第22話 それは意外な一面すぎる。

 翌日、こころちゃんの家での話し合いを経て。

 私たちは「演劇(百合)をやります」という爆弾発表をすべく、教室の隅――私の席で城崎さんと向き合っていた。


 いつも思うけど、なんで私の席なんだろう。


 そんなぼやきを飲み込みながら様子を見ていると、城崎さんがスマホをいじりながら口を開いた。


「んで、何やるか決まったの? 昼休み潰したくないから早めにして」

「……ちょっと、あたしたちに丸投げしといて態度悪くない?」


 こころちゃんが思わず噛みつく。


「そういう犬塚は何かアイデア出したの? さっき『かのんちゃんのスーパーアイデアなんだからっ!!』ってドヤ顔で言ってたよね?」

「あっ……えっと、それは」


 痛いところを突かれたようで、こころちゃんは黙ってしまう。


 まあ、そう言われてみればそうかもしれない。

 惚れた弱みで見逃していたが……まあいいけど。


 それにしても城崎さんのモノマネ、クオリティが高い。

 でも減点ひとつ、こころちゃんはそんな力強く『かのんちゃん』とは言いません。


「ふん、まあいいや。如月、そのスーパーアイデアってやつ聞かせてよ」


 城崎さんがスマホから目を上げ、私をまっすぐ見た。


「あ、はい。私たちがやりたいのは――、です」


 その瞬間、城崎さんがあからさまに顔をしかめた。


「えんげきぃ? それダルくない?」

「そ、そうかもしれません。でも、きっといい思い出になると思います!」

「んー……そうかなぁ?」


 腕を組んで私をじっと見つめるその表情に、まだ引っかかってる感じはある。

 でも、あとひと押しかな……?


「演劇っていってもさ、何やるの?」

「えっと、脚本はまだですけど、女の子同士のラブロマンス……みたいな」

「…………『百合』?」

「えっ、はい! それです!」


 このクラスのギャル、みんな百合に理解ありすぎじゃない?

 オタクに優しい世界にも程がある。


「……ナシだろ、それは」

「えっ……」


 予想外の拒絶。しかも今度は、私ではなくこころちゃんを睨みつけながら言った。


「犬塚はさ、わかってんの? 百合』のこと」

「わかってるよ、だってあたしは――」

「適当言うなよ。男とすらまともな関係築けてないアンタが、女同士の関係なんて理解できるわけ?」


 冷たい。というか、明らかにトゲがある。


「じゃああなたに何がわかるの?」


 こころちゃんが食ってかかるように睨み返す。

 二人の距離がじりじりと縮まっていく。


「私、城崎さんに何かしたっけ?」

「アンタみたいなのは、いつもそうだ。アタシは――」


 言いかけたその言葉を、城崎さんはぐっと飲み込む。


「……ちっ」

「ちょ、ちょっと!!」


 舌打ちひとつ残して、彼女は背を向けて歩き去ってしまった。


「もう……なんなのあの子。かのんちゃん、あたし仲良くできないかも……」

「で、でも……」


 まずい。城崎さんの賛同がないと、この案が通る確率は激減する。

 城崎さんには女子、こころちゃんには男子への説得役を期待してたのに――。


「ていうかあの子、『百合』わかってるの? って言ってたけど、こっちのセリフだよ」

「確かに。でも……なんであんなに怒ってたんだろう」



 ――『アンタみたいなのは、いつもそうだ』



 その言葉が引っかかる。

 あの時の城崎さん、泣きそうというか、怯えているような顔をしていた。


 あれは、ただの拒絶じゃない。


「……こころちゃん、調べてみよう」

「えっ?」

「城崎さんと同じ中学だった人とか、何か知ってるかもしれない」

「ええっ!? でも、あたし……」


 不安げに目をそらすこころちゃん。唇がとがってる。


「ねぇこころちゃん、私ってなんで代表委員になっちゃったんだっけ」


 佐久間撫子式・小悪魔フェイスを全力で発動。


「ぎくっ」

「手伝ってくれる?(暗黒微笑)」

「う、うん……ごめんね、かのんちゃん。怒ってた?」

「別に怒ってないよ」


 私はにこっと笑う。それだけで、こころちゃんは安心したみたいだった。


「男子には私が行ってくるねっ!!」

「うん、私は女子を探すから」


 そう言って駆け出すこころちゃんの背中を見送った。

 さて、私は女子に――


 ……って、私このクラスで話せる女子、もういないじゃん。




△▼△▼△




「それでぼくのところに来たんだ~♡」

「は、はい……」


 というわけで、隣のB組。佐久間撫子さんに助けを求めることになった。

 席がドア付近で助かった……クラスに入り込む勇気は、さすがにない。


「いやぁ~かのんちゃんが頼ってくれるなんて、ぼく嬉しいなぁ~♡」

「は、はは……」


 舌をちろりと見せながら笑う佐久間さん。

 本家は迫力が段違い。


「城崎 華奈ちゃん――って子について調べてるんだっけ」

「そうです。その人と同じ中学出身の人とか知りませんか?」

「……う~ん、知らないなぁ~」

「ありがとうございました。ではさようなら」


 即撤退モードに入ると、すぐ背後からがしっと抱きしめられた。


「はなしてください……」

「ちょっと待ってよかのんちゃ〜ん♡」


 恥ずかしい。

 絡まれてるのより、目立ってるのがつらい。


「すぅー……あれ、かのんちゃんシャンプー変えた?」


 助けて、誰か。

 すると、私たちの周りに人が集まってくる。



「あ、見て見てくまちゃんが捕食してるよ。クリオネみたい。やっぱりあのハーフツインってバッカルコーン(クリオネの捕食用触手)なんだ」

「あんなの今更珍しい光景でもないですわ。……珍しいといえば、先ほど十円ガムが当たりましたのよ、見てくださいまし」

「…………ふむ、腕を上げたな撫子」



 B組、ほんとに怖い。

 佐久間さんはわりとマシな方だったのかも。いやそれはないか。


「あの佐久間さん。ほんとに、離して……」

「ねぇ、かのんちゃんさ」


 ふっと声のトーンが落ちて、腕の力が弱まる。



「……何かあったでしょ?」



 ぎらりと光る瞳に、心の中を覗かれた気がした。


「な、なんにもないですっ!!」


 気付けば私は、教室を飛び出していた。




△▼△▼△




 どうにかB組から脱出して、自分の席に沈む。

 体力も精神もボロボロで、成果はゼロ。


 こころちゃんはどうだろうか。

 教室を見渡すが、姿がない。別のクラスに行ってるのかも。ちなみにD組まである。


「すみません」


 頭の上から、聞き慣れない声。


 顔を上げると――


 そこにいたのは、メガネをかけた控えめな女の子。

 よく知っているけど、知らないクラスメイト。



「は、花岡さん……?」



 心臓がぎゅっとなった。

 罪悪感と、ほんの少しの背徳感で。

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