第27話 ヒロイン候補が多すぎる。②

 他の配役決めは華奈さんに任せて、私はヒロイン候補生たちと一緒に空き教室へ向かった。


「それでは、愛里役オーディションを開始します」


 空き教室の中央。並んだ六人の前で、私は宣言した。

 ちらりと見ると、こころちゃんが小さくガッツポーズを取っている。よし、その意気だ。


「審査は私と……この人です」

「こんにちは〜♡」


 私の横で、佐久間さんが手をひらひら振る。


 彼女がここにいる理由は簡単。

 空き教室へ行く途中でB組の前を通ったら、声をかけられ、そのまま着いてきた。

 まぁ、八百長感を薄めるためにも、第三者の目があったほうが都合がいい。


 契約は済んでいる。

 代償は……私の家訪問権。死ぬ気か私は。


「B組の佐久間さんです。『notice』というか『百合』ジャンルそのものに詳しいので審査員になってもらいました」

「厳正な審査をしま〜す♡ あ、B組ではメイドカフェをやるので、当日は来てね〜♡」


 って何。

 というかB組、教室の前を通ったとき何も話し合ってなかったような……。


「さて、オーディションの形式ですが――」

「じゃかじゃかじゃかじゃか~♪」


 佐久間さんの口ドラムロールが響く中、私は指をびしっと立てた。



「今から皆さんには、私に告白してもらいます」



「え、えええ!?」


 こころちゃんが悲鳴のような声を上げ、他の候補生たちもざわつく。


「落ち着いて聞いてください。いいですか? これは大事なことなんです」


 私は淡々と続けた。


「『notice』のクライマックス、愛里の告白は一番重要な場面です」

「そうそう。ラーメンのメンマみたいなものだよ」


 それは人によるね。


「つまり、その告白に本気の感情を込められる人。観ている人の心を動かせる人が愛里を演じるべきです」


 決して私がこころちゃんから告白されたいわけじゃない。

 そうして皆が表情を引き締めていくなか、こころちゃんだけは目をちかちかさせていた。大丈夫かしらあの子。


 まぁ少し心配も残るけど、とりあえず。



 ――――『八百長オーディション』、開始。



 私は教室中央に立ち、候補者がドアの外から一人ずつ走って来て私に告白する、という形式。

 これは原作漫画のとある演出を再現している。


 私はを評価し、佐久間さんは観客視点から採点する。


「……じゃあ、順番に来てください」


 窓から合図を送ると、まず一人目。


 高い位置のポニーテールが揺れる快活な女の子。

 陸上部だったはず。


「すすす好きですっ!! 付き合ってくださいっ!!」

「……まぁまぁだね。三十六点」


 後ろから佐久間さんのコメントが飛んでくる。

 点数とかはつけない予定だったのに……しかも辛辣だし。


 続いて二人目、ショートカットのボーイッシュな子。


「ずっと前からっ!! 好きでしたっ!!」

「熱くなりすぎ、かな? 四十点」


 三人目は、長身のバレー女子……というか楠木さんじゃん。


「だい……すき………です」

「……なんか違うね。君、好きな人いるでしょ?」


 四人目、清楚ギャル系。たしか華奈さんと仲が良い子。


「好いています……あなたのこと」

「個性出そうとしすぎ。十五点」


 五人目は唯一の男子。茶髪をヘアバンドでまとめた爽やか系。


「I need you and I love yo――」

「二点」


 あの人なんだったんだ。


 そして最後にこころちゃん。私の本命、いろんな意味で。


「よ、よろしくおねがいします」


 教室に入ってきたこころちゃんは、私の前でぴたりと立ち止まる。


「あ……あのえっとあたし……は」


 かなり緊張してる。

 何をそんなに気を張ることがあるのか。


 私に特別な感情なんてないはずなのに。


「――――》、だよ。こころちゃん」


 それは、こころちゃんに向けた言葉か、自分に言い聞かせたのか。

 喉の奥が熱い。息をするたび、胸がぎゅっと締めつけられる。


 しばしの沈黙の後、こころちゃんが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



「好き、誰よりも好き。だからあたしと、付き合ってください」



 声は震えていた。けれど瞳は、まっすぐに私を見ていた。

 嘘なのに、演技のはずなのに――今、この世界にはこころちゃんしかいなかった。


「わ〜お♡ とてつもない臨場感だね〜。九十五点♡」


 その時だけは佐久間さんの声が、やけに遠く聞こえた。




△▼△▼△




 斯くして八百長オーディションは終了。

 選ばれたのは、当然こころちゃん。ハクシンノエンギデシタカラネ。


 他の候補生たちと目を合わせるのは少し気まずかったけど、それは佐久間さんの毒舌のせいってことで。


 ちなみにその佐久間さんは結果発表直後、B組の人たちに連れ去られていった。

 頭にトカゲっぽい被り物をした人と、継ぎ接ぎゴスロリの人。B組、本当にどうなってるの。


「お、かのん。こっちはだいたい決まったよ」


 教室に戻ると、華奈さんが笑顔で迎えてくれる。

 黒板には、主人公とヒロイン以外の配役がびっしりと書かれていた。


「華奈さん、ありがとうございます。任せっぱなしで……」

「いいよいいよ。で、そっちは決まった?」


 そのとき、後ろから元気な声。


「あたしっ!!」

「犬塚かぁ……ちゃんとやれるの?」

「もっちろん。任せて城崎さん」


 元ヒロイン候補生たちは席へ戻り、華奈さんがテンポよく余った役に割り振っていく。


 なんだかんだで、いい感じに進んでる。


 あとはしっかり練習して、こころちゃんのへ繋げるだけ――


「そういやさ、かのん」

「はい?」

「かのんは何の役やるの?」

「えっ、私は監督……みたいな感じでいこうかと」

「あ、じゃあ特別やりたい役とかないんだ。良かった」

「……? いやそういうことではな――」


 そのまま華奈さんは黒板に、締めくくるように私の名前を書き込んだ。



「じゃあ、かのんが主人公ね」



 ……?????

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