第6話 受け身すぎる。を変えるには
電子音とともに私のスマホが震えた。
前までは気にも留めなかったそれが、今は私の頭の中をいっぱいにしている。
【こころ 新着メッセージがあります】
「わぁ、ほんとに人間から連絡ってくるんだ」
あの出来事の後に、私は犬塚さんと連絡先を交換した。
電子書籍アプリの通知を受信するだけだった私のスマホに、生身の人間が打ち込んだ文字列が表示される――これは快挙だ。
私が感動に打ち震えながらその通知をタップする。
【かのんちゃん、さっそく作戦会議しよ!! 明日の十時に駅前のカフェでね!!(満面の笑みの絵文字)】
キラキラした文字列が画面の上で光っている。
私が恐る恐る返信すると、すぐに可愛らしいキャラクターのスタンプが返ってきた。
それを見てほっと息をつくと、ベッドに横たわる。
達成感みたいなものがじわっと広がっていて、なんだか胸がぽかぽかしていた。
「よ~し、明日だ。いっぱい話すこと考えていかなきゃ――ってそういえば、休日だし私服なのか」
私は犬塚さんの私服を思い浮かべる。
ギャルっぽく肩出しとかだったら刺激が強すぎるなぁ。
でも清楚な感じだったらそれはそれで直視できないと思う。ギャップ萌え。
「あれっ」
そんな妄想をしていて、ふと気付いた。
カフェの中、私服の犬塚さん、そしてその向かい側に座る私。
おかしい。何度妄想し直しても私は学校の制服だとか、ジャージだとかを着ている。
あ、今度はピチピチの女児服。懐かしいなぁ。
「……私、まともな服持ってない」
△▼△▼△
翌日、私は少し早めに着いたので、カフェの前で犬塚さんを待っていた。
駅の構内は前と違い人で賑わっており、ひとりでいると少し心細くなる。
ふと視線を上げると、手を振りながら駆け寄ってくる人影が見えた。
「かのんちゃんおっはよ~」
「お、おはようございます。犬塚さん」
私はぶかぶかのパーカーの袖を捲って、軽く手を振った。
犬塚さんの私服はひらひらしてる服と、しっかりしたズボン。
特別刺激的ではなかったが、清楚と快活さが合わさって実に犬塚さんらしいと思った。解釈一致。
「あ……私服、おしゃれですね」
「えへへ、いいでしょ。前に聖と選んだフリルブラウスにデニムパンツ。甘辛ミックスってやつかな?」
唐突な微笑ましいエピソード挿入に思わずびくっとした。
でも、フリ……ブラ……パンツ?
ちょっと緊張で耳がおかしくなっているみたい。
「でもかのんちゃんも、なんかラフな感じでいいじゃん。そういう印象なかったからびっくりしちゃった」
犬塚さんはあごに手を当てながら、私を見つめて言う。
「あはは……ありがとうございます」
恥ずかしくなって、つい愛想笑いで誤魔化した。
お兄ちゃんから借りました。
私はジャージか、昔着ていた女児服しか持っていません。
そんなことを考えつつもぐっと飲み込んで、カフェに入店した。
△▼△▼△
朝からカフェ内は賑わっていて、店中に甘くて香ばしい匂いが漂っている。
私は前回の反省を活かしミルクを購入すると、犬塚さんと奥の方の席に座った。
「それじゃあ、さっそく始めよっか。作戦会議――なんか映画みたいでかっこいいね?」
犬塚さんは純粋な子供みたいな笑顔を浮かべながら言う。
「確かに、そんな感じがしますね」
「……かのんちゃん、なんか固くない?」
私が珍しくスムーズに話せたと思ったら、ジト目の犬塚さんにそう言われてしまった。
そのまま犬塚さんはびしっと指を立てる。
「あたしは、かのんちゃんが本気だってわかったから『百合プロデュース』作戦に乗ったし、信頼してるの」
「し、しんらいですか」
「そうだよ。だから、かのんちゃんももっとあたしのこと信頼してほしいな」
そんなこと言われたってどうすれば。
犬塚さんがいう信頼ってなんなんだろう。
――『かのんちゃん』
「な、名前で……呼んでもいいですか?」
私がそう言うと犬塚さんはいたずらな笑みをたたえて、『あたし』と言うみたいに唇に指先を当てた。
「いいよ。なんて呼んでくれるの?」
私はどきどきしながら息を吸い込んだ。
「こころ…………ちゃん」
胸が熱い。心臓が今まで聞いたことのないような音を立てる。
名前、呼んだだけなのに。
それだけで心の距離が一気に縮まったように感じた。
「あはは。かのんちゃん、顔真っ赤っかだ」
「こ、こころちゃんの……せいです」
にやにやしながら言ってくるこころちゃんを必死に睨みつけた。
私はどうにかミルクを口に運んで冷静さを取り戻す。
なんだか、やたら甘い気がした。
△▼△▼△
気を取り直して『百合プロデュース』作戦会議が始まった。
この作戦は様々な面から聖さんの百合適性を高め、同性からの恋情を受け入れられるようにすることを目的としている。
つまり、聖さんをその気にさせる作戦である。
「まずは、外側からのアプローチの仕方を考えましょう」
「アプローチ?」
こころちゃんは不思議そうに首をかしげる。
「いつも聖さんにどんな感じで接してるか教えてくれますか?」
「んーっとね、聖はけっこう静かなタイプなの。だからあたしはあんまりぐいぐい行かないようにしててね」
「ふむふむ」
「でも、つまらないヤツだって思われたくないからタイミング見てちょっかいかけたり……」
やっぱり、予想通り。
「私が思うに、こころちゃんは『マイナスにならない』ことを気にしがちなところがあります」
私がきっぱりと言うと、こころちゃんはいまいちピンと来ていないみたいで、目をぱちぱちさせている。
「前に言っていた『女の子を避ける』っていうのも、聖さんに好かれることには繋がっていないと思うんです。なので、別の方法を考えます」
「…………つまり?」
まだよく分かっていないようなので、言い方を変えてみることにした。
私はこほん、とわざとらしく言ってから、こころちゃんを見据える。
「こころちゃんには、『攻め』になってもらいます」
そう言うと、こころちゃんは目を丸くして固まってしまった。
分かり易いように言ったつもりだけど、むしろ伝わらなかったかな? いや、タチと言うべきだったか。
うーむ、会話って難しい。
「こ、こころちゃん? 大丈夫?」
「ひゃあっ!!」
声をかけてみると、こころちゃんは可愛い声をあげてぴょんと跳ねた。可愛い。
目が泳いでいる。頬がどんどん紅潮していく。
「そ、それって……さ、かのんちゃん」
こころちゃんはほっぺに両手を当てながら、私に縋るような視線を向ける。可愛い。
「えっちな……意味……?」
すごくえっちでした。
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