?」

「ちょ、ちょっとこころ」


 鼻息荒く、メイド服の紐をしゃかしゃかするこころちゃん。

 周囲の喧騒すら吹き飛ばすテンションで、完全に目立ってる。


「こころちゃん? その紐引っ張りたいのはわかるけど、黒服さんがめちゃくちゃこっち見てるから……」


 私はこころちゃんの肩をそっと揺らす。

 このままじゃ摘まみ出されるし、正直ちょっと寂しい。


 ……というか、私のメイドさんはまだかな?


 そう思った瞬間、



「――――お待たせしましたわ!!」



 朗らかな声と共に登場したのは、茶髪の三つ編みおさげにクラシカルなメイド服の小柄な少女。

 ロングスカートにふわふわのフリル。イメージ的には新人メイドさんって感じだ。


「わたくしをご指名してくださったのは貴方ですの?」

「え、あ……はい」

「わたくし、クリスと申しますわ。お嬢様も、お名前をどうぞ」

「えと、如月です」


 クリス。まさに源氏名。


 てかなんでこの人は調なんだ。

 ここでのお嬢様は私ですわよ。


「あら、お連れさんはひじりん様をご指名? お目が高いですわね!! ですが、わたくしクリスも全力でご奉仕いたしますわ~!!」

「如月さん、クリス指名したんだ。……如月さん、この子ちょっとヘンだけど、悪い子じゃないから仲良くしてあげてね」


 聖さんが耳打ちしてくれる。

 まぁ確かに、お嬢様キャラなだけで害はなさそう。自信満々なのもけっこうかわいい。


 ちなみに、こころちゃんは黒服さんからお説教中。

 だから言ったのに。


「さて如月様、ご注文は?」

「あ、えっと……」


 私はメニューを取り、こころちゃんが戻る前に急いで選ぶ。

 メニュー名言うのけっこう恥ずかしいし。


「じゃ、じゃあこの『ふわもこ♡ぽわぽわオムライス』と……『萌えいちつ~お~』を……」

「……お待ちくださいませ。如月様」


 クリスさんが急に真剣な顔で、メニューにすとんと手刀を落とす。

 なんか怖い。



「このオムライス、単品で頼むより……こちらのオムレツとライスを別々に頼んだ方が、お得ですわ」



「えっ?」


 彼女の瞳から、さっきまでのキラキラが消えていた。


「ご安心くださいませ。ケチャップは無料ですから、チキンライスの再現は容易ですわ。ドバドバですわ」

「いやそうじゃなくて」

「あと、水はあちらに無料のがありますわ。水なんかに五百円払うなんてマジあり得ませんわ」


 誰かこの貧乏性メイドをつまみ出してくれ。

 私が無言で固まっていると、聖さんのため息が聞こえた。


「クリス……メイドカフェって、じゃないんだよ」

「いえ、ひじり様!! わたくしクリス……いえ、田中たなかクリスティーナは、お嬢様方の未来の生活を考えているのですわ。これこそ真のご奉仕……!!」


 本名のほうが豪華じゃん。


「すみません、チェンジで」


 私はバツ印を作ってそう言った。


「なっ……!? 如月様!?」


 クリスさんの眉が下がって青ざめる。

 うーんちょっと罪悪感。


 なんて思った矢先、彼女は頬に手を添えて叫んだ。



「――――やめてくださいまし!! それは一番お金がかかりますわ〜っ!!」



「えええ……」




△▼△▼△




 なんやかんやあって、聖さんのおかげでオムライス注文完了。


「こころちゃん、水持ってきたよ」

「あ、ありがと~かのんちゃん」


 お説教を終えたこころちゃんに無料の水を渡すと、クリスさんは満面の笑み。


 まぁ、水五百円は確かに高いか。


「ぷはぁ……それにしてもさ、聖ってばよくメイドカフェなんてやろうと思ったね。かわいいけど、恥ずかしくない?」

「そりゃ恥ずかしいよ。でも、出し物決めるとき寝てたから文句言えなくて……」


 聖さんは照れながらスカートを押さえる。


「いえいえ、非日常を楽しむのがメイドカフェの醍醐味ですわ!  無料でメイド服が着れる機会なんてそうありませんのよ?」

「クリス、うん……ちょっと違うかも」

「あ、クリスちゃんって言うの? 君、さては面白い子だね~」


 三人の会話が盛り上がる中、私は水をちびちび。


 ……うん、会話に入れない。寂しい。


 ふと教室を見渡すと、入口近くの席に私と同じ空気を纏う男子生徒が。

 友達っぽい男女2人にメイドを奪われて、ちんまり縮こまってる。


 お兄ちゃん、友達いたんだ。


 しばらくしてオムライスが到着した。


「わぁ、すごい……」

「え~いいなぁ!! 聖、あたしもこれ頼む!!」


 指を天に突き上げるこころちゃんを、聖さんが母親のような目で見守る。

 オムライスは名前に恥じない具合で、まるでスイーツ。


 これは八百円でも納得だね。


「さぁさぁ如月様!! ケチャップは無料!! ぜ〜んぶ使わせてもらいますわよ!!」

「いや、普通にお絵かきで……」

「むっ……かしこまりましたわ。ご要望は?」

「……満面の笑みを浮かべたわんこで」

「お任せあれ!!」


 クリスさんは新品のケチャップを惜しみなく使い、見事なスマイルワンちゃんを描き上げた。


「ふぅ……完成ですわ」

「わ、上手い……」


 うーん、かわいい。食べるのが惜しい。

 葛藤しながらスプーンを手にしたとき、こころちゃんの声が耳に届いた。


「――で、あたしたちの演劇、楽しみにしててね?」

「うん、偶然知ってる作品だったし、すっごく楽しみ」

「そっか……それと、さ。聖」


 一拍の間をおいて――



「文化祭終わったらさ……中庭、来てくれる? 噴水の前のとこ」



 私は思わずどきっとする。


「中庭……うん、わかった」

「約束だよ? 絶対忘れないでね」


 ちらりと見ると、こころちゃんは笑っていた。

 あの、私が大好きな笑顔で。


「……如月様? ケチャップ、お足しになる?」

「や、大丈夫です!! 今食べます!」


 目の前のオムライスには、変わらず笑顔のわんこがいた。


 ……これは、私のだもんね。


 柔らかくて甘くて、とろけるような味。

 でもケチャップが少し多かったのか、少し酸味がきつく感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る