第19話 気付いた頃には遅すぎる。

 私は自室のベッドにごろんと転がりながら、スマホで『文化祭の定番』と検索したサイトを眺めていた。


「……いいの、ないなぁ」


 学校でもこころちゃんと話し合ったけれど、まだ決め手は出ていない。


「どうやったら聖さんとの百合に繋げられるんだ……」


 そう、問題はそこだ。

 メイドカフェでもお化け屋敷でもいいけど、どう使うかが肝心。


 お嬢様学校をテーマにしたコンカフェとか?

 でも男子の出番が壁くらいしかなくなりそう。それはマズい。


 頭を抱えていると、スマホが震えた。こころちゃんからのメッセージだ。


【いいアイデア出た? あたしはさっぱり!!(号泣スタンプ)】


「私もだよ……っと」


 そう返信すると、すぐに返ってくる。


【とりあえず決めるだけ決めちゃいたいよね。聖とのおうちデートもあるし】


 おや、それはだったのでは?

 まぁ私も勉強しなきゃだし、文化祭のことばっかり考えてる場合じゃない。


「やることが山積みだぁ……」


 思わずぼやいたところで、またスマホが震える。



【あした、あたしの家来れる?】



 その瞬間、私はベッドから転げ落ちて、床に頭をぶつけた。


「あたた……な、なにか返さなきゃ」


 慌ててスタンプをポチっと返す。起き上がろうとして――


「いったっ!!」


 今度はテーブルの角に額をぶつけた。

 私がのたうち回っていると、ドアがそっと開く。


「……なにやってんの」


 お兄ちゃんが怪訝そうな顔でのぞき込んでくる。


「な、な、なんでもないっ!!」

「めっちゃ顔赤いけど。主に額」

「風邪……ひいてるのっ!!」

「はいはい。静かにしてなー」


 扉は半開きのまま閉じられた。


 ……落ち着け私。


 ただの打ち合わせ。

 決してとかじゃない。


「よーし」


 だから、そんなにわくわくするな、私。




△▼△▼△




 そして翌日の課後。

 私はこころちゃんに連れられて、高校から二駅離れた街に来ていた。


 少し歩いた先、こころちゃんが一軒の家の前で立ち止まる。


「ほら、ここだよ。あたしの家」


 モノトーンで統一された、シンプルでおしゃれな家。

 築十数年のうちの家とは大違い。


「お邪魔します……」

「遠慮しなくていいよ。今日親いないし」


 さらっと爆弾発言が飛び出す。


 ……へぇ、親御さんはいないんだ。

 つまり正真正銘ふたりきり。


 理解した瞬間、心臓が跳ねた。

 そもそも友達の家に来るのなんて初めてなのに……その相手がこころちゃんだなんて。


「かのんちゃん、飲み物用意するから先に部屋行ってて。二階ね」

「わ、わかった」


 緊張を紛らわせるように鞄を胸に抱きながら階段を上がる。

 可愛い名札のついた扉を見つけ、そっとドアノブを捻って押し込む。


 柔らかなベージュの壁。

 シンプルなタンスと整頓された机、ぬいぐるみに囲まれたベッド。


 ふかふかのカーペットの上に、小さな座布団と折りたたみテーブル。

 私はそのそばにちょこんと座る。


 こころちゃんの匂いがする。


 ほんのり漂っていた香りが、今は部屋全体に満ちていて、私を包み込む。

 落ち着かなくてきょろきょろしていたら、扉が開いた。


「お待たせ〜。はい、オレンジジュースだよ」

「うん、ありがとう」

「よっし、じゃあ――」


 こころちゃんはテーブルにグラスを置き、助走をつけてベッドにダイブ。


「さっそく始めよっかぁ〜」

「……こころちゃん?」


 ベッドに顔を埋めたまま話すその姿に、思わず苦笑してジュースを一口。


「んー、今日は体育もあったし疲れたぁ……」

「そうだね。こころちゃんすごい頑張ってたもんね」

「うん~」


 ふにゃふにゃな声を出しながらごろごろとベッドで転がる姿は、すっかり力が抜けていて自然体だった。


 ここはこころちゃんの部屋だし。当たり前だけど。

 それが逆に――私だけが変に意識してるみたいで、寂しい。



 もしかして、どきどきしてるのは私だけ?



 そう思うと、胸がきゅうっと痛んだ。

 オレンジジュースみたいな酸味が心にじんわり広がる。


 ふと、この前のことを思い出す。



 ――「聖も、かのんちゃんも。あなたにはあげないっ!!」



 あれ、聖さんと同じ扱いをしてもらったような気がして嬉しかったなぁ。

 それで浮かれてしまっていたのかもしれない。


 ……いけない勘違いだったな。反省反省。


「こころちゃん、いつまで埋まってるの?」


 気を取り直して声をかけると、こころちゃんはベッドの上で仰向けになって私を見上げる。

 頬がほんのり赤い。上目遣い。


 その絵面の強さに、思わずどきっとする。

 けど、私はなんとか邪念を振り払って手を差し出した。


「文化祭のやつ早く決めちゃおうよ。そうしたら次は聖さんとのおうちデートの作戦を――」


 ぐいっ


「わぁっ!?」


 あろうことか差し出した手はこころちゃんに引っ張られて、バランスを崩した私はベッドに倒れ込んでしまった。

  そのまま私たちは、ベッドの上で横になったまま向き合う。


「……やっぱりさ、ちょっとごろごろしてからにしない? ほら、かのんちゃんも最近寝不足って言ってたじゃん」


 眠たそうに蕩けた瞳が私を見つめていた。

 匂いと息遣い、胸の鼓動さえも伝わるような距離。


 正直、気が気でない。


「ねぇかのんちゃん、きいてる?」

「あ、ええと……あっ」


 こころちゃんがさらに距離を詰めてきて、不意に手と手が触れ合った。

 体がびくんと跳ねて、胸の奥から一気に熱が溢れ出す。


 私はやっとの思いで声を出した。


「……こころちゃん、ちょっと近くて……恥ずかしい、かも」

「あはは、かのんちゃん顔真っ赤っかだね」

「も、もう……ほんとに」


 どうしてだろう、と思った。

 ドキドキが止まらなくて、こんなにも目の前が眩しいのに。


「もっとリラックスしてくれていいんだよ? あたし気にならないからさ、そういうの」


 こんなにも、私たちは近くにいるのに。

 

「……うん」



 ――――どうしてこの胸の高鳴りは届いてくれないの?



 気付いてほしい。

 私に気付いてほしい。


「ほらほら、もっとこっち来なって。落ちちゃう」


 こころちゃんは囁くようにそう言った。

 そうして軽く両手を広げるような仕草をしながら、微笑んだ。


「ほらかのんちゃん、きていいよ?」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の中の熱がすっと引いていった。

 代わりに、妙な落ち着きが生まれる。


 ……もう、いいや。


 何かが吹っ切れた私は、握られた手をゆっくりとほどいた。

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