第24話 過去を通りすぎた場所で、また。
「は?」
城崎さんが目をまん丸にして固まった。
「すき?」
「そうです、城崎さん。『好き』です」
私が繰り返すと、城崎さんは手をわなわなと震わせながら首をかしげる。
あれ? 伝わってないかな?
言い方を変えてみる。
「私たちは、人に『好き』を届けるために、演劇をやりたいんです」
「あ……そう」
城崎さんの表情が逆再生のようにスンと戻る。
「そうだよ、城崎さん。あたし……好きな人がいるの」
こころちゃんがまっすぐに、真剣な瞳で見上げる。
一瞬、城崎さんが戸惑ったような顔になるが、すぐに眉をひそめて睨み返す。
「……はぁ!? あるわけないだろ、アンタみたいな『ビッチ』が!」
「本当だもんっ!! B組の妹尾聖って子!! かっこよくて可愛くて、最高の女の子!!」
「城崎さん、こころちゃんは本気です!!」
私とこころちゃんで畳みかけるが、城崎さんの剣幕は変わらない。
「如月!! アンタ、このビッチにからかわれてんだよ!! 気づいてないだけ!!」
「からかってなんかないしっ!! れにさっきからビッチビッチ言いすぎ!!」
気づけば二人は額がぶつかりそうな距離で火花を散らしていた。
まあ確かに、ビッチ要素を回収しようとしてる感は否めないけども。
「第一あたしはまだ――」
「なら証明してみろよ!! 本気だって!」
「……いいよ。今から聖の好きなところ百個言うから!!」
そう言って、こころちゃんは指を折りながらつぶやき始める。
「まずは、優しいとこ。いい匂いするとこ……」
親指、人差し指、親指と人差し指……あれなんか思ってたのと違うな。
「…………で、如月。話ってのはさ」
ふんふん頷きながら指を折るこころちゃんをスルーし、城崎さんは私にじりじりと近づいてくる。
「な、なんですか……?」
私は柱まで後退しながら、豹みたいな目をした城崎さんから目を逸らせずにいた。
「なぁ、如月?」
城崎さんが私の顎をくいっと持ち上げる。
足を動かして逃げようとすると、長い脚でがっつりブロックされてしまった。
「まぁ正直アタシは別にさ、演劇。……やってやってもいいかなって思ってるんだ」
「えっ、じゃあ……!!」
「ただし」
城崎さんがぐっと顔を近づけてくる。
メイクの奥の透明なまなざしに、花岡さんの言っていた昔の城崎さんが一瞬重なった。
「アタシと付き合いなよ、如月」
その言葉を聞いた瞬間、心臓がきゅっと締め付けられた。
「ど、どうして……私なんですか?」
「んー……前にも言ったけどさ、アンタが心配なんだよね。犬塚とつるみ始めてからは特に」
その言葉が、耳の奥で何度も跳ね返る。
「だからさ……守ってやりたいんだよ。だって――」
「だって?」
その瞬間、城崎さんの目がわずかに揺らいだ。
「……いや、なんでもない」
少しだけわかった気がした。
城崎さんが重ねてるのは、こころちゃんだけじゃない。
かつての誰かと私を――
でも、今はもうわかっている。
私がやるべきことはこころちゃんの背中を押すこと。
こころちゃんの想いを、聖さんへちゃんと届けさせること。
……そして、私の恋を終わらせること。
「如月、どうなの?」
沈黙に耐えかねたように、不安げな顔で問いかける城崎さん。
心の何処かでふと思う。
このまま流されてしまえば、全部上手くいくのかもしれない。
それで計画も進むし、それに城崎さんは私を守りたいと言ってくれた。
例えそれが誰かと重ね合わせたうえでの想いでも、私が応えればそれはきっと素敵な恋になる。
なら、それでもいいんじゃないか?
でも私は。
「あの、城崎さん私には……いえ」
乾いた唇を噛みしめ、スカートの端を握る。
「――――私にも、好きな人がいます」
言葉が、ぽつりと落ちた。
城崎さんにも自分の気持ちにも嘘をつくなんて……やっぱりいけないことだ。
「そっか、じゃあ――」
「で、でも!!」
城崎さんが踵を返そうとした瞬間、私は咄嗟にその手を掴んだ。
「……気持ちをぶつけてもらったのは、嬉しかったです。すごく」
その言葉に、彼女の指先がかすかに震える。
「だから……だからこそ一緒にやりませんか? 『好き』を届けるための演劇を」
気づけば、私は彼女の手をぎゅっと強く握っていた。
「できるの?」
城崎さんは背中越しに、ぽつりと訊いた。
「できます。私も、こころちゃんも、城崎さんにも……誰かに届けたい大切な気持ちがあるから」
「……いやその気持ち、アンタにフラれたばっかなんだけど。アタシ」
「あ……それは、えっと……」
必死で言葉を探す私を、城崎さんが指でぴ、と制した。
「いいよ。何も言わなくて」
その声は、柔らかくて優しかった。
「やろうよ、演劇」
「……いいんですか?」
「いいの。ずっと渋ってるのもダサいしさ、それが如月の本気の気持ちなら……それを守ってやりたいって思ったから」
そう言って私の胸に手をぽんと当てる。
緊張で高鳴った鼓動が伝わってしまうのが、少し恥ずかしい。
「あと、アイツも嘘は言ってないみたいだしね。まだ信用しきれてないけど」
視線の先には、まだ指を折りながら呟いてるこころちゃんがいた。
……今までずっとやってたの?
「ありがとうございます、城崎さ――」
「ただし」
ぐい、と私の胸に当てた手に力がこもる。
「アタシの気持ちも、本気で届けるからな?」
いたずらっぽく笑う彼女の顔に、思わずドキッとする。
もしかして私は笑顔に弱いのかも。
「はい、わかりました」
「よーし。じゃ、これからは仲間で友達ってことで――名前で呼んでいい?」
私は頷く。
「……よろしくね、かのん。頑張ろ」
「城崎さん。あの、それで」
「もう、アタシも名前でいいってば」
「じゃあ……華奈さん。そろそろ胸を――」
城崎さんの手が私の胸元をまさぐり続けている。
「ん? あいや、意外とあるなぁって思って」
「く、くすぐったいのでやめてください……」
抵抗するが華奈さんは止まらない。
誰か助けて、そういうキャラになっちゃう。
「――――最後!! 指パッチンが上手いところ!! これで百個!!」
視界の端ではっと顔を上げたこころちゃんが、周囲を見回す。
「あれ……って、なにしてんの二人ともっ!?」
密着している私と華奈さんを見るなり、耳まで真っ赤に染めて駆け寄ってきた。
「あ、犬塚。かのんと話はついたから、アンタはもういいよ」
「なっ……!?」
「華奈さん、そんな言い方は――」
「な、な、なっ!?」
こころちゃんが頭を抱えてパニックを起こしている中、昼休み終了のチャイムが鳴る。
私たちは慌てて教室へと駆け出した。
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