第20話 時がすぎさってしまうまで。

 どうして、こうなっちゃったんだろう。

 どうして私がにいるんだろう。


 いちゃいけないはずなのに。

 誰よりも私がそう思っていたはずなのに。


 だからここで、はっきりさせなきゃいけない。


 ――――私が本当は、どうしたいのか。




△▼△▼△




 私は起き上がってベッドに膝立ちになると、こころちゃんを見下ろすような体制をとった。


「……ええっと、かのんちゃんどうしたの?」


 こころちゃんは困惑した面持ちで言う。

 その表情はいつもの明るいものとは違って、どこか薄暗いように見えた。 


「手、繋いでいい?」


 私はそう言いながらも、答えを待たずにこころちゃんの手に触れる。

 少ししっとりとした手の平の感触がくすぐったい。


「いやでもあたし、手汗……とか」

「そんなの気にならないから、ほらっ――」


 ――ぎゅうっ


 そうして私の手とこころちゃんの手が繋がった。

 今度は偶然じゃない。私が必然にしたんだ。


 温かくて、柔らかい。

 まるで心ごと繋がっているような、その感覚はとても心地良くて。


 私が指を絡ませ始めると、こころちゃんは戸惑いながらも応えてくる。

 気付けば私たちは、温もりと感触を確かめ合うように互いを貪っていた。


 その様は妙に性的で――背徳感のようなものが私の背筋を駆け上っていく。


「こころちゃん、顔真っ赤っかだよ」

「あぅ……で、でもっ、かのんちゃんだって……」


 強がるように言ったこころちゃんの顔は、さらに紅潮していく。

 その蕩けた目と震える唇があまりにも可愛いので、私は無意識に顔を近づけてしまっていた。


 するとこころちゃんはびっくりしたような反応をしたあと、自分も顔を近づけながら囁く。



「キス、する……の?」



 どくん、と心臓が高鳴った。


 こころちゃんの部屋で、二人っきり。

 ベッドの上で密着している私たち。


 まさに雰囲気。


 しても、おかしいことなんてない。


「そ、それは……その、えと、まだ……」


 でも私は、つい曖昧な返事をしてしまう。

 そうしたくてたまらなくなっているはずのに、まだ部分が私の邪魔をする。


 私は気まずくなって、こころちゃんから目を逸らしてしまった。

 そんな私を見たこころちゃんはこくんと首を傾けて、いたずらっぽく笑った。


「まだ、なんだ。いつかは……してくれるんだ?」


 ……かわいいなぁ。


 どうしようもなくかわいかった。一抹の不安も消し飛ぶほどに。

 思わず見とれてしまう。


 心地よい沈黙。

 その間私たちは、手をぎゅうっと握り合っていた。

 

 しばらくして、こころちゃんがゆっくりと口を開く。


「ねぇ、そろそろ……さ、話し合いはじめる?」


 その表情は恍惚としていて、でもどこか不安定に見えた。

 私は軽くうなずくと、繋いだ手からゆっくりと力を抜く。


「あっ……」


 するりと繋いだ手がほどかれる。

 てのひらが空気に触れて、温もりが逃げていく。


 必死に確かめ合った感触も、にじんで見えなくなってしまった。

 さっきまで繋がっていたのに。繋がれていたのに。


 そこでこころちゃんと共有していた何かが、この拍子にぷつんと切れてしまったような。 

 私にはそれがひどく寂しく感じられた。 




△▼△▼△




「……ねぇ、かのんちゃん。さっきはどうしたの?」


 こころちゃんがそう言いながら起き上がって、私の横に並ぶ。

 そしていつもみたいに、にこっと笑った。


「今日は甘えんぼさんな気分?」


 私の『好き』な笑顔だった。


 きっと前から知っていたのに、見えないふりをしていた『好き』。

 いつしか胸の奥に芽生えていた『好き』。

 

 そうだ、私はこころちゃんの笑顔が好きだったんだ。

 こうして隣で笑ってほしかったんだ。


「えっと、えっとね――」


 でも同時に気付いてしまった。

 あの笑顔は、私の方を向いていないということに。


 私は必死に気持ちを押し殺しながら、言った。



「――――聖さんとの練習になったらいいな、って」



 するとこころちゃんは、またみたいに笑う。

 

「……やっぱりかのんちゃんは、かのんちゃんだね」


 そうだね、こころちゃん。

 私はどうあがいても私のまま。

 

 あなたの太陽には、なれない。




△▼△▼△




「それにしてもあたし、びっくりしたなぁ」

「……そうだよね。いきなりだったし、ごめんね? 何か言えばよかったね」


 私と横並びでベットに腰掛けたまま、こころちゃんはぱたぱたと手で顔を仰ぐ。


「それもだけどさ、さっきのかのんちゃんの演技だよ。あたし、けっこう本気でどきどきしちゃった」


 その言葉は、まだ整理のつかない私の胸の中をぐちゃぐちゃとかき混ぜていく。

 まるで私の大切なものが踏みにじられていくような気持ちになった。


 でも違う、こころちゃんは悪くない。何も間違っていない。


 間違っているのは、私の方だ。

 私は、こころちゃんのために『百合プロデュース』をしているだけで良かったのに。


「まぁ、だてに百合女子やってませんから。そういうのはインプット済み……みたいな」


 私は苦し紛れにおどけてみせる。


「あはは、ならいつか好きな人ができたときも楽勝だね」


 するとこころちゃんは微笑み交じりに言った。


 私にとっては、はじめての恋だったのかな。

 そんな自覚はなかったから、いまいち実感が湧かない。


 それでも胸はじんじんと痛み続けている。


「んー……あたしちょっとトイレ」

「うん、わかった」


 そう言ってこころちゃんはばっ、と立ち上がると、扉の奥へ消えていった。


「……はぁ」


 一人きりになった部屋の中で、私はため息をついた。


 これからどうしたらいいんだろう。

 このままこの気持ちを引きずっていたら、またいつか勘違いをしてしまうかもしれない。

 

 それはきっとこころちゃんにとっても、私にとっても良くないことだと思う。



 ――――だったら、終わらせるしかない。



 そのために、『百合プロデュース作戦』を完遂するんだ。

 好きな人の恋を、この手で成就させる。


 この気持ちがこころちゃんに届くことはないんだと思うと、つらくて仕方がない。

 

 でも、きっとこれでいいんだ。

 誰も知らない恋なら、そのまま人知れず終わらせてしまえばいい。


「ただいま~」


 こころちゃんの気の抜けた声とともに扉が開く。

 それと同時に私は立ち上がった。


「あれ、どうしたの? かのんちゃんもトイレ?」


 今一度、己の心と契りを結ぶ。

 自分の想いを閉じ込めて、その想いが終わるまで。



「こころちゃん、作戦会議しよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る