第3話 無能
──冷たい。
最初に感じたのはそれだった。
あの白い空間とも違う。
もっと現実的で、硬くて、ひんやりした……嫌でも夢じゃないと分かってしまう冷たさ。
「……え……?」
ゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは、眩しい金色の装飾と、大理石の床。
天井には大きなシャンデリアみたいなものがぶら下がっていて、光を反射してキラキラしている。
ここ、どこだろ……?
半分ぼうっとした頭を動かすと、すぐに気づいた。
──足元に、巨大な魔法陣。
その中心付近に、私。
「え……ちょっと待って……」
周りを見渡す。
私の他に、十数人。
私と同じように見知らぬ男女が魔法陣の周囲に立っていて……誰もが混乱していた。
「どこだここ……?」
「さっきまで駅にいたはずだぞ……」
「え、私……死んだはずじゃ……」
ざわつく声。
震えた声。
焦りと恐怖と……喜んでる人もいる。
……私だけじゃないんだ。
ここにいる全員が、一緒に召喚されたのか。
そう理解した瞬間──胸の中が、急に冷たくなる。
さっきの竜の言葉。
いっちゃん、はるくん……はじめくん……。
全部、夢じゃない。
……そうだ。
あの竜は、最後になんて言った?
――『あんたの夫は、まだ――』
確かそんな事を言っていたはずだ。
その先の言葉はなんだったんだろう。
まだ、生きているのか。
それとも、死んでしまったけど、彼らと同じように……。
私は、召喚された人たちを見回す。
……違う。
この人も。
あの人も。
私は周囲の顔を必死に確かめた。
でも……いない。
ここには、はじめくんはいない。
「……っ」
一度希望を持ってしまったせいか、心臓がきゅっと痛む。
はじめくんが刺された瞬間が、頭にフラッシュバックする。
あの酷い、夢であって欲しい現実が。
悔しくて、悲しくて、視界が滲む。
でも、その時。
「皆、静まれ!」
重い声が響いた。
振り返ると、いかにも“偉い人”って雰囲気の男たちが数名、壇上のような場所に並んでいた。
その中で、一番年老いた男が前へ出た。
杖を持っていて、長いローブを着た、絵に描いたような“魔術師”みたいな姿。
どことなく、あのフードの男に似ている。
「ここへ集められた者たちよ。汝らは選定ののち召喚された“勇者候補”だ」
「ゆ、勇者……?」
「いやいや、俺ただの会社員なんだけど……」
周りが騒ぎ始める中、私はただ……ぼんやりと聞いていた。
勇者とか……魔王とか……そういう話をいきなりされても、頭が追いつかない。
そんなことは――どうでもいいんだ。
子どもたちは?
はじめくんは?
それしか考えられない。
そんな私たちをよそに、老魔術師は続けた。
「まずは“鑑定”だ。汝らの力を測定し、それぞれの適性を確認する。一人ずつ中央へ進め」
鑑定……。
異世界転移あるあるのやつが来た。
つまり、異世界のステータスを測る感じのやつ?
隣の若い男が最初に呼ばれて、魔法陣の中心に立つ。
杖を持った老魔術師が、光を放つ水晶のような魔道具を彼に向ける。
「……ふむ。魔力量は……。ギフトは……。うむ、普通だな」
「普通って言われた……」
男が肩を落として列に戻る。
次々と鑑定されていく。
魔力量がどうだの、ギフトが珍しいだの……それぞれ結果が出ていく。
そして──
「次、そこの女」
指されたのは、私だった。
「え……あ、はい……」
皆の視線が集まる。
緊張で手が少し震えながら、ゆっくりと魔法陣の中心に移動した。
老魔術師が、水晶の魔道具をこちらに向ける。
「お前、なんだその格好は」
「え? かっこう?」
自分の体を見下ろしてみる。
ブラウス、薄手のカーディガン、デニムのパンツ。
でも……胸元は大きく裂けてる。
そして、血塗れ。
おまけに、はっきりと濃くなったアザ。
「む……その胸の……」
「す、すみません……」
慌てて胸元を隠すようにカーディガンを引き寄せる。
そんな、人の胸をガン見しないでほしい、本当に。
「いや、似ているだけか。まぁよい……では、鑑定──」
光が私を包み──
──ピッ……ピピッ……ピピピッ……!
……なんで異世界なのに電子音がするのよ。
魔道具が、妙な高い電子音みたいな警告を発した。
老魔術師の眉がぴくりと動く。
「なに……? 鑑定不能……だと?」
「え……?」
「初めて聞いたぞ……鑑定不能なんて……」
周囲がざわめき出す。
老魔術師が舌打ちするように杖を構え直す。
「もう一度だ。鑑定──」
光。
静寂。
そして──
──ビィィィィィッ!!
「……また、不能だと……!?」
老魔術師が険しい顔で魔道具を睨む。
「ふむ……壊れたか? いや、他の者には反応しておった……」
私を見る。
「お前……妙な“魔力の層”に覆われておるな。芯の部分が……まったく読み取れん」
「え……」
それって──
胸のアザがなんとなく脈打つ気がした。
老魔術師はさらに杖を握り直し、別の術式を展開する。
「いや、もしかしたら当たりかもしれん。次は“探査魔法”だ。魔力を感じ取れれば──」
彼の杖先から、淡い光が私の身体へ滲み込むように流れ込んだ。
数秒の沈黙。
「……おかしい。魔力が、ない」
老魔術師の表情が完全に曇る。
「まったく、だ。微塵もない。ここまで“空”の者は見たことがない」
周囲から漏れる失望と落胆。
「魔力ゼロ?」
「異世界人なのに……?」
「そんな奴いるのか……」
冷たい視線。
呆れたため息。
あ、知ってるこの流れ。
老魔術師は腕を組み、誰かに指示する。
「おい、誰でも扱える“初級測定珠”を持て。壊れておるならあれが一番確実だ」
「はい!」と走っていく若い魔術師。
すぐに運ばれてきたのは、ビー玉みたいな透明な玉。
魔術師が説明する。
「これに触れるだけで、最低限の魔力反応が出ます。魔法が使えない一般人でも、微弱な反応はあるはずで……」
「うむ。女、試してみよ」
私は言われるまま、そっと玉に触れる。
──沈黙。
玉は……光らない。
一切光らない。
魔術師が目を丸くする。
「……反応、ゼロ……? そんな、まさか……!」
老魔術師は深々とため息をついた。
「……ああ、確定だ。万が一と思ったが……この女は、"無能"だ」
「無……能……?」
その言葉だけが、やけに響いた。
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