第26話 ヒロイン候補が多すぎる。

 ついに演劇の題目が決まり、文化祭準備が本格的に動き出した。

 私は机に向かい、ひたすら『notice』のストーリーをノートに書き起こしている。


 さっき台本作りを始めたことをこころちゃんに報告したところ、すぐに通話がかかってきた。




△▼△▼△




『――――まあ、乗り気じゃない人もけっこういたんだけどね』


 スマホ越しにこころちゃんが笑った。

 どうやらクラスでの説明時にちょっとした騒ぎがあったらしい。


「そうだったんだ……よくみんな納得してくれたね」


『男子はあたしが、女子は城崎さんがうまく丸め込んだからね。……って、かのんちゃん、グループの動き見てなかったの?』


「……あ、いや。脚本選びでバタバタしてて」


 若干ごまかしたけど、嘘じゃない。本当だ。

 悔しかったわけじゃない。


『でも、ほんとありがとね。ところで、なんでこの漫画にしたの?』

「……似てたからかな」


 ペンを走らせながら答える。


『似てた?』

「こころちゃんと、聖さんに」


 『notice』が聖さんの心に響いたのは、きっとそこにある。

 だからこころちゃんがそれを演じる――それが何よりの告白になる。


『確かに、この愛里って子、ちょっとあたしに似てる……かも?』

「そう。それでこころちゃんにはその役をやってほしいんだ。今日中に脚本仕上げるから、明日見せるね」


 既刊六巻のストーリーから、美味しい部分だけを抜き出した最強構成。

 二次創作小説を書いていた経験が、ようやく役に立つときが来た。


『今日決めて、今日書くの!?』

「うん。早めに練習も始めたいし、配役も決めちゃいたいから」

『配役って……オーディションとか?』

「希望がかぶったらね。でもなるべく裏方含めて多めに役を用意してる」


 この演劇の主目的は、こころちゃんによる告白。

 だから彼女がヒロイン役をやらないと意味がない。


 ……もしオーディションになったら、八百長です。


『でも、無理しないでね? テスト明けまで準備本格化できないし』

「テス……ト?」


 ふと、手が止まる。


『来週だよ、テスト』


 文化祭で頭がいっぱいで、完全に抜け落ちてた。

 百合と人生、どっちが大事か――いや、百合=私の人生だから。


『あっ、あたしお風呂の時間だ。一回切るね!!』

「わかった」

『無理しちゃだめだよ? あたしにも手伝わせてね』

「うん、ありがとう」


 通話が切れて、私の部屋に静寂が戻る。

 画面に残る名前を見つめながらふと我に返った。


 それでも感傷に浸る暇もなく、ノートの束がプレッシャーを放ってくる。


 なんだよこいつら、ノートのくせに。

 私はこころちゃんの告白を成功させる使命があるんだぞ?


 よしじゃあテストは後回しで――


【かなにグループから追加されました】


 と、そのときスマホが震えた。


「なんだ、華奈さんか」


 私は何も考えずに通知をタップした。

 すると、表示されたのは――



【こんばんは、かのん。犬塚から聞きましたが演劇の脚本が決まったみたいですね。原作を読みましたが素晴らしい作品でした。私もこれで異論ありません。でも、どうして私には教えてくれなかったんですか? どうして私を通話に呼んでくれなかったんですか? 私たちは三人で代表委員です。皆で話すべきではないですか? それに私もかのんとお話ししたかったです。何なら今からしましょう】



 それを読み終えたと同時に、通話がかかって来た。


「わあ……」


【なんで切ったの?】


「ひっ」


【ねぇ、なんで切るの?】


「わわわ……」

『あっ、かのん? やっと繋が――』

「お、おおお風呂っ!! 私お風呂入ってくるので!!」

『ん? いいよじゃあアタシも入――』


 即座に通話を切り、電源を落とした。


 ……華奈さんごめんなさい。

 でも怖いです。長文は私もよくやるけど。




△▼△▼△



 

 それからしばらくして。


 迎えたテスト明けの放課後。

 私たち代表委員は教壇前に立ち、クラスで演劇の話し合いを始めようとしていた。


 ……え、テストはどうしたのかって?

 聞かないでほしい。数学が特にやばくて……え、そういうことじゃないってどういうこと?


「――――てことで予告通り、演劇の配役決めをします!!」


 こころちゃんの明るい声が教室に響く。

 華奈さんが脚本を皆に配り、私は黒板前で書記担当。


「どんな役があるかはグループでも言ったけど、改めてセリフ確認してくださーい」


 ホチキスで止められた数枚のプリントが配られ、みんなが目を通す。

 ちょっと恥ずかしいけど、反応は上々。


 頬を染める子、軽く拍手する子、メガネを光らせて親指を立てる……あ、あれ花岡さんだ。


「かのん、はい。二部余ったからね」

「ありがとうございます」

「いい脚本だったよ。かのんもすごいし……アタシと毎晩話し合ったのもあるかもね?」


 さりげなく横に並ばれて耳元で囁かれ、思わずゾクッとした。


 ……それ、佐久間さんのキャラじゃない?


 鬼詰めされた翌日から毎晩通話させられたけど、確かにクオリティは上がった。


 リアルな恋愛体験談がすごく参考になった。

 ちなみにそれは城崎さんではなく、あくまでの話らしい。


「でもさ、なんであのキャラ削ったの?」

「……負け確定のヒロインはいらないかなって」

「かのんが好きって言ってた子じゃなかったっけ」

「いいんです。の物語だから」


 華奈さんは少しだけ不思議そうな顔をして、こころちゃんの方へ歩いていった。


「犬塚、そろそろいいんじゃない?」

「それもそうだね。じゃあみんな、一回読むのやめてください!!」


 ざわついていた教室が静かになり、全員の視線が前を向く。


「では、これから配役を決めます!! まずは主役の百田ももた桃香ももかちゃん!!」


 教室に緊張が走る。


 桃香――『notice』の主人公。

 意図せず好かれるタイプで、私としては聖さんと重ねていた。


 重要な役。でも――


「あれ……?」


 こころちゃんが戸惑いの声をあげる。

 誰も手を挙げていない。


 ……これは想定外。


「主役だよ? セリフ多いけど、見せ場もあるし……」


 言葉を濁しながら、私を見てくるこころちゃん。

 これだけ皆が静かなのは、演じることへの抵抗か、キャラの個性か。


「じゃあ、これは後回しかな。次!! ヒロインの合川あいかわ愛里あいりちゃん!!」


 すると一気に手が挙がる。まさかの男子も数名。なぜ?

 こころちゃんもおずおずと手を挙げながら目を丸くしていた。


「ねぇかのん、これどうすんの? じゃんけん?」


 華奈さんが肩を叩いてくる。


 いや、この役は絶対にこころちゃんじゃなきゃダメだ。

 ならば。



「……今、手を挙げた人はちょっと私に着いて来てください」



 八百長オーディションの始まりだ。

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