第11章 人神



 経連ディオン支部-


 ホロ老人が支部施設の正面玄関アーチを潜る。

「おはようございます!お待ちしておりました!ホロ様!」

 支部の幹部達が受付前にずらりと並んでおり、総出で歓待の声をあげた。その

一団の中にはエレナの姿も見える。

「あ、はい。チ、チース。あ、ども・・・ドモ・・・デアル。」

 予想外の出迎えに声が小さくなっていくホロ。

 すると大き目の手帳を胸に抱いた女性が、眼鏡を押し上げながら前に出て来た。

「ホロ様。」

「へい。ん?・・・あれ!?ミヅキさん??」

「はい、ミヅキです!先週ぶりです!」

 ミヅキが胸を押さえながら嬉しそうに笑った。

「どうしたんすか!なんでディオンにいんの?」

「もうお忘れになったんですか?ホロ様の担当は私ですよ。」

 ミヅキがクスクスと笑う。

「実はですね、先週の会議でディオン支部への出向が決まったんです。これからも

末永く宜しくお願い致します。」

「こちらこそー!そっか、こっちに引っ越してきたんだ!」

「そうなんですよ。まだ部屋は全然片付いてないんですけど、落ち着いたらエレナ

さんと一緒にご招待しますね。」

「おー、感謝致すっ!」

「ところで、今日は急な納品があるとお聞きしたのですが。」

「そうなんすよー。週初めにかなり仕入れちゃった候でさー。どこに出したらいいで

候?」

「でしたら新しい荷受け室へご案内致します。どうぞこちらへ。」

 ミヅキが先導して歩きだした。

「へー。支部の建物の中って・・・凄く綺麗じゃん。」

「ディオン支部は一昨日、新しい荷受け窓口と鑑定仕分け室、一時保管室、それに

屋外解体施設と4つの荷受け倉庫棟を新築改装したところなんですよ。人員も3倍

以上に増えましたし、今や王都の本部に次ぐ業務処理能力を有していて、国内屈指

の支部になりました!」

「ほへー・・・」

「今後はクリシュナ王国を二分して、北側を王都本部、南側をこのディオン支部が

管轄する事になったんです。」

「そうなんだ。じゃ、俺も頑張って抽出して納品しないとだなー。」

 ミヅキとホロ老人を先頭にした一団が新棟の荷受け倉庫に到着した。

「こちらです、どうぞ!」

「凄っ!広っ!・・・・・・なんかすげー!」

 直接照明と様々な関節照明、温度と湿度調整、防腐、除菌や除染に到るまで、様々な付与魔石や結晶石で対応した、広大なスペースがヒロの目の前に広がって

いた。

「ではどうぞ!ここにどーんと出しちゃって下さい!」

「了解ー。」

 いきなり出て来た物量の多さに、新棟でミヅキ達の短い悲鳴が起きた。



「貴重部位は以上かな。・・・んじゃー、死骸の残りの部位はラヒル系の薬水5種、

マヒオ系の薬砂9種、イシス系の呪印溶液と反浸透油脂4種に変えて、・・・あ、水晶

とか水晶石の培養剤も出来るな。・・・あとは固形洗剤と固形燃料、堆肥とかに変えと

くね。ミヅキさん、錬金室を貸してもらっていい?」

「畏まりました。鍵は開いていますのでいつでもお使い下さい。何人か手伝いを

付けますね!少しだけお待ちを-」

「あ、いや俺一人で十分だよ。作業自体は10分もかかんないし。完成した生成品

は錬金室と外の通路に積んでおくから、時間がある時にでも常温保管倉庫に移して

もろて。」

「畏まりました!」

「今日はその錬金が終わったら駐屯地に顔出さないといけないんだよ。挨拶する暇

が無いと思うから、皆によろしく言っといてね。」

「賜りました。では後日、今回の荷受け品一覧と査定表、それと先回の納品分の

売買進捗報告を保護院までお持ちしますね。」

 手帳にペンを走らせるミヅキの横顔に若干の疲れが見える。

 仕事と引っ越しの片付けで職場でも家でも働きづくめなのだから、それも当然と

言えよう。

「いや大丈夫。纏めてくれてたらまた取りに来るよ。ってか、ミヅキさん、仕事と

引っ越しであんま休めてないでしょ。今回の納品でまたしばらく忙しくなるだろう

し・・・ちょい諸々強化しとくわ。」

 ヒロが指を鳴らすとミヅキの頭上から3つの美しい光の輪が降りて来る。そして体

を包むとフッと消えた。

「わわっ!?」

「今のは古代神聖術の「神楽」っていうんだ。生命力と体力と回復力を爆上げした。

効果は30日間ほど続くから。でも、あんまり根を詰め過ぎないようにしてね。」

「え!・・・こ、これ・・・なんか凄いです!!うわー・・・!!」

 ミヅキは自分の体に起きている変化と感覚に目を丸くした。

「あ、ありがとうございます!!」

「こちらこそっす。じゃあ後はよろしくー。」

 ホロは向かいに建っている作業研究棟の錬金室まで瞬時に移動した。




「おう坊主、来たか。まあ座れ。」

「コンチャース。」

 総司令室内に忽然と現れたヒロがソファーに座った。

「なんか飲むか?」

「さっき経連で飲んで来た。お腹タプタプ。」

「そうか。じゃ、さっそくだが・・・王に謁見する前にひとつだけ言っておく事が

ある。どうせすぐにバレるだろうしな。・・・あー、そのー・・・・・・実は・・・だな、」

気まずそうなサイモンの表情からヒロが察した。

「サイモンさんって、実は王族で王様の甥っ子なんでしょ。知ってるよ。」

「え!?なんで?」

「王様が言ってたもん。」

「ま、・・・まじか。・・・口が軽すぎだろ。」

 サイモンが舌打ちをしてから葉巻を深く吸い込んだ。

 無言の時間が流れる。

「事情があって俺は王族から籍を抜いてる。誰にも言うなよ。」

「言わないよ・・・。たぶん。」

 見返りをよこせよ、ほら、と言わんばかりにヒロが目を細めて笑っている。

「う・・・・・・まあ、戻って来たらソニア通りの最高の店に連れていってやるから。」

「はい?俺、まだ未成年なんすけど。」

「チッ。じゃあ、・・・来週、カイトに連休をやるってのはどうだ。ブルクにも帰れる

ぞ。」

「それってカイトが得するだけじゃん。想像の斜め上を行き過ぎてびっくりなんだ

が。」

 ヒロが溜め息をついた。

「ま、いいや。それで手打つよ。」

「はぁ。・・・ったく。時間だ。さっさと終わらせるぞ。」

 サイモンが立ち上がった。

「向こうの人払いは済んでんだよね?」

 ヒロも立ち上がる。

「そのはずだ。」

「了解。んじゃ、空間転移で直接謁見の間に飛ぶから、そのまま動かないで。念の

ため、俺の肩を掴んでて。」

「お、おう。」

 ヒロの肩を掴んだ瞬間、サイモンとヴェスタ王の視線が合っていた。

「え?」

「お?」

 見つめ合ったまま思わず固まる二人。

 もう既にここは謁見の間だという事に気が付いたサイモンは、即座にその場で

片膝をついた。

 ヒロもサイモンの横で片膝をつく。

「よ、・・・よい。面を上げ、楽にせよ。」

 王の言葉に従い二人が立ち上がった。

「その技、空間転移といったか。見事なものだな。今この目で確と見届けたわ。」

 ヴェスタ王の声が落ち着きを取り戻している。

「時に、サイモン。」

「はっ。」

「其方はヒロ殿と雇用契約を結んでいると聞いたが、どのような契約だ。」

「どのようなって言われましても。・・・まあ、普通の雇用契約ですよ。」

「期間は?」

「どちらかが正当な理由を基に雇用関係の解消を申し出るまで、です。」

「・・・そうか。」

「あー、・・・王よ。俺はこいつを簡単には手放しませんよ?労規法にもあるように、公職者との雇用関係は全て誓約化されますので、王とはいえ第三者の介入はご法度

です。」

「わ、・・・分かっておる。」

「王よ、発言の機会を。」

 この場の唯一の立会人、第一宰相のコルトレインが声をあげた。

「許す。」

「サイモン総司令官殿、少し私の話を聞いて頂きたいのですが。」

「はっ。なんなりと。」

「此度のケフィの森での一件について、多方面から報告を受け取っております。・・・

あの悪名高い人狼族、しかも途方もない数の群れを一瞬で滅したヒロ殿の力、間違

いなく王国の英雄に相応しいと考えます。」

「同意致します。」

「ヒロ殿は我がクリシュナ王国の宝、変事下における防衛の要ともなりましょう。

故に、できれば彼との雇用関係・・・言うなれば雇用管理権限を王宮側に移譲して頂き

たいのです。」

「仰っている事は分かるのですが、こいつはこの先もブルクから離れませんよ?だっ

たら、近くのディオンにいる俺にこいつを管理させとく方が合理的じゃないですか

ね?」

「それはそうなのですが・・・。ヒロ殿。本当にここ王都に引っ越して来るおつもりは

ございませんでしょうか?引っ越しに関わる全ての手配は我々が致します。また、

タツミ殿をはじめ、保護院にいらっしゃる方々も全員この王都で何の不便無く暮ら

せるよう、最大限の配慮を払うつもりでおるのですが・・・」

「どうだろうか、ヒロよ。」

 コルトレインと王がヒロを見つめた。

「いや、引っ越しはちょっと。気持ちだけもらっとくっす。」

「ではやはり、ブルク定住の意志は固い、という事か。」

「うん。ブルクは俺のご先祖様が拓いた村だし、今はもう爺ちゃんと婆ちゃんばっか

の過疎村だからさ、俺みたいな若い人材が少しはいないとね。」

「仕方ない。・・・コルトレインよ、諦めようぞ。」

 王と宰相が同時に溜め息をついた。

「時にヒロよ。なぜタツミ殿は私の保護院への支援を断って来たのだろうか?送ら

れて来た伝書には、区切りが良いので院を閉めるつもりだと書かれておった。領主

からの報告によれば、騎士団からの恩賞も経連からの支援も全て断ったと聞く。

これ程の話を簡単に放棄してしまうのが少々解せんでな。」

「あー。それは、まあ・・・」

 ヒロが軽く溜息をついた。

「辞めるのに丁度良い区切りがついたってのは本当っす。ただなんつーか・・・、一般

の村民がいきなり王様から厚い恩寵を賜ったりしたら、田舎の村だとどんな風になる

か想像つくっすか?」

「む?・・・妬みや嫉みが生まれる、と言いたいのかな?」

「うん。勿論、ほとんどの人は一緒に喜んでくれると思うけど、毎年純金貨2枚に

税は全て免除、土地と建物も無償譲渡とか改装や改築まで無料ってなるとさすがに

ね・・・。やっぱ妬み僻みの気持ちに負けて、快く思わない人も出てくると思うんす。

田舎って人間関係が濃いもんで、そういう否定的な意見って全体的な不和につながり

やすいから。・・・タツミは、今まで保護院を必死に支えてきてくれた村の皆と揉めた

くないし、揉める原因にもなりたくないってのが正直な気持ちなんだと思う。」

「ふーむ・・・。」

「ただでさえ今、エレナの件で村の中でめちゃくちゃ目立ってるから。タツミ。」

「そうか。なるほど・・・な。」

 ヒロの言葉で謁見の間が静まり返った。

「今回、其方を呼んだのは鏡の森における2つの大掛かりな討伐、そしてケファの森

における人狼族討伐の褒賞を授与する為だったのだが・・・民への公示は取り止めて、

内々で済ませた方が良いやもしれんな。」

「あ、褒賞とかはいらないっすよ。雇用契約通りの給料は騎士団から貰ってるで。

ってか、自分の故郷を守るのは当然っしょ。あと俺、他の国に移る気なんてこれっ

ぽっちも無いんで、褒賞とかで引き留めたり囲ったりする必要は無いっすよ。」

「いや、そういう訳にもいかぬ。優秀な人材を手元に置く事はどこの国でも最優先

事項。我々としてはその確約を得る為なら、如何なる代償も決して惜しまぬ。」

「なら、王様とサイモンさんにお願いがあるんだけど、いいかな?」

「え、俺にもか?」

「申してみよ。」

「ディオン駐屯部隊のカエラ副指令と従騎士のカイトなんだけど・・・」

「ふむ。」

「おう。」

「この2人は、これからめちゃくちゃ強くなる。そうなるように俺が手を回した。」

 ヴェスタ王とサイモン、そしてコルトレインが一斉にヒロを見つめる。

「優秀な人材を褒賞で囲う、唾をつけるってんなら、俺じゃなくてカエラさんと

カイトにした方がいいっす。あの2人を他国に奪われたりしたら、マジで笑えねー

事になるから。」

「彼の者達がどう強くなるというのか。具体的に申してみよ。」

「これから数年内に熟練度が6桁を超える。最終的にあの2人なら間違いなく7桁

に手が届く。そして祝福は最上級、派生能力もほぼ中級くらいまで昇華する。ま、

確実に第7類強種の最上位種・・・災害級を遥かに超える存在になるっすね。」

「はい?」

「へ?」

「なんですと・・・??」

「史書に乗ってるような災害級って、熟練度は100万そこそこだけど、あの2人は

その倍、200万は余裕で行くんじゃないかな。街を一夜で壊滅させる災害級が、

熟練度が倍になったらどうなるか・・・なんとなく想像はつくっしょ。」

 ヒロが肩を竦めた。

「そこで俺からのお願いなんだけど、国内で他種族の討伐案件が起きたら、俺じゃ

なくてあの2人を優先して向かわせて欲しいんだ。やっぱ熟練度を上げるには他種族

討伐は必須なんで。2人の手に余るような案件だったら俺が直接支援に入るっす。」

「・・・。」

「・・・。」

「・・・。」

「で、これが最後のお願いなんだけど、2人に唾を付けるのはいいんだけど、成長を

邪魔しないで欲しいんす。誰が管理権限を持つとか、爵位がどうとか婚約、結婚が

どうとか。・・・そういう偉いさん達の勢力争いに2人を巻き込まないで欲しい。無理

ならこの話は全部無し。俺は2人の力を元に戻して、どっか別の国で使えそうな人を

探して育てる事にするよ。」

 謁見の間が重い沈黙に包まれる。

「待て、ヒロよ。それ程までに2人を強化する目的は何なのか。それによっては我々

は其方の要求に応じられぬ。・・・それどころか敵対もやむなしとなるやもしれん。」

 ヴェスタ王の問いに一瞬少年は黙り込んだ。

「カエラもカイトもこの王国の騎士だ。2人の忠誠は王にあり、その管理権限も王

にある。坊主には今の王の質問に真摯に答える責任があると思うがな。」

 サイモンからの真っ直ぐな視線を受け、ヒロは頷いた。

「確かにそうだね。・・・分かった。」

 少年がそして少年は訥々と語り出した。

「鍛える目的は五種族の共存・・・かな。・・・14年前、俺の両親は魔族のせいで死ん

だんだ。村や街の人達もたくさん死んだって聞いた。それからずっと魔族は敵だって

思って俺は生きて来た。でもさ・・・気が付いたら俺も魔族と同じ事をしてたんだ。

殺す理由もないのに・・・ただ鏡の森の地下洞窟に棲みついてたってだけで、幼体含め

4万もの魔族を容赦なく殺してさ。・・・最後まで必死に仲間を逃そうとした魔狼王と

その群れも全部殺した。ぶっちゃけ、あの時は何も考えてなかったんだ。でも後に

なって・・・あいつらからしたら、俺は10年前の魔族と同じように見えてんだろうな

って・・・なんかそう思った。」

 ヴェスタは哀しみを宿した瞳の少年を静かに見つめる。

「勿論、魔窟を放置したらどうなるかなんて誰でも分かるし、結果的にあの時に魔族

を全滅させて正解だったと思ってる。でもそれってさ、同じ事が魔族側にも言えるん

だよね。人間族は敵、放置したらこっちが殺られる、って。・・・結局、このままじゃ

何も変わらないし、終わらない。人間は他種族と永遠に殺し合うしかない。」

 ヒロが自然と手を握り締める。

「ずっとモヤモヤしてたんだけど、俺は他種族との戦いを終わらせたいんだって事

だけは分かった。・・・王様に呼ばれて王都に来た時さ、この街を見てすっげー驚いた

んだよ。ここは戦いを終わらせてる街じゃん!って。・・・俺の探してた答えは、俺の

理想はこの王都だって心から思ったんだ。」

 少年の瞳には哀しみだけではなく確固とした信念が宿っていた。

「ほんと、マジで・・・他種族と人間族の平和な共存関係ってのを形にしてるヴェスタ

王はすごいと思う。だから俺、この国の為に何か手伝えないかなって真剣に考えた

んだ。・・・やっぱ、まずは人間族を嫌って牙を剥くような他種族の「共生不適合者」

を容赦なく徹底的に地上から殲滅する必要がある。あとは日中でも普通に魔族が街

を歩けるように・・・人間族の中で、共生を怖がってる人を安心させたり、反対してる

人達を説得したり、安心させられるような「力」が必要じゃないかなって。」

 思わぬヒロの言葉に、ヴェスタ王とコルトレイン宰相の視線が一瞬交わった。

「そういう事考えてたら、俺一人で動いても限界があるなーって思ってさ。やっぱ

俺、表に出る性格してないから。だったら、この王国で他種族との共存って理念を

ちゃんと理解してる人材を、第6第7類強種でも瞬殺出来るような・・・力と人気を

併せ持つ英雄とか勇者に育て上げればいいじゃん?そうすりゃ、他種族にとっては

強力な牽制、抑止力になるし、共生反対派の人間にとっては他種族共存の社会で生き

て行く安心感とか、信頼に変わるんじゃないかなって。・・・以上。これが俺が2人を

強化するって決めた理由っす。」

「・・・ほお。」

「なる・・・ほどです。」

「お前、そんなこと考えてたのか。」

「うん。」

 暫くの沈黙の後、ヴェスタが口を開いた。

「想像以上に大人であったわ。・・・ならば私も少しばかり語ろう。」

 ゆっくりと王座から立ち上がり、ヴェスタは壁に掲揚されている聖クリシュナ王国

の国旗を見上げた。

「私は何よりも人間族の民を第一に考える。それは私が人間族の王だからだ。だが

それは他種族の者達を排除するという意味ではない。私は、我々の法と文化を尊び

我等人間族との平和な共存関係を願う者は、種族を問わず我がクリシュナ王国の民

として迎えるつもりでいる。・・・全ての種族が同一の法と秩序の下に、助け合う関係

を構築し、互いが持つ知識を共有し、種族が持つ特性と祝福を提供し合う時、この

王国に真の豊かさが訪れると私は考える。」

 ヴェスタの言葉にコルトレインが大きく頷いた。

「とはいえだ。・・・残念ながらこの理念は時代を先取りし過ぎているとも言えよう。

歴史が歴史だけに、他種族に対する偏見と憎しみ、恐怖を克服するのは並大抵の事

ではない。故にこの王国内で他種族を受け入れている都市や領地は、極めて少ない

のが現状だ。王都以外ではラムジー辺境伯が治めるレビタル領、ランクルド公爵が

治めるミヤギ領アシの街のみよ。・・・そこでヒロ、私は其方の思想と決意は我が王国

に資するものであると判断した。」

 王が国旗の前で振り返り、ヒロを見つめた。

「取り引きといこうではないか。その2名を勇者、また英雄として鍛える事を許そ

う。必要ならその2名だけでなく、更なる王国民を育成の隊列に加える事も許可

する。その為の協力ならば我が王国は一切を惜しまない。ただし、彼等は我が民。

彼等の幸福と権利を十分尊重しつつ育てて欲しい。また、先述の2名は王国の騎士

でもある。よって貴殿に育成を委ねるとはいえ、其方が育てる勇者や英雄の管理と

運用は全て我々に任せてもらう。この点において当方は一切妥協しない。だが約束

しよう。私は彼の者達を利己的な理由で利用したり、利権確保や悪政の手駒、政争

の具として使う事は決してせぬ。彼等はこのクリシュナ王国全体を平和で豊かな国

に変える為の貴重な力、真の正義を守り通す礎だからである。加えて、私は鏡の森、

及びケフィの森における三度に渡る其方の討伐の褒賞と共に、勇者と英雄育成に

関して十分な褒賞を貴殿に与えよう。・・・よく考えて返答して欲しい。貴殿は、この

取り引きに応じるだろうか?」

 ヒロは赤く光る瞳でヴェスタを見つめ返す。

 そして静かに頷いた。

「了解。俺は王様と・・・聖クリシュナ王国と手を組むよ。だけど、」

 ヒロが屈託の無い笑みを浮かべる。

「もしも今の約束を破ったら・・・その時は俺、王様の敵になるから。だから今の話、

絶対に忘れないでね。」

「おい、こら坊主。腐っても王だ。ものの言い方には気を付けろ。」

「腐っとらんわい!」

「腐ってねーらしい。」

 王が大きく息を吐いた。

「よい。もしも私がこの崇高なる理念を捨て去り、彼の者達を私欲に駆られ悪用

したり、我が民を損在に扱うようになった暁には・・・その時はヒロ、其方が私の命

を取りに来るがよい。私はアイル・ラ・ヴェスタ。国と民に命を捧げると誓った、

栄えある聖クリシュナ王国第65代目の王ぞ。逃げも隠れもせぬ。」

 心眼と判定を発動させていたヒロが微かに笑む。

-やっぱ、この王様・・・いいねー。めっちゃ漢じゃん。

「分かった。王様を信じる。」

 ヒロがはにかんだ笑みを見せた。

「あ、あと俺、マジで褒賞とかいらないから。勇者と英雄の育成を支援してくれる

ってだけで十分。どうしてもって言うんなら、その褒賞分は国民の為に使って。」

「そうか・・・。あい分かった。其方の願うように取り計らおう。コルトレイン、」

「はっ。」

「準備していた報奨金は、北東部の灌漑工事の資材購入費と人件費にあてる事と

する。すぐに手配を。」

「仰せの通りに。」

 ヒロが大きく伸びをする。

「さてと、んじゃーそろそろ・・・」

「おい待て、坊主。なに「もう帰りますかー」みたいな空気出してんだ。・・・王の

御前でお前に聞いておく事がある。」

「え。何すか、急に。」

「最近ディオン周辺でおかしな事が頻発しててな。近いうちに熟練度7桁の英雄が

2人も出るとかもそうなんだが、その未来の英雄の片割れは、魔窟を丸ごと封印

出来るような超優秀な結界師の部下がいる事を、上司であるこの俺にもひた隠しに

しているんだ。もう一人の英雄候補は、駐屯地の端っこで、でっけえ魔族の眷属と

剣術の訓練に明け暮れて熟練度を爆速で上げてやがる。・・・あと、ブルクに最上級の

鑑定持ちとかいう史上初の人間国宝がいきなり現れたりな。それだけじゃねえぞ?

人が寝静まった深夜に、なんと魔族の背に乗ってブルク村の上空をのんびり気持ち

よさそうに飛んでる男まで目撃されてんだ。・・・で、坊主。俺に何か言う事はない

か?」

「・・・すんません。よく言ってきかせますんで。勘弁してやって下さい。」

「やっぱりお前絡みか・・・。」

 サイモンが溜め息をついた。

 そしてじっとりとヒロを見つめる。

「お前が何をどうやってんのかなんて詮索はしねえ。だがな、一般庶民の皆様に迷惑

をかけるようなヘマだけは、絶対にすんじゃねーぞ?マジで笑えねーからな!」

「肝にメ、メイジャッス。」

「え?なんだって!?」

「き、肝にメイジマス・・・。」

「おう。今後は俺への報告、連絡、相談を怠るんじゃねーぞ。二度は言わすな。・・・俺からは以上だ。」

「へいっ。アザッス。」

-・・・うむ。ヒロ殿はこやつに任せるか。・・・それがいい。

 遠い目をしてヴェスタが窓の外を見つめた。

「坊主、王陛下と宰相殿と俺は、今から中央議会に出て今回の一件で色々と話し

合いをしなきゃならん。お前は少し街でもぶらついて来い。問題は絶対に起こす

なよ。ほれ、小銀貨を一枚やる。無駄遣いすんな。夕陽の鐘が鳴る頃までには

戻って来い。」

「えー、まだ帰んねーの?」

「帰らん。帰れるもんなら真っ先に帰ってる。」

「・・・分かった。了解。」

-いきなり時間が出来たんだがー。

 溜め息をつくヒロ。

-あ・・・、だったらあの婆さんにちょっと会って来るか。

 小銀貨を握り締めた正装の少年が、一瞬で目深のローブを纏ったホロ老人に

変わると、忽然とその姿が消えた。



 王都アイデオス 中央公園噴水前-


 老人が人気の無いベンチに座り、徐々に近づいてくるハトの群れを眺めている。

「ちょい早く来すぎたかな・・・」

 独り言を呟いて、近くの屋台で買った蒸しパンを細かく千切ってハトの群れに

投げてみると、一斉に鳩がパン屑に群がって来た。

 出遅れたハト達の視線が一斉にホロに向かう。

 もはや警戒心よりも餌の奪取が優先されたようで、老人の膝や腕に乗って剥き出し

のパンを我先にと啄み出した。

「おっと、待った!これ俺の昼飯っ・・・うああああぁぁ」

 大量のハトに悪戦苦闘していると、遠くから頭声のような高音の叫び声が聞こえ、

ハト達が一斉に老人に群がるのを止めた。そして、老人の前で大人しくパン屑が投

げられるのを待ちだした。

「ご老体、大丈夫でしたか?」

 エルフ族の男女が小走りでこちらに近づいて来る。

「だ、大丈夫っす!・・・もしかして今、ハトに指示とか出した・・・の?」

「会話とまでいきませんが、エルフ族は動植物とある程度意思疎通が図れるのです

よ。」

 男のエルフが微笑み、女のエルフはホロの肩に落ちていたハトのフンを拭おうと

ハンカチを取り出す。

-ん?あっ、さすがに触られると「偽装」がバレる!

「い、色々と申し訳ないで候!大丈夫!あざまっす!」

 ホロが急いで立ち上がり、頭を下げると女エルフと目が合った。

「いえいえ。困った時はお互い様ですから。御仁、肩が汚れています。動かないで

下さいね。」

「いや・・・待った!あの、ほんと大丈夫なんで!」

 男のエルフの方が微笑んだ。

「ご老体、・・・祝福か派生能力で全身を変容させていらっしゃるようですね。何か

訳有りのご様子。詮索は致しませんのでご心配なく。」

「え、そうでしたか!気が回らなくてごめんなさい。・・・ではこのハンカチをお使い

下さい。差し上げますので。」

 女エルフがホロにハンカチを握らせた。

「怪我が無くて何よりです。では我々はこれにて。」

 立ち去ろうとするエルフ達の背にホロが声をかけた。

「な、なんかかたじけない!拙者は鏡の森に住むホロという者!近くに寄る事が

あれば鏡の森で拙者の名を呼んでくれ!どこにいてもすぐに駆け付けっから!今日

のお返しに美味しい茶でもご馳走するよ!」

 振り返ったエルフ達が微笑む。

「私は聖者の森に棲むイフ族のエルフ、アッサンと申します。そして妻のアイシャ

です。またお会い致しましょう。」

 エルフの別れの所作なのか、2人揃って右手を胸に当てお辞儀をしてから去って

行った。

「うわー・・・なんかめっちゃ良い人達じゃん。」

 親切を示されても偽装を解かなかった事に若干の罪悪感を覚えつつ、ホロが息を

ついて空を見上げた。


 再びパンを千切って撒きだしていた老人の傍に、聖天マドラス教会の高級馬車が

停止した。

 ハトが一斉に飛び立っていく。

 念入りに磨きこまれ、黒光りしている馬車の客車から品のある老婆が降りて来る

と、続いてその後ろから教会の高位者のみが着用出来る緋色のローブを纏った男

が降りて来た。

 聖職に就く男性としては珍しい長髪で、爽やかな好青年といった感じである。

 二人は真っ直ぐベンチに座る老人に向かって来ると、最初にサラがホロの前に跪い

た。

「御無沙汰しております、ホロ様。」

「うぃーっす。」

 しかしヒロの視線はサラの背後に立つ青年に釘付けになっていた。

「お初目にかかります。鏡の森の鎮守様。私は聖天マドラス教会所属のアブルと申し

ます。お会いできて大変光栄です。」

「どーもー。・・・ってことは、あんたが教会で2番目に偉いっていう枢機卿である

か。忙しい人だって聞いてたけど、わざわざ出向いてくれたんだ。アブル・・・さん

・・・君。・・・あ、卿?」

「敬称は不要です。アブルとお呼び下さい。」

「アブル。」

「はい。それはもう、王国で今一番話題になっている御仁ですし、是が非でもお会い

したいと思っておりました。サラに連絡が来ていないか、毎日の様に確認していた

くらいです。」

「・・・ほー。」

-つまり、婆さんを奴隷にした事は知ってるぞ、って事か。

「まさかサラに直接念話で指示が来るとは、予想だにしておりませんでした。」

 アブルが微笑む。

「ま、サラさんは念話使えないみたいだから一方通行の会話になっちゃうけどさ。

距離に関係無く話せるのって便利じゃんね。」

「仰る通りでございます。・・・ただ、「距離に関係なく」になるまでには大量の熟練度

を獲得し、念話の祝福を最上級にまで昇華させる必要がございますので、御仁の力量

に心底感服致しました。」

「あ・・・それはどーも。」

「お会いできた事を嬉しく思うのですが、・・・正直に申しますと、若輩ながら本日は

この後も予定が詰まっておりまして、余り時間が取れないのです。早速なのですが、

本題に入ってもよろしいでしょうか。」

「よろしい。」

 アブルがヒロの前で跪いたままのサラを見つめた。

「ホロ殿、サラの隷属刻印・・・解いて頂く事は出来ませんでしょうか。」

「頑張って解こうとしたみたいだな。失敗した痕が残ってる。・・・てか、失敗し過ぎ

て呪詛化してんじゃん。この婆さん殺すつもり?」

「隷属の解放と呪いの解除は元をただせば同質のもの。本来ならば我々聖職者の

専門分野でもあるのですが、・・・どうやってもこの奴隷刻印だけは解く事が出来なか

ったようです。改めて御仁の力量と練度に感服至極です。」

「他人に任せずにあんたがやればよかったのに。綺麗に解除出来たっしょ。」

「私はつい先日、数カ月ぶりに王都に戻ってきたところなのです。サラから相談を

受けてすぐに解呪を試みたのですが・・・私が行う強制解呪と復聖化の技にサラの生命

力と体が耐えられないようでして。呪詛化した隷属刻印の浸食が進む今、刻印の発顕

者たるホロ殿しか彼女を救えぬと判断致しました。・・・ホロ殿、どうか我々にご慈悲

をお示し下さい。」

「てか、主人の俺に無断で奴隷を解放しようとするのは罪だよ、アブル。」

「お言葉ですが、無断でサラを隷属化した事も違法かと。」

「言いおるわ・・・。確かに。」

「ですが、事の発端はサラがホロ殿を脅迫した事にあります。神に仕える者として

あるまじき行為。サラ本人から罪の告白を受け、サラには大司教の立場を辞させま

した。加えて30日間の贖罪の行を申し付けております。・・・本人も心から悔いてお

りましょう。この度は当教会の信徒が大変な失礼をしてしまい、誠に申し訳ござい

ませんでした。どうか、どうかご容赦下さいませ。」

 アブルもサラに並んでヒロの前に跪いた。

「ど、どうかお赦し下さいませ、ホロ様・・・」

 サラが地面に顔を伏して赦しを懇願する。

「面をあげーぃ。・・・・・・・・・。いいから面をあげーぃ。」

「は。」

「御命令のままに。」

「ま、いいや。脅迫した事は謝ってくれたし、サラさんの隷属化は解いてあげる

よ。」

「あ、ありがとうございますっ!!」

「本当にありがとうございます。ホロ殿。もし許されるなら、今この機会に我々聖天

マドラス教会が奴隷制についてどのように考えているか、正式な回答をさせて頂きた

く思うのですが・・・」

「いやー、さすがにもういいっす。サラさんの行き当たりばったりの言い訳だけで

お腹いっぱい。」

「・・・そ、そうでしたか。残念です。」

 ホロが指を鳴らすと、瞬時にサラの体から浮き上がった隷属紋が消滅し、同時に

手の甲の隷属刻印が消えた。続けて呪詛の解呪と回復を齎す聖なる光がサラを包み

込む。

 その余りにも見事な手際にアブルは驚き、思わず動きを止めて一連の動きを凝視し

た。

「さてと。忙しいところ申し訳無いんだけど、もう少しだけ話につきあってもらえる

かな、アブル。」

 老人が笑うと、一瞬で正装の少年の姿に変わった。

「えっっ!?」

 サラが驚愕の眼で少年を見つめる。

「こっちが俺の本当の姿だから。・・・アブルは気付いてたっぽいけどね。」

 少年がベンチに座ったまま足を組んだ瞬間、3人の周囲の景色が深紅に染まっ

た。

「こ、これは・・・」

「ひぃっ!」

「この深紅の空間、アブルなら知ってるっしょ?」

「空間・・・遮断ですね。」

「そそ。外界から完全に遮断、隔離された空間。如何なる力も、如何なる存在も

行き来出来ない封鎖された絶対領域ってやつ・・・ね。」

「こうまでしてしたいお話とはいったい何なのでしょう?」

 アブルの声から緊張感が伝わって来る。

「アブル。俺達って今日初めて会った訳じゃないよね。」

「いえ、初めてお会いしましたが。」

「聖職者が嘘ついちゃダメじゃん。ほら、2ヵ月くらい前に。タオタの丘で月が綺麗

な夜に俺達会ってるっしょ。・・・ね、神天使さん。」

 アブルの表情から徐々に感情が無くなっていく。

「あの時は感知も探知も鑑定も軒並み弾かれたけど・・・今ならやっとあんたが「視える」よ。」

「この短い期間で最上級を・・・超えましたか。」

「まーね。熟練度バチクソ上げたし。奪った祝福とか派生能力もほぼほぼ臨界まで

昇華してんよ。」

 アブルは黙り込み、ヒロは苦笑した。

「あの日、ずっと俺のことを見てたっしょ。・・・なんで?」

「お答えしかねます。」

「そっか。」

「あ、あの、アブル卿。この会話は・・・どういう意味でしょうか。」

「ああ、信徒サラよ、少しだけ眠っていて下さい。」

 アブルが掌を翳すとサラが急に脱力して地面に座り込んだ。

「じゃ、質問を変えるわ。」

 ヒロが前髪をかき上げる。

「俺さ、少し前に鏡の森の魔窟で吸鬼王のザブラって奴を倒したんだよ。」

 ヒロがベンチから立ち上がる。

「あんた、あいつに鏡の森の地下洞窟の存在を教えて、死古竜の造り方まで伝授

して、必要な素材とかも全部揃えてタダで渡してたじゃん?なんでそんなに大盤振る

舞いしてんの?」

 アブルがヒロを見つめる。

「なんでザブラに「この力で魔神の座を奪え。新たな魔神となれ。」なんて事言っち

ゃったの?完全中立の天族が魔族間の戦争を焚きつけてもいいのか?」

「・・・・・・」

「だんまりかー。・・・俺、ザブラの頭の中全部見たから、もう色々バレてんだけど。」

 ヒロが溜め息をついた。

「さっき、馬車から降りて来たあんたを見た瞬間、ザブラの記憶と完全一致した人物

だって分かって驚いたんだよ。しかも、中身は天族の神天使じゃん!タルタで会った

あの天使だったとか、二度ビックリだわ。」

 ヒロの目の前でアブルの背から羽が生え、タオタの丘で見た白く輝く天使の姿に

変わった。

「ん?臨戦態勢ってか。俺と殺りあうって事でいいんだな?」

 ヒロの眼から感情が消える。

「・・・。」

「その姿になったから余計に色々と見えちゃったけど、大丈夫?」

 苦笑するヒロを無言で見つめる天使。

「額の神紋は天族第二位格の証。あんたは天族の中じゃ創造神マルドゥクスに次ぐ

立場ってことか。じゃあ、実質的にあんた・・・天族の王なんだ。」

「話ハ終ワリダ、人ノ子ヨ。空間遮断ヲ解キナサイ。ワタシハ神ノモトニ戻ラネバ

ナラヌ。」

「まあまあ。ちょっと待てって。・・・ふーん。あの日と同じだ。天族に感じた違和感

つーか・・・自我らしきものはあるんだけど、余計な思考や記憶、感情や欲望もほとん

ど無いんだな。あんたの中にあるのは、創造神からの指示と指示を遂行する為の

知性だけ・・・か。アブル、あんたって創造神の「操り人形」なんだな。・・・そっか、

それが天族の本質か。」

「警告スル。空間遮断ヲ解キナサイ。」

「おーい、マルドゥクス、聞こえてるー?これ見えてんだろー?・・・なんで創造神の

あんたが魔族の内紛を煽ってんだよ!神々の中でも最高神なんだろ?おーい!」

「排除スル。{神罰-}」

 アブルが死の宣告を完全に言い終える前に、神速で瞬間移動したヒロの右手が

アブルの首元を掴むと、そのまま片足を払って地面に叩きつけた。

「させねーよ。」

 そして間髪を入れず神天使の頸椎に膝を落として動きを封じる。

 その瞬間、何かドロリとしたものが天使の躰に「注入」された。

 予想を遥かに上回る少年の動きと力に、神天使は成す術も無く地面に組み敷かれ

てしまった。

 羽を強引にはためかせてヒロを吹き飛ばそうとした瞬間、片翼が少年によって無残

にも引き千切られた。

「グギイッッ!!」

 そして神天使は己の体に起きている「異常」に初めて気が付いた。急激に力と神力

が抜けていき、祝福と派生能力の大半が完全に封じ込められてしまっている。

 ついには全身がカタカタと小刻み震えだし、白く輝いていた己の躰は四肢の先か

ら急激に黒く染まりだしている。

「タルタの丘で見た時はめちゃくちゃ強そうだったのに、いざ殺りあってみたらそう

でもないのな。・・・ちょっと拍子抜け。」

 アブルの全身が完全に黒く染まった瞬間、体が醜く溶け出し、悪臭を放ちだした。

「ギ、ギ、・・・ギッ、ギッ、・・・ギッ!ギッ!ギッ!!!」

 思考が暴走し、何も考えられなくなっていく。

「おっと。動くと余計に苦しくなんぞ。今あんたに注入したのは・・・あんた自身が

ザブラに渡した、創造神マルドゥクス産の超ド級の呪詛の集合体・・・、死古竜化して

る最中の「効果」だ。ついでに俺が持ってる臨界状態の呪詛を18個足して、極限

まで暴走させてっから・・・多分、史上最凶の呪詛だぞ、それ。」

「ギッ・・・ギギッ!!!」

 神天使が金切声を絞り出す。

「まー、いくら天族の王でもキツいもんはキツいよなー。」

 アブルの鼻と口から泡立った灰色の呼気が漏れ出して来た。

「グギギッー!!!」

 それでも、天使は全力を振り絞って立ち上がろうとする。

「え、やるじゃん!じゃ、残しておいた呪詛も全部叩き込んでみっかぁ・・・。相当

キツいから覚悟しな。」

 ヒロの左眼に「魔眼」、額に第三の眼、「邪眼」と掌に「鬼眼」が見開いてアブルを

一瞥し、更に続けざまに古代黒魔術の最強呪詛「滅天」と「天壊」がアブルを襲う。

「ギィィィィ・・・アッ」

 その瞬間、神天使は地面に崩れ落ちて激しく痙攣しだした。

「・・・キ・・・・・・キ・・・ィ・・・」

「んーどれどれ。・・・でもやっぱマルドゥクスが造った神罰系の呪詛が一番効いてる

っぽいな・・・。次点で魔眼で効果を最大強化した邪眼と鬼眼の呪詛攻撃か。系統とし

ては浸食系が天族の弱点なのかー。覚えとこ。祝福無効化が効いてるうちに、もう

ちょい調べさせてもらうから・・・静かにしててくれよー・・・。」

 アブルが動かないように後頭部に膝を落としたまま、ヒロの右眼が竜眼の赤に染ま

り、更に心眼と慧眼、看破、叡智聡明を同時発動させながら、掌で天使の躰を正確

になぞっていく。

「なるほどなるほど・・・。」

 ヒロは邪魔になるアブルのもう片翼も引き千切ってから仰向けに転がし、再び動か

ないように胸に膝を落とした。

 その勢いでアブルの体が地面が沈み込み、地面に亀裂が走る。

「ふむふむー。・・・なるほどねぇー、これが天族か・・・。え!?・・・おいおい、あんた

回復力すげーな!どんどん呪詛が浄化されちまう!う、嘘だろ!!」

 唖然としたヒロが舌打ちする。

「仕方ねーな。勉強会はここまで!・・・じゃあ、お疲れぃ。アブル。」

 ヒロが手を翳すと、白く輝く天使が地上から消滅した。

 ヒロの頭の中に抽出に関する文字が走り出す。

「うっは・・・なん、なんだこれ・・・マジで・・・すっげーじゃん・・・」

 体の震えを押さえ込んで立ち上がると、少年は天を仰いで大きく息を吐き出し

た。

「ふぅー・・・。きっつぅ・・・・・・」

 振り返って指を鳴らす。

 空間遮断を解くと、周囲に人影は無かった。

「あー・・・、サラさんが寝てるうちに記憶だけ消しとくか。ややこしくなるし。

・・・よーし、これで大丈・・・くっ、くはぁっ。」

 天地がひっくり返った感覚に襲われ、ヒロが崩れる様に地面に蹲る。

 主の異変に気付いた守護精霊達からの念話が、激しい動悸と強烈な耳鳴りで聞こ

えなくなった。

-あ、やべぇ・・・こ、この感・・・覚。あ・・・かんやつ・・・や。これ・・・

 辛うじて王城の謁見の間に瞬間移動した後、ヒロの視界は暗転し、そこで意識が

途切れた。



 ーハッ!

 ヒロが飛び起きた。

 体感的には一瞬意識が飛んだだけのように思えたが、自分がフカフカのベッドの

上で臨戦態勢をとっている事に気付き、想像以上に時間が経っている事を理解した。

 視線を下げると、王との謁見の為に着ていた正装ではなく、首元がだるだるの大き

な白衣を着せられている。

 次いで室内を見渡すと、内装からしてここが王城内のどこか一室だろうと推測出来

た。

「はぁ・・・。」

-そうだ、気絶する前に謁見の間に飛んだんだっけ、俺。

 ベッドの上に座り、胡坐をかく。

-抽出後の変化に体がついていけなかったのって久々だな・・・

 何気なく入り口の扉を見ると、目を見開いて固まっていた白衣の医療官のお姉さん

と視線が合う。

「うぉ!?」

「お、驚いたのは私の方です!・・・えっとあの、安静にして!まずは横になって下さ

い!」

 無理やり寝かされる。

「は、はぃ。」

「とりあえず、意識が戻って安心致しました。ここは王宮の中央塔にある第一医務室

です。私は筆頭医療官のアンと申します。ご自分の名前を言えますか?」

「ホ・・・ヒロっす。」

「気分はどうです?どこか痛いところは?体に違和感はありますか?」

「いや、ぜんぜん。大丈夫っす。」

「見えている景色で違和感を感じる部分はありますか?手足に痺れを感じていませんか?」

「大丈夫っす。」

「頭が痛いとか胸が苦しいとか、呼吸がしんどいという事は無いですか?」

「大丈夫っす。」

「持たれている記憶に違和感がありますか?倒れる直前の記憶はありますか?」

「大丈夫っす。」

「倒れるに至った原因に心当たりは?」

「大丈・・・あ、いえ、あるっす。」

「何があったかを詳しく教えて下さい。」

「え?・・・あ、いやその・・・き、記憶がある・・・ような無いような?」

「ありますよね?」

「はぃ。でももう無茶しません。」

 アンが小さく溜息をついた。

「絶対ですよ?じゃあ私の指の動きを目で追って下さいね。・・・・・・はい、結構です。

まだそのまま寝ていて下さい。」

 ヒロの脈をとり、額に手を置いて熱の有無を確認する。最後に少年の心音と呼吸

音に集中した。

「結構です。念のため、もう一度治癒の祝福を行使しますので、動かないで下さい。

はい、楽にしてー。」

 医療官は仄かに光り出した両の掌でヒロの体に触れた。

「はい、もう結構ですよ。・・・御体に問題は無いようですね。では、意識が戻った事

を知らせて来ます。食欲はありますか?」

「めっちゃあるっす。今なら皿ごと食えるっす。」

「すぐに夕食をお持ち致しましょう。お皿は食べないように。」

 アンはクスリと笑いながら立ち上がり、会釈をして部屋から出て行った。

-夕食?・・・今何時だ。

 窓の外を見ると夕焼けが夜の闇に吞み込まれようとしている。

-日没。・・・って事は、あれから少なくとも2.3時間は寝てた感じなのか。・・・まさ

か前みたいに何日も寝てたとかじゃないだろな・・・。

 大きな欠伸と共にベッドの上で四肢を伸ばす。

「ふぃー・・・。まだ少しダリぃ。抽出で倒れるとか・・・何がどんだけ変わったんだろ・・・。」

 ヒロは改めて抽出の状況を確認した。





抽出により

神称号、神源、神臓、神体を吸収、「神格」を獲得


「神格」化に伴い心臓を「神臓」に再生成

「神格」化に伴い人体を「神体」に再生成

「神格」化に伴い生命力を「神力」に変換生成

「神格」化に伴い熟練度が「神位」に究極昇華、神位「第六神」を獲得

「神格」化に伴い祝福「抽出」が権能「与奪」に究極昇華

「神格」化に伴い称号「人神」を獲得

「神格」化に伴い加護「人神」を獲得



 与奪の権能・抽出管理始動


 既得の称号を全て、称号「人神」に集約統合

 既得の加護を全て、加護「人神」に集約統合

 既得の祝福・派生能力を全て集約統合し、権能:「不老不死」と「全知全能」に

 究極昇華

 既得の魔力・胆力・霊力を「神力」に吸収統合




 与奪により

 神天使の頭部(神格化に伴い消費済)1 神天使の胴体(神格化に伴い消費済)1 

 神天使の肢(神格化に伴い消費済)4

 神装キュベリオン1 神杖アンダクト1 

 幽世の首飾り1 常世の耳飾り2 現世の腕輪1 常夜の指輪1 


 神位   :第五神を獲得 既得神位:第六神に統合

 神力   :98954892048736874698767794を獲得  

 権能   :支配の権能、198の派生能力を獲得 既得各権能に分配統合

 効果   :祝福強化系1種、能力強化系1種、心身体強化系4種、

       神力強化系1種、特殊呪詛系1種を獲得

 称号   :神天使(神格化に伴い消費済)、神の御子、救世主、忠節なる僕、

       他65を獲得 称号:人神に統合

 加護   :創造神、神天使、聖輝天使、他82を獲得 加護:人神に統合

 召還眷属 :聖霊王ラヴィア 聖霊王ヴァルゴ 大聖霊アルタゴス 

       大聖霊イビエル

       聖獣王トリスティ 聖獣王オルフェン 聖獣クランク 

       獄獣王ケルベロス

       神獣ペガサス 神獣フェンリル 神獣フェニックス 

       神獣バジリスク

       熾天使120 智天使120 座天使120

       主天使12000 力天使12000

       能天使12000 権天使12000

       大天使1200000 天使12000000

       上位聖霊240 聖霊24000 

 誓約奴隷 :精霊族124000

 を獲得



 称号    「天殺神」「神殺し」「神を屠る者」「征服神」「完全なる者」

       「聖輝」を獲得、与奪の権能により既得称号:人神に統合

 派生能力  「与奪錬金」「与奪錬成」「完全調律」「獅子奮迅」「雲外蒼天」

       を獲得 与奪の権能により既得権能:与奪に統合






 思わずベッドから飛び起きた。

「は、はぁっ?人神!?・・・おいおいまじかよ?洒落になんねーって!さすがに変わ

り過ぎだろ!そりゃーぶっ倒れるわ!!」

 その時、扉をぶち壊す勢いでサイモンが走り込んで来た。

「小僧!!起きたのか!!」

「オザマス。」

 いきなり胸倉を掴まれ、持ち上げられると鬼の形相のサイモンの顔が眼前に迫っ

た。

「おいっ、俺の眼を見ろ!!」

「ヒ、ヒャイ。」

 怯え切ったヒロの眼を覗き込む。

「よし、意識ははっきりしてるな。」

 次いで、片手でヒロの顔面を鷲掴みにする。

「アイタタッタタタタ!!」

「熱もねーな。」

 ベッドの上にドサッと落とされた。

「ったく、この馬鹿が。心配かけさせやがって。」

「今、記憶も意識も飛びかけた・・・魂も出かけた・・・」

「うるせー。とっとと着替えて王のとこまで来い。」

「ふ、服はどこっすか。」

「知らん。」

 その時、夕食を乗せた押し車と共に王宮専属の医療班らしき一団が部屋に入って来

た。



「おお、ヒロよ!さすがに此度は心配したぞ!体調は戻ったと聞いておるが・・・」

「あ、もう大丈夫っす。驚かせてすんませんっした。」

 謁見の間においてサイモンと共に再び王の前立ったヒロは、きっちり90度の

角度で頭を下げた。

「元気ならそれでいいのだ。しかし、其方がいきなり現れて気絶した事に驚いた

が、数多の守護精霊に守られている事にも驚いたわ。・・・ただならぬ事態と察する

が、その身に如何様な事が起きたのであろうか?」

「あ、いや・・・ちょっとキツめの抽出をしちゃったみたいで。抽出後の変化が大き

過ぎると、体の方がついていけなくて気絶するんすよ。こういうの前にも一回あった

んで。」

「キツめの抽出?今回は何を抽出したのかね?」

「天族の王っすね。天族第二位格の印が額に刻まれてる神天使って奴。」

「ま、・・・ま、待たれよ。・・・それはつまり、あの天族の・・・しかも創造神に次ぐ立場

の天族の王と・・・揉めたという事かね?」

「揉めたっていうか、まー、うん、揉めた。一方的に揉められた。」

 謁見の間の時が止まる。

「あ、・・・これって報告した方がいい系?」

 ヒロが恐る恐るサイモンを見ると、無言のまま憤怒の視線で圧をかけて来た。

「と、とりあえず全部報告するっすけど、・・・ついでに今までの事も全部ひっくるめ

て全部報告しちゃっていいかな?そうしないと、今日の出来事も多分意味が分かんね

ーと思うから。」

「かまわん。」

「是非聞きたいものだ。」

「じゃ、2カ月前の鏡の森の件から話すね。実は-」

「おい、待て。そんな昔の事から話すのか?」

「うん。今まで報告出来なかった事も含めて全部話す。」

「・・・分かった。」

「えっと、鏡の森に竜の群れが現れた事と、森の地下に魔窟が出来ていた事には

関係があったんだ。端的に言うと魔族同士の争いが起きてた。」

「な、なんと?」

「おい坊主、それは初耳だぞ?」

「あ、俺も今日分かった事、確信した事が多いんで・・・。」

「・・・続けてくれ。」

「この魔族内の抗争は、吸鬼族の王ザブラって奴が起こした事件が発端だったみた

い。ザブラは、他の三鬼族と魔狼族を率いて、西のアレイ山脈に棲む黒竜の群れを

襲ったんだ。そして群れを統率していた古竜を拉致して、鏡の森の地下の洞窟に逃げ

込んだ。誰にも感づかれないように特殊な結界を何重にも張ってから、生きた古竜

の死竜化にとりかかったんだ。」

「はあ!?古竜の死竜化だぁ!?魔族共は世界を終わらせるつもりか!?」

「そ、そのような事ができるのか?!」

「創造神マルドゥクスが造った神罰の封珠に籠められた「神縛」「神呪」「神忌」って

いう3つの神罰と3つの神聖呪言。2つの古代呪詛符、4つの呪詛遺物を錬金術で

合成していって、最後に「器」になる魂核に移して浸食させるんだけど、ザブラ本人

にその方法を一から懇切丁寧に教えて、挙句の果てに必要な物を全部揃えて渡した

バカがいる。」

「な、なんという・・・」

「はぁ!?」

「今回起きた魔族間の抗争は、そのバカがザブラに「今の魔神を倒して新しい魔神に

なれ」って煽った事が原因なんだ。ザブラはそいつの話を真に受けて、死古竜ってい

う最強の奴隷を従えて魔神になろうと計画したってのが事の真相。アレイ山脈の竜達

は血縁の古竜王に助けを求めた。古竜王は最上位種の竜達を率いて攫われた古竜の

奪回に向かってたんだけど、鏡の森までは後を追って来たところで、ザブラが張った

結界に阻まれて魔窟化した地下洞窟の存在までは気付く事が出来なかったみたい。

それで気が立ってた所にディオン駐屯騎士団と遭遇して戦闘が始まる。」

「う・・・うーむ。」

「其方はその話をどこで?」

「ザブラとザブラ唆したバカを殺す前に竜眼で頭の中を覗いて知った。」

「お前が両者共に倒したって事だな?」

「うん。」

「そのバカはどこのどいつだ?」

「人間族の男だった。」

 ヴェスタとサイモンが思わず黙り込む。

「俺、魔窟でザブラの記憶を覗いた時に、魔族間の抗争を煽ったバカの顔とか服装

とかしっかり記憶したんだ。・・・長身で長髪。20代後半の人間族の優男。聖マドラ

ス教会の緋色のローブの下に教会の白い法衣を着てた。」

「教会だぁ!?」

「それはまことか!?」

「まことまこと。で、今日そいつを見つけたんだよ。聖天マドラス教会の枢機卿

で、名前はアブル。」

「おいおい・・・お前まさか・・・」

「ア・・・アブル卿がっ!?」

「うん、間違いないよ。で、今日分かったんだけど、アブルは人間じゃなかった。

中身は・・・さっき言った天族第二位格の神天使だったんだ。堕天と化肉っていう天族

特有の派生能力で人間みたいになってて、マドラス教会の枢機卿として活動してた

みたい。あいつの目的は創造神マルドゥクスへの信仰心の涵養。それと人間族の

動向管理。それも全部、創造神の指示でね。」

「・・・もう・・・俺が兎角言える範疇の話じゃねーな。」

「アブル卿に関する天族説は、吟遊詩人達が広めた根拠の無い噂ではないのか!?」

「いや、まんま事実だったよ。火のない所に煙は立たないって言うじゃん。それで

さ・・・あいつ、俺の事をずっと見張ってた節があんだよねー。」

「見張る?アブル枢機卿がお前をか?」

「うん。あいつと会ったのは今日が初めてじゃなかったし。俺が初めて王都に来た

時に、その道中でアブルと遭遇してたんだよ。神天使の姿で夜空にプカーって浮いて

てさ、ずっとこっちを監視してた。俺が気付いて逆にガン見したら、しばらくこっち

を見てから逃げていったんだ。」

「目的は?」

「分かんない。その部分の記憶はもうアブルの中に無かった。」

 ヒロが前髪をかき上げた。

「で、話は先週に飛ぶ。・・・実はさ、鏡の森の鎮守様歓迎会で、聖天マドラス教会の

サラ大司教って婆ちゃんと口喧嘩になっちゃってさー。調子に乗ってたら殺すよって

脅されたんだよ!酷くね!?経連のミヅキさんも横で全部聞いてたから証人もちゃん

といるからね!!で、あったまきたからさ、強制的に俺の誓約奴隷にしたってん。」

「はぃ?」

「え、・・・いや、・・・え?」

「だって奴隷制度バリバリ推進派で奴隷達から搾取しまくってるくせに、私は聖人

ですーって顔してさ。矛盾してるだろって詰めたら逆ギレして、それ以上言ったら

殺す!って脅迫してくんだぜ!?完全に正当防衛じゃん。俺、悪くねーし。」

「はああああぁぁ・・・」

 サイモンが地獄の底から聞こえて来るような深い溜め息と共に、眉間を揉みあげ

る。

「うむ。私は何も聞かなかった事にする。」

 ヴェスタは遠い目で窓の外を見た。

「で、今日は急に時間が出来たから、サラ婆ちゃん呼びつけて、ザブラを唆した緋色

のローブに白い法衣の教会員につながる情報が何か無いか、聞き出すつもりだったんだけど・・・」

「お前なぁ・・・」

「それで?」

「婆ちゃん呼び出したら、後ろからローブの男、当の本人が着いて来たんだよ。こ

んな奇跡ってある?って思ってマジでびっくりした!で、まあ、それなら丁度いいと

思ってさ、竜眼とか魔眼とか、慧眼、千里眼、看破、叡智聡明とか、持ってる祝福を

全部使って調べたら-」

「待った。・・・何と何を使ったって?」

「竜眼とか魔眼とか慧眼とか・・・色々・・・」

「りゅ、竜眼と魔眼???」

「どんな祝福か説明しろ。」

「説明むずいな・・・。色々と見えたり分かったり・・・教えてくれたり気付かせてくれる

し、そういう力をガッと強化する。みたいな。」

「それも最上級なのか?」

「ん、その上の臨界・・・まあ、うん。最上級。」

「・・・分かった。続けてくれ。」

「アブルに魔族の同士討ちを扇動したことを詰めたら、口封じに俺を殺そうとして

来たから返り討ちにした。これで報告は全部。」

「・・・アブル殿が・・・アブルが魔族の権力争いに首を突っ込んだのは何故なんだ?」

「それは分かんない。その部分の記憶も無くなってた。ただ、天族だしマルドゥクス

からの指示だったのは間違いない。」

「それで其方はアブル枢機卿を・・・天族の王を殺した、と?」

「うん、抽出で殺った。完全に正当防衛!」

「その戦いを見た者は?証人はいるのだろうか?」

「あ・・・いないや。サラ婆ちゃんも気絶してたし。前後の記憶も消したしね。」

「おい坊主、サラ大司教様はどうした。戦いに巻き込んでねーだろうな?」

「あー、俺、アブル倒して割とすぐ気絶したから、婆ちゃんがその後どうなったかは

分かんない。でも、倒れる前に奴隷契約は解除してあげたし・・・直前まで婆ちゃん、

土下座したり急に熟睡したり忙しそうだったから元気だと思うよ。・・・えーと・・・今、家でワイン飲んでんね。めっちゃ元気じゃん。」

「・・・」

「・・・」

「いやマジで。」

「・・・おう。」

「サイモンよ、証拠が何も無く、証人もいないのなら我等は誉める事も咎める事も

出来ぬ。これは我等だけに語られた未確認情報として、厳重に秘匿せよ。」

「仰せのままに。」

「・・・しかし事が大き過ぎて我々の手には余るな。・・・魔族の分断。そして天族の王を

討伐・・・か。」

「坊主、その天族第二位格の神天使とやらに関して、他に分かった事は無いのか?

祝福全部使って「見た」んだろ?・・・今の情報を秘匿するにせよ、お前がアブル枢機

卿を殺したという事実はどうしても残る。俺としてもお前の正当性を確保する為に

も、情報があるなら全部把握しておきたい。それに・・・」

「うん?」

「この先、天族と事を構える可能性があるなら、対抗策も練っておく必要がある。

特性や特徴とか何でもいい。とりあえず情報が欲しい。」

「見たって言っても、アブルの正体がめくれて残ってた記憶が見れたって程度かな。

正直、これといって目立った収穫は無かった。あいつ、自我とかほとんど無くて、

主観的な思考とか余計な記憶、感情、欲望とかそういった類のものがほとんど無い

んだよ。・・・だけど、創造神マルドゥクスの存在感と意図だけはひしひしと感じると

いうか・・・マルドゥクスに直接命令を植え付けられて、それに従うだけ、命令を実行

するだけの「人形」だね。アブルだけじゃない。それが天族って存在なんだよ。俺達

とか他の種族とは根本的な部分からして全く違う種族だった。」

「不気味だな。」

「無私無欲の極致。・・・神族に纏わる神秘性はそういう部分から出て来るのかもしれ

ぬな。」

「お前がアブルを倒した今、創造神や天族が俺達と事を構える可能性はどうだ?ある

のか?」

「どうだろうね。相手がその気なら俺が倒れてる間に殺しに来てるだろうし。今んと

こ・・・預言や先見、予測予知を使ってみても・・・創造神や天族とガチ揉めしてる絵は

見えて来ない。とはいえ確定した未来なんてものは無いから、いつどう転ぶか分から

ないけど・・・まあでも、差し当たって大丈夫じゃね。」

「・・・ふむ。」

「そうか。」

「今の俺なら相手が天族でも余裕で食えるし、本当にヤバくなるようなら俺がすぐ

動くよ。」

「報告、連絡、相談を絶対に忘れんな。」

「ういっす。あとさ、アブルは天族の中で創造神に次ぐ立場なのは間違いないんだけ

ど、あいつ・・・神しか持てないはずの「神位」とか「権能」ってのを持ってたんだ。」

「何を持ってたって?」

「なんだねそれは?」

「神位ってのは神専用の爵位みたいなもん。元々は熟練度なんだけど、熟練度を獲得

し続けて行くと最終的に到達する境地っていうか・・・位格だね。あと、権能ってのは

祝福の究極昇華形態って言えばいいかなー。神だけが到達出来る、神だけが持つ事が

許された最終昇華した祝福が権能。・・・なんか説明ムズいけど。」

 サイモンとヴェスタが黙り込む。

「ん?・・・それだと、天族には創造神マルドゥクスと神天使アブルっていう2体の神

がいるって事にならねーか?」

「私もそこが引っ掛かる。天族、精霊族、魔族、獣族、人間族・・・各種族の頂点に

立つ者にのみ、神の称号が付されると聞く。故に世界に神は5体のみ。世界はそれ

を五神柱と呼ぶ。全世界に浸透しておるこのマドラス教会の教理が間違っておる

と?」

「まーそうなるね。天族には少なくとも神が2体いたってのは間違いないから。てか

さ、五神柱とか言うけど、人間族から選ばれた神って今までいなくね?それだと四柱

神じゃん。」

「人間族の神がいまだ存在せぬには理由がある。マドラス教会の教義では、早死の

人間族は総じて熟練度が低く、祝福の昇華も拙いが為に神の域にまで達し得ないと

いうことだ。」

「うん。だからそもそも五神柱の教義自体が成り立ってなくね?って話。てか、神に

関する教理自体も情報源がはっきりしない伝説みたいなもんだし、俺達人間族が

知らない仕様や構造みたいなものが別にあるかもしんねーじゃん。」

「う、うーむ・・・。」

「アブルが天族の神だったって言える証拠は他にもあってさ。あいつの装備・・・神装

と神器だった。これね。」

 一瞬でヒロが光り輝く荘厳なローブと法衣を身にを纏い、先端に神鈴の付いた

細身の長杖を手にした。

「うおっっ!?」

「し、神器だとっ!?」

「神杖アンダクトと神装キュベリオン。で、あいつが神だったって言える最後の

理由。あいつから神体やら称号やら色々抽出して取り込んだ後の俺が・・・」

 ヒロが小さく溜息をつく。

「人間族の神になった。」

「・・・ん?今なんつった?・・・もっぺん言ってみろ。」

「待たれよ。神器を纏えるは神のみと聞くが・・・・・・まさか其方っ!?」

「うん。」

-俺が神になるとか・・・どんな冗談だよ。

 ヒロが黙って宙を見据え、そして再び溜息をついた。

「俺、・・・もう人間じゃないっぽい。」

「え?坊主。お前、人間じゃねーのか。」

「うん。」

「嘘つけ。」

「嘘じゃねーし!俺の神位は第六神、称号は人神!」

 サイモンが無言でヒロを見つめる。

「俺の体から心臓から全部神様仕様に変わって、生命力とか奪って来た魔力、霊力、

胆力とか全部「神力」ってのに切り替わってる。あと、俺が持ってた祝福とか派生

能力は、さっき言った神だけが持てる「権能」ってのに変化した。」

 謁見室にしばしの沈黙が続く。

「ど、どんまい。」

 サイモンがヒロの肩を叩いた。

「まー・・・、なんかもう慣れたよ。てか諦めた。」

-こいつ・・・嘘や冗談を言ってるってツラじゃねーんだが・・・

 サイモンは眉間の皺を揉み、地響きのような溜息をついた。

「はあああ・・・。ヴェスタ王よ、念のためご自身が持つ「洞察」の祝福でヒロを見て

もらえませんかね?こいつの言葉の真偽を確認して欲しいのですが。」

「う、うむ。・・・ヒロ殿、少し調べさせてもらうがよいかな?」

「どうぞどうぞ。」

「では我の質問に答えてくれ。それらを糧に洞察を行う。・・・其方は「神」たる者

である。是か否か。」

「神っす。」

「・・・も、もう一度問う。・・・其方はアブルなる神族の神を倒して神となったと言っ

た。その言葉に二言は無いな?」

「ないっす。」

「・・・表情や仕草からは嘘は全く無いように見える。しかし・・・洞察で更に深く立ち

入って分析しようとすると・・・何も見えてこぬ。・・・これはどういう事だ。」

「だろうね。今の俺、神だもん。最上級の祝福でも俺から情報取るのは無理だよ。

竜眼とか特殊な祝福の最上級なら、かなり時間がかかるけど薄っすら見えてくるかな

ーって感じ。最上級じゃないなら絶対無理だね。」

「では誰にも真偽のほどは分からぬ・・・か。」

「いや、エレナの「鑑定」は最上級の壁を超えて臨界・・・えっと、権能の一歩手前

まで来てるから、俺の事でもある程度なら見えるよ。・・・多分。」

「・・・はい?」

「・・・え?」

 改めてヒロは自分を鑑定してみた。





 名前      ヒロ

 神位      第六神

 神力      絶大値


 権能      与奪 不老不死 全知全能

 称号      人神

 加護      人神 



 守護精霊    アスピリアの大精霊アグ 月の精霊ラウ 黄金精霊スヴァリア

         月桂双樹の精霊デルフィア 封印樹の大精霊ビブリア 

 召喚眷属    大狼王リーディア 餓狼王リヴァ 巨狼王バリ 賢猿ロドル 

         聖霊王ラヴィア 聖霊王ヴァルゴ 大聖霊アルタゴス 

         大聖霊イビエル 蒼の大精霊ライド

         聖獣王トリスティ 聖獣王オルフェン 聖獣クランク 

         獄獣王ケルベロス

         神獣ペガサス 神獣フェンリル 神獣フェニックス 

         神獣バジリスク 神獣ドミニア

         熾天使120 智天使120 座天使120 

         主天使12000 力天使12000 

         能天使12000 権天使12000

         大天使1200000 天使12000000 

         上位聖霊240 聖霊24000

         魔狐3905 風鼬5274 紅蝙蝠618 闇蜘蛛829 

         魔鼠1673

 誓約奴隷    精霊族144000


 装備      絹の外衣 絹の上衣 絹の下衣 絹の腰帯 絹の下着 

         牛革の深靴 神装キュベリオン 神杖アンダクト 

 状態      良好 達観    



-あー・・・やっぱ神だ。・・・うん。何回見ても神だわ。

 ヒロが溜息をついた。

-第六神。6番目の神って意味なら数は合うよな。・・・で、神力が絶大値って。もう

多すぎて数値化やめてんじゃん。・・・抽出の祝福は与奪の権能に変わって、それ以外

に奪って来た祝福と派生能力は統合されて2つの権能に変換・・・か。それに、あんな

に腐る程あった称号が「人神」に集約。加護も全部「人神」の加護に集約。うーん、

スッキリしたけど、なんか寂しいなぁ。・・・・・・うぇ!?神位、称号、加護の効果が

ありえん事になってる!!・・・うっわ・・・集約されたらこんな風になるのか!!いや、

さすがにこれは・・・どう考えてもヤバいだろ!!

「マジで洒落になってねーんだけど・・・。」

 小声で呟いて再び溜息をついた。

-でもこれだと、今後も「与奪」で獲得したものはどんどん集約されていくって事

だよな?

 バッチーン!!!

 いきなりサイモンの張り手がヒロの背中を襲った。

「急に物思いに耽ってんじゃねーぞ!元気を出せ、坊主!!」

「げ、元気だって!ちょっと考え事をしてただけだから!オ、オドロカセンナヨ・・・」

「神様になったからって天国に行くってわけじゃねーんだろ?」

「行かねーし。」

「なんか特別にしなきゃなんねー使命みたなもんがあんのか?」

「そんなもんねーし。」

「なら今までと何も変わんねえだろ。俺はお前の雇用主で、お前はただの雇われ

坊主だ。で、なんだ?他種族との共存だったか?その計画を俺の仕事をしながら

進めていくんだろ?違うか?」

「違わないけど。」

 「いや、そうもいくまい。」

 ヴェスタが王座から降りて来た。

「これよりブルク村のエレナを召喚し、其方を鑑定させる。先程の其方の発言が真か

どうかを確かめ、其方がもはや人間ではないとの証明がなされれば、それ相当の対応

が必要となろう。其方は我々人間族とって初となる「神」たる御方、信仰の対象とな

る御方なのだぞ!!」

「面倒くせーな。」

「面倒くせーし。」

「面倒臭いとは何だ面倒臭いとは!」

「あ、いや・・・待てよ。・・・逆にこの機会を利用したらいいのか・・・」

 そういうとヒロは黙り込んだ。





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