第18章 褒美
春
ブルク村 エテロ邸-
居間ではネルとナオが仲良く積み木で遊んでおり、そんな2人をエテロの妻、
シオンが幸せそうな笑みで見守っていた。
ネルもナオも可愛くて仕方ないといった感じである。
キッチンには人神ホロの要請により集まった村長のエテロと幹事のタツミ、そして
ホロの従者ヒロの姿があった。
「うーむ・・・こいつは何だ?」
「見たところ綺麗な石だけど・・・宝石かな?」
エテロとタツミはヒロが机に置いた黒い小石を繁々と見つめた。
「これは魔石なんだけど、中に籠められてる魔力の質と量が半端ないんだ。さしずめ
超魔石っていったところかな。」
「魔石!?」
「ほお!」
「同じ大きさの最高級魔石と比べると、だいたい10万個分くらいの魔力がある。」
「10万!?まじかっ!」
「す、凄い・・・ね。」
「鏡の森の地下洞窟でさ、エレナとマキさんの熟練度上げの準備している時に、
死古竜が蹲っていた場所になんかすげー違和感感じたんだよね。で、近づいて見て
みたら・・・周辺の岩盤がこの石みたいに超魔石化してた。」
「ヒロ坊。違和感ってどういう事だ?詳しく話してくれ。事によっちゃあ、村の皆を
避難させ-」
「あ、大丈夫大丈夫。これはね、死古竜化している過程で体液が地盤に染み込んだ
結果なんだと思う。高濃度の魔素が含まれてる古竜の体液や血が地面に流れだして、
そこに死古竜化に使われた神呪や代遺物の封珠に籠められていた、マルドゥクスの
極上の神力が混じっちゃったもんだから、こんな風に地盤が超ド級の魔石化したん
だよ・・・ってホロの爺っちゃんが言ってた。うん。」
「害は無いのか?」
「食べたりしない限りはね。」
「ふむ。」
「でもそれだと・・・決して安全とは言えないな。別の意味でね。」
「だな。欲に目が眩んだ連中が何をするか分かったもんじゃねえ。すぐにでも手を
打たなきゃなんねえぞ。」
「だから二人に相談したかったんだ。この石は売るよりも使った方が断然良い。」
ヒロが2人の前に加工済の爪先程の大きさの超魔石を2粒置いた。
「まず左の小石。これは超魔石の特性をそのまま利用した浄化石。」
浄化石とは、便槽に落とし込む事によって匂いや汚物そのものを浄化し、消し去っ
てくれる便利な品である。通常は大人の頭部くらいの大きさがあり、効果は遅効性
で、しかも長持ちしない為、年に数回取り換えるのが一般的である。非常に高額な
品だけに、現在では富裕層や貴族御用達の贅沢品となっていた。
「この大きさでも便槽に放り込んでおけば数千年だって効果を発揮するし、超絶
即効性で汚物は瞬時に浄化してくれる優れモノ。」
「なんだそりゃっ!」
「す、凄いじゃないか!」
「でしょー。次に右の小石。これは獣族がよく使う単純加工技術を応用してるんだ
けど、超魔石を光水晶液に浸したエグマフクロウっていう魔獣の網膜で包んでるん
だ。周りの光量や輝度に反応する。・・・分かり易く言うと、周りが暗くなると自動的
に光り出すんだよ。エテロさん、窓を閉めて雨戸も落としてもらっていい?」
「お、おう、いいぜ。」
エテロが言われた通り部屋を暗くすると、すぐに爪先大の小石が僅かに光りを
帯びだした。小石を机上のランタンに入れると、徐々に光が増し、あっと言う間に
ランプやランタンの明るさの何十、何百倍かと思われる程の十分な光量で部屋を
隅々まで明るく照らし出した。不思議な事に光源となっている小石を見ても、眩し
さの余り見つめられないという事は無く、淡く優しい光に包まれているのが見て
とれた。
「なんだこりゃぁ・・・」
「へぇー・・・」
「部屋が暗くなれば勝手に光り出して、日が昇って明るくなれば勝手に消える。
室内灯に最適だし、街の街灯としても使える。これも、何もしなくても数千年間は
持つからね。・・・因みにエグマフクロウは、エレナ達の熟練度上げの時に2千羽程
討伐してて、網膜の在庫は今のとこ16000個くらいあるんだ。エグマフクロウ
は目が8つあるから。」
「ヒロ坊、お前・・・」
「なるほど、そういう事か。」
ヒロの趣旨を理解したエテロとタツミがヒロを見つめた。
「超魔石はホロの爺っちゃんにお願いして地下洞窟から全部抽出してもらってる。
総重量は2tちょい。クリシュナの法では新規開拓資源の取り分は、王国5割、管轄
領主3割、採集者本人は2割。でも鏡の森はディオン領地外、管轄領主不在区域
だから、王国に5割、つまり1tを献上したら残りの1tは発見して採集した俺とホロ
の爺ちゃんのものになるんだよ。俺も爺ちゃんも取り分は全部ブルク村に寄付する
つもり。でさ、爺っちゃんが、俺が真面目に働いてるからご褒美を1つやるって
言ってくれたんだよね。それで色々考えたんだけど、ブルク村の道って凸凹してて
・・・皆、歩き難そうにしてるじゃん?雨あがりとかぬかるんで最悪だし。どうにか
して欲しいって言ったら、ブルク村内の地面や道を、街灯とか排水溝とか全部込み
で高級石畳に造り変えてやろう、ついでに建物や家屋も綺麗に改装してやろうか?
だってさ。そういうの構築錬金っていって、ホロの爺っちゃん得意なんだって。
しかも一瞬で出来るらしい。・・・この際、この超魔石を使って村全体を王都みたい
に綺麗にしちゃわない?」
エテロとタツミが唖然とし、しばらく無言でヒロを見つめた後、村議会堂に駆け
込んだ。
そしてディオン領主も呼んで連日に渡って激熱なブルク村大改修会議が行われる
事となった。
そして翌月、ブルクの趣を残したまま瀟洒で美麗な新生ブルク村が誕生し、ブルク
村とディオンの街をつなぐアレフ街道も、高級石畳とエルダーウルフなどの害獣除け
効果が付与された美しい街灯が設置され、幻想的な光に包まれた非常に美しい街道
に生まれ変わったのである。
結果、ブルク村を訪れるディオン住人が激増し、また噂を聞きつけた吟遊詩人達に
よって幻想的な村と街道の噂が広く伝播していき、村の活性化の勢いが凄まじい事に
なっていった。
夕食で使った食器を洗って立てかけると、ヒロは木製のカップにマーカ酒を注いで
食堂の長椅子に座った。
読みかけの支援法術陣式構築論の本を開いて続きを読みだした時、保護院の入り
口に馬車が停まる音が聞こえた。
-ん?
ヒロが本から目を上げて玄関扉に視線を向けると、カイトとエレナが入って来た。
「ただいまー!」
「ただいま。ちゃんと片付いているわね。偉い偉い。」
「おう、おかえりっ!急にどうしたんだよ2人共!」
「初めて連休もらえてさ!めっちゃ小洒落たって噂のブルクに帰省だ帰省!」
「私もカイトの連休に合わせて有休を取ったの。久しぶりにゆっくりしたいし。」
「そっかそっか!部屋に荷物置いて来いよ、ティー淹れっから。」
「いいわよ、私が淹れるから。ヒロ、晩御飯はもう食べたの?」
「さっき食べたとこ。エレナとカイトは?」
「俺達はディオンで食って来た!で、この葡萄酒も買って来たんだ!皆で飲もうぜ!これ、今ディオンで人気なんだよー。」
カイトが鞄から派手なラベルのワインの瓶を2本取り出した。
「おー!いいじゃん!・・・たいした肴は無いけど、晩飯で作った山菜の炒め物が残っ
てるし・・・あとチーズと干し芋があったっけな・・・」
「私がするわ。」
エレナが懐かしのエプロンを鞄から取り出して身に着けると、颯爽と調理場に入っ
ていく。
「カイト、私の荷物を部屋に入れといてー。」
「了解!」
カイトは買って来た食材が入った布袋を調理場に置いてから、2人分の荷物を軽々と抱えて部屋に置きに行った。
人数分のカップに注がれたワインから芳醇な香りが零れ落ち、もはや酒の肴とは
いえないような立派な料理が皿に盛られて並べられた。
「なんで2人共わざわざ馬車で帰って来たん?眷属使えば一瞬なのに。なんなら
宗主神で飛んでくりゃーすぐ・・・」
「あー、やっぱりヒロ知らないんだ。」
「アレフ街道を通ってみたかったんだよ。特に夕方からのアレフ街道って物凄く綺麗
で幻想的って言われてて、今じゃ超有名な名所なんだぜ。大陸中の吟遊詩人達が挙っ
て唄にしてるくらいなんだから!「神が造りし天の街道」って!」
「ほへー、そうなんか・・・。で、噂じゃなくて実物はどうだった?」
「なんだこれ!?めっちゃスゲーエエエエ!!って感じ!!一時間があっという間だ
ったぞ!!」
「もうお伽噺に出て来る夢の国そのままね。すっごく素敵!」
「ほーん。・・・ま、お悦び頂けたようで何より。」
ヒロが笑いながら背もたれに体重を預けた。
「あー・・・、それでか。最近ディオンから来る人とか、旅行者とかもめっちゃ増えて
てさー、ダン爺さんとメリッサの婆ちゃんも宿屋を始めたんだよ。」
「えー!そうなんだ!」
「てか、アレフ街道よりブルク村だよ!!ほんっと王都の貴族街を超えるくらいの
お洒落な街って感じじゃん!!マジで驚いたんだが!?」
「でもブルクの面影がちゃんと残っていて良かった。それだけが心配だったの。」
「まあ、村人全員であーでもないこーでもないって、ずーーっと会議して来たから
なぁ。こんな風に良い村になったのは、タツミ達が頑張って皆の意見を丁寧に纏め
て、改修案を練りに練ってくれたからだよ。」
「そっか、なるほど。」
「やっぱりタツミが幹事になって大正解ね!」
「うむー。熟考派のタツミに直感派のエテロ村長とで息ピッタリって感じだわ。ブル
ク村史上最強の幹部連じゃねーかな、あの2人。」
「早く会いたいけど今夜はもう遅いから、明日3人でタツミとこ行こうぜ!」
「そうしましょう!」
「おうっ!いこいこ!」
「で、その前に・・・、先にヒロに話しておきたい事があんだけどさ。」
急にカイトが改まり、照れ隠しに鼻の頭をかいた。
隣でエレナがコホンと小さく咳払いをする。
「ん?」
「俺達さ、・・・付き合う事にしたんだ。」
「えっ!」
エレナは頬を染めて恥ずかしそうにワインが揺蕩うカップを見つめた。
「おめでとおおお!!」
「おう!」
「ありがとう・・・。」
「いやー、良かったじゃん!」
「まあ、結婚とかはまだ先になるんだけど・・・でも、俺はずっとエレナの傍に居たい
し、居て欲しいって思ってるんだ。」
「・・・うん。私も。」
「そっかそっか!」
「でさ、将来結婚して・・・そして、もしも俺達に子供が出来たとするじゃん?その時
は・・・その時はさ、俺達の人神の加護を消して欲しいんだ。」
「子供と一緒に歳をとって行けたらなって思うの。」
「あっ!うん、絶対にそうした方がいい!分かった。その時は言ってくれ。すぐに
消すから!」
「ありがとな。この人神の加護はマジ重宝してんだけどさ。」
「ヒロの加護は本当に優秀なんだもん。いつも助かってる。ありがとうね。」
「おう!もっと感謝していいぞ!」
「変わんねーな、ヒロ。」
カイトが笑う。
「そっかー。2人が結婚前提でお付き合いかー・・・。やっとかって感じだな!」
「やっと?」
「やっとだろー。特にエレナなんてガキの頃からずぅーーっとカイー」
「え?」
「コホンッ!!コホンンッ!!・・・あら、何か小難しい本を読んでるのね。ヒロ。」
派手な咳払いと共にエレナが置いてあった本を手に取った。
「ん?あー・・・、近代法術学視点で書かれてる論文って、すっげー面白いんだよ。
答えに辿り着けそうで辿り着けないから、最後は無理やり力技で解にもっていく
とことか・・・そういう発想、俺には無いからさ。素直にすごいと思う。」
「誉めてそうで誉めてねーな。」
「専門用語が多いわね・・・。」
「大したことは書いてねーけどな。じゃー話を戻そうか。それでどっちから先に
告ったんだ?」
カイトとエレナが顔を赤らめて俯いた。
天界 創世神殿-
果てしない空の青と蒼の水面に挟まれた世界。
その真ん中に据えられた純白の御座に老神マルドゥクスが目を瞑り座していた。
-ほほ・・・。肥えてきておるわ。これは・・・稀に見る逸材、いや、過去最高の贄ぞ。
瞼の裏に浮かぶ少年を見つめながらマルドゥクスが満面の笑みを湛える。
その時、神殿内をさざ波の様な神力の振幅が駆け抜けていった。
思わずマルドゥクスは目を開けて、過ぎ去っていく波動を見つめる。
-今の神力の波動は・・・まごう事無き探知。・・・ま・・・まさか
老神は驚きつつ再び目を閉じる。
そして少年と目が合った。
-こ、こやつ・・・想像以上であったわ。我の神視に気付いたと?・・・それどころか、
天界にまで達するような極大の探知を撃って我が居場所を探るか、人神よ。
老神の口元が歪んだ。
-もう一息で「覇神」に到達する。・・・楽しみにしておるぞ、人神ヒロよ。・・・待ち
遠しい。・・・まこと待ち遠しいのぅ。
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