第25話 あなたはやっぱりずるすぎる。

 城崎さんと和解したその日の放課後。

 テスト期間だからかいつもより教室に残る生徒が多い。


 そんな中で文化祭代表委員の私たちは、私の机の周りに集まって話し合いをしていた。


「さてまずは……脚本をどうするかだな」

「うん、そうだね城崎さん」


 華奈さんとこころちゃんが頷き合う。

 あれだけ反発していた華奈さんも今ではすっかり乗り気だ。


 あとは脚本さえ決まれば本格始動できる。

 だが、そこが一番重要で――


「とりあえずクラスのみんなに演劇やるって言っとかない? そしたらあとは脚本配るだけになるし」

「それもそうか。アタシがクラスのグループで言っとくよ」 


 ……おや?


「あの、クラスのグループってなんですか?」

「「えっ」」


 私が遠慮がちに言うと、二人は顔を見合わせた。


「……あ、ほんとだ。いないじゃん」

「あー……」


 こころちゃんがたかたかとスマホをスワイプした直後、私のスマホが震える。


【こころがあなたを『一年A組』に追加しました】


 ……まあ? 別に困ってなかったけどね?

 それに他にも入ってない人いるでしょ。


「メンバー三十二人……これで揃ったのか」


 華奈さんの呟きが聞こえた。

 私は聞こえなかったふりをした。




△▼△▼△




 その後、結局今日も何も決まらないまま日が落ち、私たちは帰路についた。


 まだ時間はあるけど、できるだけ早く決めないとな。テストもあるし。


 駅まで二人を送り届けた後、私は本屋へ向かった。

 オリジナルでもそうでなくても、とりあえずインスピレーションが欲しかった。


「はっ……新作!? はあっ……特典付き!? ははぁっ……実写化ぁ?」


 私は志を持って来たはずが、気付けば百合本を漁っていた。

 かごの中はすでに本でいっぱい。


 ここに来るのは聖さんに布教したとき以来だ。


 ……そういえば。


 私はふと、目についた本を手に取る。


 『notice』という百合漫画。

 親友同士の女子高生が互いの恋路を応援するうちに惹かれ合う物語。


 盲目的に男子を好きになろうとしていた桃香ももかと、

 その桃香を密かに想っていた愛里あいり


 純度の高い百合作品で、二人が恋人になるまでが丁寧に描かれている。

 初心者にもおすすめだし、自分たちのことと重ねてもらいたくて聖さんに薦めたのだった。


 負けヒロインの木芽このめちゃんが、イイんだよなぁ。


 ――木芽このめるな

 終盤でようやく愛里が好きだと気付き、告白するも玉砕。

 自分の気持ちを押し殺して、友達でいようとする姿に胸が締め付けられる。


「やっぱり、このエピソードはつらいなぁ」


 ページをめくりながら、その上で泣いたり笑ったりする少女たちに思いを馳せる。


 物語の中ですら、届かない想いはあるんだ。


 一滴の雫がページに落ちて、にじんだ。

 私が目元を拭き、漫画をかごに入れて離れようとした時、


「……あ、如月さんだ」


 突然、名前を呼ばれた。


「ひゃっはい!?」


 驚いて振り向くと、制服姿の聖さんが立っていた。




△▼△▼△




「また本屋で会うなんて面白いね」

「は、はい……びっくりしました」


 私はたい焼きのあたまをかじりながら頷く。

 駅構内のコンビニ前、放課後の買い食い。

 

 なんで聖さんと青春してるんだ私は。


「それで、如月さんはどうして泣いてたの?」

「……感極まっちゃって」

「そっか、本当に『百合』が好きなんだね。そういうの、憧れちゃうな」


 聖さんは優しく微笑む。


 綺麗で所作も丁寧で、優しい。

 会うのは二度目なのにたくさん話してくれるし、実はたい焼きも奢ってもらった。


「あの……本当に奢ってもらって良かったんですか?」

「うん。私もお腹減ってたし、感想も話したかったから。話のお供にね」


 そう言って鞄から『notice』を取り出す。

 しかも最新刊。布教したときは売っていなかったものだ。


「如月さんのおすすめ、すごく面白かった。ありがとう」

「い、いやぁとんでもないです。私のお節介を……」

「ううん、お節介なんかじゃないよ。それでね――」


 テンポよく感想を語る聖さんに、私は頷きながら相槌を打つ。

 本当にちゃんと読んでくれていたんだ、とオタク心が温かくなる。


 改めて思う。

 綺麗で、優しくて、こんな私にも寄り添ってくれる聖さん。


 ……そりゃあ、こころちゃんも好きになるよね。


 もちろん理由はそれだけじゃないっていうのは知ってるけど。

 だからこそ、壁が厚く感じる。


 ほんと、ずるい。


 そんなことを考えながらたい焼きをかじっていたら、いつの間にかしっぽだけが残っていた。


「――それで、最後のシーンが響くんだよね」

「わかります。積み重ねたものが爆発する感じ……」

「うんうん、さすが如月さん」


 話し終えた聖さんがふうと息をつき、遠くを見つめる。

 その横顔は絵画のように美しく、どこか寂しげだった。


「けっこう読んで、私もちょっと成長できたかなって思うんだ」

「成長……ですか?」

「うん。この前また告白されたんだけど――はは、やっぱ自慢みたいになっちゃうな。それでね、断ったんだ」


 苦笑いを浮かべ、うつむく。



「でもね、今までとは違った。《何もない》からじゃなくて、《何か》があるから断った……そんな感じ」



 聖さんの瞳が遠くを見つめたまま、淡く輝いていた。

 私は言葉を飲み込みながら、きっと同じものを見ていた。




△▼△▼△




 その後、家に帰ると着替えもせずベッドに飛び込んだ。


「ほんと、早く気付いちゃえばいいのに」


 枕に顔を押し付け、目をぎゅっと瞑る。

 何かが零れそうだった。


「…………いいや、私が気付かせるんだ」


 その言葉に自分ではっとして跳ね起きる。

 机に向かい、ノートを開く。


【クラス演劇 notice】


 それだけ書いて、鞄から余分に買った『notice』を机に置いた。


 届けてやるんだ、叶えてやるんだ。

 負けたまま、終わってたまるか。

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