第21話 時がすぎさってしまうまで。②

「では、『百合プロデュース in 文化祭』の作戦会議を始めます」


 私はびしっと指を立て、テーブルの向こうに座るこころちゃんに視線を送る。


「はーい」


 こころちゃんは柔らかく笑い、小さく手を挙げた。

 その仕草に、こっちまで肩の力が抜けそうになる。


「まず、前回のデートで聖さんに意識してもらうことはできたと思います」

「うん。あのときの聖、すごくかわいかった……」


 頬を染め、ふわりと目を細めるこころちゃん。

 その表情に、彼女の想いの深さがにじんでいる。


「そして次にやるべきことは――」


 私は息を吸い、言葉をはっきりと告げた。



「――――告白への布石、です」



「も、もう告白するの……?」


 こころちゃんが戸惑いの混じった目で私を見つめ、そっと指先を握りしめる。

 その仕草が、なんだかとても儚く見えた。


「文化祭という青春の大舞台、逃す手はないよ」

「でも……シチュエーションが変わっても、ただ告白するだけじゃ前と同じになっちゃいそうで怖いかも」


 そう、そこが懸念点。

 ただ想いを伝えるだけでは足りない。心を揺さぶる何か――特別な仕掛けが必要だった。


「学園もの百合作品からアイデアを……」


 私は脳内の百合データベースを総動員して、該当シチュエーションを高速検索する。

 けれど、どれも決定打に欠ける。


 ふと、こころちゃんの視線が私に向けられる。

 その瞳には、微かな揺らぎがあった。


「聖さんへの告白に向けた、準備……」


 こころちゃんは腕を組み、少し眉を寄せる。

 私も同じように考え込むように、頬杖をついた。


 こういうときは、やみくもに悩むより、原点に返った方がいいのかもしれない。



「そもそも、こころちゃんはなんで聖さんのことが好きになったの?」



 問いかけると、こころちゃんが目を瞬かせる。


「うーん。あたしの、最初――」


 少しだけ視線をさまよわせたあと、ふっと笑った。


「……あたしね、昔はひとりでいる方が好きだったんだ」

「え、本当に? 想像できない」

「あはは、だよね。それで幼稚園の頃はいつも園庭をひとりでうろついてたんだけど……その日は聖がひとりで砂場で遊んでたのが目に止まったの」


 その声が、どこか柔らかくなる。

 思い出の中の情景が、目の前に浮かぶようだった。


「ひとりで、せっせと砂を積み上げてて。次の日も、またその次の日も、ずっと」


 こころちゃんは遠くを見るような目をして、懐かしそうに微笑む。


「それで、話しかけたの?」

「最初は遠くから見てただけ。でも、だんだん気になってきちゃって……思い切って『何してるの?』って聞いたの。そしたらね、聖が言ったんだ」


『お城を作るの』


「外遊びの時間だけじゃ無理だよって言ったら、聖は手を止めずにこう言ったの」


『でも、作りたいから』


 小さく手を握りしめるこころちゃん。その目は、まるであの時に戻っているようだった。


「それを聞いたとき、すごく……わからないけど、放っておけなかったんだよね。だから、手伝おうって思ったんだ」

「……そうだったんだ」


 私は思わず口元を緩めた。

 その小さな原体験が、こころちゃんの“好き”を育ててきたんだ。


「それでね、ふたりで頑張って、ついにお城が完成したの。で、聖が――」


『ふたりだから、できたのかな?』


「って、笑ってくれて……もう、すっごく可愛くて。あたし、そのとき思ったんだ」


 こころちゃんの声は、甘く、そして遠かった。



「この子とはでいたいな、って」



 私は何も言えず、ただこころちゃんの横顔を見つめる。

 その瞳は、今もまっすぐ聖さんに向いていた。


「こんな感じだけど、なんか思いついた? ……ていうか、あたし頼ってばっかりだね」

「そんなことないよ、こころちゃん。大丈夫」


 微笑みながらそう返すと、こころちゃんも少しだけ安心した顔をした。


 だが、次の瞬間。


「それに、さっきのだって――」


 その言葉で、胸の奥に刺さった記憶がよみがえる。


 ――――『かのんちゃんの演技だよ』


 その一言が、今でも脳裏に焼きついている。


 こころちゃんの想いを届ける方法。

 聖さんの心を揺らす、特別な手段。


 ……そうか。



「こころちゃん、をやろう!!」



「えっ、演劇……?」


 目を丸くして私を見つめるこころちゃん。その声に驚きが滲んでいた。


「『百合』をろう!! クラスのみんなで、ひじりさんの前で!!」


 言い切った瞬間、空気が少し止まる。


 こころちゃんはぽかんと固まり、やがて頬を赤らめて視線を揺らす。


「そ、そんなのできるのかな……? クラスのみんなも……それにあたし、演技なんて……」


「演劇なら、『百合』の素晴らしさも、恋の美しさも、こころちゃんの『好き』も。ぜんぶ伝えられると思う」


 私は胸に手を当て、静かに息を吐いた。

 この痛みも、こころちゃんが幸せになってくれたら――きっと、報われる。



「だから、やろう。聖さんの心を動かす物語を」



 ……この文化祭で、終わらせるんだ。




△▼△▼△




 話し合いが終わった頃には、空はすっかり暗くなっていた。

 こころちゃんが送ると言ってくれたけど、私は断った。


 ……本当は、自分がつらくなるだけだから。


 夜風が頬を撫でる。

 その中で、こころちゃんの声がふっと思い出される。


『かのんちゃん、本当に色々ありがとね。あたしも頑張るから』

『ぜったい、今度こそ。聖への告白を成功させるんだ!!』


 ――――笑顔も、優しい声も、いつも通りなのに。


 胸の奥が、どうしようもなく苦しくなった。


 こころちゃんの笑顔。聖さんの話をするときの声音。

 そして、私のそばにいた時間。


 だけどそれは、私がだったからこそ許された。


「……ほんと、大変なことになっちゃったなぁ」


 ぽつりとつぶやいた言葉は、夜風にさらわれていく。


 私は、こころちゃんの人生にちょっと変な友達として関わるだけ。

 隣に立つことはできない。


 ――――何度も、何度もそう言い聞かせてきた。


 それなのに。


 気づけば、道端にしゃがみ込んでいた。

 膝を抱え、視界はじんわりと滲んでいく。


「……どこで間違えちゃったんだろうな」


 手の甲で涙を拭う。けれど、次から次へと溢れてきて止まらない。


 おかしい。私が選んだ道なのに。

 

 それなのに。


「……やっぱり、つらいや」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る