第15話 ででで、でかすぎる……。
迂闊だった。
佐久間さんが私の背後からこっそり指示を出していたとは。
「なんてことを……」
「いいじゃん♡ かのんちゃんも見たいでしょ?」
いや見たいけども、うーん。
なんだか顔が熱い。
恥ずかしいというか、もどかしいというか。
別に下着なんて珍しくもないのに、なんだか変な感じ。
私は妙に落ち着かない心を抑えながら、下着類のコーナーに移動するふたりを追いかけた。
△▼△▼△
「ひ、聖は普段どんなのつけてるの?」
「ああいうやつ」
聖さんは棚に陳列された、不愛想なデザインの下着を指さす。
こころちゃんはそれと聖さんの胸を交互に見て『おお……』みたいな顔をした。
「ね、もっとかわいいのにしようよ? なんかお母さんみたいじゃない?」
「いや、これでいいよ。別に誰かに見せるわけじゃないし」
聖さんがそう言うと、こころちゃんは毛先をくるくるいじりながら言う。
「でもさ、いつかは来るよ? ……その、見せるとき」
は、早くないですか?
もうそういう匂わせしちゃうんですか?
こころちゃんの成長ぶりには驚かされる。
このままセクシーな『攻め』も会得してしまうのか……?
「それってさ、どんなときなの?」
聖さんは、こころちゃんの顔を覗き込みながら言った。
わざとなのか無意識なのかわからない、ミステリアスな声色。
その反応に、こころちゃんは大きく顔を逸らしてしまう。
「わかる……でしょ? そういう、ときだよ」
こちらから表情は見えないが、震える自分の体をぎゅっと抱いていた。
「んー、ちょっとわからない……かな」
「そ、そう? ででででも、備えあれば憂いなし、だからね?」
あごに手を当てて首をかしげる聖さんを、こころちゃんはどこか寂しそうに見つめていた。
「わぁ~。コロちゃんあんなに初心だったんだ~♡」
後ろでは佐久間さんが楽しそうに笑っている。
私はその声を無視して、手元のホワイトボードをぎゅっと抱いた。
モウハナサナイカラネ。
「でも、そういうときにはもう下着なんてつけてないんだよね~♡」
急に強キャラ感がすごい。
やっぱり
「ところで、かのんちゃんは今どんなぱんつ履いてるの?」
「昔の変態みたいなこと言わないでください……」
佐久間さんが急に矛先を向けてきて、私の肩を掴んで軽く揺らす。
セクハラって言葉が生まれる前のセクハラじゃないか。古いっ!!
「いいじゃん教えてよ~。ぼくはね……黒の紐♡」
「い、言わなくていいですから」
すごい刺激的なカミングアウトを受けてしまった。
いきなりハードルを上げるのはやめてほしい。
あ、でも言わないよ?
モノローグにだってプライバシーはあります。
そんなやり取りをしていると、こころちゃんがさっそく聖さんの下着を選ぶためにあたふた駆け回っていた。
「ねぇ、これは?」
「うーん、柄が浮きそう」
「これは?」
「これって大きく見せるやつじゃない?」
「……これは?」
「かわいいけど、ちょっと薄いかも」
「…………これは?」
「私、フロントホック苦手なんだよね」
こころちゃんのセレクトはことごとく跳ね返されていた。
手に持っているカゴには、敗れたものたちが積み重なっている。
「いつもこんなにこだわって買ってるの? あたし、ずっと同じようなやつだから――」
「そうだけど、こころは違うの?」
聖さんはあっけらかんとした表情で言う。
するとこころちゃんの目線がゆっくりと下に降りて、なにか偉大なものを前にしたみたいな顔になった。
大いなる胸には大いなる責任が伴うということに気付いたらしい。
そしてこころちゃんは自分の胸にぺたんと手を置いて、聖さんに身を寄せた。
「ごめんね、気付いてあげられなくて……」
「こ、こころ?」
なんかいい感じになっているが、聖さんは終始困惑している。
アメイジングな状況だなぁ。
「やっぱり、最初のやつの大きいサイズにしようかな」
「で、でもあたしが……」
「ありがとう。気持ちだけでも嬉しいよ」
「うん……」
眉をハの字に歪めながら言うこころちゃんを、聖さんは優しく宥めた。
ああ、純白に澄み切っている。
「なぁんだ、つまんないの〜」
後ろで佐久間さんが何か言っているが、気にしない。
最初はどうなることかと思ったが、実に健全。
目の保養になるし、もっと見ておこう。
「じゃあさ、聖……」
「どうしたの?」
すると、こころちゃんが持っているカゴをごそごそと漁り始める。
「普段使いとは別でさ……こういうのは、どう?」
そう言って手に取ったは、黒のレースにゴージャスな金の装飾が施された、ど派手なランジェリー。
こ、こころちゃんっ!?
「こころ? それ……すごいスカスカだけど大丈夫なの?」
「あのね聖。女の子はね、『頑張るぞっ!!』って時とか、そういう時のために、こういう下着を持っておくものなんだよ?」
そうなんだ。
こころちゃんは真剣な顔をして、落ち着いた口調で言い放った。
ただし、目はぐるぐるしている。正気じゃない。
「で、でもそんなの……こころは持ってるの?」
「うん。それに――」
こころちゃんは戸惑う聖さんに一歩近づき、シャツの襟を引っ張りながら、
「――――いま、つけてるよ?」
煽るような表情を浮かべてそう言った。
羞恥で紅潮しきっている顔が、むしろ扇情的な雰囲気を加速させている。
「ちょ、ちょっと何言って」
「証拠……見せてあげよっか?」
きっと今にも爆発しそうなくらい緊張しているはずなのに、こころちゃんはさらに聖さんの方へすり寄る。
「試着室、行こ」
「こころ? 目が怖いよ?」
「いいから。あと、聖にもこれつけてもらうからね」
「ええっ!? 待っ――」
そのままこころちゃんは聖さんを試着室の方へ押して行ってしまった。
そして私は爆発した。
「――――――――――!!」
上唇のあたりに生暖かいものを感じる。
たぶん鼻血。
「わぁ〜お♡ ……っと、かのんちゃん?」
体が後ろに倒れて、佐久間さんの膝に着地した。
目がチカチカしているので表情は見えないが、おそらくニヤついている。それはわかる。
「かのんちゃん、興奮して鼻血出すのってなんか古くない?」
決して古くない。
薄れゆく意識の中で、私は準備していたセリフを読み上げた。
「さくまさん……私の骨は姫百合の咲く丘に……」
「あはは、面白いねかのんちゃん。でもいいの? そのまま逝ったらぼくが好き放題しちゃうよ?」
「かまいません……」
もう思い残すことはない。
こころちゃんもあの様子ならきっと大丈夫。
「それと、あの試着室に乱入してめちゃくちゃにしちゃお~♡」
「それは逝けないっ!!」
その声に、私は思わず跳ね起きた。
あそこはもはや聖域なんだ。
紐パンだからってやっていいことと悪いことがある。
「はぁッ……はぁッ……」
私は肩で息をしながら袖で鼻血を拭った。
お兄ちゃんごめん。
△▼△▼△
しばらくして、ふたりは何事もなかったような顔で試着室から出てきた。
そしてふたりはそのまま会計の方に歩いていってしまう。
取り残されてしまったようで、なんだか寂しい。
「聖、ちゃんと似合ってたよ」
「うーん。それ、褒めてるの?」
「もちろん。……ねね、あたしはどうだった?」
「……綺麗、だったよ」
よし、私も追いかけよう。
そろそろデートも幕引きだし、最後まで見届けなければ。
それにしてもこころちゃん、すごいよ。
今日だけでこれなら、聖さんだってすぐに振り向いてくれる。
そうしたら、私は――――
「あれっ?」
ふと、踏み出した足が止まる。
胸の奥が凍てつくような感じがした。
ぱきぱきと音を立てて、心に霜が張り付いていく。
こころちゃんと聖さんの『百合』を完成させて、
こころちゃんのあの弾けそうな笑顔を見て、
こころちゃんと――
それで、終わり?
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