第4話 無能の決意

 周囲の視線が、一斉に冷たくなる。


「はぁ……使えねぇのが混じったな」

「召喚の無駄だ」

「処遇どうするんだこれ」


 私は何も言えなかった。


 身体が強張って、声が出なかった。


 ……ちがう……違う。

 私は──


 胸の奥で何かが脈打つ。

 だけど今は、何も光らない。

 何も分からない。


 さっきまでの怒りも、痛みも──この空気に押し潰されてしまいそうで。


「では──この女の"処理"は後で決める。次の者、前へ」


「お! 俺の番か。チート来い!」


 なにか言われるかと思ったけど、老魔術師があっさりと引いた。

 そして、戸惑う私をよそに、次に呼んだ軽そうな青年を鑑定し始める。


 ――処理。

 何それ、嫌な言葉すぎる。


「ねぇ、ちょっと――きゃっ!」


「おい、こっちに来い!」


 若い兵士に手首を乱暴に掴まれ、思わず振り払ってしまう。


「ちょ、ちょっと! 痛い! 離して!」


「なっ……!?」


 手を振り払われた兵士が、目を丸くして驚いた様子でこちらを見てくる。


「な、なに? どうしたのよ……」


 確かに、力を込めた。

 けど、そんなびっくりするほどの強さじゃないと思うんだけど。


「い、いや……すまん。強く握りすぎた。こっちだ、ついて来い」


「え、う、うん」


 兵士は、さっきまでの乱暴さが少しだけ和らいだとはいえ、やっぱり強引だった。


「……こっちだ」


 無愛想にそう言うと、私は薄暗い通路へと連れていかれた。


 大広間のざわつきが遠くなっていく。


「ねぇ……“処理”って、どういう意味……?」


 問うと、兵士は一瞬だけ目をそらす。


「……知らん。上が決めることだ」


 その言い方が、逆に怖い。


「でも……私、何もしてない。ここにいるのだって……本当に、意味が分からないの」


「まぁ、奴隷なんてそんなもんだろ」


「奴隷? 勇者じゃないの?」


 兵士は面倒くさそうに肩をすくめた。


「勇者召喚だなんて大層なこと言ってるけどな。やってることは、違う世界の奴を召喚して無理やり言うこと聞かせて戦場へ送るんだ。ほら、奴隷と一緒だろ」


「どういうこと……?」


「そのまんまの意味だ」


 ひと呼吸置いて、私を横目で見た。


「どっちがいいのかね。力があって戦場へ行くのと――」


「……」


「あんたみたいに無能で処理されるのと。ほら、歩け」


 知らない廊下に響く自分の足音が妙に苦しい。


 ふと、胸の痛みが蘇った。

 あの氷の刃が胸を貫いた、冷たい感覚──

 そして、私の、はじめくんの血の温度。


 思い出すだけで視界が滲む。


「……なんで……なんで、こんな……」


 声に出すと、涙がひと粒こぼれた。


「おい、どうした?」


「私……二人の子どもがいて……。あの子たちが、今どこにいるのか……どうしても……」


 兵士はしばらく黙っていたが、小さく息をつきぽつりと呟いた。


「……その子らもそっちの世界で死んだんなら、あんたと同じようにこっちに呼ばれてる可能性が高い。この時期、召喚の儀はどこの国でもやってるからな」


 違う。

 私も、あの子たちも死んでない。

 無理矢理攫われて連れて来れられただけだ。


「……それに、“勇者の器”として選ばれたんなら、ちゃんと"保護"される」


「器……保護……?」


「そういう決まりだ。国が責任をもって"勇者として"育てるらしい。詳しくは知らん」


 その言葉が、胸のどこかに鋭く刺さった。


 あの子たちに会えても、奪われたまま?


 奪われたまま、何もできないの?


 あの世界でも。

 この世界でも。


 私は、あの子達の母親なのに。


 そう考えただけで胸の鼓動が速くなる。

 ふつふつと沸き上がってくる怒りで、声が震える。

 胸の奥が、"熱く"なる。


「返して……子どもたちを……。私……会いたいの……」


 兵士は少しだけ眉を寄せた。


「……悪いが、それは俺にどうこうできる話じゃない」


「っ……」


「とにかく、上の指示通りに連れていくだけだ。あんたの“処理”がどうなるか決まるまで、しばらく待ってもらう」


 隔離。

 処遇。


 どんな言葉も嫌な意味にしか繋がらない。


「しばらくって……いつまで……」


「分からん。ただ……魔力ゼロってのはそれだけ珍しいんだ。普通の一般人でもほんの少しくらいはあるもんだ。だがあんたは……まったくのゼロ。上も対応に困ってるんだろ」


 廊下の先に、小さな部屋が見えてきた。


「ここだ。入れ」


「……ここに、私一人で……?」


「ああ。何かあれば呼べ」


 兵士が扉を開ける。


 扉は分厚く、窓は無く、ジメジメとしていて暗い。

 私は恐る恐る一歩、足を踏み入れる。


「……まるで独房みたい」


「独房だからな」


「えぇ……」


 こんなところに一人で……。

 一歩踏み入れただけで、足が竦んで動かない。


 背中で扉が重く閉まる音がする。


 カチャン、と鍵がかけられた。


 私は狭い部屋の扉の前で、そのまま小さくしゃがみ込んだ。


「……はじめくん……いっちゃん……はるくん……」


 名前を呼んだだけで、涙があふれた。


 私は、これからどうなるんだろう。

 いっちゃんとはるくんはどこ?

 はじめくんは?

 

 私になにができるの?

 夫が刺された時も、子供たちが連れてかれたときも何もできなかった。

 無能と言われた私に、何が……。


 気持ちがどんどん暗くなる。


 その時。


『――ママ』



「……っ!?」


 声が聞こえた。


 胸の奥が、ドクンと脈を打つ。


 鼓動じゃない。

 もっと深いところ。

 “なにか”が、微かに熱を持ち、呼びかけるような……。


 思わず立ち上がる。

 扉の外にいた兵士が怪訝そうに扉の格子から覗き込む。


「どうした?」


「今、何か聞こえなかった!?」


「いや……」


「確かに聞こえたの! "ママ"って……!」


「おいおい……気でも触れたか?」


 胸の、アザに触れる。


 傷は無い。

 血も無い。


 なのに、確かに──なにかが、繋がっている感覚。


 あの竜が言っていた言葉が頭に蘇る。


 ――『子どもたちは、生きてはいる。取られただけだ、まだね――』


 ――『あんたの夫は、まだ――』



 この世界のどこかに、いっちゃんとはるくんははいる。

 はじめくんも、どこかに……。


 なら――


 探さなきゃ。

 どんな形でも、必ず。


 それに、あの竜は言っていた。

 私には力があるって。


「……泣いてなんかいられない。取り戻すんだ。全部」


 強く決意した瞬間、胸の奥がかすかに熱を帯びた。


「私は、母親なんだから……!」


 その熱だけが、今の私を支えていた。

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