第18話 あの子の意図が読めなさすぎる。
波乱だらけのデートが終わると、あっという間にゴールデンウィークも終わってしまった。
久しぶりに来た学校でも、私は相変わらずクラスの隅っこにいる。
教室は朝から賑やかで、クラスメイトたちはめいめいにゴールデンウィークの思い出話に花を咲かせていた。
「あっ」
私の視線の先では、かつてのイチオシナマモノカプだった花岡さんと楠木さんが楽しそうに話している。
……なんだか、前より距離が近くなっているような。
まさか本当に? これじ因果逆転の百合、百合だという結果が先に)ry
こうして、気ままに『百合』を幻視しているだけの日常。
勉強を特別頑張るわけでもなく、部活をするわけでもない。
恋愛なんてもってのほか。
男の子のことはよくわからないし、かと言って女の子のことだって言うほどわからない。
『百合』にせよなんにせよ、私がその当事者になるなんて考えられなかった。
そう、今までは。
「――それでさぁ、あたしが言ってやったの。『あたしの勝ち』ってね!!」
「お、おう。……それ何の話だっけ?」
「いやそれさっきも言ったんじゃん。恋のライ……じゃなくてストーカー。マブのストーカーをシメてやったって話」
教室内に響く一段と大きくて明るい声。
こころちゃんはいつものように、仲のいい男子たちに囲まれている。
この前のデート後にあった佐久間さんとの出来事を、かなり脚色して語っているようだ。
やはりこころちゃんにとって大きな出来事だったのだろう。
私も、そうだ。
あの日からどうも心が落ち着かない。
事あるごとにこころちゃんのことを考えてもやもやしている。おかげで寝不足だ。
芽生えつつあるその気持ちを言葉にするのはどこか気恥ずかしくて、行動に起こすには勇気が足りない。
私、どうしちゃったんだろう。
こころちゃんはとにかく明るくて、笑顔が素敵で、純粋でとってもかわいい。
――――そして、聖さんのことが『好き』。
私はその想いが成就することを心から願っている。
今はそのために日々を過ごしている。
それは確かだけど。
同時に胸がきゅっと締め付けられて、苦しい気持ちにもなる。
『どうするべきなのか』と考えるばかりで、『どうしたいのか』が見えてこない。
あるいは、見ないようにしているだけなのだろうか。
△▼△▼△
「――さて、朝のHRを始めます」
教室の喧騒に耳を傾けているうちに、担任の教師が教壇の前に立っていた。
担任の声に気付いた生徒たちはさーっと静まっていく。
「まず連絡ですが……今週からテスト期間となります。中間テストは再来週ですので、しっかりと取り組むように」
担任の平坦な声と事務的な喋り方は、ただでさえ寝不足で微睡んでいる私の瞼にゆっくりとのしかかってくる。
「それに、テストが終わればすぐ文化祭が――――各クラスでの――――なのでまずは代表――――」
……あ、まずい。
これ、オチるやつだ。
薄れゆく意識の中、最後に見えたのは元気に手を挙げるこころちゃんだった。
△▼△▼△
「――ちゃん、かのんちゃん。起きてっ!!」
「うう……ん?」
肩を揺さぶられ、私は目を覚ました。
目をこすりながら顔を上げると、こころちゃんがにやっと笑いながら立っている。
「もう、先生の話はちゃんと聞いてないとだめだよ?」
「あ、あはは。ちょっと夜更かししちゃって……」
私はつい目を逸らしてしまう。
こころちゃんのせいなんだよ。
そんな言葉は、胸のざわめきに紛れて消えていった。
「……ねぇ犬塚。さっさと始めない? 如月も起きたし」
私がもじもじしていると、横から低い声とともに手が伸びてくる。
その手が私の肩をぽん、と叩いた。
「えっ」
私が振り向いてみると、そこにいたのはとっても不機嫌そうな顔をした城崎さん。
腕を組みながら整えられた爪が光る指を、ぱたぱたと貧乏ゆすりのように動かしている。
でも、不思議と怖くない。
なぜなら私の脳裏には、佐久間さんに唇を奪われすっかり蕩けきった城崎さんの姿が焼き付いているから。
それよりも気になったのは始めるという言葉。
「あのう、始めるって何を……ですか?」
「ん? いや、文化祭のクラス発表の話だけど」
……はい?
私は焦ってこころちゃんの方に向き直る。
そこにいたのはぴゅーぴゅーと口笛(ただの声)を吹かすいたずら少女だった。
「こころちゃん?」
「……あのね、悪気はなくてね」
なんでもクラス発表の代表委員をクラスから三人選出することになっていたらしい。
ただ、この二人が真っ先に手を挙げたのはいいものの最後の一人が中々決まらず、最終的にこころちゃんの推薦で私が選出されたらしい。
何をしてくれてるの。
寝てた私も悪いけど……うーむ。
「勝手に決めちゃってごめんね? でも、きっと楽しいよ?」
こころちゃんは私に顔を寄せて、すがるような視線を向けてくる。
まいったなぁ、私はこれに弱い。
「……うん、わかった。なっちゃったからにはやるよ」
まぁ、こころちゃんと学校で話す機会が増えるなら良しとしよう。
それに文化祭なんていいイベントが盛り沢山。
『百合プロデュース』には絶好の舞台だ。と、前向きに考えておこう。
万年日陰者にはちょっと荷が重いかもだけどね。ハハハ。
「ありがとうかのんちゃんっ!!」
「……さっきから何いちゃいちゃしてんの」
こころちゃんの笑顔に頬を緩ませていると、城崎さんの低い声が水を差す。
「い……いちゃいちゃなんてしてないよ。ね?」
「う、うん」
「だからそれ……」
私たちが顔を見合わせて言うと、城崎さんがため息をつきながら金色の髪をかき乱す。
「……じゃあさ、アイデアは仲良しな二人で出しといてよ。決まったらちゃんと手伝うからさ」
「えっ? いやでも」
「いいのいいの、アタシ正直なんでもいいし。ダルくなきゃいいから」
城崎さんはそう言うと、だるそうに腕を放りながら歩いていってしまう。
ええ、じゃあなんで立候補したの城崎さん。
「ど、どうしようこころちゃん」
「んー……まぁ、あの子なんか感じ悪かったしいいや」
本当にいいのだろうか。
こういうのって団結が大事だって(百合)漫画で読んだことがあるけど。
「寝てるかのんちゃんのこと、すごい目で見てたし」
「すごい目?」
「なんか、こう……必死で何かを抑え込んでる、みたいな?」
よし、やっぱいいや。
城崎さん、一体何が目的なんだ。怖すぎる。
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