第11話 とっくに手遅れすぎる。②

「バカにしてんのかよっ!!」


 城崎さんは眉を吊り上げ、佐久間さんの首根っこを掴む。

 だが佐久間さんはぴくりとも動かず、虚ろな目で見下ろしていた。


 よし、今のうちに逃げよう。


「如月はそこに居ろっ!!」


 だめでした。


「お前さぁっ――」

「君も、かのんちゃんのこと好きなの?」

「はぁっ!?」


 唐突な言葉に、城崎さんの目が見開かれ、拳がわなわなと震える。

 一瞬こちらを振り返ってから、舌打ち。


「誰があんなちっこくて弱そうなやつ好きになるかよ……てか女同士だし!!」

「わかる~♡ かのんちゃんはそこがいいんだよねぇ」


 無表情だったはずの佐久間さんが、意地悪く笑っていた。

 ロボットみたいな表情の切り替えに、ゾッとする。


 ていうか、なんでさっきから私をちらちら見てるんですか城崎さん? まさかね?


「……っるせぇんだよ!! 失せろっ!!」


 城崎さんが一歩踏み出し、佐久間さんを個室の扉に突き飛ばす。


 背中をぶつけ、少しよろけた佐久間さん。

 だが――



「ノーマークだったけど、けっこう可愛いところあるんじゃん♡」



 そのまま個室の扉を蹴って勢いをつけ、城崎さんに抱きついた。


「ふあっ!? なんっ――」

「んむっ」


 思わず叫ぼうとした城崎さんの唇が塞がれる。


 な、なななな何をしてるのこの人はっ!?


 城崎さんは必死に手をばたつかせるが、頭を掴まれ逃げられない。

 ぬちゃ、ぬちゃ、と生々しい音が響く中、城崎さんの腕が力を失う。


「……ん、ぷはぁ」


 十秒ほどして佐久間さんが唇を離すと、銀糸が唇の間で伸び、ぷつんと切れた。

 そのまま城崎さんは床に崩れ落ちる。


 どうしよう。通報するべき?


「あ……? え?」

「マーキング、しといたからね♡」


 佐久間さんが城崎さんの頬を撫でると、城崎さんははっとして後ずさる。


「お、お前……なんなんだよ」

「B組の撫子だよ。よろしくね?」

「……っ!!」


 城崎さんは真っ赤な顔で歯を食いしばり、立ち上がる。


「き、如月……本当に、友達は選べよ……?」


 背中越しに言い残し、外へ走り去っていった。


 いやもうマジでほんとおっしゃる通りです。

 友達じゃないけど。


「あっ名前聞きたかったのに…………ま、いいか♡」

「ひいっ!?」


 ふいに佐久間さんがこちらを向いた。

 蛇のような視線――最初に会ったときと同じだ。


「やっとふたりで話せるね♡ かのんちゃん」


 じりじりと距離を詰めてくる。後ろは壁。

 さっきの城崎さんの姿が、自分と重なる。


「や、やめて……ください」

「そんなに怖がらないで。今日は、ごめんなさいしたくて探してたんだ♡」


 佐久間さんの顔がしゅんとなる。

 ハーフツインに結ばれた髪も、なんだかしおれて見えた。


「この前は乱暴しちゃってごめんね? でも、ぼくのこと『好き』になってほしかっただけなの」


 胸の前でもじもじと手を動かし、切なげに言う。


「あのね、ぼくが『好き』になった人には、ぼくのことも『好き』でいてほしいんだ」


 この人は、こんな表情もできるんだ。


 今までの印象と正反対の、わがままで真っ直ぐな言葉。

 目を奪われていると、気づけばすぐ目の前にいた。



「そうじゃないと寂しくて、寂しくて、おかしくなっちゃうから」



 ゆっくりと腕を絡めてくる。

 でも、それは前みたいな怖さじゃなかった。


 優しくて、あたたかい。



「だから、ゆっくりでいいから、ぼくのこと『好き』になって?」



 縋るような目。

 怖くて、強引で、理解不能だったはずの存在が――


 絆され……て……?


「……離してください」


 すんでのところで、踏みとどまった。


「あはっ♡」


 佐久間さんは、分かっていたように笑って手を離し、一歩下がる。


 危なかった。佐久間さんはかなりいる。


 強引に心を凍らせておいて、あとから優しさで溶かす。

 創作にありがちなクズキャラの常套手段。


 私がそういうのに強くてよかった。


「聖さんや他の人にも、こうしてるんですか」

「あれ? 嫉妬しちゃった? ……なんてね。でも気持ちは本当だよ? 仕方ないじゃん、皆可愛くて、皆『好き』なんだもん♡」


 にやにやしながらからかわれる。

 弄ばれているようで、腹が立つ。


 私には、惑わされている時間なんてない。

 こころちゃんのために、そして――私自身のためにも。


 何か言わなきゃ。

 拳をぎゅっと握り、胸に当てる。


「……私、佐久間さんのことは『好き』になれません」


 目を逸らさず、はっきりと告げた。


 佐久間さんは少しうつむき、自分を抱きしめた。


「あははっ……」


 震えるように笑いながら顔を上げる。



「かのんちゃんのそういうところが、ぼくは《好き》なんだってば」



 恍惚とした表情。瞳の奥で、妖しく光がきらめいていた。


 何を言っているのか分からない。

 だが、聞かなくても佐久間さんは話し続ける。


「この前会った時からそう。って意地を張ってるその眼が、『好き』。……堕とし甲斐がある」


 私が、意地を張っている?

 それは当たり前だ。なぜなら私は観測者であって――


「――あ、もう戻らなきゃじゃん。じゃ、またねかのんちゃん♡」


 チャイムが鳴り響き、佐久間さんは手を振って出ていった。




△▼△▼△




 チャイムの余韻の中、私は胸に手を当てて立ち尽くしていた。


「私は、違う……はずなのに」


 胸がとくんと跳ね、がじわぁっと広がっていく。


 こころちゃんの笑顔。

 聖さんの横顔。

 佐久間さんの妖しい笑み。


 浮かんでは消えて、また浮かぶ。


 眺めているだけのはずだった世界は、

 いつの間にか、すぐそこにあって。



 もしかして、とっくに私は――――

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