第20章 日常
秋-
旧タツミ保護院前に王族馬車の車列が止まった。
先頭の王族馬車の扉が開かれ、ヴェスタ王とマリア第一王妃が降りて来る。続く
王族馬車からは、まだ幼い第三王女のカサンドラが飛び降り、父と母の元に元気に
駆け寄っていった。
そんな娘をマリア王妃が笑顔で抱き留める。
今回の王家によるディオン領視察訪問で、警護隊長を務める聖クリシュナ王国
近衛騎士団守護局局長、マキ・イナセがヴェスタの前に片膝をついた。
「陛下、周囲の安全を確認致しました。御身の移動防御結界も正常に機能しており
ます。」
「了解した。・・・さて、ここがヒロ殿達が育ったという保護院か。」
補修が行き届いた質素ながらも上品な古家をヴェスタが見つめる。
その時、頭に寝ぐせを付けたままのヒロが扉にぶつかって豪快に転がり出て来た。
そしてマキの隣で片膝をつく。
「こ、こんにちは、王様!よく来・・・いらっしゃい、です!」
ヴェスタの隣でマリアがクスクス笑う。
カサンドラはなんか珍しい生物を見つけた、と言わんばかりにまじまじと少年を
見つめた。
「うむ。たった今起きたという感じだな、ヒロ殿。」
「いえいえ!もうちょっと前には起きてました!」
≪しっかりして、ヒロ君・・・。髪に寝ぐせついてるよ。≫
マキが困り顔で念話を送って来た。
ヒロはハッとして頭を押さえ、どうしよう・・・という視線をマキに向ける。
マキが溜め息をついた。
≪もうこのまま強引に話を進めた方がいいわね。≫
≪ハイ!≫
「と、とりあえず中にどーぞ!うちの庭で採れたハーブを使ったティーをどうぞ
お召し上がり下しゃい!」
所作など知らないヒロが、嚙みながらもぎこちなく身を屈めて、王一家を保護院に
招いた。
「それは嬉しいな。そろそろ暖かいティーが飲みたいと思っていたところだ。どれ、
お邪魔致そう。それとヒロ殿、」
「ハイ!」
「衆目があるとはいえ、そこまで気合を入れて畏まらんでも良いぞ。疲れるだろ
う。」
「ほんとそれ。」
「ん?これは・・・驚く程に旨い!」
「ほんと、口内で瑞々しい上質のミントの香り広がって・・・見事です!」
両親が感嘆の声を上げる傍で、娘のカサンドラはティーよりもヒロが出したダリア
の実のシロップ煮に舌鼓を打っていた。
「でしょー。これ、うちの裏庭で育ててる自慢のハーブなんですよー。」
ヒロが笑顔を見せる。
「ふむ・・・。手入れが行き届いた良い庭だ。」
「ほんと。居心地の良い素敵な空間・・・ね。」
ヴェスタとマリアがテラス越しに裏庭を眺めて褒めた。
「へへ。」
「しかし・・・本当にブルクの村は変わったのだな。驚きの余り、到着してからは子供
の様に馬車の窓からずーっと街並みを齧り付きで見ておったわ。」
「こんなにも美しく瀟洒な街は見た事がありませんもの!まるで絵画みたい。・・・噂
通りでした。この街並みは我が王国の宝と言っても過言では無いと思います。」
「うむ。マリアの言う通りだ。」
「私、この村大好き!このダリアの実も!」
「そうかそうか。」
ヴェスタがカサンドラの頭を撫でて笑う。
「フフフ。いやーまいったな。フフフ。」
ヒロが鼻高々にティーを口に運んだ。
「御馳走になった。もっとゆっくりしていきたいのだが、この後タツミ殿と村長の
邸宅にも回って会談をした後に、もう一度村を一周して景色を見て回ってから、日没
の時間に合わせてアレフ街道に入ろうと思っておってな・・・」
「おっと、それは忙しいっすね。じゃー・・・お土産にカサンドラ王女様、こちらを
どーぞ。」
ヒロはリディアの髪飾り抽出で取り出して幼き王女の前に置いた。
「なに?・・・わっ!凄く綺麗!!光ってる!!ねえ、お母様!!」
「まあ、綺麗ね・・・!」
「ヒロ殿、これは?」
「リディアの髪飾り。獣神ガナーシャを討伐した時に入手した髪飾りっす。「幸運」
の祝福効果が付いてて、しかも真ん中に嵌め込まれてる宝石に幸運の大精霊の加護
が付与されてるんすよ。なまじ効果が高いもんだから、見も知らない人の手に渡る
のも何だなーって思ってて。経連に出すのも躊躇してたりで・・・。」
「え、まさか従者様、幸運の大精霊って・・・僥倖の大精霊ラキア様の事でしょう
か?」
「あ、ですです。付与されてるのは僥倖の大精霊ラキアの加護っすね。」
「あ、あなた・・・これ・・・」
「でっ、伝説級の品ではないか!!」
「そうなんすか?まあ、俺が持ってても意味無いし、王女様が着けた方が良いかな
ーと。」
「リディアの髪飾りといったか、この名前付き装備の縛りは何かね?娘でも大丈夫
なのだろうか?」
「縛りは抽出錬金で取っ払ってますんで大丈夫ッス。」
「そ、そんな事まで!」
「さすがは人神の従者様ですわ!」
「これ凄いの?・・・お父様、私が戴いてもいいの?」
「どーぞどーぞ。」
「う・・・うむ。従者様に感謝しなさい。これはお前の一生の宝物であり王家の宝だ。
いいかい?本当に、本当に大切にするんだよ。」
「保管するより身に着けた方が効果があるっぽいんだ。毎日髪に付けてお父さんや
お母さんに見せてあげな。」
「はい!・・・わー・・・凄く綺麗!ありがとうございます、従者様!」
カサンドラが目を輝かせながら髪飾りを手に取った。
「お母様、この真ん中の石が凄く綺麗!ピカピカなの!見て見てー!」
「まあ、本当ね。カサンドラの髪の色と合っていて凄く素敵よ。」
「やったぁ!」
「この様な貴重な逸品を本当にありがとうございます。どうか従者様の手でこの子の
髪に付けてあげて下さい。」
「え?」
「はいっ。」
カサンドラから髪飾りが手渡された。
-髪飾りって・・・どうやって髪につけるんだ?・・・・・・ん?あ、こうか。
「・・・はい、ついた!」
「似合っていますか?」
「バッチリ!」
カサンドラの笑顔が弾けた。
ヴェスタ王一家が保護院から出て来ると、入り口でマキと共に数名の騎士達が敬礼
で一家を迎える。
マキのすぐ後ろに控える若すぎる騎士達にヒロは見覚えがあった。
「え!?・・・エリルとリオンじゃねーか!」
ヒロが驚いて声を上げる。
「ヒロさん!ご無沙汰しております!」
「ヒロ兄ちゃん!」
2人が嬉しそうにブンブンと手を振った。
「2人共、近衛騎士になったんだ!」
「ヒロ殿が見つけてくれた逸材だからな。すぐさま囲ったわ。他所には渡さんぞ。」
ヴェスタが笑う。
「僕達、王様にお声を掛けて頂いて、マキ局長に拾って頂けたんです。それで今は
局長の守護精霊兼、局長補佐のお仕事をしてます!」
「凄いでしょ!」
「マキさんの守護精霊か。・・・へー、ちょい予想外。」
≪私がこんな美少年達を見逃す訳無いでしょ!・・・速攻で私の守護精霊にもらったわ
っ!!≫
マキから念話が飛んで来た。
≪えっ?≫
≪分かってないわね、ヒロ君。まだ誰の手垢も付いていない、貴方と肩を並べる程の
この超絶イケショタ達は、これから数千年をかけてイケメンに、更に数千年をかけて
イケオジになっていくのよ?それを一番傍でじっくりと愛でながら見守らなくてどう
するのって話!≫
≪なんか性癖歪んでない?マキさん・・・≫
≪カーッ!分かってないわね!!≫
ヒロが同情の篭った目で少年エルフ達を見つめた。
「大変だと思うけどさ・・・そうだ、せめてエリルとリオンに聖霊の眷属付けてやる
よ。精霊族と天族の聖霊は相性良いだろ。なんかすまんかった・・・。」
「なぜヒロさんが謝ってるの?」
「聖霊様?」
人神がエリルに炎の聖霊王イーフリート、リオンに風の聖霊王シルフを注入す
る。
エルフ達が驚きの余り耳をピンッと立て、目を皿のようにして固まった。
冬-ブルク村 タツミ邸
「ヒロ兄ぃ、湯浴みいこー!」
「お、一緒に入るかー。」
「走ろ!部屋出たら廊下とか凄く寒いよぉ!」
小走りに部屋から出て行くネルとヒロの背にタツミが声をかける。
「タオルとかは棚に置いてあるからねー。」
「はーい。」
「暖っかー・・・。」
「ふぅぅ・・・」
2人で入るとギリギリの大きさの湯舟に浸かった。
「ネル、水鉄砲の作り方教えてやろっか?」
「水鉄砲?」
「こう・・・両手をしっかり組むだろ?で、指を一本だけ立てて一カ所穴を開け
るんだ。・・・そして組んだ手を半分くらい湯に浸けたまま・・・両手で湯を押し
出す。・・・絞り出すようにギュッてする。」
ヒロが組んだ手の隙間からビュッと湯が飛び出した。
「うわ!!・・・こう!?」
「そそ。もうちょっと湯に浸けて・・・で、ギュッて-」
「出来た!!水鉄砲!!」
ネル対ヒロの水鉄砲戦争が開戦した。
「あ、ごめん!皆も入って入って!どーぞ。」
ネルの周りを飛んでいた守護精霊達が、湯船に飛び込んでネルの周りでぷかぷか
浮いている。
「ほー、精霊も風呂に入るんだ。」
「いつも一緒に入ってる!」
「そっか、仲良いな。」
「みんな仲良しだよ!昨日は精霊の国のお話をしてくれたんだー。」
「ん?」
「昔ね、アルカンにね、悪い精霊の神さまがいて、皆で力を合わせて退治したんだ
って!」
「アルカン?」
「精霊の国!」
「精霊の国かー。ほおー。」
「その時に一番頑張った一番強い精霊さんが、新しい神さまになったんだよ。・・・
それがね、今のフェアリア様!」
「へー、フェアリア・・・ね。」
-獣神を殺してミナスの精霊達を助けた時に、ずっと上空から感じてたあの視線・・・
多分そのフェアリアって奴だな。気配は完全に消してたけど圧が尋常じゃなかった
し。
「でもね、皆で頑張って退治したのに、前の悪い神様が生き返るかもしれないんだっ
てー。」
「なんだそりゃ?」
「悪い獣族の神様が持ってちゃったから。取って逃げたんだって。」
「ん?獣神?・・・えっと、獣神が何を取って逃げたんだ?」
「えっと・・・前の悪い精霊の神様を封じた・・・石?」
「はぁ!?」
「獣族の神様はね、悪い精霊の神様を生き返らせて、一緒に悪い事をしたいんだ
って。」
-おい、待て待て待て。その獣神ってガナーシャの事じゃねーだろなぁ?あいつ人間
族滅ぼす為に悪霊集めしてたぞ?・・・待てよ、そういえば・・・
ヒロが過去の抽出物を確認していく。
-あった。ガナーシャから抽出で奪った品・・・リーフの封珠。
「ネル、その悪い精霊の元神様って、名前はなんていうの?」
「名前?えっと・・・何だっけ?」
ネルが守護精霊達に目を向ける。
「・・・リーフ!」
「やっぱあのクソ猫が犯人じゃねーか!!!」
ザッバーッとヒロが立ち上がった。
アルカン 精霊の森 月光神殿-
薄く濃密な神力の波動が瞬く間に駆け抜けて行った。
テラスで月夜を眺めていたフェアリアが、驚きの眼で遠ざかって行く神力の波動を
見つめる。
-これは・・・探知かしら?でも・・・こんな風に世界を覆い尽くすような規模の探知なんて、初めて見るのだけど。・・・こんな事が出来るとすれば-
「チース。」
いきなり背後から声が聞こえ、フェアリアが振り向く。
暗闇から少年が出て来た。
「・・・やっぱり貴方だったのね。」
「それはこっちの台詞だ。」
「どういう意味?」
フェアリアがヒロを見つめる。
「初めましてのはずなのに、俺の事知ってるみたいじゃん。・・・やっぱりあんただっ
たんだろ?ガナーシャを殺った時、俺の事をずっと見てたのって。」
「ああ、そういう事。・・・そうね、私です。」
フェアリアはヒロから視線を外し、月を見上げた。
「これ。返しに来た。」
ヒロが封珠を月光に翳した。
「?」
ヒロの手を流し目で見たフェアリアが驚いて二度見する。
「それを・・・探していたの。ずっと。」
「そうじゃねーかと思ってさ。前の精霊神を封じたんだろ?」
フェアリアの眼に警戒の色が浮かぶ。
ヒロが親指で弾いた深紅の封珠が、綺麗な弧を描きながらフェアリアの手の中に
納まる。
「え・・・いいの?」
「いいもなにも、それはあんた達のものだろ。俺、いらねーし。」
フェアリアが封珠を見つめる。
「じゃあな。」
人神が踵を返した。
「あのっ」
ヒロが振り返り、呼び止めた精霊神を見つめる。
「ん?」
「ありがとう・・・。」
「ああ、気にすんな。」
-なんだこいつ・・・くっそ可愛いな・・・
「貴方は私の事を警戒したりしないの?いきなり会いに来たりして・・・少し不用心
過ぎないかしら?」
「大精霊や精霊王達に色々聞いて来てるからそーでもねえよ。それに、あんたが
俺の敵になるなら殺すだけだし。」
「・・・なるほど。そうね。」
フェアリアが視線を外した。
「リーフを殺さずに封印した理由も精霊達から聞いた。」
フェアリアの肩がピクリと動いた。
「討伐の時に、お前の姉貴がリーフに取り込まれて同化したんだってな。」
「貴方には関係の無い事です。」
ヒロが溜め息をついた。
そして無言で掌を封珠に向ける。
フェアリアの前に淡い光の状態の精霊がふわりと落ちて来た。
「えっ!?」
精霊神が慌てて落ちて来る淡い光を両手で包む様に受け止めた。
「ナ、ナフィア!?」
足元に転がって来たリーフの封珠をヒロが拾い上げた。
「ナフィア!!ナフィアッ!!」
「起こすな。リーフに霊力をかなり吸われてっから。」
「え!?」
・・・けど、ちょと吸われ過ぎててヤバいな。んー・・・。あぁ、
ヒロが指を鳴らす。
「今、リーフの霊力を全部奪って姉貴に注入した。ついでにリーフが持ってた加護
とか称号とか使えそうなやつ見繕って姉貴に注入しといたから。暫くしたら目覚め
るだろ。起きたら実体化も出来るはずだ。心配すんな。」
涙を必死に堪えたフェアリアがヒロを見つめる。
「貴方の・・・与奪の権能で救い出してくれたの?」
「ん?そうだけど。」
「どうして・・・」
「ど、どうしてって言われても・・・まあ、俺の家族や仲間達が守護精霊や眷属の精霊
達にすげー世話になってるから、その礼と-」
ヒロが視線を外す。
「熟練度を上げる為に、人間族は精霊族を執拗に襲ってきた歴史がある。・・・これは
今、俺が出来る精一杯の償いだ。ほんとすまねえ。」
人神が頭を下げた。
思わぬ少年の言動にフェアリアは戸惑いを覚える。
「種族が取る行動に関して責任が問われるのは、神ではなく支配者たる王達。そして
当の本人です。神たる貴方が謝る必要は無いわ。それに・・・」
初めてフェアリアが微笑んだ。
「貴方は数えきれない程の同胞達を奴隷から解放してくれたもの。そして私の姉まで
も・・・。心から・・・心から感謝します。」
フェアリアが涙を拭い、片足を引いて深く頭を垂れる。
「別に礼を言われたくてやったんじゃねーし。」
ヒロが照れ隠しにプイッと横を向いた。
「フェアリア、これ。」
リーフの封珠を手渡す。
「じゃあな。」
人神がフッと消えた。
フェアリアはヒロの温もりを探すかのように、光を失いつつある封珠を握り
締める。
「・・・名前で・・・呼んでくれた。」
精霊神はゆっくりと月を見上げた。
春-経連ディオン支部
「じゃ、今月の納品はこんなもんかなー。」
ヒロがサインし終えた納品書を手にしてソファーの背もたれに体重を預けた。
「いつもありがとうね!」
ミヅキがホクホク顔で納品関連の書類をトントンと揃えた。
「でも、まだ納品していない品って沢山あるんだよね・・・?」
「あるよー!腐る程ある!てか増える一方だし。だけど一度に納品するとエレナ
がガチギレするからさー・・・。これ、全部掃けるまでに何年かかるんだろ・・・。」
「末永く宜しくお願い致しますっ。」
ミヅキが書類の束と手帳を胸に抱いてクスリと笑った。
「こちらこそっす。さてと・・・これから駐屯地で打ち合わせがあるから、俺そろそろ
行くねー。」
ヒロが立ち上がる。
「あれ?カエラ総司令、今週は勇者と英雄の合同討伐訓練だとかで、駐屯部隊と
一緒にエレナちゃんも連れてロムド領まで遠征討伐に出てるって聞いたけど・・・」
「うん。でもなんか騎士団から俺に仕事の話があるとかで、カエラさんの代わりに
デルヒアのおっさんから呼び出されたんだ。」
「あ、そうなんだ。頑張ってね!」
「ういっす!・・・あ、ごめん。忘れるとこだった!タツミから伝言なんだけど、ミヅ
キさん、ガルダ熊の絨毯を欲しがってたじゃん?」
「あ、そう!新居の居間にね!」
「昨日、タツミと一緒に鏡の森の奥の方まで出張って、でっかいガルダを数頭仕留め
て来たんだよ。村で毛皮を絨毯に加工してもらおうと思ってるんだけど、早仕上げで
お願いすれば、2人の結婚式までには完成すると思うんだ。色が白と灰色と焦げ茶
の3種類あるけど、早仕上げはどれがいいかな?って聞いてたよ。」
「やったぁ!嬉しいっ!・・・断然白!やっぱりあの家の居間はガルダの明るい色の
絨毯が一番似合うと思うの!」
「了解、白ってタツミに伝えておくね。」
「うん、お願い。それと私からも伝言をお願いしたいんだけど・・・」
「なんなりと!」
「明後日タツミさんとこに行くんだけど、急遽出勤になっちゃって到着は夜になるっ
て言っておいてもらえるかな?その代わり週明けまでゆっくりできるから。」
「ん、了解。伝えとく。・・・結婚式まで1ヵ月も無いけど、準備とか忙しくない?
移動とかあったら俺が空間転移で一瞬で-」
「大丈夫。タツミさんとネル君に早く会いたいって気持ち抑えて、アレフ街道を急ぐ
時間が・・・凄く好きなの。」
「ほぉ?そっか。ま、何かあったらエレナでもカイトでも俺でもすぐ動けるからね。ほんと遠慮しないでよー。」
「ありがとう。」
ミヅキが幸せそうに笑った。
ディオン駐屯地 指令室-
空間転移で飛ぶと、カエラの後釜として副指令に昇進していたデルヒアが座って
待っていた。
「デルヒアさん、お久っす。」
「おお、久しいな、ヒロ殿。カエラ総司令から噂は聞いているぞ。魔神も一方的に
撲殺しかけたらしいじゃないか。」
「まあね。ついイラッとしちゃって・・・。」
「総司令を守ってくれた事、感謝する。」
デルヒアが頭を下げた。
「ま、まあ、弟子を守るのは師匠の務めだしな。」
ヒロが照れ隠しに甘玉の瓶を引き寄せ、ひとつ口に放り込んだ。
「それはそうと、急な仕事って何?」
「うむ。少し君の意見が聞きたくてね。」
「ん?意見?」
「一昨日、騎士団による調査結果の報告が出たんだ。君が獣神と魔神を討伐した
結果、この2種族がこぞって僻地に移り棲む傾向に、より拍車がかかっているよう
でな。この一連の動きは、勇者達と英雄達、そして君を警戒しての動きだと考え
られる。中には海を渡って別大陸に逃げ出している群れや部族も確認されている
とのことだ。」
「なんか必死だねぇ。」
「その結果、天敵が消えて捕食される事が無くなったものだから、大型種、狂暴種
の害獣が急激に増えだしているんだよ。魔族や獣族が減っている今、奴等は我々の
熟練度上げの糧となる貴重な討伐対象と言える。ただ数が激増しているおかげで
最近は大忙しだがね。」
「あー。それで騎士団が大規模討伐訓練してんのか。」
「うむ。そんな中、理由は定かではないんだが、各地の精霊族が我々人間族に限定
して好意的な反応を示している、との報告が増えているのだが・・・何か心当たりは
あるかな?」
「あ、あー・・・うん。心当たりしかない。」
「やはり君が絡んでいたか。・・・実は今、精霊族、特に亜人種からの友好条約締結の
要請が急激に増えているんだよ。加えて亜人種から移住希望件数も激増中で、王都は
年内にも新たな居住区が出来るとの噂だ。・・・これを機にヴェスタ王は熟練度目的、
奴隷目的の精霊族討伐を禁止にするおつもりなのだが、これについて君の率直な
意見が聞きたい。」
「俺は大賛成。精霊族は余りにも不当に扱われてると思う。魔族や獣族と違って、
精霊族はずっと正当防衛の戦いしかしてないっしょ。人間族の側が行動を正す時が
来てると思うよ。」
「・・・そうか。では、人神は王や我々騎士団と全く同じ意見であった、と伝えておこ
う。」
デルヒアの視線が和らいだ。
「これらの点と関連して君に伝えておきたい事がある。先週末、精霊族の亜人種で
あるジン・エルフ族とレイ・エルフ族、それにノームドワーフ族から、鏡の森への
移住の許可を求めて懇願の直訴があったらしい。また、彼等と友好関係にある霊体
の精霊族は既に続々と現地入りしているらしい。」
「え!?・・・・・・あ、ほんとだ。いつの間にか鏡の森に精霊族がすっげー増えてる!」
「彼等が言うには、鏡の森の北側は大聖泉や巨大霊樹など特別な聖域が多く、精霊
族の住処としては最高の土地らしいのだよ。鏡の森全域から魔族と獣族の姿が消えた
今が移住の好機と考えているようだね。」
「いいんじゃね?俺達人間族からしたら願ったり叶ったりじゃん。」
「うむ、その通りだ。精霊族が棲みついてくれれば、その土地や周辺一帯は肥沃で
実り豊かな土壌に変わり、大気も水源も清浄化される。勿論、距離的にブルクの村や
ここディオンの街もその恩恵に与る事になるだろう。」
「だろうね。まあ、ブルクの村の住人は鏡の森の南側、ドミの林辺りまでしか立ち
入らないし、森の北側なら全然問題は無いと思うよ。」
「ふむ。一応、鏡の森への精霊族の入植が許可された場合、鏡の森の北側全域が
王国直轄の保護区に指定され、禁足地となる事が決定しているのだが・・・」
「それでいいと思うよ。」
「そうなると必然的に、ブルク村とディオンの街は精霊族の亜人種との交易や交流の
中心地になる事が予想されているんだ。君はどう思う?つまり・・・」
「住民側が異種族を受け入れられるかって事?」
「うむ。」
「ディオンは分かんないけど、ブルクは大丈夫だと思うよ。エルフ族のエリルとリオ
ンを俺が保護した時、ちょっとの期間一緒に過ごしたんだけど・・・村の皆が凄い世話
を焼いてくれてさ。エリル達も王都行く時はブルクに残りたいって泣いて大変だった
んだから。」
「そうか。・・・なら問題は無さそうだな。」
肩の荷が下りたと言わんばかりにデルヒアが息をついた。
「今、ディオンでも風向きが変わりつつあるのだよ。今までの慣例に則って、異種族
エリル、リオン兄弟の長期逗留を拒否した事が切っ掛けになって、領主様が他種族の
受け入れを前向きに検討されているところなんだ。それに、今やこのディオンの街
は、王国の第二の首都と評されるほどに、大きな発展を見せているだろ?その影響
もあって、街で異種族を見かける機会が増えているし、住民との交流も増えている。
これにより、閉鎖的だった民の意識も徐々に変わって来ているんだ。「友好的な異種
族の滞在、移住なら認めてもいいのでは?」との声が上がり始めるくらいには・・・
ね。」
「そうなんだ!俺もその意見には大賛成かな!平和な共存関係を求めてくるなら
受け入れて良いと思う。それにここはカエラさん、カイトとエレナが常駐してる街
だし、問題を起こそうとする他種族なんか金輪際現れないっしょ。」
「確かにな。何と言っても・・・五柱神を次々に殺し回っている人神様がすぐ近くに
住んでいらっしゃる街だからな。」
デルヒアが苦笑して甘玉をひとつ摘まんだ。
聖クリシュナ王国 ロムド領 リックトン渓谷-
「第一小隊はそのまま右側の群れを牽制!第二小隊は中央の群れを崖側に追い立て
ろ!遠距離部隊、法術攻撃用意!掃射角度、水平!・・・・・・放てぇっ!!」
轟音と共に大型の猛獣達が消し炭になっていく。
「右側の害獣の群れが南に向け潰走!森に逃げ込む模様!」
「了解、退路を断つぞ!遠距離部隊は威嚇攻撃用意!法弾詠唱開始!潰走中の害獣
の視界を断て!近接部隊は出るぞ!これより右前方害獣を追撃、殲滅にかかる!
支援部隊は身体能力強化の祝福を撒け!勇者組は戦局を監視、英雄組は引き続き
陣地の防衛!!行くぞ!!」
歴戦の猛者達が逃げ惑う猛獣の群れを追撃し、一斉に襲いかかった。
「カエラ総司令、本日の作戦経過報告と戦果を纏めたものです。」
夕食が終わり、騎士達が自分の野営天幕に戻る中、特務小隊隊長であるカイトが
焚火の前に座るカエラに数枚の書面を手渡した。
「ふむ・・・、やはりガリアル種の牙猪とドイル種の大猿が異常に増えているな。王都
に注意喚起の報と共に、本日の討伐報告書を送っておいてくれるか。」
「了解致しました!」
「カイト隊長。今回の作戦では貴君の見せ場を全く作ってやれなかったが、すまない
な。」
「とんでもありません!!カエラ総司令と共に戦場に立てるだけで光栄であります
っ!!!」
「貴君の働きに感謝する。」
満面の笑顔でカイトが戻って行くと、カエラは息をつき星空を仰いだ。
≪おう、お疲れだったな。今日も良い采配だったぞ。≫
≪総団長!≫
サイモンからの念話が届き、カエラの背筋が伸びる。
≪あ、総団長は今どちらに?討伐終了後からお姿を見ておりませんが・・・≫
≪この3日間で一番戦果を挙げた第三小隊を連れて崖上の温泉で湯浴み中だ。特別に
酒風呂を許可している。≫
≪そうでしたか。≫
≪今日の討伐数の報告は出たか?≫
≪はっ!報告致します!本日、最終日の戦果は-≫
≪カエラ、念話では普通に話せと言ってるだろ。肩の力を抜け。≫
≪あ・・・そうでしたね。・・・コホン。今日は魔族19体、獣族27体、害獣388頭を
処理しました。こちらの死亡者、重傷者共に0。軽症者は18。特に目立った個体
は、第7類強種の水竜1体、第6類強種の羅鬼族4体、牛頭族2体、第5類強種
相当のドイル系の大猿164頭といったところでしょうか。≫
≪ふむ。ドイル猿は数が多かっただけに一番手強かったまであるな。・・・今日の所見
は?≫
≪やはり害獣の増加と狂暴化が顕著である点、特にドイル種とガリアル種には注意
が必要かと。あと個人的にはエレナと我々の連携の練度がかなり上がったように
思えます。彼女は分析力だけでなく順応力と応用力もずば抜けています。・・・特に
戦局予想と戦局分析、戦術立案で彼女に適う者はいないかと。軍司として是非とも
騎士団に欲しい人材なのですが・・・。≫
≪俺も誘ってんだがなぁ・・・≫
≪断られたでしょう?≫
≪秒でな。≫
カエラがクスリと笑う。
≪仕方無いですね。・・・最後に、騎士達の熟練度もかなり良い感じで上がったのでは
ないかと思われます。今回の遠征訓練で大多数の者が2~3上昇しているようです
ので。≫
カエラの声は満足感に溢れていた。
≪うむ。だろうな。まー今回の遠征訓練は大成功だ。よくやった。≫
≪ありがとうございます!≫
サイモンの脳裏にカエラの褒められて上気したドヤ顔が思い浮かび、思わず苦笑した。
≪明日は撤収日。帰投完了までは気を抜くなよ。特に第二小隊はすぐに調子に乗る
からな。撤収作業中は厳しいくらいで丁度良い。叱る時は厳しく指摘、必ず目標を
与え、最後に信頼を口にしろ。ただ叱るんじゃない、叱って伸ばすんだ。そして
完遂時には大いに褒めてやれ。≫
≪総団長なら絶対そう仰ると思っていました。了解です!≫
カエラが最高の笑顔で答えた。
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