第7話 奴隷商

 ガタン、と馬車が大きく跳ねて止まった。


 直前までガタガタとうるさかった音がピタリと止んで、途端に車中は気まずいほど静かになる。

 幌がふわりと揺れて、外の空気がひんやりと流れ込んできた。


「降りろ。全員だ」


 どすの効いた低い声。

 逃げられないって、こういうときに思い知らされるんだなぁ……。


 扉が開き、外に押し出されるように降ろされる。

 冷たい石畳を踏みしめて外へ出た瞬間――思わず息を呑んだ。


「……なに、この……館……?」


 目の前にそびえる建物を見て、思わず息を飲む。

 豪華とか、綺麗とか、そういう次元じゃない。

 もう……趣味が悪すぎる。


「うわ、趣味わっる!」


 私のすぐ後に降りてきた青年が、素直すぎる感想を漏らした。


 ……そうだよね! そう思うの私だけじゃないよね!

 金ピカの装飾によく分かんない彫刻ギチギチの窓枠って、誰が喜ぶのこれ?


 異世界ファンタジーの「豪奢な貴族の別邸」をテンプレで作りました、みたいな外観。

 周囲の建物がわりと普通だから、余計にミスマッチで悪目立ちしてる。し過ぎてる。


 そして――入口に並ぶ護衛たちを見て、二度見した。


「あ……お耳……」


 頭から、耳が生えている。

 ていうか、尻尾も生えてる。


 あれって、もしかして獣人てやつ?

 頭からぴょこんと可愛らしい獣の耳、お尻にはモフッと柔らかそうな尻尾。

 顔も少し動物要素がある感じ。

 なんか、犬っぽい。


 そして、ゴリゴリの筋肉。

 いや、ゴリラの獣人ですか?

 と思えるほどの筋肉で鎧がパツパツのゴツい獣人系護衛がいた。


 リアルで見ると――うん、圧がすごい。

 ぱっと見……ハリウッドスターみたいな渋い顔のおじさんに生えてるもんだから、余計に。


 私がじっと見てるのに気づいたのか、その獣人が鋭い目でこちらを睨んでくる。

 身体の一部だけもふもふ可愛いのに、他はバチバチにガラが悪すぎてこちらの背が自然に強張る。


「歩け。並べ」


 兵士に押され、私たち五人は館の中に連れていかれる。


 扉が閉まる直前、獣人の護衛が鼻をひくつかせて、何故か私の胸元のあたりをちらりと見た気がした。


 ……え、なに?

 気のせい……だよね?


 あ、母乳のせい……かな?

 さっき絞ってる途中で兵士が来たから、急いで仕舞っちゃってそのままなんだよなぁ……。

 母乳パッドもそのまま捨てちゃったし。

 ……うわぁ、気づいたらすっごく気持ち悪い。

 母乳でブラが大変なことになってそう……。


 そんな気持ち悪さと不安を押し殺して進むと、不意にねっとりした声が降ってきた。


「ほっほぉ〜〜……これはまた、良いのを連れてきましたなぁ〜」


 見た瞬間、心臓が嫌な跳ね方をした。


 脂ぎった頬。

 無駄に金の刺繍がついた服。

 指にはこれ見よがしの宝石。


 顔に貼り付けたようなにこにこ顔の小太りの中年。


 ……あ、無理。

 生理的に無理。


 これ、ダメなタイプだ。

 本能が「関わっちゃいけない」って警告を鳴らしてる。


「前回と同じ、役立たずの引き渡しだ。今回は五人、確認しろ」


 兵士が書類を差し出すと、小太りの男――奴隷商は指をぱちぱち鳴らしながら受け取る。


「いやいや、助かりますよ。勇者召喚様々です。早くしろとお得意様たちにせっつかれておりましてネェ……! 皆様、前回で味を占めたようで、異世界人の奴隷を待ち侘びてらっしゃいます」


 言っていることは完全にゲスいのに、にこにこ顔が妙に爽やかで本っ当に無理。


「ふ、ふざけないで! 誰があんたなんかに売られるって――」


 派手な女が震えながら叫ぶ。

 が、次の瞬間だった。


 奴隷商がちらりと横目で合図を送るだけで――


 ガッ。


 護衛が女の首を片手でつかみ、そのまま軽々と持ち上げた。


「く、るっ……! っ……あ゛……!」


 足が宙をばたつく。

 首を掴む手を必死に掻きむしる。

 けど、完全に首が締まってて息ができずに顔が真っ赤に染まってく。


「おい! やめろ! 人をなんだと思って――」


 スーツの男が怒鳴るが――


 ドスッ!


「がはっ!?」


 みぞおちに護衛の拳がめり込み、男は腹を押さえて膝から崩れ落ちる。


「いやぁ、異世界人は反応が実にいいですねぇ。暴れれば暴れるほど、こちらもやりがいがあるというものです」


 奴隷商は、女が苦しむのも、男が倒れるのも、全部“商品を見る目”で眺めていた。

 その眼が、心底気持ちが悪いっ……!


「やっ、やめっ……! 死ん……じゃう……!」


 派手女の声にならない悲鳴。

 けれども、奴隷商は柔らかぁい笑顔をにこりと返す。


「大丈夫ですよ。あなたたちは大切な商品です。壊れないように扱うのがプロですよ」


 ……この人、慣れてる。

 プロ意識が最悪すぎるんだけど。


 女子高生は私の後ろに隠れて震えて涙目だ。

 大学生の子は「世界観がハードすぎんか……?」と呟いて青ざめて固まったまま動かない。


 私はというと――


 胸の痛みも、恐怖も。

 全部まとめて胃の奥で煮立っている感じがした。


 確かに怖い。

 これから私がどうなるか、考えただけでも恐ろしい。


 でも、恐怖の奥で、あの紅い竜の言葉が小さく響いている。


 信じていいか分からないけど……信じちゃっているんだよね。

 というより、信じたいのかもしれない。


 ……だって、そうじゃないと、私は……。


 胸の奥のアザが、またじわりと熱くなる。


 あの子たちの顔が浮かぶ。

 

 大丈夫。

 きっと。


「さて――」


 そして、奴隷商が手を叩いてにこりと笑った。


「それでは皆さん。今日からあなた方は“私の商品”です。ゆっくり、じっくり、価値が出るまで――」


 奴隷商がこちらに視線を移し、脂ぎった唇をぺろりと舐める。


「――たぁっぷりと、仕込ませてもらいますよぉ」


「ひっ……!」



 ぞわっ。


 全身に鳥肌。


 ……待ってごめん。

 やっぱりこの人、無理なんだけど……っ!


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2026年1月3日 15:00

華やかな異世界〜二児の母が異世界で頑張る話〜 YT @hyt-0107

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