第17章 反乱



 聖クリシュナ王国王宮 円卓の間-


「ロス・サイモン、入ります。」

 サイモンが重厚な扉の前で声を上げると、扉の両脇に立っていた守衛の近衛騎士が

敬礼と共に扉を開く。

 サイモンが入室すると、円卓で唯一空いていた席に座った。

 これでヴェスタ王以下、第一宰相、第二宰相、内務大臣、外務大臣、騎士団総

団長、計6名からなる王国の最高決定機関、「円卓の楔」が一堂に会した事になる。

「皆の者、緊急の招集によくぞ応じてくれた。では、これより円卓会議を始めると

しよう。・・・コルトレイン、皆に此度の説明を。」

「はっ。」

 コルトレイン第一宰相がモノクルを付けて数枚の書類を手にした。

「5日前の夜、迎賓館前で拘束されたニア・ラムジー息女についてですが、取り調べ

の際の供述によって、ラムジー辺境伯が治めるレビタル領地で由々しき政変が起きて

いる事が分かりました。」

 全員の目がコルトレインに向けられる。

「ラムジー辺境伯は昨年末より痴呆の症状が悪化。その為、娘のニア・ラムジーが

領主代行を務めておりました。そんな中、今年に入ってから反ラムジー派の3貴族が

主要ギルドを取り込み、領主権の奪取を画策した模様。彼等が意図的に領内の物流

を滞らせた結果、レビタル領地の経済収益が著しく低下したようです。ニア嬢の政権

運営手腕に問題あり、と吹き込まれた民衆も3貴族側につくよう扇動されていたと

の事。当のニア・ラムジー本人は、3貴族からの領主権の譲渡要求に頑なに応じよう

としませんでした。彼女は打開策として、隣接するレスタ領の領主レスタ公爵の次男

であるレントン子爵との婚姻を決意。これによりレスタ領からの強力な経済援助を

受けるつもりでおったようです。」

 地方にありがちな醜い権力争いの報を聞き、サイモンは溜息をついて首を鳴らし

た。

「今回ニア嬢が起こした騒動は、婚約者であったレントン・レスタ子爵との婚約が

一方的に破棄され、その原因がエレナ女公爵にあると思い込んだ事による衝動的な

犯行でした。とはいえ、王都に魔族の王を呼び寄せ、英雄エレナ女爵と周囲に居た

貴族達の殲滅を謀るという蛮行に及んだ事に、酌量の余地はございません。皆様も

ご存じの通り、ラムジー家は爵位と領主権を剥奪。ニア・ラムジーは明日付けで

ブルガン島へ永久流刑処分となります。」

 コルトレインが書類の頁を捲った。

「ニア・ラムジーへの取り調べを通して更に幾つかの事実が判明致しました。・・・

まず、反ラムジー派はラムジー家が代々引き継いで来ていた魔鰐族との盟約、変事下

における共闘の契りを警戒しておったようです。その為、直接的な方法は避けて政権

奪取の策を弄して負ったようですが、此度はラムジー家から爵位と領主権が剥奪さ

れ、跡目のニア嬢も流刑に処せられた事、及び魔鰐族の王が討伐され、更には盟約

は果たしたと言わんばかりに魔鰐族がレビタルの沼水源から姿を消した事を知り、

これを最高の好機と捉えて強硬策に出た模様です。本日正午に反ラムジー派の筆頭

格であるダズビ男爵が、自らレビタルの新領主を名乗り、民衆に向けて新政権の樹立

を公示した事が確認されました。」

「な、なんたる事だ!新領主の決定、任命は聖クリシュナ王国国王たるヴェスタ陛下

の権限ぞ!これは謀反に他ならん!」

 第二宰相のアザリアが怒りの声を上げる。

「然るべき処罰が必要かと!!」

「卑劣な!断じて許せんっ!」

 内務大臣ヒメラギと外務大臣ガーラントも次々に怒りの声を上げた。

「サイモン殿、貴殿の意見は?」

 コルトレインからの問いに、黙って報告を聞いていたサイモンがヴェスタ王を

チラリと見た。

「一点、気になる事があります。レビタル領は他国との国境を有し、国境警備の任

を担う王国最北の地です。故に王国騎士団の駐屯部隊の大部隊・・・5500名余りを

派遣、駐留させております。王国への明らかな反乱とも言える今回の動きに対し、

騎士団が何の反応もしていない事が腑に落ちません。・・・少なくとも自分はレビタル

駐屯部隊から何の報告も受けていませんので。」

「中央議会も、そして王宮も同じです。レビタル領からは何の報告も受けておりま

せん。ニア嬢からの聴取、そしてラムジー家上級秘書官であるダン氏から緊急の念話

通報にて、今朝の反対派による領内公示内容が確認出来た次第です。残念ですがサイ

モン殿・・・」

 コルトレインが溜め息をつきながら書類から視線を上げた。

「辺境のレビタル領の開拓と同時に騎士団の駐屯部隊を配置して250年が経ち、

部隊内部も当然の如く刷新されております。現在、レビタル駐屯部隊は反ラムジー派

の貴族達の私兵と化しているとニア・ラムジー自身が証言しております。駐屯部隊の

幹部職、及び騎士団員の大半がラムジー反対派3貴族の一族とそれらに与する有力者

の一族からの出自で占められている、との事です。」

「つまり・・・今のレビタル駐屯部隊は反ラムジー派に乗っ取られていて、王と王国へ

の忠義を失っている、と。」

「調査をしないと断定は出来ませんが、現状ではそう判断せざるを得ません。」

 サイモンが溜め息で怒りを抑え込み、その指先がコツンと机上を叩いた。

「何か思うところがおありのご様子ですね。」

「・・・ええ。今、王国領内に散らばる騎士団全部隊からの報告書を数年分遡って確認

している最中なのですが、レビタル駐屯部隊から提出されている業務報告と会計報告

の内容がどれも胡散臭くてですね。一先週だったか、報告書の再提出を命じたところ

です。・・・まあ、そういう事なら全て腑に落ちる、と思いまして。」

「胡散臭いとは?」

「業務報告は全て定型文化しており、会計報告は支出項目の未記載が多く、昨年度

からの運営会計繰越金額にも齟齬が見つかりました。」

-なぜすぐに監査団を派遣しなかったんだ、俺は!・・・くそが!

 騎士達の忠義心を疑うという発想にまで到らなかった己に、そして調査が後手に

回ってしまった事に、サイモンは自分を殴りたい衝動に駆られた。

 そんな感情を押し殺しつつ、コルトレインを見つめる。

「騎士団を預かる総団長として、私の対応が甘すぎたようです。しっかりと調査を

して中央議会に報告しますので、暫しお待ち頂きたい。・・・話を逸らしてしまった

ようですな。申し訳ない。宰相殿の報告の続きをお願いしたく。」

「分かりました。報告に戻りますと、・・・二ア嬢への取り調べから判明した更に別の

点ですが、反ラムジー派の貴族、とりわけその筆頭格たるダズビ家当主、ヴァン・

ダズビ男爵は・・・国境を接する隣国、ドレッド皇国と通じておるようです。この点に

ついては、ニア嬢自ら此度の新年の宴の後で数多の証拠と共に王に直訴するつもり

でおったようです。提供されたそれらの証拠を精査した結果、ダズビが領主になった

暁には、レビタル領地は聖クリシュナ王国からの離脱を表明、同時にドレッド皇国

の庇護下に入る計画を立てておるようです。」

「な、なんですと・・・」

「これは由々しき事態!王よ、賢明なご判断を!」

「お待ちください!・・・どうも私は腑に落ちないのです。例えばドレッド皇国です

が、今や大陸中に名を馳せる、最強の勇者と英雄を擁している我々に喧嘩を売る

ような真似をするでしょうか?レビタル辺境地のダズビ何某についても同様です。

田舎貴族ならば権力者や強者との衝突を避け、何よりもまず保身に走ろうとする

はずでは?大陸の覇権国家と評される我等に反旗を翻そう、などと考えるでしょう

か?」

 ヒメラギの問いにコルトレインが応じた。

「そのように考えている可能性は高いと思われます。レビタルは我が王国の最北の

辺境地。故に情報が伝わるのも遅く、情報が歪む事も多い。なにせ領主代行のニア

嬢でさえ、魔鰐王レヴィアタンが人神ホロ様に瞬殺されたと聞かされ、人神降臨の

話や我が国の勇者や英雄に関する発表、風聞が事実だと知って驚愕しておった程

ですから。ドレッド皇国についても同様かと-」

 コルトレインがヴェスタ王をチラ見した。

「よい。続きは私が話そう。」

 ヴェスタ王が口を開いた。

「今から話す事は外交上、秘匿されるべき情報である。その点を重々心せよ。・・・

先月、外遊で我が国を訪れたアリスタン国の皇太子ご夫妻を迎えた時に直接聞いた

話だが、そもそもドレッド皇国は、偉大なる人神ホロ様の降臨も、我が国の数々の

勇者譚や英雄譚も全く信じておらんようだ。会食の席でドレッド皇国の皇帝ユリア

ヌスは「聖クリシュナ王国が何かと話題になっているが、あれは自国の神聖化を狙っ

て風聞を流しているに過ぎない。ヴェスタによる子供騙しの工作だ。」と言って鼻で

笑っておったらしい。」

「お、愚かな!」

「手に負えませぬな・・・。」

「なるほど・・・。そういう事ならば、ホロ神の降臨に関してドレッド皇国から使者

の派遣どころか、問い合わせの伝書ひとつ寄越してこなかったのも頷けます。」

「神誕祭に先立ち、数多の天使達が人神降臨を全地に告げて周ったはずだが・・・愚者

にはそれさえも工作の一環に見えるらしい。もはや笑えぬわ。」

 円卓の楔達の呆れ顔にヴェスタが苦笑して答えた。

 コルトレインが静かに書類を揃えて机上に置く。

「私は領地レビタルの早急なる平定、及びドレッド皇国に対する厳格なる制裁を

科す事を強く進言致します。意見や質問のある方はどうぞ。拝聴致します。」

「質問はありません。私はコルトレイン宰相の意見に賛同致します!」

「至極同意!」

「私も全く同感です!」

「サイモン殿は如何ですかな?」

「ん・・・異論があるように見えます?」

 軽口を叩くサイモンの目は笑っていなかった。

「では円卓の楔の決は出ました。我等がヴェスタ王に進言致します。レビタル領地と

ドレッド皇国に対し然るべき処置を講じて頂けますよう、伏してお願い申し上げま

す。」

 一堂の視線を受けヴェスタ王が暫く思案し、そして目を上げた。

「・・・うむ、分かった。王国騎士団総団長ロス・サイモンよ、」

「はっ!」

「レビタルにおける捜査権、裁判権、執行権を其方に与える。王国騎士団を率いて

レビタル領へ至急向かえ。まずは奢った反乱軍を制圧せよ。真相を聞き出した後、

ドレッドの介入が明らかとなれば、我と其方の連名でドレッド皇国に対し最終通告

状を出すように。謝意を示すなら寛大なる慈悲を与える。敵意を示すなら壮絶なる

死を与えよう。・・・後者ならば絶対に負けられぬ戦となろう。如何に戦費がかかろう

と構わぬ。念入りに準備、編成して敵を駆逐するのだ!」

「お言葉ですが王よ、今から討伐部隊を編成してレビタルまで出兵となると、時間が

かかり過ぎませんかね?」

 葉巻を求める指先で机上を軽く叩き、サイモンが立ち上がった。

「俺一人で十分です。戦費は宿代一泊分で結構。全ては騎士団の駐屯部隊の問題を

見抜けなかった俺の責任でもあります。御命令通り反乱勢力とドレッドを徹底的に

懲らしめて来ますんで。王陛下と皆様は次の領主の選定と派遣にご注力頂きます

よう。」

 サイモンが所有刻印を光らせ、神々しい光を放つ槍を召喚する。

 円卓の間の空気が震え、男達は驚愕の目で勇者が手にした神器を見つめた。

「有能な部下を持ち過ぎると、仕事が無くなっちまって結構大変なんですよ、これ

が。・・・いやはや、少しは面目躍如になるかな。」

 サイモンが槍を豪快に肩に担ぎ、円卓の間を後にした。




 部屋の扉をノックする音が聞こえる。

 ガスターはベッドに寝転がったまま、面倒臭そうに時計を見てから扉を一瞥する

と、緩んだ腹を掻きながら大きな欠伸をした。

「・・・入れ!」

 その声に即応し、すぐさま執事が部屋に入って来る。

「ガスター様、駐屯地よりバネッサ隊長が参られました。早急にお伝えしなければ

ならない事があるとの事です。お通ししてもよろしいでしょうか?」

「バネッサが?・・・構わん。ここに通せ。」

「畏まりました。」

 執事がいそいそと出て行くと、暫くして厚化粧の女騎士が部屋に入って来た。

「バネッサ、なんだこんな早くに。さては儂に抱かれたくなったか?」

「そっちはまた今度、ね。そんな事よりガスターさん、大変!今、総団長が一人で

駐屯地に来て、総司令はまだ出勤していないのか!!今すぐ呼んで来いっ!!って

凄い怒ってるわよ!」

「あん?総団長だ?・・・・・・え?王都の・・・ロス・サイモン殿が我が駐屯地に??」

「そうそう!そんな名前だった!」

「こ、これはいかん!すぐに準備して向かう!!バネッサ、お前はすぐに駐屯地に

戻れ!サイモン総団長には、総司令は体調不良で出勤が遅れている、今暫しお待ち

を、とだけ伝えろ!」

「はーい。急いでね!」

 ガスターはベッドから跳ね起きてクローゼットに駆け寄った。


「あ、ガスター殿だ!」

「総司令!」

 本舎の玄関口に走り込んで来るガスターの姿を見つけ、2人の上級騎士が駆け寄って来た。

「ハァハァ・・・サ、サイモン殿は?」

「司令官室でお待ちです。バネッサ隊長が対応していたのですが、先程、部屋から

追い出されたようでして・・・。」

「追い出されただと?それでバネッサはどこに?」

「怒ってお帰りになられました!」

「な、何をしとるんだ、あの女は!!」

「あの、いかが致しましょう?」

「・・・まだサイモン殿の来訪の目的が分からん。万が一、ダズビ殿と我等の「動き」

に気付いての事なら・・・生かして返す訳にはいかなくなる。・・・総団長は単身で来訪

されているというのは事実か?」

「はい。お一人です。護衛官や付き人さえもおりません。」

「それもおかしな話よな。・・・だが、こちらからしたら好都合だ。儂が司令官室に

入った後、完全武装した特務小隊を部屋前に待機させておけ。儂が大声を上げれば

即時突入、問答無用でロス・サイモンを殺すように伝えろ。」

「了解致しました!」

「総司令、念のため総団長来訪についてダズビ男爵の耳にも入れておくべきかと。」

「そうだな・・・」

「では、それは私が。」

「ああ、頼む。」

 上級騎士達が散っていくとガスターは大きく息を吐き、階段を昇りだした。

-まずは出勤が遅れた言い訳をせねばなるまい。腰を痛めた事にでもしとくか・・・。

しかし解せん。事前の連絡も無くこんな辺境領に総団長自ら来訪するとは・・・。王都

からレビタルまで早馬で飛ばしても20日以上かかる距離ぞ。まさか今朝の領主変更

の報を聞いて王都から飛んで来た、という訳でもあるまいに・・・。

 ダズビが足を止め、息を整える。

-長期の休暇でレビタルを訪れていて、街で新領主誕生の報を聞きつけ挨拶に来た

とか・・・まあ、どうせそんなところであろう。適当に言いくるめて追い返せばいい。

何とでもなるわ。

 ガスターが司令官室の扉の前に静かに立ち、暫く待った。

 自分が昇って来た階段の方に素早く視線を走らせると、完全武装の特務小隊の姿が

見え隠れしている。

-よし。準備は整った。・・・案ずるより生むが易し。まずは狸の腹の中を探るとするか。

 短くノックをしてからガスターが司令官室に入室した。


「これはこれは、サイモン総団長殿!お会いできて誠に光栄です!!私は-」

 精一杯の笑顔でソファーに座る人物に駆け寄っていく。

 一見して分かる頑強な体躯。銀髪の角刈りに頑固さを感じさせる何かを噛むように

閉じた口元。そして無精髭。

 なぜかこちらを一度も見ずに、新しい葉巻を取り出した。

 そんなサイモンの姿にガスターの中で警報が鳴り出す。

-そ・・・相当お怒りなのでは?

「わ、私は、不肖ながら総司令の任を拝しております、ガス・・・」

「今は何時だ、ガスター。」

 騎士団総団長たる大男は尚もガスターを見る事無く、ただ静かに問うた。

「ハッ・・・はい!あ、あの、実は私は腰が、あの昨晩痛めてしまっ-」

「今は何時だ、と聞いている。」

「ハッ!し、正午であります!」

 騎士団総団長ロス・サイモンから尋常ならざる「圧」を感じ、ガスターは思わず

気を付けの姿勢のままで真っ直ぐ前を見つめた。

-な、なんぞ、この男は!この圧、まるで魔族の王か何かではないか!!マズい・・・

マズいぞ!

 バチンッ!と葉巻の先を切り落とす音が聞こえる。

 細い火結晶石で先端に火を灯すと、サイモンは両足をローテーブルの上に投げ

出し、ソファーの背に腕を沿わして深く煙を吸い込む。

 高級葉巻の紫煙が漂い、ガスターの鼻先を擽った。

「貴様の今月の出勤日数を言え。」

「えっ?・・・私の出勤日数で・・・ありますか。」

「二度言わせんな。」

「あの・・・ほ、・・・本日が初出勤になります!」

「新年が明けて今日は何日目だ。」

「11日であります!」

 無言の時間に紫煙がゆっくりと流れて行く。

「す、すみませんでしたっ!!体調管理を怠った事、全て私の不徳の致すところで

ございますっ!!」

 ガスターが勢いよく頭を下げた。

 尚も無言の時間が流れて行く。

「まあいい。・・・座れ。」

 突然、サイモンが顎先で対面のソファーを指した。

「はっ!失礼致します!」

 ガスターはその言葉に安堵を覚え、サイモンに一礼してからソファーに座った。

「誰がソファーに座れと言った。」

「はっ!え、えっと、今私に座れと・・・」

「空気椅子だ。」

-うそだろ、おい・・・

 漂う紫煙を見つめるサイモンの目から感情が消えていく。

「はっ!し、失礼致しますっ!!」

 締まりのない体が期待通りの反応を示し、全身が悲鳴を上げる中、ガスターは膝をプルプル震わせながら必死に中腰らしき姿勢を維持した。

「あ、あの・・・事前に言って頂けましたらっ・・・お迎えに出たのですが!・・・お、王都から、長旅だったでしょ・・・」

「ケルベロスに乗れば3分だ。」

「はい?・・・あ、あの、ケルべロスとは?」

「眷属。」

 足腰の限界でガスターは尻餅をつき、総団長を見つめた。

「そ、そう・・・でしたかっ・・・なるほど。ハァハァ・・・す、素晴らしい・・・ですな。」

 サイモンが吐き出した紫煙が宙を燻る。

 総団長の無言の圧により、ガスターは再び空気椅子を始めると、必死にサイモンに作り笑いを向けた。

「あ、あの、それで・・・此度は・・・如何なる御用向きで・・・」

「お前に聞きたい事があってな。・・・≪アグ、来い。≫」

 サイモンが宙を見据え、手を差し出した。

「お前には見えんだろうが紹介だけしておこう。アスピリアの大精霊アグ。こいつも

人神ホロ殿から下賜された俺の忠実な眷属だ。」

「え、・・・はっ、はい!」

「アグは霊視と心眼を持つ精霊でな。お前の嘘と真実、現在と過去の言動・・・お前が

忘れた記憶までも、全てを見通す事が出来る。・・・さてと、ガスター。俺に報告する事があるだろ。」

「・・・え。ほ・・・報告・・・」

「貴様等レビタル駐屯部隊は、我等がヴェスタ王とクリシュナ王国に無断で新領主を

擁立するというダズビ一派の国家反逆罪をなぜ放置している?報告はどうした?」

「え!?・・・な、なんの事でしょうか・・・」

 サイモンが小さく溜め息をついた。

「ふむ。お前自身がダズビ一派側だったか。今回の企み加わった騎士は全部で何人

だ。」

「お、仰っている意味が・・・」

「駐屯部隊全員か。・・・救えねーな。」

-マズいっ!!これはマズいのではないかっ!!!

「次の質問だ。騎士以外でこの騒動に加担した面々を確認しておきたい。死罪を犯し

てでも反ラムジー派閥を作って扇動したんだ。起請状か血判状くらい準備してんだ

ろ。どこにある。」

-こうなったらっっ!!

「お前達ぃっ!!!入って来いっっっ!!!こやつを-」

 ガスターが扉に向かって怒鳴った。


 刹那-


 シァインッッ!と音がして、司令官室入り口の扉と壁全体に幾つもの横筋が入る。

 そしてガラガラと音を立てて崩れていった。

「えっ!?」

 外の廊下が丸見えになり、その背後の壁は飛び散った血飛沫で赤く濡れている。

 ガスターが恐怖に震えながら振り返り、サイモンを見つめた。

 葉巻を咥えた総団長の手には禍々しく光る大振りの槍が握られており、流し目で

血で濡れた壁を見つめていた。

「血判状はダズビ男爵が持ってんのか。・・・最後の質問だ。お前等のケツ持ちは

誰だ。・・・ドレッド皇国か?」

「ま、待って下さいぃっっ!!ご、誤解です!!私は断じて国家に反逆など-」

 駐屯部隊の総司令である男が縋り付くように平伏した。

「-おいっ、壁が!」

「-司令官室じゃないか!?」

「-なんだ、どういう事だ!」

 派手な倒壊音と激震に驚き、慌てて駆け付けて来た騎士達の声と足音が廊下の

先から響いて来る。

≪トリスティ、来い。≫

 サイモンが手を差し伸べると、その下に白毛に覆われた中型の手長猿が現れた。

 愛嬌のある円らな白眼。しかしその口からは獰猛さを感じさせる鋭い牙が覗いて

いる。そして異様に太くて長い両手の爪は、純白の炎を纏っていた。

≪トリス、悪いが駐屯地とこの街にいる駐屯部隊の騎士を心眼と観察眼で探し出し

て、全員殺って来てくれねーか。≫

≪造作もない。暫し待て。≫

 白猿の姿が煙の様に掻き消えると共に、外の廊下から聞こえて来ていた複数の足音

が消えた。

「さてと・・・。俺が聞きたかった事は以上だが、何か言っておきたい事はあるか?

無いなら沙汰を下す。」

「ご、誤解です!!全ては誤解なのです、サイモン総団長殿っ!!私はダズビ男爵に

唆されて-」

「ドン・ガスター・・・」

 サイモンが呆れ顔で紫煙を吐きつけた。

「とりあえず今、お前の罪は5つある。・・・職務怠慢、職務放棄、上官の殺害未遂、

そして国家反逆罪と国家騒乱罪。以上に於いてお前の有罪は確定している。」

 いつの間にかサイモンが握る槍先がガスターの額にピタリと当てられていた。

「ひぃっ・・・!!」

「ああ・・・忘れていた。気に入った娼婦達に勝手に騎士爵と役職を与えて、好き放題

させていた事もだな。女達が使い込んだ高額な娯楽費、飲食代、装飾品代を経費で

補填する為に、項目未記載で支出報告してくる駐屯部隊なんざ、王国内見渡しても

お前達だけだぞ。・・・職権乱用罪、特別背任罪と第一級横領罪、第一級詐欺罪も追加

だ。」

 ガスターの脳天に神速で打ち降ろされた槍先が、難なく体を二分しながら床に

突き刺さった。

「いぎゃ・・・?」

 ガスターが崩れ落ちた。



 

 ドレッド皇国 主城ホルン-


「ユリアヌス様、リジア副騎士団長より緊急の伝言です。」

 全閣僚が集うレビタル侵略会議中、皇帝の耳元で秘書官の女が小声で囁くと、

2つに折り畳まれた伝書をそっと手渡し、黙礼してから静かに会議堂から出て

いった。

 伝書を流し読みした皇帝ユリアヌスの表情が強張る。

 その時、精鋭騎士の鎧を着た衛兵の一団が会議堂に現れた。

「失礼致します!現在、宮殿東側にて緊急事態が発生しております!これより我々

第一近衛騎士団が皇帝陛下と皆様をお守り致します!我々の指示に従い、どうか

速やかに避難-」

 衛兵の言葉が終わらぬ内に、激しい衝撃音と地響きが会議堂を揺さぶった。

 閣僚達は一斉に悲鳴を上げて椅子から転がり落ちて行く。

 その時、ユリアヌスは見てしまった。

 窓の外に美しく聳え立っていた王宮の東塔の外壁に斜めに線が入り、その線に沿っ

てゆっくりと東塔がずれ込んでから、こちらに向かって倒れて来たのを。

 再び激しい衝撃音と激震が会議堂を襲った。

「ユリアヌス様、こちらに。」

 今の衝撃で天井、壁、床が一気に崩れ出し、閣僚達が悲鳴や絶叫を上げながら

我先にと会議堂の出口に殺到する中で、数名の近衛兵達は冷静に皇帝を隠し通路に

誘導した。そして速足で避難を開始する。

「いったい何事だ。」

 ユリアヌスは自分の両脇を守る近衛騎士達に問うた。

「報告致します。30分程前、皇都の南外門にクリシュナの勇者を名乗る大男が現れ

ました。その異様な雰囲気に門衛が入国を認めずに追い返そうとしたところ、男が

手にした槍を一閃。それだけで大外門と外壁が真っ二つに割れて倒壊したとの事。

直後、外門周辺は大混乱に陥り、男はそのまま皇都に侵入、北の方角に向けて歩き

去ったとの事です。」

「クリシュナの勇者だと?門衛は侵入を許したのか!?」

「申し訳ありません、皇帝閣下。」

「男の足取りは?」

「その後間もなく、ラック外務大臣の邸宅が崩壊、激しく火の手が上がっているとの

報告が入っております。恐らく侵入者による犯行かと。更に今から約10分程前、

宮殿の東門前で不審な大男を発見との報が入り、緊急警戒中だった第二近衛部隊が

一次対応の為、男に接触しました。また、巡回警備中だった第三近衛部隊も応援に

向かっております。我々は閣下の避難誘導の為、馳せ参じた次第です。」

「では、この凄まじい轟音と衝撃は-」

「恐らく戦闘によるものと推測します。敵は・・・槍の一振りで防衛建造物を全損させ

る化け物ですから。」

「化け物・・・か。」

 その時、一際激しく揺れて避難地下通路の天井の一部が決壊した。

「陛下!こちらにっ!」

 衛兵達がユリアヌスに覆い被る様にしながら素早く壁際まで退避していく。

 濛々と砂埃が立ち込め、そこにいる全員の視界を奪った。

「ぜっ・・・全員、光結晶石を掲げて全方位警戒!視界の確保を最優先!陛下、お怪我

はありませんか?」

「わ、私は大丈夫だ。」

「では、ここで暫くお待ち下さい。視野が確保出来次第、崩落カ所の状態を確認して

参ります。通過に問題が無いようであれば、このまま進みたく思います。」

「あい分かった。」

「マイロとランドルで崩落現場の確認を頼む。」

「はっ!」

「はっ!」

 2名の衛兵が前方に目を凝らし、警戒しながら歩きだした瞬間、徐々に薄まって

いく砂埃の中に小さな赤い灯が浮いている事に気が付いた。

「・・・待て!」

「なんだあの灯は-」

「全員、抜剣!」

 衛兵達が剣を構え、ユリアヌスを中心に迎撃陣を築く。

 砂煙の向こう側から漆黒の槍を両肩に担いだ男が歩いて来た。

「あー・・・いたいた。逃げ切れなくて残念だったな、ユリアヌス!」

 男の口元には咥えた葉巻の火が揺れていた。

「・・・で、覚悟は出来たか!?」




 三日後- レビタルの街


「おや、総団長さん。」

「早いね!巡回かい?」

「おう、カリン婆さん、アンジェさんもおはよーさん。なんか目が覚めちまって

なぁ。朝の散歩がてらに巡回してたんだ。」

「精が出るねー!」

「前にいた騎士団とは大違いだよ!全く。」

「いやー、ほんとすまなかったなぁ。あいつらには俺がきっちりお灸を据えた

から!勘弁してやってくれ。」

「偉そうに街中を闊歩してる連中が消えて、ほんと清々したよ。」

「あんたがこのまま領主様になってくれたらいいのにさ!」

「そうだよ!そうしなよ!」

「いやいや、俺はそんなたまじゃねーから。」

 サイモンが主婦達の軽口に苦笑する。

「昨日、新しい駐屯部隊を引き連れてレビタルの領主になるガーネットって男が王都

を発ってるんだ。早駆けでこっちに向かってる。・・・あいつ俺の幼馴染でさ。ほんと

真面目で気の良い奴なんだよ。皆も気に入ると思うぜ。」

「そうかい。まあ、あんたが薦めるってんならそれだけで大歓迎さ。」

「ほんとだよ。ラムジー様の後にあのダズビが領主様だなんて、悪夢でしかなかった

からね!」

「そうそう、みんな街から出て行こうかって本気で相談してたんだから。」

「そうか。そうなる前に奴等をとっ捕まえられて良かったよ。・・・おっと、デン婆

さん、おはよー。」

「あら、おはようさん。今日は晴れそうだねえ。」

「その篭、俺が持つわ。重いだろ。」

「いや、いいよ。これくらい大丈夫大丈夫。」

「持ってもらいなよ。腰いわすよ?」

「そうだよ、若いもんはどんどん使えばいいんだから。」

「若いっつっても四十過ぎたおっさんだけどな。」

「十分若いさね!」

「まだまだ鼻たれ小僧だよ。」

「そ、そっか。」

 サイモンが苦笑する。

「でも、デン婆さん、何かあったら遠慮せずに言ってくれよな。」

「あのー・・・それじゃあ、寝室の屋根が雨漏りしてねえ・・・。いつでもいいから直して

くれないかねえ。」

「ん?いいぜ!じゃ、ライカのとこに修理道具を借りてすぐに行くわ!・・・っと、

その前に腹ごしらえだな。そろそろ屋台が出始める頃かな?」

 サイモンが通りに視線を走らせる。

「あーだめだめ!3食の中で朝が一番大事さね!うちで食べておいき!」

「じゃ、昼はうちに食べにおいで!」

「う・・・ありがと。恩に着る!」

 サイモンが顔の前でバチンッと手を合わせて主婦達に感謝した。




 聖クリシュナ王国王宮- 大議会堂


「では、サイモン殿が臨時の領主としてレビタルに留まってくれているのですね。」

「ええ。ガーネット公爵に引き継いでから帰還されるとの事です。」

「ふむ。」

「サイモン殿なら問題なかろ。」

「安心ですな。」

「で、反乱軍は?」

「反乱に加わった全ての貴族と議族、及びギルド商人達を血判状により特定致しま

した。関係者36名を全て捕縛。逃走を計った4名の貴族、6名の商人は更生の

余地無しと見做し、総団長の手でその場で処置。残りの26名は全員外患誘致罪、

及び国家反逆罪と国家騒乱罪を認めました。死刑判決を出したものの、現在はガー

ネット新領主による執行の承認を持っている状態で、城の地下牢にて全員収監中

との事。ただし、駐屯部隊については、総団長として厳格に対応済との事でした。

騎士団規則の第十二条、第二十一条、及び騎士爵約定の第七条、第十四条、及び

騎士の誓いに基づき、ガスター総司令以下、全ての騎士の叙任を取り消し、騎士爵

は懲戒剥奪、全私財没収の上、死刑が執行されております。」

「なるほど。問題は無いかと。」

「毅然とした対応ですな。」

「総団長として反逆した騎士は厳罰に処し、他の主犯共には先に死刑判決を出して

おいて、恩赦の余地を後任に持たせた・・・か。」

「素晴らしい采配だと思います。」

「さすがサイモン殿だ。」

 中央議会を進行するコルトレイン宰相がモノクルを押し上げた。

「また、反ラムジー派と共謀していたドレッド皇国についてですが、サイモン殿が

ダズビ男爵達から聴取した話によりますと、どうやら皇国側は総力をあげてレビタル

侵略作戦を展開していた模様。作戦の責任担当者はドレッド皇国のラック外務大臣と

判明。議事録、伝書や密書等の多数の証拠も押収済みです。皇国との開戦の経緯です

が、サイモン総団長自ら聖クリシュナ王国の特使として質問状と宣戦布告状の2通を

認め、皇国の首都ガイアに向かいましたところ、門衛が入国を頑なに拒否。かつ、

質問状、布告状の受け取りも拒否。この為、その場で宣戦布告し軍事侵攻を開始し

たとの事です。」

「どこまでも我等を愚弄するか・・・」

「弱小国家如きがけしからん!」

「それで?」

「サイモン殿はダズビー公爵の自白に基いて、最初にラック大臣の邸宅を急襲。

そこで侵略作戦に関する多数の証拠を入手し、皇国の主城ハルンに侵攻したとの

事。結果、主城は全壊。周囲一帯も壊滅・・・」

「壊滅?・・・主城と一帯が?」

「さすがは我が国の勇者ぞ!」

「皇国側は騎士や議族を中心に死者多数。ラック外務大臣とユリアヌス皇帝も討ち

取っております。現在、生き残った皇帝一族によって緊急編成された臨時皇国議会が

発足。停戦の申し入れと講和条約の全文が今届いたところです。」

「ふむ。」

「対応が早いですな。」

「我等を侮った報いぞ!」

「ドレッド皇国が策定した停戦講和条件の内容をお伝えします。まず、我が国に対し

勇者兵力の完全撤収と不可侵条約の締結の2点を求めて来ております。一方、ドレッ

ド皇国側は、賠償としてラダン山脈の完全譲渡-」

「おお!!ラダン鉱山帯か!」

「それはよい!」

「これで慢性的な鉄鉱石不足も完全に解消されますな。」

「いやそれ以上でしょう!ラダンは上質な鉄鉱石だけでなく、金と銅の埋蔵量も大陸

随一。かなり潤いますぞ!!」

「また、ソネチカ純金貨にて800億ギルの賠償金納付、死亡した皇帝ユリアヌス

の皇后エルメア、第一子のレイ皇太子、第二子のトリアス皇太子の3名を処刑、死亡

した外務大臣ラック卿の一族を処刑。以上4点です。」

「ふむ。徹底してますな。」

「国が亡びるよりはマシだと判断したのでしょう。」

「ここで下手な駆け引きは悪手でしかありませんからね。」

「停戦講和案の詳細は以上です。では、受諾するか否かに関し、中央議会による決を

取る前に、この停戦条件に関して不満のある方、意見のある方はおられますか?」

 大会議堂が静まる。

 初老の男性が手を挙げた。

「ルイス国土管理大臣-」

「ラダン鉱脈についてですが、探鉱路図、測量図、及び各種鉱物の年間採掘量の統計

等の重要資料、鉱物の販売先一覧や卸価格等の付加的資料等も譲渡されるのでしょ

うか。」

「その点につきましては・・・」

 コルトレインが分厚い書類を捲っていく。

「えー・・・。担当大臣や担当官僚の死亡が多数確認されているものの、皇都にある

探鉱庁の建物自体は無事だったとの事で、鉱山に関する資料も全て譲渡項目の中に

含められております。」

「ならば結構です。」

「では他に質問等お持ちの方は?ダリア産業大臣-」

「賠償金で支払われるソネチカ純金貨についてですが、これは隣のアージニア大陸

における主要通貨であり、ここアデン大陸においては第3種貨幣の扱いです。そこ

そこ流通量はあるものの、金の含有率が低く、我々が使用するセイン金貨と比べて

価値は大幅に下がります。生産鉱物の主な取引先がアージニア大陸の国々だった

ドレッド皇国とは違い、我々にとっては不要の貨幣です。現状、我が王国では鉱物

不足の傾向が強く、不足分は全て同盟国のフェルト王国から買い付けております。

今回ラダン鉱脈を手に入れたとて、その大半が国内で消費される事になるでしょう。

以上の事から考えて、使い勝手の悪いソネチカ純金貨ではなく、セイン純金貨に

よる賠償支払いを要求すべきと考えますが、如何でしょうか。」

「・・・ふむ。」

「うーむ・・・」

「異議あり。」

「クラマ商業大臣-」

「アージニア大陸の主な輸出品目には綿花、絹、水晶石、魔砂、岩塩等があります。

これらは非常に安価で供給も安定していると聞きます。有名な話ですが、ドレッド

皇国はアージニア大陸のブレイ共和国との通商を通して、幾度となく経済不況を乗り

越えて来ました。ソネチカ金貨は買い付け時にこそ生きて来る貨幣。これを機会に

ビアンカの海商ギルド、チェイターと専属契約を結び、アージニア大陸との通商を

開拓すべきと考えます。豊富な軍資金を手に出来る今こそ絶好の機会といえましょ

う。」

「異議あり。」

「ダリア産業大臣ー」

「船で片道一ヵ月もかかるアージニア大陸に固執する理由が分かりません。先程

述べられた綿花や絹、岩塩等は、完全に自給出来ている品、または同盟国や近隣

友好諸国から常時仕入れ可能な品であり、各種水晶石や特殊材料などは今や我が

国が世界一の生産国と言っても過言ではありません。更に言えば、ドレッドが経済

不況を乗り越えたのは、金や良質な鉄鉱石の輸出利益によるものであり、相手国

がブレイ共和国だったからではありません。真っ当な買い手が付くのなら、どの

国が相手でも結果は同じでしょう。つまりアージニア大陸に固執する理由は皆無

であるという事です。賠償はソネチカ純金貨ではなくセイン純金貨での支払いを

要求し、ラダン鉱脈からの鉱物輸送導線の設営、及び宿場建設に手厚く充当した

方が遥かに国益につながると考えます。」

「異議あり。」

「クラマ産業大臣-」

「ダリア殿は販路の開拓という言葉をご存じ無いようだ。輸送費という駄賃を渋る

余り、その背後にある広大な市場、宝の山を見逃しておる。ソネチカ金貨はその宝

の山につながる扉を開く鍵に-」

「異議あり!」

 やはり始まったか・・・という空気が流れだす。

 経済政策では尽く意見が衝突する商業大臣と産業大臣の経済論戦が始まったから

である。

 この後、折衷案が採択され、ドレッド皇国側は800億相当のソネチカ純金貨と

800億セイン純金貨という、何故か倍額に跳ね上がった賠償金を絶望の眼差しで

受け入れた。





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