第12章 神誕


 一週間後-


 その日、ヒロの召喚眷属となった膨大な数の天使達が、世界各地の人間族の街の

上空を飛び交い、人々に人間族の神の誕生を告げ知らせた。

 そして正午、数多の天使達を率いたホロ老人が、聖クリシュナ王国の王都アイデ

オスの上空に忽然と現れたのである。

 白く輝くローブを身に纏い、陽の光を眩く反射させる神鈴の付いた長杖を手に

した「人間族の神」の余りにも神々しい姿に、多くの人々がその場で跪き祈り出し

た。

≪我こそは第六神の神位を有する人族の神・・・人神ホロである。これから暫くの間、

我の生誕の地たるクリシュナの「鏡の森」の天穹に神座を置き、人の世を見守る事

とする。≫

 念話が全ての王国民の頭の中に人神の声を届けていく。

≪此度の神誕に伴い、我は人間族の中から3名の勇者、2名の英雄を世に送り出す。

聞け、召しを受けし者達よ。これより一刻後、太陽が一番高く昇る刻に、聖クリシ

ュナ王国、主城デヴァンに全員召喚す。備えよ。≫



 デヴァン城-

 王城とその周辺には、史上初の人間族の神と、神から召しを受けた勇者や英雄達

の姿を一目見ようとして、多くの人々が一斉に詰めかける事となった。

 とりわけ、主城とその周辺一帯は文字通り足の踏み場も無い程に人々で埋め尽く

された為、騎士団が総出で交通整理と人員誘導に当たっていた。

 そんな熱狂的な喧騒に満ちた王都、デヴァン城の上空に光り輝く老人が現れた。

≪時は満ちたり。≫

 ホロの言葉が人々の脳内に響く。

 すると老神が王城の中庭にフワリと降りて来た。

 運良く主城に入り込み、中庭周辺に居合わせた貴族や議族達が一斉に息を飲む。

 老神は輝く神杖を地面に刺し、その右手の指先が宙を走って光の軌跡を残すと、

一瞬で5名の男女がホロの目の前に現れたのである。

 そして一斉に人神の前に跪いた。

≪勇者ロス・サイモン、勇者アマンダ・カエラ、勇者カイト、・・・我が前に立つが

よい。≫

 サイモンとカエラ、そしてカイトが立ち上がる。

≪英雄マキ・イナセ、英雄エレナ、・・・我が前に立つがよい。≫

 マキとエレナも立ち上がった。

≪其方達に我が加護を授けよう。・・・この人神の加護は、深淵なる智、強大なる力、

永遠なる命を其方達に与えるものとなる。この新たなる力を得、各々神命を果たして

いくがよい。≫

 ホロが片手を天に向けて突き上げる。

 同時に5人それぞれの頭上に美しい光の華が咲き、各自の体を包み込んで淡く

消えていった。

 余りも神々しい奇跡に観衆からどよめきが起こる。

≪次に、其方達に守護精霊と召喚眷属を与える。彼等は其方達の万能なる僕、親愛

なる兄弟、そして偉大なる師となろう。≫

 再びヒロの指先が宙を走る。

≪勇者サイモンにはアスピリアの大精霊アグ、大狼王リーディア、聖獣王トリス

ティ、神獣バジリスクを。勇者カエラには月の精霊ラウ、餓狼王リヴァ、聖獣王

オルフェン、神獣ペガサス、蒼の大精霊ライドを。勇者カイトには黄金精霊スヴァ

リア、巨狼王バリ、聖獣クランク、神獣フェンリルを。英雄エレナには月桂双樹の

精霊デルフィア、賢猿ロドル、獄獣王ケルベロス、神獣フェニックス、大聖霊イビ

エルを。英雄マキには封印樹の大精霊ビブリア、大聖霊アルタゴス、聖霊王ラヴィ

ア、聖霊王ヴァルゴ、神獣ドミニアを。≫

 次々に現れては消えていく神々しい召喚眷属の姿や守護精霊達が発する眩い光に、

観衆から悲鳴に近い歓声が巻き起こった。

≪最後に勇者達に神命を授ける。・・・勇者サイモン、勇者カエラ、勇者カイトよ。

人類を守る最強の剣、強固なる盾となれ。人間族の安寧と繁栄は其方達にかかって

おる。精進せよ。≫

「御意に。」

「御意に!」

「御意に!」

≪次に英雄達に神命を授ける。英雄エレナ、英雄マキよ。人々に深淵なる理解の光を

与えよ。そしてあらゆる災いから人々を守る砦となれ。精進せよ。≫

「御意に。」

「御意にっ。」

 人神が頷く。

≪事は成った!!人間族に多くの幸のあらん事を!!≫

 全ての王国民の脳内に人神の声が響き渡ると、ホロの姿が忽然と消えた。



王城デヴァン 第一宮殿 特別貴賓室-

「ヒロ、噛まなかったじゃん。」

 カイトが笑う。

「王様が書いてくれた文を丸暗記して超練習したからな!」

「まさかこの私が神たる御方の台詞を考えて、書に起こす事になろうとは・・・。」

「アザーッス。」

「俺までそっち側に引っ張り込みやがって・・・。」

「王様が決めた事だろー。俺、悪くねーし。」

「いいじゃないですか総司令。ディオン駐屯部隊から4人も勇者と英雄が選ばれる

とか、この上なく栄誉な事かと。」

 カエラが満足気に笑みを浮かべて頷く。

「そうですよ、総司令!」

 マキが腰に手を当てて仁王立ちし、ニヤリと笑ってカイトと拳をぶつけた。

「はあぁぁぁ・・・。」

 サイモンが大きな溜め息で答える。

「王命じゃ断れないんだけど!?あんた達ってほんっっとに勝手に物事を進めるんだ

から!」

 エレナがヒロとカイトを睨んだ。

「だ、だってさー、色々周りに隠し続けるとか、絶対しんどいってー。隠さずに全部

バラした方が楽じゃん!なあ、カイト。」

「あ、それなー。ま、ほら、怒んなよエレナ。」

「それなー。じゃないわよ!少なくとも事前に相談とかしなさいって言ってんの!

相談をっ!!」

 エレナが2人に詰め寄った。

「ウィース。」

「サーセンッシタ!」

「エレナ嬢よ、どうか怒りを鎮めてもらえないだろうか。今回の手際に不備があった

事は、全て私の不徳ともいえるのだ。本当にすまなかった。ただ、これだけは分っ

て欲しい。此度の計らいは全て君達とこの国、しいては全ての人間族の将来を考えて

の事なのだよ。」

「お、畏れ多いです!!ど、どうか頭をお上げ下さい、王様!!」

 慌てるエレナに変顔で煽るヒロとカイト。

 瞬間、エレナの視線に殺気が宿る。

「ほら、エレナちゃん。笑顔笑顔。」

「マキ姉・・・。」

 マキが笑顔で後ろからエレナの肩を抱くと、やっとエレナの凄まじい視線が2人

から外れた。

「で、なんでヒロが神様しないのよ。」

「いやいや、そんな事したら特定されてまともに生活出来なくなるじゃん。ついで

だし、もうホロに全投げしたった。」

「あんたねえ・・・」

「だって中身一緒だもん。それに、これでも鏡の森の鎮守様の従者から人神の従者

に格上げされて、ほんと大変なんだからなー。マジで面倒くさ・・・」

 ヒロの両頬がエレナによって極限まで広げられる。

「イタタタタッ!!」

「でもさー・・・、この「人神の加護」ってヤバ過ぎないか?もらった瞬間から以前の

俺とは別人みたいになってんだけど・・・。」

「んっとに・・・。この加護の詳細を知ったら腰抜かすわよ。」

「なになに?教えて下さい!エレナ様!」

「私も知りたいと思っていたんだ。何なんだ、この加護は?他と違って効果が全く

見えて来ないのが不安なんだが、まるで私自身が神にもなったような感じだ!」

「説明頼めるか、嬢ちゃん。」

「私も知りたい!教えてエレナちゃん!」

「加護の中身が高次元過ぎて、私も構成が理解出来るまで時間がかかったの。効果

は・・・全回復力向上・治癒力向上・再生力向上・生命強化・身体強化・精神強化・

耐性強化・思考力強化・身体能力強化・運動能力強化・防御力強化・称号強化・

加護強化・眷属強化・武具強化・防具強化・危険察知・予知予測・思考速度向上・

適応能力向上・解毒・解呪・不老・無限再生・生命蘇生・幸運・言語能力向上・

そして宗主神の28の祝福効果。これ全て最上級の効果よ。それとは別に、更に

祝福強化と派生能力強化、熟練速度向上の祝福効果。この3つは最上級の更に上

の「臨界」って段階。」

「臨界?何なんだそれは?」

「そういや坊主、前にも臨界がどうのって言ってなかったか?」

「最上級の上って何!?」

「てか、最後の宗主神って何だ?」

「ヒロ、ちゃんと説明してあげて。」

「んと・・・、臨界ってのは、祝福の昇華段階のひとつで・・・一般的には「最上級」が

祝福の成長限界って思われがじゃん?だけど、実はその上があるんだよ。祝福が最上

級になった後も熟練度を延々と上げ続けていくと、祝福が成長限界の壁を超える事

がある。この限界を突破して尚も成長し続けている状態が「臨界」。で、そこから

更に熟練度を積んでいくと、神々だけが到達出来る「最終昇華」って段階に到達

する。ここが本当の終着点。祝福は「権能」ってのに変わって、名前自体も変わった

りする。ちな、俺の「抽出」の祝福は「与奪」の権能に変わった。これは派生能力

も同じ。使い続けて熟練度を上げ続けていけば、いずれ「権能」になる。」

 ヒロの説明で室内が静まる。

「なもんで・・・早い話、この加護持ってるだけで、みんな神様の一歩手前って感じ

だな。」

「ちょっ・・・少年!!!」

「すっっげえーじゃん!!」

「お、お前なあぁ・・・。」

「きゃー!そうなんだ!ちょっと不老って凄くない!?」

「不老に加えて心身や生命力、回復力、治癒力、再生力、防御力の強化や向上の

最上級効果、それに無限再生、極めつけは生命の蘇生。実質的に不老不死って事

よね、これ。」

「あー・・・だなぁ。いや、俺も加護の中身を抽出や注入でいじれるかやってみたんだ

よ?でも無理だった。加護の中身は改変出来ないってのが創造神マルドゥクスが

定めた仕様っていうか、加護の「理」なんじゃないかと思う。つっても付与主は

俺だし、いつでも消去ならできるからさ。本当にこの加護いらねーって思ったら

遠慮なく言ってもろて。そん時はちゃんと消すよ。」

 ヒロが笑う。

「でもさ、カイトもさっき聞いてたけど、宗主神(そしじ)って効果がついてるから、

人神の加護持ち同士なら、距離や場所、人数に関係なく念話で会話が出来るんだ

ぜ!それに互いの位置共有からの相手の位置に瞬間移動とかも出来ちゃう!マジで

超便利じゃね?」

「は、話を聞く分には・・・神の手前ではなく、もはや神そのものではないか!?貴殿

等は紛ごう事無き神々の集団ぞ・・・。」

 啞然とする王を横目に、カイトとマキがドヤ顔で胸を張り、カエラとエレナが

恐縮し、サイモンが溜め息と共に肩を落とした。

「まあ、そうなんすけどね。でもまだこの加護だけじゃ足りてないっていうか・・・

やっぱ、突き詰めれば本人の熟練度が大事だと思うんすよ。・・・本当はさ、皆に直接

熟練度を「注入」できれば一番効率的なんだけど-」

 全員が思わずヒロを見つめる。

「でもこれが出来ないんだよねー。祝福の使用と他種族討伐の2つの方法からしか

熟練度は得られないってのが、創造神の定めた熟練度の理っぽい。なんで、正攻法で

5人の熟練度を爆上げして鍛える計画を今練ってんだ。準備にちょっと時間がかかる

から、今すぐにって訳じゃ無いけど。」

「おい坊主、やめろ。」

「ほお!期待していいんだろうな、少年!」

「やってやろーじゃん!なあエレナ!」

「私は後回しにしてね。仕事が凄く忙しいもの。」

「え、ヒロ君、その計画って変に筋肉ついたりしないかな?出来れば私-」

 その時、部屋の扉がノックされた。

 騒然としていた一同が我に返る。

「失礼致します。」

 コルトレイン宰相が秘書官と数名の近衛騎士を連れて貴賓室に入って来た。

「王よ、開始時間15分前となりました。準備は全て整っております。」

「そうか。・・・うむ。では衛兵、ヒロ殿を来賓席のタツミ殿の隣にお連れしてくれ。」

「はっ!では、ヒロ殿、お席までご案内致します。どうぞこちらに。」

「アザマース。」

「よし、それでは本日の主役、勇者と英雄の諸君!準備はよろしいかな?」

「はっ。」

「はっ!」

「はっ!」

「はっ!」

「はい!」

「では君達のお披露目式といこう!壮行の宴に向かおうぞ!」



 ヒロの姿を見つけて、タツミの隣に座っていたネルが騒ぎ出した。

「ヒロ!ヒロ!ここ!」

 ネルが「ここに座るんだっ」と言わんばかりに、自分の隣の椅子の座面をパン

パン叩く。

「おっす、ネル!」

「遅かったね、ヒロ。」

「うん、ちょっとそこでカイト達と会っちゃってさ。」

「お、そうだったのか。カイトは元気だったかい?エレナは緊張してなかった

かな?」

「2人共うるさいくらい元気だったよ。それでカイトが「今晩、みんなで飯を

食お!」だって。今夜は俺が奢るとか言って、ちょっと偉そうだった。」

「あのカイトが・・・ね。なんだか感慨深いなぁ。あっ、ネル。椅子の上に立っちゃ

ダメだよ。ほら、ちゃんとお座りしていてね。」

 タツミに叱られると、ヒロの肩を頼りに椅子の上に立ち上がって、屈伸していた

ネルがヒロに回収され、膝の上に着陸した。

「それよりもヒロ、君だよ!王都に行って帰りが遅いと思ったら、まさか神様になっ

ていたとはねー・・・」

 タツミが頭をふる。

「ちょっとタツミ、声がでかい。」

「あ、すまない。つい・・・。いや、正直に言うとね、君が天使様みたいな恰好でピカ

ピカに光っている予知夢みたいなものを、ここ最近、毎晩見ていたんだよ。これは

絶対に何かあるな、とは思っていたんだけど・・・さすがに今回ばかりは驚き過ぎて、

受け止めるのに時間がかかってしまったよ。ハハハ。」

「驚いたのはこっちだっつーの。変な奴に会って抽出使ったらどえらい事になっちゃ

って、ほんとすげー迷惑。」

「変な奴?」

「天族の二番目の神。創造神の直属の部下。」

 タツミが無言で宙を仰ぐ。

「んー・・・コホン。・・・・・・えーっと。・・・で、変わった事は無いのかい?体は大丈夫

かな?」

「大丈夫大丈夫!変わった事とかも全然無いし。新しい称号を手に入れただけって

感じだから。しいて言えば、なんか色々と強くなった・・・かな。」

「そりゃそうだろうねえ。神様なんだから。」

 安心したタツミがクスクスと笑った。

「しかし、神様に勇者に英雄かぁー・・・。君達の成長ぶりに僕も鼻が高いよ!」

「いや、成長し過ぎじゃんね。」

「ヒロさん!?」

 ヒロの姿を見つけてミヅキが駆け寄って来た。

「あ、チース!」

「ちょっと驚きましたよ!!」

 ミヅキが周りに聞こえていないか周囲を見渡して声を潜めた。

「・・・あの、人間族の神様になったって本当なんですか??」

「うん、面倒臭いからホロに丸投げしたけどね。これ内緒で。」

「でしたら、人神ホロ様の「従者」にご就任、おめでとうございます。」

「やめてよー。」

 タツミが時間が止まったかのようにミヅキの顔を凝視している事に、ヒロが気付い

た。

「あ、タツミ、こちらミヅキさん。経連で俺を担当してくれててさ、それにエレナの

直属の上司で、ディオン支部でもかなり偉い人。」

「こ、こ、・・・これは初めまして!子供達がいつもお世話になっております!ブっ、

ブルク村で児童保護院をしている者でっ、タッ、タツミとぉ申しますっ!」

-おやおや!?もしかして・・・

 ヒロがニヤリと笑う。

「あ!貴方がタツミさんでしたか!!一度お会いしたいと思っておりました!!御

挨拶が遅れて申し訳ございません。私はクリシュナ王国経済連合ディオン支部、統合

管理部長のミヅキ・ミシェルと申します。ヒロ様とエレナさんには本当にいつも助け

て頂いておりまして、・・・あら?」

 ネルが「さー、抱っこしろ!」と言わんばかりに両手を広げている。

「この子はネル。保護院の末っ子なんだ。」

「こっ、・・・こんばんは、ネルくん。」

-な、なに!?この可愛すぎる天使は!?

 ミヅキに抱っこされたネルが、ご満悦の表情を見せていた。




 聖天マドラス教会 王都アイデオス中央大聖堂 審問室-

 厳粛な空気の中、老女が5人の審問官と2人の監査官に囲まれて席に着いて

いた。

 そして審問会の主事、ブロッサム大司教が皆を代表して神に祈りを捧げた後、

ゆっくりと語り出した。

「では、これより信徒サラ・イルマに対する審問会を始めます。サラよ、偉大なる

マルドゥクス神の御前にて、ここでの発言は全て真実のみを語ると誓いなさい。」

「誓います。」

「よろしい。・・・アブル・シモン枢機卿が姿を消してから、早くも2週間が経とうと

しています。昨日、当教会の専属御者リベルトから重大な告白がありました。枢機卿

が消えた日、貴方とアブル枢機卿を馬車に乗せ、中央噴水公園前まで送り届けたと

いうものです。加えて、この送迎については枢機卿と貴方から「他言は無用」と繰り

返し念を押されていた為に報告が遅れてしまった、とも証言しています。信徒サラ・

イルマに尋ねます。これらは事実ですか?」

「わ、分かりません・・・。」

「分からない?」

「どういう事だ。」

「そんな訳がなかろう!」

「静粛に。」

 ブロッサム大司教が騒めく男達を制しつつ、2名の監査官に視線を向ける。

「サラ・イルマの言葉に嘘はありません。」

「同意致します。」

 心眼の祝福と審判の祝福を持つ監査官達が断言した。

 審問室に困惑の空気が流れていく。

「ではサラ・イルマに尋ねます。貴方とアブル卿は何をしに公園に行ったのです

か?」

「わ、分かりません・・・。」

「サラ・イルマの言葉に嘘はありません。」

「同意致します。」

 審問室の空気が困惑から重い沈黙に変わる。

「サラ・イルマに尋ねます。貴方達はなぜ公園に送迎させた事について御者リベルト

に口止めをしたのですか?」

「分かりません・・・。本当に覚えが無いのです。」

「サラ・イルマの言葉に嘘はありません。」

「同意致します。」

「サラ・イルマに尋ねます。アブル枢機卿はその後どこに向かわれたのでしょう

か。」

「・・・分かりません。」

「では分かっている事を話して下さい。」

「あの、私は・・・気が付いたら中央公園で眠っておりました。花を売りに来た少女が

傍を通りかかり、倒れている私を見つけて起こしてくれたのです。目が覚めた時には

私は一人きりでした。いつ、どのようにして公園まで来たのか判然とせず、非常に

困惑しましたが・・・とりあえず街馬車を呼び止めて帰宅した次第です。」

「サラ・イルマの言葉に嘘はありません。」

「同意致します。」

「そうですか・・・。」

 ブロッサムが溜息をついた。

「つまり、記憶障害という事か。」

「ですな。」

「うーむ・・・。」

「その場合、リベルトの告白と合わせて考えるなら、サラはアブル枢機卿と共に中央

公園前で馬車を降り、その後公園内に移動。そこでサラは何かの理由で記憶を失い

枢機卿は消息を絶った、という事になるでしょう。」

 ブロッサムの言葉に再び審問室に沈黙が流れる。

「サラ・イルマに尋ねます。貴方の記憶が途切れているとして、どの時点まで覚えて

いますか?」

「午前中、贖罪の行のお勤めで大聖堂まで参りました。そこまでは覚えておりま

す・・・。」

「贖罪の行?サラ・イルマに尋ねます。それは貴方が誰かに罪の告解をした、という

事ですね?」

「・・・はい、アブル枢機卿に告解致しました。」

「サラ・イルマに尋ねます。その告解と貴方が大司教の位を辞した事とは、関係が

ありますか?」

「ブロッサム卿、贖罪に至っている告解については秘匿扱いになります。・・・お触れ

にならない方がよろしいかと。」

 監査官の一人が小声でブロッサムに告げた。

「失礼致しました。今の質問は戒律に抵触する為、取り下げさせて頂きます。記録

からも削除して下さい。」

 暫くの沈黙の後、ブロッサムが再び口を開いた。

「サラ・イルマに尋ねます。アブル枢機卿失踪の当日に、枢機卿とお会いになりま

したか?」

「会った記憶はございません。当日は・・・確か大聖堂に着いてから、一人で自戒室に

籠っていたと思います。」

「サラ・イルマに再度尋ねます。慎重に答えて下さい。アブル枢機卿の失踪当日、

贖罪の行の前後に卿と会ったという記憶は無い。これは確かなのですね?」

「はい。記憶はございません。」

「サラ・イルマの言葉に嘘はありません。」

「同意いたします。」

「今のサラの発言は、当日の午前中に「一人で自戒室で祈っている姿を見かけた」と

いう数名の信徒からの報告とも一致しております。」

「ふむ・・・。」

「ではガーランドがサラ・イルマに尋ねる。記憶が無くなるといった事は、今まで

にもあったのか?」

「いえ、初めてです。・・・記憶が無い事が怖くなり、翌朝に街医者に診てもらいまし

た。」

「サラ・イルマに尋ねる。その医者は何と?」

「心身、及び知力や認知能力に目立った異常は無いとの事で、年齢や体調に起因

するものでは無いとの事でした。外部的要因による一時的な記憶の喪失という診断

が出ております。」

「むう・・・。我々が一番知りたい核心部分の記憶だけが欠落しているとは。・・・何やら

奇妙ですな。」

「確かに。」

「記憶が消された、もしくは操作されたという可能性は無いだろうか?」

「私もそう考えていたといたところだ。枢機卿が行方を晦ました事とも関係があるの

ではないか?」

「・・・いずれにせよ、現状では判断する材料が少な過ぎます。憶測ゆえの誤判断にも

つながりかねません。今はこれ以上の推測は止めておきましょう。」

「そ、そうですな・・・。」

「確かに。」

「変に噂になって、信徒達を不安にさせてもいけませんしね。」

「失礼した。私の今の発言は配慮に欠けるものであった。審問会の議録から削除して

頂きたい。」

「では・・・これより審問官5名による審査討論に移りましょう。信徒サラ・イルマと

監査官の諸君は暫しの間、ご退席を願えますか?控室でお待ち下さい。」



「では・・・皆さんの意見と教会の戒律、聖典の律法、及び教会員規約に照らしてサラ

・イルマに問題は無いと判断、此度は不問と致します。但し、サラ・イルマには欠落

している記憶の回復に関して、定期的な現状報告を義務付ける事を提案したく思い

ます。この点で異議のある方はおられますか?」

「異議無し。」

「異議無し。」

「異議無し。」

「異議無し。」

 審問官達の言葉を聞き、ブロッサムがゆっくりと背もたれに体重を預けた。

「異議が無いようですので、これにて結審、審理は終了と致します。・・・しかし、」

 ブロッサムの指先が机上を静かに打つ。

「この上なく不可解な事案、と言えるでしょう。」

「サラ・イルマに暫くの間、極秘裏に監視役を付けるのはどうでしょうか?」

「それと共に一度、サラ・イルマの身辺調査をしてみるのは?何か隠された情報が

見つかるやも・・・」

「不問となった対象に監視と身辺調査、ですか?」

「その事が信徒達に漏れた場合・・・厄介な事になりませんかな?」

「うむ。人間族の神たるホロ様が降臨なされたとあって、今や王国民は元より一般

信徒達の心もホロ様に傾きつつあるのが現状。マルドゥクス様を信仰する我々として

は、公になっては困るような対応、物議を醸し出す様な対応は極力避けるべきと考え

る。」

「確かに。」

「う、うーむ。・・・そうですな。」

「私も同意です。不問にされた者に制限を科したり、負担を強いる事は止めておきま

しょう。今はサラ・イルマを信じて彼女の記憶の回復を待つべきです。」

「ブロッサム卿がそう仰るのなら・・・。」

「同意ですな。」

「同じく。」

「とりあえず私は、一度執行部に戻ってから引き続きアブル卿の捜索を続けます。

サラ・イルマから記憶に関して監査部に何か報告があれば、すぐに私にお知らせ

下さい。」

「畏まりました。」

「はい。」

「承知しました。」

「ブロッサム兄弟に神の御加護を。」

「では私がサラ達を呼んで来ます。結審結果を伝えて審問会を閉会しましょう。」

 ブロッサムが立ち上がった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る