第14話 後ろの正面、気になりすぎる。

「あ、あの服ひじりんにすごい似合ってる。コロちゃんセンスいい~」

「…………はぁ」


 ショッピングモール内にあるアパレル店。

 そこで私と佐久間さんは、商品棚の陰からふたりの微笑ましいデートを見守っていた。


 やばい、こころちゃんになんて説明しよう。

 かなり困った状況になった。

 

 なんでも佐久間さんは聖さんに遊びの誘いを断られ、その寂しさを埋めるためにストーキングしようとしていたらしい。


 やっぱり犯罪者じゃないか。

 私は公認だから許されているんだぞ。


 今のところ佐久間さんはおとなしくしているが、急に豹変してとんでもないことをし出すかもしれない。


 とりあえず刺激しないようにしよう。ほぼ猛獣。


「もう、怖い顔しないでよかのんちゃん。変なことはしないからさ」

「……わかりました。見つからないようにしてくださいね」

「おっけ~。かのんちゃんの後ろに隠れとくね。……すぅーっ♡」

「におい嗅がないでください……」


 私は気を取り直して、仲良く服を選んでいるふたりに視線を向けた。


「じゃあ次はこれっ!! これ着てみてよ!!」


 こころちゃんはにこにこしながら服を差し出す。

 かれこれ六着くらい試着している聖さんだったが、嫌な顔一つせず着せ替え人形に徹していた。


「どうかな……?」


 聖さんは近くの試着室でぎこちなく笑う。


 着ているのはへそ出しのハイネック。

 黒い生地と適度な露出が、聖さんの元々の色気をさらに大人っぽくしていた。


 あらあら、おへそなんて出しちゃって。

 すこやかな腹筋がセクシー。ごちそうさまです。


「聖っ!! すごおっ……すっごい似合ってる!!」


 こころちゃんは目を見開いて腕を振り回している。

 どうやら相当お気に召したようだった。


 あの様子なら、指示はしばらく必要ないかな。

 私は抱えていたホワイトボードを床に置き、さらに目と耳を凝らした。


「ひじりんのお腹……コロちゃんわかってるね~♡」


 私がふたりを凝視していると、後ろで佐久間さんが呟く。


「そういえば、こころちゃんのこと知ってるんですね」

「うん♡ かわいいから目つけてたんだぁ。……それに、『ビッチ』らしいじゃん。ぼく、そういう子も『好き』だから――」


 佐久間さんはいつもの調子で言う。

 その言葉がどうも私の胸に引っかかった。

 

「こころちゃんはかわいいですけど、『ビッチ』なんかじゃないです」


 ――あ、まずい。

 

 こころちゃんの噂を否定したいがために、つい口を挟んでしまった。


 機嫌を損ねたら何をされるかわからないというのに。

 私が恐る恐る振り返ると、佐久間さんが妖しい笑みを浮かべている。

 

「……ふぅ~ん。そうなんだ」


 その声と共に、私はほっぺをつままれた。


「な、なんれすか」

「ん~? かのんちゃん、やっぱりな~って♡」


 佐久間さんが意味ありげに囁く。

 その声音は私のどこか柔らかい部分をそっと撫でているようで、気味が悪かった。


「あのふたりはさ、カップルなの?」

「い、いえ……まだれす」

「そっかぁ〜。良かったね♡」


 佐久間さんは何故か満足げに笑うと、ほっぺを離してくれた。


「なにがですか……」


 私はあのふたりをくっつけるために奔走しているというのに。


 まぁ、もう放っておいてもいいかもしれないけどね。

 だってあんなに恋人みたいなイチャイチャしているんだもの。


 少々複雑な気持ちだが、私はふたりの甘々空間に視線を戻した。


「聖っ!! これもこれもっ!!」

「もう、私ばっかりじゃない?」

「聖がなんでも似合うのが悪いんだよ~。ほんとスタイル良すぎっ!!」


 こころちゃんは興奮気味にそう言うと、聖さんに優しく抱き着く。

 そして一瞬私の方を見て、すごいドヤ顔でウィンクした。

 

 幸い佐久間さんの存在には気付いていないようだ。

 こころちゃんのかわいさに集中したいのに、後ろにいる人のせいではらはらする。


 それにしても抱き着くなんてすごいアグレッシブな攻めだなぁ。

 まるで佐久間さんみたい。


「……でも私は、こころみたいにぷにぷにしてた方がいいな」


 聖さんはうつむきがちに呟いた。

 するとこころちゃんがにやっと笑って、わざとらしく口をとがらせる。


「聖だって充分ぷにぷにしてるよ? ほらっ……むぎゅ」

「ちょっと、もう」


 こころちゃんは聖さんの豊かな胸に顔をうずめた。

 聖さんは困惑しながらも、それをすんなり受け入れている。


 あれ、すごい羨ましい。私もやりたい。

 後ろの方でも「ずるい……」と呟く声が聞こえた。

 

 ……私、佐久間さんよりは可能性があるはず。

 

 そうだ、もう一度小学生のフリをすればいいんだ。

 女児服を捨てないでおいて良かった。


「……けっこう悩みの種なんだからね? バレーは全力でやりすぎるとたまに痛いし、すぐ下着のサイズ合わなくなっちゃうし」


 聖さんが憂鬱気に呟くと、こころちゃんは少し気まずそうにゆっくりと離れる。 

 

「そ、そっか。じゃああたしが貰ってあげよっか~……なんて」


 離れた後もこころちゃんは、名残惜しそうに聖さんを見つめていた。

 今までにも片鱗はあったけど、こころちゃん結構スケベだな……でもそういうの嫌いじゃない。


「そう? じゃあちょっとあげるよ。ちょうど最近キツくなってきてたんだ」

「えあっ……そ、それはぁ」


 聖さんは仕返しとでも言うように、腕を組んで胸を突き出す。

 それに思わず目を逸らしたこころちゃんと目が合った。


 頬はほんのり上気していて、視線が助けを求めている。


 まったく、こころちゃんったら。

 セクシーな『攻め』にはまだ弱いみたい。


 だが今度は私にも策がある。

 とっておきのカウンター、それは――って、あれ?

 

 足元にあったはずのホワイトボードがない。



「じゃ、じゃあ聖っ!! あたしが新しい下着、選んであげる!!」



「えっ?」


 ……えっ?


 聖さんと私の心の声がシンクロした。

 

 待て待て待て。まだ指示は出していない。


 まさか自分であんな作戦を? ……いや、助けを求めるような視線は本物だった。

 あの様子だと、頭は真っ白だったはず。


 ならどうして――


「いやぁ、コロちゃん攻めるねぇ~。ぼく、わくわくしてきた♡」


 後ろから楽しそうな声が聞こえてくるとともに、頭を何かでこんこん叩かれる。

 

「かのんちゃんも、そう思うでしょ?」

「さ、佐久間さん……?」


 ゆっくりと振り返るとそこには、佐久間さんがいた。

 その瞳の奥では、限りなく澄み切った好奇心のようなものが光っている。


 【かわいいしたぎ、えらんであげちゃおっ♡】


 ホワイトボードには、くねくねした丸い文字でそう書かれていた。


 なんてことだ。

 やっぱり佐久間さんはとんでもないことをしでかしてくれた。


 そういうのはもっと段階を踏むべきだと思います。 

 まだうら若いふたりには刺激が強すぎる。



 何より、だ。



 そんな場面を直視してまったら、私は爆発して死んでしまう――――

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