第13話 攻めの素質がありすぎる。②

「あ、えっ?」


 これはまずい。


 こころちゃんは反撃をまともに食らい、すっかり『攻め』られる側に戻ってしまっていた。

 

「さっきから私のこといっぱいからかってくれたからさ、そのお返しだよ」

「わわわ……」


 さっきから口をぱかっと開けたまま唖然としている。 


「ふふ、やっぱりこころの方がかわいい」


 聖さんはわずかに頬を紅潮させてはいるが、余裕の表情は揺るがない。


 聖さん、それが『好き』じゃないならなんなんですか。

 無自覚でそんなことできるんですか。


 ……もうさっさと付き合っちゃえばいいのに。


 なんだかむず痒くて、どこか切ない気持ちになる。


「ちょっ、ちょっと待って!!」


 こころちゃんは見つめられてあたふたしながら、私にちらちら視線を送っている。


 あ、そうだ。私が指示を出すんだった。

 しかし、私にはこの状況をひっくり返す方法が思いつかない。


 こころちゃんの『攻め』が崩されかけている現状。

 何とかしてもう一度、聖さんの隙を作らなければ。


 それなら――


 私は素早く指示を書き、こころちゃんに向かって掲げた。

 こころちゃんは一瞬戸惑った表情を浮かべたが、すぐに小さく頷く。


「こころ?」

「……聖、はい」


 こころちゃんは冷静にフォークを動かして、ひと口大に分けたパンケーキをひじりさんの口元へゆっくりと運ぶ。



「あーん」



 ぷるぷると腕が震えていた。

 唇をきゅっと結んで目を細めたその顔からは、緊張と胸の高鳴りが伝わってくる。


「……ん」


 聖さんは小さな口を精いっぱい広げて、差し出されたパンケーキをぱくっと頬張った。


「あむっ」


 聖さんはうっとりとした表情でパンケーキを味わっている。

 だが、こころちゃんへの余裕そうな視線は崩さない。


 そう、それが絶好のチャンスなんだ。


「あ、聖――」


 ふと、こころちゃんがはっとして笑みを浮かべる。

 


「もう、クリームついてるよ?」



 すぐに前のめりになると、聖さんの唇の端を指で拭った。


「ひゃっ!?」


 聖さんが小さく声をあげると、途端にその頬が紅く染め上がっていく。

 こころちゃんは勝ち誇ったような表情でそれを見つめながら、


「ん、甘い……」


 指についたクリームをぺろりと舐めとった。


 完璧なカウンターっ!!

 聖さんは見事に真っ赤になって固まっている。



 なお、私が出した指示は【頑張って!!】である。

 よく頑張った。カンペキ指示通り。



 まったくもって司令官オペレーター失格だが、結果オーライ。


「聖も……って、聖?」

「や、なんでもない」

「ごめん、やりすぎちゃった?」

「いいから」


 声をかけられても聖さんは腕で顔を隠して、そっぽを向いてしまう。 


「聖、その……」


 こころちゃんは焦った様子で聖さんに顔を寄せた。


「だめっ!!」

「えっ?」


 弱々しく呟くひじりさん。

 その時、こころちゃんの目の色が変わったように見えた。



「いま、顔……だめ」


 

 うおおおおおおっ!?

 す、すごい!! めっちゃ尊い!!

 

「ひ、聖、めっちゃ尊い!! ……い?」

「尊くないっ!! もう何も言わないでっ!!」


 あ、ついホワイトボードに感想書いちゃってた。

 だがそれを指示だと勘違いしたこころちゃんが聖さんをさらに追い詰める。

 

「顔見せてよ」

「……嫌」

「照れてるの、かわいい」

「――――――っ!!」


 気付けばこころちゃんは、羞恥に悶えている聖さんの姿を楽しむように『攻め』続けていた。 


 そこにはもう迷いはない。

 こころちゃんが『攻め』に覚醒した瞬間だった。


 もしかして私の指示、そこまでいらなかったのでは?




△▼△▼△




 その後、ひじりさんは数分の間『攻め』られ続けていじけてしまった。


 こころちゃんが大慌てで注文した追加のマカロニグラタンによって少し機嫌が直ったようだが、まだムッとしている。


「グラタンおいしい?」

「……うん」

「またあーんしたげよっか?」

「…………こころ」 


 いたずらな笑みを浮かべて言うこころちゃん。


 さすがにそろそろまずいよぉ〜。(建前)

 

 聖さんはそれを悔しそうに睨みつけているが、前に佐久間さんに絡まれたときと違って、まったく嫌そうではなかった。


 これもふたりの信頼関係のおかげなのか。

 たとえ恋愛関係に至らなくても、あのふたりならきっと互いにで在り続けられるのだろう。

 

 だからこそ、そのうえで『恋人』になりたいと願うこころちゃんの想いは儚くて、美しいんだ。

 

 ……あーあ、羨ましいなぁ。


「じゃ、そろそろ行こっか?」


 ふたりはそのうち食事と会話を終えて、会計に向かった。

 私も追いかけないと。


 私はカフェオレの残りをぐいっと飲み干す。


「……にがい」


 すっかり氷が溶けてしまっていて、苦くなっていた。




△▼△▼△



 

 さてさて、このデートはまだまだ終わりません。

 次の予定はショッピング。


 ふたりはカフェから出ると、近くにある田舎者御用達の某大型商業施設への道を歩き始めた。


「ね~聖、そろそろ私の目を見て話してよ~」

「……すごい恥ずかしかったんだからね」


 こころちゃんは並んで歩く聖さんの腕をつつきながら言う。


 私はふたりの後ろを歩いているため表情は見えないが、間違いなく

こころちゃんはにやにやしている。それはわかる。


「次はあたしが服選んだげるから、元気出して?」

「かわっ……」


 聖さんはびくっとして、こころちゃんから顔を逸らす。

 もうすっかりに敏感になってしまっているみたいだ。


 こころちゃんもそれに気付いているようで、聖さんが反応するたび私に見えるようにサムズアップをした。


 もうすっかりノリノリだなぁ。

 お店の中に入ったらホワイトボードは使いずらいだろうし、あの様子なら指示しなくてもいかもしれない。


 さっきも結局女子学生に写真を撮られてしまっていた。

 たぶんすっごい顔をしていたので、どうかSNSには投稿しないでほしい。バズっちゃうから。


「……こころ、今日はなんか変だよ」

「今更!?」


 こころちゃんは大袈裟に驚いてみせる。

 すると聖さんがふいに立ち止まって、腕を後ろで組んだ。



「でも、今は私もなんか……変」



 うわあっ!! 表情が見えないのが惜しいっ!!

 

 だが聖さんはきっと少しずつ『好き』の自覚に近づいているはず。

 よし、やる気出てきた。

 

「いやぁ~あのふたり、結構いい雰囲気になってきてるね♡」

「うんうん、本当にそう。というかもう付き合ってもいいと思うんですよね――」


 

 ――んっ?



 私はの方を向いて、思わず大声を出しかけた。

 間一髪で口を抑える。


「でもぼく、なで×ひじが正解だと思うんだよね。いや、もお似合いだけどさぁ」

「佐久間……さん?」


 私が怯えながら声をかけると、佐久間さんはぺろっと舌を出してピースする。



「……あは、来ちゃった♡」

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