第10話 とっくに手遅れすぎる。

 週明けの朝。私はいつもの通学路を歩いていた。

 田舎の、数分おきに車が通るだけの道。


 ふと足が止まる。



『ねぇ今、ぼくのこと考えてたでしょ♡』



「はうっ!!」


 一昨日の土曜日、ここで佐久間さんに襲われたことを思い出して身震いする。


 あれ、ほぼ犯罪だよね。




△▼△▼△




 教室に入った途端、明るい声が私を出迎えてくれた。


「おはよっ!! かのんちゃん。土曜日はありがとね」

「あ、おはようこころちゃん。……あれ、いつもの人たちは?」


 こころちゃんが一人なのは珍しい。


「ほら、今日健康診断でしょ。男子たちは先に呼ばれていったの」


 言われて教室を見渡すと、確かに女子しかいない。


「でね、ちょっと報告したいことがあるんだ。席で話そ!!」


 鼻歌まじりに上機嫌なこころちゃんが、私の手を引く。

 今日もかわいい。癒される。


 そのとき、廊下側に固まっていた女子の一人と目が合った。

 長い金髪をかき上げながら、こちらを睨んでいる。


「……ちっ」


 その金髪の女子は小さく舌打ちをして、すぐに他の女子の方へ向き直った。

 なんだろう、嫌な予感がする。




△▼△▼△




 席につくと、こころちゃんはすぐに話し出した。


「かのんちゃん。きのう聖と、久しぶりにメッセでやりとりしてたんだけどさ」


 告白以来、連絡を取ってなかったのだろう。それならこの笑顔も納得できる。


「次の日曜日、デートすることになったのっ!!」


 机に身を乗り出して、目を輝かせるこころちゃん。


「ほ、ほんとに!?」

「ふふふふ~ん♪」


 ドヤ顔でピースを決めるその姿に、乙女の恋の力のすさまじさを感じる。


「聖さんを『好き』にさせる第一歩、だね」

「うん!! あたしやったよ!!」


 跳ねるように喜ぶ姿に、思わず感慨深くなる。

 私も勇気を出した甲斐があった。……と思いたい。


 さて、ではこの調子で私は裏方に徹しよう。

 デートに水を差すわけにはいかない。


「それで、さ……頼みがあるんだけど。あたし、デートで何をしたらいいかわからなくてさ」


 指をちょんちょんと合わせて、緊張した面持ちのこころちゃん。


「ああ、アドバイスなら――」

「かのんちゃんに、こっそりついてきてほしいな……って」


 首をかしげて顔を寄せるその仕草に、思わず見とれてしまう。


 うん、かわいい。


 いやでもダメだ。如月かのん、踏み込んじゃいけない一線があるってものがあるんだよ。

 私は観測者。もう手遅れ感あるけど、そういう立場なんだぞ。


 こほん、と一呼吸置いて冷静を装う。


「さすがにそれは」

「お願いっ!! かのんちゃんがいれば、きっとうまくいくと思う!!」


 子犬のように縮こまって懇願するその姿。

 潤んだ瞳と結ばれた唇に、庇護欲を直撃される。


 うーん、かわいい。


「わかった。作戦考えてみるね」


 私は負けた。

 いやだってこれは仕方ない。あの目を前にして断れる人間なんていないでしょう。


「やった!! 良かったぁ……あたしまだ『攻め』? がうまくできる自信なくてさ。よくあるじゃん? カンペで指示するみたいな。ああいうのお願いっ!!」


 はしゃぎながら話すこころちゃんに頷きながら、私は必死に自己弁護する。


 ……まぁ、直接干渉じゃないし別にいいよね。




△▼△▼△




 そんな風にデートの予定を確認していると、担任が女子を呼びに来た。

 私たちはジャージに着替えて保健室へ向かった。


「身長、伸びてなかったなぁ」


 健康診断が終わり、一人で廊下をとぼとぼ歩く。

 出席番号の関係で、こころちゃんとは一緒に戻れなかった。


 それにしても、デートに同行して現場でアドバイスって。

 尊すぎて正気を保てる自信がない。


「……はっ!?」


 その時、ふと背中に悪寒が走る。


 まさか、また佐久間さん――



「ねぇ、如月……だっけ」



 振り向くと、教室で私たちを睨んでいた金髪の女子。

 その女子は不機嫌そうに私を見つめていた。


「えあっ……はい」


 佐久間さんではないことに安堵したのも束の間、緊張が走る。


 ――城崎きざき華奈かなさん。クラスの女子のリーダー格。


「ちょっと話あるから。来なよ」


 城崎さんはそう言って、女子トイレの方を指さした。




△▼△▼△




「あんたさぁ、最近よく犬塚と話してるよね」


 ハスキーな声が、女子トイレに低く響く。

 私は壁際に追い詰められていた。


「そう……ですけど」

「どうせ、パシられてんでしょ? アタシさ、心配なんだよね。如月が」


 腕を組みながら、城崎さんは笑う。


 嘘だ。

 こころちゃんを孤立させたいだけ。


 ――なぜなら、こころちゃんの悪いを流していた張本人は、城崎さんだから。


 なんでも中学ではモテていたらしい。

 きっとその地位を奪われてしまって嫉妬してるんだろう。


「あの『ビッチ』のことだし、男子共とりまき使って脅されてんでしょ?」


 顔を近づけながら、圧をかけてくる。


 前の私なら、ここで流されていたかもしれない。

 でも、今の私は知っている。


 本当のこころちゃんを。


 胸がざわつき、熱くなる。

 ぎゅっと拳を握って、声を出した。


「こ、こころちゃんは……」

「なに? 声ちっさくて聞こえない」


 わざとらしく声を被せられ、言葉を詰まらせる。


「ほんと、あんたさぁ」


 苛立ちをごまかすように、髪を乱す城崎さん。


 ああ、怖い。

 でもこのまま黙って頷きたくない。


 だって私は、こころちゃんのことを――



「かのんちゃ~んっ♡」



 突然、後ろの方から聞き慣れた甘い声が飛び込んできた。


「あっ……!?」


 恐怖に遅れて、驚きの声が漏れる。

 城崎さんの向こう、佐久間さんがゆらゆらと揺れていた。


「はぁ? 誰あんた――」

「ねぇ聞いてよかのんちゃん、ぼくねぼくね〜」

「おい、今アタシが如月と話してんだろ」


 城崎さんが掴みかかろうとすると、佐久間さんは無表情で呟いた。



「……いたっけ、こんなの」

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