第5話 胸が痛くてイライラする

 決意したのはいいけど、これから私はどうなるんだろう。


 異世界召喚――いや、転生? 私の場合は転移になるのかな?――したのはいいけど、私はなんの魔力もない"無能"らしい。


 この世界がどんなところかも分からないのに、無能って言われた私でも……やっていけるのかな?

 

 いや……やってくしかない。

 子供たちを取り返すんだから。

 弱音なんて吐いてる場合じゃないんだ。


 でも……どうしたって不安は湧いてくる。


 そう言えば、あの竜が力をくれたんじゃないの?

 なのに魔力がないとか無能とか、どういうことよ!


 私は何を継いだんだろうか……。

 いくら考えたってわからない。


「ねぇ、兵士さん! ちょっと聞きたいんだけど!」


 立ち上がり、扉越しに、部屋の外に立つ兵士へ声をかける。

 さっきのやり取りで、なんとなくこの人なら話を聞いてくれそうだと思ったから。


「……そんな大声出さなくてもいい。あんたの声なら聞こえてる」


 低めの声が返ってくる。


「よかった。それより、少し質問してもいいかな?」


 私がそう言うと、兵士さんは周囲を見回し、小さく息をついた。


「……まぁ、待ってるだけじゃ不安だろ。答えられる範囲なら……いいぞ」


 やっぱり、優しい人っぽい。


「ありがとう! じゃあさっそく──」


 ☆


 そこから、かれこれ一時間くらい。

 時計がないから分からないけど、かなりの時間をかけて色々聞き出せた。


 ……放置されてる理由は知らない。けど、この際どうでもいい。

 今はまず情報だ。

 情報がなければ、何もできない。


 まずは勇者召喚のこと。


「勇者召喚は……まぁ、定期的にあるらしい。興味ないから詳しい話は分からんけどな。最近は各国で一度ずつ行われてるって話だ」


 定期的にって、そんなに地球人がこっちの世界に来てるの?


 例え地球で死んじゃったとはいえ、そのまま説明もなしに連れてこられて……拉致されてるようなもんじゃない。


「へぇ……そんなに頻繁なの?」


「頻繁ってほどでもないが、前回の召喚は……俺がガキの頃だな。勇者のお披露目ってんでお祭り騒ぎになったのを覚えてるよ。今回も国を挙げてやるんじゃないか?」


 この兵士さんは見た感じ二十代半ばくらい。

 その子どもの頃って……つい最近のことじゃない。

 しかもお祭りって……こっちは子ども攫われてんのよ!


「教会の連中も神託がどうの、魔術式がどうのと騒いでてな……。まぁ、俺みたいなただの兵士にはさっぱりだけどな」


 神託……。

 この世界、神様が本当にいるらしい。

 私たちを襲ったあいつらも、神がどうとか言ってたし。

 でも、いきなり人を襲ったり、拉致同然の勇者召喚を許してるなら……ろくなもんじゃなさそう。



「で……さっきも言ったが、普通ならどんなに少ない奴でも微かに、測定できるくらいには魔力があるはずなんだ。だが、あんたはゼロ。何もない」


「だから、無能って言われたのね……」


 うん、改めて言われると心に刺さる。

 何も悪いことしてないのに。


 兵士さんが気まずそうに肩をすくめる。


 「ただの一般人でそれならいいんだ。珍しいな、くらいで済む話だからな。だが、あんたは勇者候補として召喚された身だ。国の威信がかかった勇者召喚で、無能となると……」


「なるほどね……」


 これは、最悪のことも覚悟しておかないといけないかも……。


「じゃあ、今まで召喚された勇者ってどんな感じなの?」


 私は気になったところを次々に聞いていく。


「強いらしいぞ。とにかく化け物みたいに強いって話だ」


「そんなに?」


「ああ。戦争が起きれば剣の一振りで全部ひっくり返す。魔物の群れも一発の魔術でまとめて倒す。……神話や英雄譚とかになってる勇者には、そういうのがいたらしい」


「……バケモノじゃん」


「言ったろ? 化け物だって。まぁ、そこまでの当たりは稀らしいが」


 頻繁に召喚してるって話だし、そんなのばっかだったらこの世界今頃どうなってるか分からないものね。


 そこで、ふと気になっていた疑問を口にした。


「なんで、神様は勇者召喚なんてするんだろうね?」


 わざわざ地球から死んだ人の魂を拉致して、そんな化け物みたいな力を与えて。

 その神様とやらは何がしたいんだろう


 兵士さんは少し眉を寄せ──困ったように答えた。


「さぁな。神様の考えなんか俺らの知るところじゃない。神のみぞ知るって、やつだ」


 拍子抜けするほど“普通の答え”だった。


 いや、これが普通か。


 たしかに兵士さんに宗教的・政治的裏事情なんて期待する方が間違いだ。


「ふーん。案外、暇つぶしとかただの遊びだったりして――」


 そう思った瞬間だった。


 胸に、ぴしりと鋭い痛みが走った。


「っ……!」


 身体がビクリと震え、思わず顔をしかめる。


「おい、大丈夫か?」


 兵士さんが少しだけ焦った声を出すけど、私はそれどころじゃない。

 胸が、胸のアザが脈打つように熱く、痛い。  そして、何故だか分からないけど……異様にイライラしてきた。


「どうした? ……どっか悪いのか?」


 気遣うような声で、兵士さんが扉の格子の隙間から覗いてくる。


「あ……ううん、ちょっと……胸が、痛いだけ……あと、なんか……すっごいイライラする」


「胸? 具合悪いのかと思ったが……いや、それよりイライラって生理──」


 そして、視線が私の胸元に吸い寄せられる。


「――待て。そういやあんた、なんでそんなに血だらけなんだ?」


 穴の空いたブラウス。

 乾いてこびり付いた血。

 私だけ、あの“襲われた直後”のままの格好だ。

 傷の方は竜が治したとか言ってたけど。


「あ、えっと……実は──」


 私は息を吸い、勇気を出して口を開く。


「……転移する前に……私、たぶんこっちの世界の人に殺されかけたの」


「……どういうことだ?」


「どうって言われても……私だって聞きたいよ」


 深く息を吐き、私は正直に話すことにした。

 ただの兵士のこの人にこんなことを言っても、意味がないことはわかってる。


「向こうの世界で……家に知らない二人が来て、私も夫も刺されて……子どもたちは攫われたみたいで……」


「……は?」


 兵士さんが、あからさまに戸惑う顔をした。


「なんか、それっぽいこと言ってたし、一人はあなたみたいに鎧着てたし。向こうじゃそんな格好の人なんていないから」


 もしかしたら日常的に鎧を着てる人もいるかもだけど、私が刺されたあの氷の刃は違う。

 今思えば、あれはきっとこちらの魔術だ。


「そ、そうか。そういや召喚された奴はみんな一度死んでるんだったな……。あんた、若いのに……い、いや、それがあんたの死因か? それで死んだから召喚されたんじゃ……」


「ううん、違うの。そのあと気づいたら白い空間にいて、紅い竜がいて……“死ぬ寸前で助けた”って言われて……」


「……龍?」


 兵士さんはぽかん、と口を開けた。


「本物の……か?」


「うん、本物。すっごく大きかったよ」


「……悪夢か幻じゃなくて?」


「いや、普通に会話したし。最期に“継げ”って言われたし」


「……いや、意味分かんねぇし」


 兵士さんは頭を抱えた。

 でも、混乱しているというより“理解が追いついてない一般人”そのものだ。


「つ、つまり向こうの世界でこっちの奴に襲われて、気づいたら龍に助けられてて、召喚されてた……?」


「うん。だいたいそんな感じ」


「……すまん、何言ってるか分かんない」


「だよね、私も分からない」


 ふたりして、思わず黙り込む。


 そして──


「と、とにかく……悪い。俺じゃ判断できん。そういうのはお偉いさんに言ってくれ」


「そう言われても、問答無用でここに入れられたし。話聞いてくれるかな?」


「いや、俺に言われてもな……。あとで誰か来るだろうから、その時にでも言ってみればいい」


 やけに普通で現実的な対応だった。


「う、うん、そうする。……ありがとう」


「っと、喋りすぎたな。……じゃあ、誰か来るまで待っててくれ。俺は……食事を取ってくる」


 気まずい雰囲気から逃げるようにそう言って、兵士さんは廊下の奥へ戻っていった。


 私は取り残され、胸の痛みを押さえながら呟く。


 胸の痛みはまだズキズキと続いてて。

 意味もなくイライラは増していて。

 まるで、誰かが私の怒りを煽ってるみたいで……。


「……なんかもう、わけわかんない……」


 竜のこと。

 刺されたこと。

 子どもたちのこと。


 どこから手をつければいいのか分からない。


 それでも、私は動くしかない。


 この世界に来た理由がどうであれ。

 無能だと言われようと。

 胸の痛みがなんであれ。


 子どもたちを取り返すために。


 

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