第16話 二人はかなりバチバチすぎる。

「今日はありがとね、聖」


「うん、私も楽しかった。誘ってくれてありがとう」


 ショッピングモールを出ると、空はオレンジ色に染まりかけていた。

 ふたりは入口近くのベンチに腰かけ、少し寂しげに話している。


「じゃあ、私このあと部活あるから」

「……ねぇ、次いつ遊べるの?」


 聖さんが立ち上がろうとした瞬間、こころちゃんが服の裾をつかむ。


「すぐまた休みだよ。テスト休みだけどね」

「そういえばそっか。……じゃあさ、次は勉強会しよう」



「あたしの、家で」



 聖さんは少し目を細めてから、微笑んで言った。


「……うん、わかった。またね」




△▼△▼△




 ふたりの別れを見届けながら、私の胸はざわついていた。


「かのんちゃーんっ!!」


 聖さんが見えなくなると、こころちゃんが植え込みの陰から私に駆け寄ってくる。

 私は立ち上がりかけたところで、


「わっ!?」

「だいっ、大大大成功だよっ!! かのんちゃんっ!!」


 喜びの極み、といった表情で飛びついてきたこころちゃんに、ぎゅっと抱きしめられる。

 体温も感触も、全部が伝わってくる。


「サポート完璧だったよ!! それに、あたしものコツ掴めたかも!!」


 明るい茶髪が頬をくすぐり、柑橘系の香りがふわりと香る。

 肩をつかみながら、こころちゃんが笑う。



「かのんちゃん、ほんっとうにありがとう!!」



 ああ、まぶしいな。

 こんなにあったかい。


 さっきまで冷たかった胸の奥が、少しずつ熱を取り戻す。

 それと一緒に、が溶けていく。


「じゃあ、かのんちゃん!! お疲れ様会と次の作戦会議しにご飯食

べ――」

「こころちゃん」


 私は不思議と落ち着いていた。


「あれ、お腹空いてなかった?」

「その……えっとね」


 溶けていくそのを、言葉にしたくて。



「――――これからも、友達でいてくれる?」



 でも口に出した時には、もうそれは形を失っていた。

 だから、もどかしくてたまらない。


「どうしたのかのんちゃん。そんなの、当たり前だよ」


 こころちゃんが私の手を握ってくれる。


「ありがとう、こころちゃん」


 なら今は、これでいいのかもしれない。


「ほら行こっ!! あたし、スパゲティ食べたいなぁ」



「あ、それいいね~。ぼく、ペペロンチーノにするっ♡」




△▼△▼△




 近くのファミレスは混み始めていたが、運良く広い席に座れた。


「…………」


 こころちゃんは腕を組んで、鋭い目で向かいを見る。

 その先にいるのは、私じゃない。


「え~っと、これとこれ……あとこれも。以上で~す♡」


 しまった、佐久間さんの存在を忘れていた。


 注文を終えた佐久間さんが、私たちを交互に見て不気味に笑う。

 気まずさに私は視線を落としたままだ。


「じゃあぼく、ドリンクバー行ってくるねっ♡」

「待って」


 こころちゃんの声が低くなる。


「なぁに? コロちゃん」

「その呼び方やめて。犬みたいで嫌」

「じゃあ、こころん?」

「……とりあえず座って」


 空気を察したのか、佐久間さんは渋々席に戻る。


「あなた、誰?」


 こころちゃんが身を乗り出し、睨むように問いかける。


「ぼく、佐久間撫子。よろしくね♡ かのんちゃんとは友達~」

「ち、違……」


 身を寄せてくる佐久間さんに、私はそっと腕で距離を取る。

 その様子に、こころちゃんの表情が曇る。


「今日のこと、見てたの? かのんちゃんと一緒に?」


 冷たい視線が私に向けられる。

 どうしよう、嫌われたくない。


「わ、私は」

「安心してよこころん、ぼくが勝手にストーキングしてただけ。かのんちゃんは無関係だよ?」


 佐久間さんがウィンクする。

 庇ってくれたのだろうけど、勝手についてきたのは事実なんですよね。


「そっか」


 こころちゃんが私に申し訳なさそうな視線を送ると、すぐに佐久間さんはの方へ向き直る。


「ストーカーって……あたしのこと?」

「ううん、ぼくはひじりんのストーカー♡」


 聖の名前が出た瞬間、こころちゃんの目つきが変わる。


「……聖とはどういう関係?」

「ん~複雑だけど、こころんにとっては……?」

「はぁっ!?」


 思わず声を上げたこころちゃんに、佐久間さんは楽しげに微笑む。

 張り詰めた空気が、精神をじわじわと削る。


「冗談だってば♡ ひじりんとは。こころんも、そうでしょ?」


 その言葉に、こころちゃんが黙り込む。

 眉間に皺を寄せ、悔しそうにうつむいていた。


 愚かだ。

 こころちゃんと佐久間さんじゃ格が違う。


 私は不快感を視線に込めて、佐久間さんを睨む。


「んまぁ、ストーカーしてたのはごめんね? でもさぁ……」


 佐久間さんが私に意地悪く目を向ける。



「かのんちゃんはどうなの? ぼくと同罪だよねぇ~?」



 心臓がぎゅっと縮こまる。

 蛇に睨まれるとは、こういうことか。


「こころんは、かのんちゃんがいるの知ってたみたいだけど、どうして?」

「それは、その……」


 まずい。核心を突かれた。

 『作戦』がバレたら、佐久間さんは絶対に何かやらかす。


 そして、めちゃくちゃにする。

 そういう人だ。既によく分かっている。


 それにホワイトボードの存在も、佐久間さんは知っている。


「それにしても、いいデートだったねぇ。まるで恋人みたいで、ぼくまでドキドキしちゃった♡」


 佐久間さんはハーフツインに結んだ髪を手に取り、あごに添えてハートのような形を作っている。


 本当にどうしよう。


 沈黙が続き、ますます佐久間さんのペースになる。



「こころん、好きなんでしょ? ひじりんのこと♡」



 甘ったるい声が、こころちゃんの心に土足で踏み入ってくる。


「す、好き……だけど」


 こころちゃんの声にはもう威勢がない。


「わぁ~やっぱり♡ ぼく、応援するよ?」


 佐久間さんのどの言葉にも感情はない。あるのは好奇心だけ。


「お、応援? ……ありがと」


 それでも、こころちゃんは純粋すぎる。かわいい。


「女の子同士って、悩むこともあるよね。ぼくも、よぉ~くわかるよ」

「撫子ちゃんも、なの?」


「そうだよ。ぼくも愛で悩むんだ。好きな人を想うと胸がきゅう~っとして、夜も眠れなくなるの」


「わ、わかる。あたしも……そう」


 なんだか、いい雰囲気になってる。

 でも確かに、二人が共有できるものがあるのも事実。


 今なら、私にも少しわかる気がする。


「撫子ちゃん、あたしね――」


 でも、こころちゃん。絆されちゃだめだ。

 佐久間さんは自分の興味のあるもの以外には、ありえないほど軽薄。



「――――まぁ、ひじりんのは、ぼくが貰うけどね♡」



 うーん。

 予想してたけど、予想以上。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る