第17話 二人はかなりバチバチすぎる。②

「なっ……なにそれっ!!」


 佐久間さんの爆弾発言に、こころちゃんが怒り混じりの声を上げた。


「あはは、文字通りだよ。恋も愛も知らないひじりんに、ぼくがカラダで教えてあげるの♡」

「そ、そんなことさせない!! それに――」


 こころちゃんは指を交差させ、恥ずかしそうに言う。



「まずは……キスから、でしょ。そういうのは」



「……そのつもりだけど?」

「あえっ!?」


 佐久間さんがきょとんと返すと、こころちゃんの顔が真っ赤に染まる。


 いや、今のは佐久間さんの言い方が悪い。

 私まで一瞬勘違いしたし、決して私の頭がピンクすぎるわけじゃない。


「どうしたの? ぼくはひじりんのはじめてのチュウが欲しいだけなんだけどなぁ〜♡」

「あ、あたしはその……」

「ねぇねぇ、こころん。ひじりんの何が欲しかったの? ぼくわかんな〜い♡」

「うぅ⋯⋯っ」


 佐久間さんはくねくねと体を揺らしながら、面白がって話し続ける。

 こころちゃんは今にも泣き出しそうだ。


「かのんちゃんっ!! あたしこの子きらいっ!!」


 うん、私も。

 ……と言いたいけど、隣からの視線がそれを許さない。


「どうしよう、こころんに嫌われちゃったぁ〜」


 佐久間さんがわざとらしく私に腕を絡ませてくる。

 でも私はもう慣れていた。手でぺしぺしとあしらう。


「……ふぅん」


 すると、急に距離を詰めてきて、頬ずりされる。


「かのんちゃ~ん。慰めてよ~♡」

「ちょ、ちょっと」


 甘い香りとさらさらの髪が、至近距離で私を襲う。

 視覚も嗅覚も感覚も、強烈すぎる。


「ほっぺたぷにぷに……いい匂い」


 ど、どうしよう。助けて……



「こらああああああっ!!」



 突如、こころちゃんの怒鳴り声が響いた。

 ファミレスの喧騒がぴたりと止まる。


「あっ」


 こころちゃんもすぐ我に返って、顔を真っ赤にして席に座り直す。


「…………だめだよ」


 沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。



「どっちも取ろうとするなんて、だめだよ」



 どきり、と胸が跳ねた。


 どっちもって、聖さんと――私?

 まさか、そんなはずは。


 戸惑う私の横で、佐久間さんが手を離し、元の位置へ戻る。


「あー、ごめんね? こころん。でもぼくはぁ――」

「あげない」

「うんっ?」



ひじりも、かのんちゃんも。あなたにはあげないっ!!」



 えええええっ!?

 突然すぎて、頭が真っ白になる。


「こ、こころん?」


 佐久間さんも目を見開いて、困惑している。


「あなたは聖からおはようとおやすみの電話もらったことある? 映画を時系列順に全部見せられたことは? 脇の下にほくろがあるの知ってる?」

「いやぁ……知ら、ない……です?」


「かのんちゃんとお出かけしたことある? そのあと三十行くらいのメッセージが届く? まず連絡先、持ってる? 小学生みたいな筆箱を使ってるのは知ってる?」

「持ってない……って、そうなの? かのんちゃん」


 肩を揺さぶられたけど、よく聞いてなかった。

 なんかすごく恥ずかしいこと言われてる気がする。


 でも、心はなぜかあたたかい。


「何より、二人に信頼されてる?  私はされてるし、してる。に」

「ええっとぉ〜」

「どうなの?」

「う〜ん……」

「わかんないんだ?」

「……う、うん」



「――じゃあ、あたしの勝ちっ!! あなたの負けぇっ!!」



 こころちゃんは立ち上がり、指を天に突き上げる。


 その姿は笑顔とはまた違った輝きを放っていて、

 私の中のが、少しだけ形になった気がした。


 佐久間さんは、ぽかんとした表情で見つめている。


「ふっふっふ。あたしの、勝ち」

「――――お客様?」


 ……あっ。




△▼△▼△




「ごめんねかのんちゃん。店員さんに怒られちゃって」

「ううん、大丈夫。気持ちが爆発しちゃうときもあるよ。それに……、してるから」

「かのんちゃん……ありがと」


 こころちゃんは控えめに笑う。

 今は落ち着いて、スパゲティをくるくる巻いていた。


 私はまだ、どきどきしている。

 こころちゃんは、聖さんだけじゃなく私のことも――?


 そんな考えがよぎったとき、


「ただいまぁ〜♡」


 佐久間さんが、なみなみ注がれたメロンソーダを持って戻ってきた。

 さっきまで気圧されていたのが嘘のように、けろっとしている。

 すごいメンタルだ。


「あ、ぼくの来てたんだぁ!! いただきまぁ〜す♡」


 料理を見て目を輝かせ、さっさと席に座る。


「かのんちゃん、フォークとって〜」

「あ、はい」


 咄嗟ににフォークを手渡す。

 ところで、私のきのこスパゲティはまだだろうか。


「ねぇ、撫子ちゃん」

「ん、どうしたのこころん?」


 こころちゃんがフォークを置き、真剣な顔で問いかける。


「撫子ちゃんは、聖とかのんちゃん、どっちも狙ってるの?」

「ん〜……そうだけど、ちょっと違うなぁ」


 はぐらかすように目を逸らしながら、スパゲティを口に運ぶ。


「……あは。美味しいっ♡」

「ねぇ、違うってどういうこと」


 頬に手を当てた佐久間さんを、こころちゃんが真っすぐに見つめる。


 また気まずい空気。


 私がきょろきょろし始めたその時、佐久間さんがにやっと笑ってフォークをこころちゃんの方へ向けた。


「今は、こころんもロックオン中ってこと♡」


 甘く絡みつくような声。

 けれど、こころちゃんの瞳はまっすぐ揺れない。



「――思い通りには、なってあげないから」



 二人の視線がぶつかる。

 火花を散らすとは、こういう時に使うんだと思った。


「あはは、そうでなくっちゃ♡」

「ふんっ」


 ……ああ、きのこスパゲティはまだかなぁ。

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