第7話 受け身すぎる。を変えるには②

「ご、誤解っ!! そういう意味じゃない!!」


 私は咄嗟に訂正したが聞こえていないようで、こころちゃんはとろんとした目付きで指をもじもじといじり続けている。


 まずい。このままじゃ話が変な方向に進んでしまいそう。

 安易に『攻め』なんて表現をした私の責任だ。


「そうなの? でもあたし、聖のためなら……できるよ?」


 いや、私だけのせいじゃないかも。この娘素質アルね。

 でも最初からクライマックスされても困るので、ここでしっかり誤解を解いて話を元に戻さないと。それはそれで見たいけど。


 一旦、飲み物を飲んで一息ついてもらった。


「分かり難くてごめんなさい。私が言いたかったのは、聖さんの『好き』になるための行動をする、ってことで」

「聖の『好き』……」

「例えば、こころちゃんは聖さんのどこが特に好き?」


 そう言うと、こころちゃんは腕を組みながらうーんと唸る。

 いくらか冷静になってくれたようだ。


「かっこいいところ、いつも優しいところ、可愛いって言ってくれるところ、ずっと仲良しでいてくれるところ……かな?」


 順番に指を折りながら言うこころちゃん。頬がすっかり緩んでしまっていた。


「そう、聖さんがこころちゃんにとってそういう存在だから、『好き』なんだよね? だから、こころちゃんも聖さんのそういう存在になればいいのです」


 決して聖さんがこころちゃんを好きじゃないとは思わない。

 けれど恋愛的な、それも同性間の『好き』に到達するためには更なるアプローチが必要なはずだ。


「聖の『好き』? ……確かマカロニグラタンと、海外のヒーロー映画、好きだった気がする。そっか、そういうことか」

「そ、その『好き』とはちょっと違うような」


 この人、マカロニグラタンウーマンになるつもりなのか。


「どんな人がタイプとか、こういうことをされたら喜ぶ――みたいなのはありません?」

「う~ん。それがあたしもイマイチわからないんだよね。聖って人とあんまり喋らないし、昔から『部活一筋っ!!』って感じだし」

「さいですか……」


 この作戦、思ったよりも難易度が高いかもしれない。

 私がラーニング(from 百合小説)してきた恋愛知識があと一歩で阻まれる。


 現実はそこまで甘くないってことね。


「……じゃあひとまずは、聖さんの『好き』を探るところから始めましょう。ふたりきりになって色々試してみたりしてですね」


 例えばそう、デートしてもらうとか。

 王道だが、効果は確かなはず。


 これが看破されてしまえばもうここで出せる手札はない。


「聖の弱点を見つけるってことね。でもふたりきりってなるとなぁ。聖、いつもバレーで忙しいんだよねぇ」


 どうすればいいの。本当に。


「ええーっ……とぉ……じゃあ……」


 私は焦りを誤魔化すためにミルクを口に運ぶ。

 それは先ほどのように甘くはなかった。


 私が頭を抱えていると、こころちゃんが優しい声音で話しかけてきた。


「なんか、ごめんね? いっぱい考えてくれてるのに」

「大丈夫です。私が言い出しっぺですし……なんとか考えます。役に立ててなくてすみません」


 自分の柔軟性の無さが恨めしい。

 私にもっと、力があれば……。


「ううん。かのんちゃんの言ってること、なんとなくわかるよ。それに、嬉しいんだ」


 こころちゃんは私から視線を外さないまま、胸に手をかざす。

 その表情はとても穏やかだ。


「あたし、言われた通り聖に『嫌われたくない』ってばっかり思ってた。でも今は違う。あたしのこと『好き』になってもらいたい――いや、『好き』にさせる。そう思うようになれたの」


 その言葉は私の心にすうっと染みこんでいく。

 そして、こころちゃんはにこっと笑った。


「かのんちゃんと、出会ったおかげ」

 

 ……ああ、眩しい。

 この笑顔のために、私はここにいるのかもしれないとさえ思える。


 聖さんと恋人になったら、きっともっと素敵な笑顔を見せてくれるんだろうか。

 嬉しいはずなのに、なぜだかもどかしいような気がした。


「ありがとう。こころちゃん」

「うん。あたし、頑張ってみるからね。……あ、でもこれからもアドバイスはちょうだいね?」


 こころちゃんはそう言ってウィンクする。不意打ち過ぎる。ずるい。


 私がどぎまぎしていると、こころちゃんが目を輝かせて言う。


「それにしても、あんなに的確なアドバイスができるなんて……かのんちゃんは中々プレイガールなんだね? 実はモテモテだったり!? 彼氏とかいるの!?」

「カカカカレッ!?」


 面食らって、思わず奇声を上げてしまった。


 いません。いたことありません。

 悲しくなんか、ありません。




△▼△▼△




「じゃあね、かのんちゃん!!」

「うん、またねこころちゃん」


 あの後、気付けばお昼になっていたので、カフェでそのまま軽食をとって解散した。

 こころちゃんにはとりあえず、聖さんの『好き』を探ってもらうために、デートをしてもらうことにした。


 ちょうど来週末からゴールデンウィークだし、忙しいという聖さんでも予定が合う日があるはず。


 こころちゃんにはその方向で頑張ってもらうとして、次は私だ。


「よーし、行こう」


 私は駅前の本屋さんを目指して歩き始めた。


 もうひとつの計画、『百合・ザ・ビギニング ~秘め事こそ~』を進めるために。


 これは、私が独自にセレクトした百合漫画・百合小説を、なんとかして(なんとかする)聖さんに読んでもらうという作戦。


 百合に目覚めたきっかけとして、やはり多いのが『創作に触れたこと』。

 

 自らが抱く複雑な想いに名前をつけてくれるそれらは、女の子同士の恋愛がどんなものかわからないであろう聖さんにはぴったりだ。


 私にできることを、やるんだ。




△▼△▼△



 

 数分ほどで本屋に到着した。私は素早い動きで青年コミックスコーナーに移動する。

 もちろんいつもお世話になっているので、二礼二拍手一礼をしてから。


 さて、私の力の見せ所だ。第六感百合センスを最大限に発揮して――


「へぇ、こういうのなんだ」


 そこには、身長の高いショートボブの少女が佇んでいた。ぎこちない手つきで試し読みの冊子のページをめくっている。


 ……ん?


 ショートボブで、身長が高い。バレーボールとかやってそう。

 なんだか聞き覚えがあるし、見たこともある。


 まぁでも、気のせいだろう。

 常連同士だと顔を覚えてしまうものだよね。

 

 そう思って私も漫画を一冊手に取った。



「こころも、こういうの読むのかな」



 すると少女は、妙に色気のある垂れ目を細めながら『名前』を呟く。


「えっ……?」


 聖さんが、百合漫画を読んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る