第9話 わからなすぎて、怖い②

「えっ、なんで……?」


 私は相手を知らないのに、相手は私を知っている。

 その恐怖に、サーっと血の気が引いていくのがわかった。


「あれ、びっくりさせちゃったかな~? まぁ初対面だもんね~」


 ヤツは楽しげに笑みを浮かべている。


「北鷲高校のかわいい子は、み~んなリサーチ済みなんだぁ。だから知ってるよ。……あ、もちろんひじりんは一桁台の初期メンだからね♡」

「ちょっと、変なこと言わないで。怖がらせてる……って、君、高校生なの? しかも同じ学校?」


 聖さんが目を丸くして、私を見る。

 本当に気付いていなかったみたい。


 聖さんって、けっこう天然なのだろうか。


 少しだけ心が和らいだ。私はふぅ、と息を整える。


「そ、そうです。一年A組の如月って言います」

「ごめんね。てっきり小学生くらいかと……」


 聖さんが気まずそうに言う。

 もしかして私、女児服着ても違和感なかったのかも……いやいやいや。


「私、B組の妹尾せおひじり。聖でいいよ。こっちの変なのは佐久間さくま撫子なでしこ

「変なのって!! ぼくは愛に生きてるだけなのにっ!!」


 変なのと紹介された変なのは、腕をぶんぶん振って抗議している。


「ところで、お二人はどういう関係なんですか?」


 私の問いに、聖さんは少し困った顔で答える。


「もしかして、さっきので変な勘違いさせちゃったかな。ただのクラスメイトだよ。もしくはそれ未満」

「ひじりん、照れなくていいよ? ぼくはきみだけを愛してるからっ!!」

「それ、入学式の日にクラスの女子全員に言ってたでしょ」


 佐久間 撫子がハートを作ってすり寄ってくるのを、聖さんが淡々と払いのける。


「素直じゃないね~、ひじりん。ぼくがお鍋持ってきた時は、あんなに『頂戴』って求めてたくせに♡」

「……ぽん酢ちょうだい、って言っただけだったと思うけど」


 あれ、この人だったのか。

 てかなんで聖さんは当然のようにその奇行に参加してるの……B組怖い。


 佐久間 撫子。現時点ではストーカー気質の変態。

 でもそれだけじゃない危うさがある。


 飄々としているようで、眼は常に


 またいつ聖さんに何かしてくるかわからない。

 こころちゃんのためにも、何とかしたい。


 そう思って睨んでいたら、目が合ってしまった。


「ふぅ~ん」


 佐久間 撫子の笑みが消え、感情のない目が私を射抜く。

 まるで、獲物を値踏みするような視線。


「……ま、いいや。今日はひじりん諦めよ~っと。またね~♡」


 口元だけに笑みを残し、すたすたと去っていく。


 本当に、何だったんだあの人。


「色々ごめんね? 如月さん。迷惑かけちゃったね」


 ぼう然とする私に、聖さんが申し訳なさそうに微笑む。

 手を首に添えた仕草が、妙に絵になっていた。


「あ、いえ……びっくりはしましたけど」

「あの子、悪い子じゃないとは思うんだけどね」


 あんなのを庇うなんて。

 こころちゃんが言ってた通り、優しい人だ。


 じゃあ、好意を寄せられていることはどう思っているんだろう?


「嫌じゃないんですか? 佐久間さんに、その……求愛されてましたけど」


 恐る恐る尋ねると、聖さんは首をかしげ、うーんと唸る。


「それがさ、よくわからないんだよね」

「わからない……ですか?」


 そのまま漫画を一冊手に取り、表紙を撫でながら呟く。


「自慢じゃないけどさ、よく《好き》って言われるんだ」


 伏し目がちに、寂しげな声で続ける。



「私には、それがどういう意味かもよくわからないのに」



 聖さんは続けて、女の子に告白されたこともある……と私に語った。

 でもは異性を好きになるもの――そう思っていたから、無意識に傷つけていたかもしれないと悔やんでいるらしい。


 聖さんも、悩んでいるんだ。

 こころちゃんと同じように。


 だったら、


「あのっ」


 思わず声が出た。


「私、ちょっとだけ《好き》がわかると思います。優先したくなる気持ち、というか……」


 恥ずかしくて、うまく言えなくて、しどろもどろになる。


「心が体を追い越して、《好き》のために動いちゃうような……その……」


 でも、伝えたい。

 気付いていないだけで、きっと聖さんの中にはその気持ちがあるはずなんだ。


「そんなに難しいことじゃないんです。たぶん、聖さんの中にも、あると思います」


 言い終えると、聖さんがきょとんと私を見つめていた。


 伝わったかな。

 私は不安になって、抱えていた漫画を胸にぎゅっと抱きしめる。


「如月さんの《好き》って、それのこと?」

「あ、えっと⋯⋯そうです」


 聖さんは少し身を乗り出して、私に視線を合わせた。



「じゃあ、もっと教えてよ。如月さんの、《好き》」



 底が見えないようで、でもどこか安心できる声。


「……も、もちろんです!  元々そういう話でしたし!!」




△▼△▼△




 その後、私は初心者向けの百合作品を丁寧にプレゼン(マシンガンオタクトーク)し、いくつか購入してもらうことに成功。

 聖さんはまだ探し物があるらしく、そこで別れた。


 今は駅前を離れ、田舎道を帰宅中。

 人もまばらで、ちょっと寂しい帰り道だ。


 今日は色々あったけど、こころちゃんに道は示せたし、

 聖さんへの布教もできた。


 濃い一日だったなぁ。

 特にあのヤバい人との邂逅。


 佐久間 撫子とかいったか。

 突然現れて暴れて、いつの間にか消えていた。


 まるで、嵐みたいな人。



「ねぇ今、ぼくのこと考えてたでしょ♡」



「わっ!?」


 聞き覚えのある声と同時に、背後から抱きしめられる。


「すぅーっ……はぁーっ……。かのんちゃん、無垢な香りがする……」


 くらくらするくらい甘い匂いと柔らかい感触が、私を包み込む。


「なっ、佐久間……さん!? 帰ったんじゃ……」

「『今日はひじりんを諦めた』とは言ったけど、かのんちゃんを諦めたとは言ってないよ? ずぅっと見てたんだからね♡」


 背筋が凍る。

 必死に暴れるが、逃げられない。


「小っちゃくて可愛いねぇかのんちゃん。このまま持って帰りたいなぁ~」


 その声には、異様なリアルさがあった。


 やばい、やばい、やばい。


「暴れないでよぉ~。いい子にしてたら、すぐぼくのこと《好き》にさせてあげるから」


 体をまさぐる手。

 私は必死に声を絞り出す。


「やめっ……なんでこんなこと……ひじりさんだって、嫌がって……!」


 その瞬間、佐久間さんの手が止まり、腕の力も抜ける。


 今だ。


 私はその隙にするりと抜け出し、うつむいたまま固まっている佐久間さんを振り切って走り出した。


「――――ろっくおーん」


 去り際に後ろから声が聞こえたような気がした。

 どうか、気のせいであってほしかった。

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