第9章 謁見



 翌日 王城デヴァン 主門前-


 豪奢な馬車が宮殿に入り、大階段前に横付けにされた。

「ようこそおいで下さいました。御仁、お手をどうぞ。」

 到着した鏡の森の鎮守様を迎えに出て来ていた小太りの外交長官が、ホロ老人

に手を差し伸べる。

「いや、大丈夫!」

 老人は長官の手を取る事無く、王宮貴賓馬車の客車から元気よく飛び降りた。

「お、お若いですね!」

「まあねー。」

 外交長官はやけに元気な老人の後ろ姿を驚いたように見つめると、王城の正面口

に向かう大階段を颯爽と駆け上がって行く老人の後を追いかけた。

「わ、私はクリシュナ王国、外務局外交長官のローウェルと申します。・・・ハァハァ

・・・ど、どうかお見知りおきをっ・・・。」

「どーもホロです。鏡の森の鎮守してますー。」

「お、お名前は、・・・ハァハァ、かねがね・・・」

 ローウェルは大階段を2段飛ばしで上り続ける老人に追いつくのに必死で、完全に

息が上がってしまった。

「お体ぁ・・・ハァハァ・・・鍛えてらっしゃる、・・・のですね、・・・ハァハァ・・・」

「おにーさんも体を鍛えた方がいいねー。若いのに太り過ぎると早死にするよー。」

「は、・・・はいっ!・・・肝に銘じ・・・ハァハァ」

 階段を登りきったヒロの目に、薄緑色の半透明の光幕に覆われた城の正門入り口

が見えた。

「薄緑・・・感知式の排除防御結界か。何を感知してんだろ?」

 ヒロの眼が赤く光ると共に看破が発動する。

「・・・敵意、悪意、殺意、犯意か。へー、なかなかよく出来てんじゃん。」

 少し待っているとローウェルがふらつきながら上がって来た。

「お、・・・お待たせし、しましぃ・・・ハァハァ・・・た、」

「正面入り口に結界張ってあるけど、通っていいんだよね?」

「は、・・・はひっ!ど、・・・どうぞ!」

 ヒロが歩を進め、薄い水の膜のような結界を通り過ぎる。

 正面入り口から続く薄暗く短いトンネルの先に、温かな光に包まれた幻想的な

美しさの特大のエントランスホールが見えた。

 ホールに足を踏み入れた瞬間、甘いボロニアの花の香りが鼻を擽る。

「うわー・・・。すっげー・・・。」

 繊細な彫刻が刻まれた大柱が並び、美しい大噴水と意匠を凝らした数々のオブジェ

や自然を取り込んだ荘厳な大螺旋階段、もはや天井と言っても過言ではない程に大き

な天窓は、自然の太陽光を取り込んで優しい暖色の空間を造り出していた。

 そして、見るからに高そうな服に身を包んだ人々が、優雅に歩きながら行き交って

おり、所々に銀製の鎧を身に着けた王宮近衛騎士が微動だせず、まるで彫刻像の様に

立っており強い存在感を放っていた。

 数多の吟遊詩人に唄われて来たクリシュナ王国の王城・・・デヴァン宮殿内の荘厳な

雰囲気に圧倒されて思わずヒロは立ち止まった。

「私めが謁見の間までご案内致します。どうぞこちらでございます。」

 周囲の人々の視線を気にしてか、必死に息を整えながら涼しい顔を作りつつ、

ローウェル長官が一歩先導して歩き出した。


 その道中に基本的な礼儀作法を口頭で教えてもらいながら、2人は謁見の間の

入り口に到着した。

「鏡の森の鎮守様、ホロ殿のご到着です。」

 入り口の扉の両脇に立つ近衛騎士にローウェルが伝えると、騎士の一人が滔々と

読み上げるように復唱し、それに続いて重厚な木扉が音も無く滑らかに開かれて

いく。

「ホロ殿、ご案内はここまでとなっております。さあ、どうぞ。中に入って王の御前

までお進みください。」

 ローウェルの声に背中を押され、謁見の間に足を踏み入れると、ヒロの背後で

静かに扉が閉まった。

 足元の深紅の絨毯の先に祭壇の様な王座が設置されている。

-くうう。・・・・・・き、緊張するぅ・・・。

 ヒロは深紅の絨毯の端に行き着くと、床に片膝を付いて俯いた。

「ブルク村のヒロでぃす!」

 開幕、ガッツリ噛む。

「ヴェスタ王の御前である。フードを取りなさい。」

 王の隣に立つ秘書官らしき女性が声をかけた。

-あ!しまった!

 ヒロは慌ててローブのフードを下ろした。

「む?其方は?」

 王の声が頭上から聞こえて来る。

「え?」

 顔を上げなさいと言われるまでは顔を上げないで、とローウェルから釘を刺されて

いたのも忘れてヒロは王を見上げた。

 どことなくサイモンに似たイカツい雰囲気の壮年の男が、王座に座ったままこちら

を見つめ返している。

「其方って、俺の事っすか?俺、ヒロっすけど。ブルク村の。・・・あれ?俺、王様に

呼ばれたって聞いてここまで来たんだけど・・・」

 王は少し前屈みになってヒロの顔をまじまじと見つめた。

「いや、当該の者は成人間際の齢と聞いておったのだが・・・」

-あぁ、、、

「さーせん。偽装したままだった。」

 一瞬でローブ姿の老人が小綺麗な恰好をした美麗な少年の姿に変わった。

「お!?」

「え!?」

 王と秘書官が驚いたように固まった。

「そ、そうか!姿形すがたかたちを変えておったのか!」

 王が下顎をさすりながら笑う。

「うっす。」

 ヒロも慣れない愛想笑いを見せながらも、緊張で顔面をヒクつかせた。

「答えよ、ヒロ。其方が鏡の森にて二千の竜、そして四万の魔を一人で討ち祓った

というのは誠か?」

「誠っす。」

 秘書官が困惑して思案顔になるも、すぐに感情を殺して王に無言で頷いて見せた。

-あー、この秘書官さん心眼の祝福持ちか。俺の返答の真偽の判断してたんだな。

でも、何も見通せない事に驚いて、ごく表面的な部分で判断した・・・か。

「よろしい。では、其方はこの王国で・・・いや、人類の中で最強の者となる訳だ。

ならば少し試させてもらおう。シエンをここに!」

 王の呼びかけで右の壁の大柱の間に垂れ下がっていた深紅の仕切り幕が開き、

聖クリシュナ王国騎士団近衛部隊総司令官、アズマ・シエンが姿を現した。

 そしてヒロに軽くウィンクして見せると、颯爽とマントを翻してヒロの隣で王の

前に跪く。

「シエンよ、今この場で「鏡の森の鎮守様」と謳われるこの少年の力量を量って

みせよ。」

「御意に。」

 アズマが立ち上がり、王座前から離れて謁見の間のほぼ中央まで歩いていく。

 そしてヒロの方を振り返った。

「ヒロ殿、私と軽く手合わせをお願い出来ますか!」

「え?いいすけど・・・」

 ヒロも立ち上がって中央に向かう。

 昨日のアズマとは装備が違っている事に気が付いた。

 見事な金色の紋様が刻まれた銀の鎧一式、そして薄っすらと炎を纏った厳つい大型

の戦斧。

-あれって確か、魔装フォングと紅牙斧だっけ・・・。お買い上げアザマ-ス。

「では、どちらかが明らかな有効打を繰り出すか、相手が戦意を失うまで。ただし

互いに攻撃は極力寸止めとする。それでよろしいですか?」

 肩を慣らしながらアズマが問う。

「うい。いいすよー。」

 ヒロの返答を聞いてアズマの体から無色のオーラが立ち昇り、僅かに周囲を揺ら

めかせた。

-おー、力の護符と・・・魔装についてた聖属性魔法の「天華」で身体強化済みか。

・・・奴隷の祝福効果も4つ付いてる。戦斧に付いてるのは疾駆の祝福か。

「ヒロ殿、武器はどうされますか?」

「あ、いらない。格闘術でいくねー。」

「あの、いきなり抽出とかは無しですよ?自分、死にたくないので。」

「しないしない。自分、捕まりたくないので。」

 アズマがクスリと笑う。

「では。・・・参る。」

 驚異的な速度で走り込んで来たアズマが戦斧の背でヒロの胴を薙ぎ払う。

 奇襲が成功し確実にヒロを捕らえた、と判断してアズマが寸止めしようとした

瞬間、既にヒロはアズマの背後に立っていた。

 瞬時にヒロの位置を察知したアズマは、目線を向けるよりも早く裏拳をその顔に

目掛けて叩き込もうと体を反転させた。

 しかし、ヒロはその裏拳を軽々と受け止め、足を払ってアズマを引き倒す。

「クッ!」

 後転して受け身をとりながら素早く跳ね起きると、アズマは常人の目では追えきれ

ない速さで一気に距離を詰め、寸止めも忘れて気合と共に全力で戦斧の先を突き出

した。

 ヒロは斧の先端を指で摘まんで引き寄せながら再びアズマの足を払う。

「っ!!」

 体勢を大きく崩したアズマはギリギリの所で再び受け身を取り、顔面から床に

無様に突っ込むのを回避する。

 そして肩を落とした。

 確実な死を感じさせる凶悪なヒロの回し蹴りが、眼前で寸止めされていたから

である。

「・・・参りました。完敗です。」

「よい!それまでっ!」

 立ち上がって見ていたヴェスタ王が声を上げる。

「両者、前に!」

 ゆっくりと王座に座したヴェスタの前にアズマとヒロが跪いた。

「シエンよ、どうであった。」

「ヒロ殿は無手で第7類強種を瞬時に屠る御方。そう確信致しました。」

「ふむ。」

「敵の死角に回り込む嗅覚と移動速度。攻撃を見切り、躱す神業の如き体捌き。

全てを見通していたと言わんばかりの戦いの組み立てとその状況判断。・・・近接格闘

戦に特化している獣族の王達、近接法術戦に長けた歴代の魔族の王達をも凌ぐと判断

致します。加えて、・・・最後の蹴りの威力たるや、五大種族最強と謳われる竜王達の

狂突進攻撃を軽く超えていると考えます。まさに神の一撃、「神撃」と呼んでも過言

ではないかと。」

「そうか。・・・大儀であった。下がってよい。」

「はっ!」

 アズマが立ち上がると隣のヒロに握手を求めた。

「完敗です、ヒロ殿。」

 ヒロが握手に応じる。

「どもども。」

「ではまた後程、お会い致しましょう。」

 そう言って微笑み、近衛騎士団の総司令官は踵を返して深紅の間仕切り幕の向こう

に姿を消していった。

「ふむ。其方の力量はよく分かった。・・・では今一度、其方を試させてもらうぞ。」

-は?まだなんかやんの?

「衛兵、連れて参れ!」

 王の声が謁見の間に響き渡ると、深紅の間仕切り幕から屈強な近衛騎士2名に

引き立てられながら、細身の白髪の男が現れた。

「お、王よ!どうか、この私に弁明の機会を!!」

 男は必死に声を上げるが、勝手に喋るな!言わんばかりに、近衛騎士達が男の

上半身を強引に床に抑えつけた。

 男は高そうな濃紺のスーツを身に着けているが、釦は取れ、髪は乱れ、手首と

足首には真新しい鉄枷の痕がくっきりと付いている。

「この男は一昨日までは王国で由緒ある上流貴族、モン家の伯爵であった者だ。

しかし今や爵位と家名を剥奪された重罪人である。・・・数日前、タオタの丘で其方達

を襲撃した傭兵団を雇ったのはこやつだ。名はエド・サヴェントス・モンという。」

「あ、エドか。えっらいボロボロでわろた。」

「許さんっ・・・許さんぞ貴様あぁ・・・」

 必死に声を絞り出し、騎士達に床に組み伏せられながらもヒロに憎悪の視線を

向けるエド。

「絶対にいぃ許さ・・・」

 一瞬、ヒロの右眼が赤く光った事に気付き、男は思わず言葉を飲み込んだ。

「この者は調査、判定、審問、及び心眼の祝福を持つ四大陪審官達により、全てが

白日の下に晒されて尚、己が罪を認めようとはしなかった。もはや更生も期待出来

ぬと判断した。ヒロよ、後は其方の好きにするがいい。この王国では力ある貴族と

いえど、決して罪から逃れる事は無い。厳格かつ公正に法は適用される。」

 ヴェスタ王が少年を見つめた。

-さて、この少年はどうする?・・・恨みを晴らして力を示すか、それとも憐みを口

にして悦に入るか・・・

「え?俺の好きに?・・・えーと、王様。・・・王様は大貴族でもちゃんと断罪する公正

な人間だって俺に分からせたい。そういう事っすよね?」

 ヴェスタは眉一つ動かさず、黙ったままヒロを見つめた。

「その意味じゃ俺は王様を尊敬出来ますよ。でも、こいつをどうこうするのは俺じゃ

なくね?俺はただの被害者で、刑を決めるのは王国の司法省、刑を執行するのは

司法省か騎士団っしょ。こいつにだけ私刑が許されるのは公正じゃなくね?・・・もう

一度聞くけど、公正な王だって俺に分からせたいんすよね?」

「若者よ、言葉を慎め!」

「よい。正論だ。」

 王が秘書官を止めた。

「ヒロよ。・・・成人を迎えた暁にはこの王宮で私に仕えぬか?」

 少年は黙って首を横に振った。

「ディオンが・・・ブルクがそんなに良いか。」

「うっす。」

「・・・そうか。惜しいな。」

「仕事も決まってるっす。もう契約?もしたし。」

「サイモンの駒になるという話なら聞いておる。」

-こ、駒ぁ?・・・まあ確かに駒みたいなもんだけど、他に表現があんだろ・・・

「そ、そっすか。」

「完全にあやつに先を越されたわ。・・・あまり気分が良いものではないな。」

-ん?あやつ?・・・まさかサイモンのおっさんと個人的な知り合い?

「あやつは私の甥だ。」

「・・・ぇ?」

「それと私は洞察の祝福を得ておる。其方は考えや思いがすぐに表情や仕草に出て

しまうようだな。言葉以上に思いを雄弁に語っておる。非常に分かり易い。」

-え、うそ・・・。熟練度の差とか関係無く色々バレるやつや・・・あ、ヤベ。

 ヒロが大きく息を吸う。

「なんか色々すんませんっしたああっ!!」

 ヒロの声が謁見の間に響き渡った。



 夕刻-

 鏡の森の鎮守様歓迎式典会場。

 王都の西側中央に聳える古城モリスの大宴会の間にホロ老人の姿があった。

 その隣には専属秘書官の様にミヅキが控えている。

 そして今、上級貴族のジンジャ―家のライオネット公爵がヒロに取り入ろうと、

必死に猛アタックを試みていた。

「今申し上げましたエスタ倶楽部というのは、王国の上級と呼ばれる12貴族の中

でも宮廷貴族のみで構成された、非常に格式高い非公式団体でありまして、えー、

偏に・・・」

 誇りと自尊心に満ちた仰々しい言動にやっと慣れ始めたヒロが、珍しい生き物を

見るような目で男を見つめた。

「ほーん。宮廷貴族って何すか?」

「え?あ・・・宮廷貴族とは、ただの貴族ではなく、王国から宮廷官職や宮廷政務職を

賜っている貴族の事を指します。由緒ある一流の貴族でありながら優れた議族でも

ある。それが宮廷貴族です。・・・この聖クリシュナ王国において、我がジンジャー家

を含めたった8つの血筋だけが名乗る事を許された尊号、王国貴族界における最高

の栄誉といえましょう!」

「へー。であるか。」

「実は来月、そのエスタ倶楽部の創設150周年の記念式典が内々で開かれる予定

です。是非ともホロ殿を主賓としてお迎えしたいと考えておりまして。」

「あー、さすがに無理っす。俺、地元に帰って狩りとかあるんで。」

-か、・・・狩りっ!!

 ライオネットが息を飲む。

-またすぐに魔族を殺して回るというのか!!この御仁!!

「そ、そうでしたか。・・・さすがは古の森の鎮守様として名を馳せる御方。今のホロ

殿のお言葉、心から感服致しました。・・・大変残念ではありますが、主賓招待の件は

潔く諦めましょうぞ。」

-感服した?・・・まさかこのおっさん、俺達一般人が動物を狩ったり飼育したりして

市場に出してるから肉を食えてるって知らなかったのか?

「今後のご活躍を期待しております。また、聖器、特に聖弓か聖弩、あと水と火宝玉

などで良い出物がありましたら、いつでもこのライオネットにお声掛け下さい!」

「そろそろよろしいでしょうか、ライオネット公爵。私も鎮守様にご挨拶をしたい

のですけど・・・。」

 ライオネットの背後に純白のローブ姿の上品そうな老婆が従者と共に立っていた。

「これはサラ大司教様、お久しぶりでございます!」

 ライオネットとミヅキがほぼ同時に老婆に対して深く頭を下げた。

「賓客を独り占めしてしまい申し訳ない。私はこれにて。」

 公爵がいそいそと退散していく。

「初めまして、鏡の森の鎮守様。・・・ホロ様とお呼びしてもよろしくて?」

「よろしくて。」

「フフ。楽しい方でらっしゃるのね。」

 大司教がクスクス笑う。

「私は聖天マドラス教会のサラ・イルマと申します。以後お見知りおきを。」

-ん?この人が着てるローブって・・・

「サラさんって、マドラス教会で偉い人なんすか?」

「ホロ様。サラ大司教様はマドラスの12使徒のお一人で、聖天マドラス教会の

祭事を全て取り纏めておられる御方です。」

 ミヅキがそっと耳打ちする。

「偉いかどうかはさて置いて、神に仕える者としてはまだまだ未熟者です。」

 サラが手で口元を隠して苦笑した。

 老婆の嫌味を感じさせないそんな仕草まで様になっている。

-天族って噂のアブルは枢機卿だっけか?

「えっと、枢機卿ってサラさんよりも偉い人?」

「立場的には私共、大司教の纏め役が枢機卿とお考え下さい。・・・マドラス教会の

位階にご興味が?」

「あ、いや・・・爵位とか尊号とか位階とか、普段耳にしない単語ばっか聞いてるから

さ。ちょっと気になっただけ。」

「ああ、そうでしたか。・・・聖天マドラス教会は現在、大陸全土で7人の司教、3人

の大司教、1人の枢機卿がおりますの。そしてそれらの者を一手に纏める者が教皇に

ございます。ご参考までに。」

「へー。」

-あー・・・、合計12人だ。マドラスの12使徒ってそういう意味ね。・・・なら枢機卿

のアブルは教会内じゃ二番手か。超偉いさんじゃん。

「あのさ、もう一つ聞いていい?」

「どうぞどうぞ。そんなに私共に興味を持って頂いて光栄ですわ。」

「サラさんは奴隷ってどう思う?であるか?」

「え?奴隷・・・でしょうか?」

 サラがゆっくりと聞き返して来る。

 その声音に、慎重さや保身が宿っているのをヒロは敏感に感じ取った。

 今の質問は、サラが着ているローブが非常に高性能な聖装であり、10を超える

誓約奴隷の祝福効果が付いている事に気付いたが故の質問だった。

「そうですね・・・。人は神の御前では全て平等です。故に奴隷を見下す事はマドラス

教会では非としております。」

「見下さなくても奴隷を利用したり搾取するのはいいの?」

 ホロ老人の視線が自分のローブに突き刺さっている。

 サラはヒロの質問の意図にやっと気が付いた。

 強力な鑑定阻害の効果を持つ「ドイルの指輪」をはめているのにも関わらず、この

ローブに起因する複数の祝福効果を見抜かれた、・・・つまり複数名の誓約奴隷を所有

している事を知っての質問だという事を、サラは理解した。

「人間とは、各々の職や祝福を持ち、互いに利用し利用されながら生きていくもの

です。それを否定する教理はございません。ただし、それに伴う差別や不公正を認め

るわけには参りません。」

「ほー。でも、それは詭弁であるな。」

「と仰いますと?」

「奴隷達とあんたは「互いに利用し利用され」なんかしてねえじゃんって事。教義

上、差別はしてないかもだけど不公正ではあるよね? 奴隷側が一方的に利用されて

んだもん。しかも本人の意志に関係無く、強引に、不条理にさ。搾取されてるのは

奴隷の側だけっしょ。違う?」

 サラは必死に温厚な笑みを作って黙り込む。

「んじゃあ聞くけど、「それに伴う不公正を認めるわけにはいかない」ってさっき

言ってっしょ。それってどういう意味?奴隷は感情も体調も無視されながら、命を

削って丸一日労働させられて、従順と忠誠が強制された挙句、祝福まで主人に奪わ

れてるんでしょ?公正って何?質素で不味い飯が二食食える事?臭い寝床があるっ

て事?ごくたまーに水浴びが許される?それって公正って言えんの?それとも何?

あんたが抱える14人の奴隷達は、あんたと同等に扱われてたりすんの?あんたは

奴隷の命をかけた働きと犠牲に見合う「対価」を払ってるわけ?んな事無いよね?

14人分の対価とか払ってたら、早々に破産しちゃうもん。だからさ、それって公正

でも無いし、「互いに利用し利用され」でもなくて・・・一方的に利用してるだけだよね

って話。完全に「搾取」だよ、それ。」

「話題を変えて・・・少し落ち着きませんか?ホロ様。」

 サラは周りの空気を読み、勤めて朗らかな声で話しかけた。

「ん?・・・おっと、そうであるな。少し感情が入ってしまったか。失敬失敬。・・・とき

にサラさんは知っているだろうか。奴隷商に動物みたいに追いたてられ、脅され、

殴られながら必死に生きている子供達を。」

「え?・・・はい、存じております。本当に・・・心が痛みます。」

「あんたが信じてるマルドゥクスは、世界に差別を生み出す「奴隷」制度ありきの

装備を造ったんだが。つまり、奴隷制度を作ってその存在を許容している張本人だ

って事。何を言ってもその事実に変わりは無いからな。あんたはその神様が造った

理に則って、今も多くの弱者から一方的に搾取して楽しく豪華に生活している。その

事は覚えといてくれよな。その事実を詭弁なんかで歪めんなよ。」

 ヒロは今まで溜っていた心の滓を全て吐き出した。

「ホロ様・・・。それ以上は。」

 ミヅキがヒロの耳元で囁く。

 二人の会話の雰囲気の異変に周りがそれとなく気付き出し、チラチラ視線を感じ

出したところであった。

「ホロ様、私もひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「どうぞー。」

 サラは温かな笑みを浮かべながら、感情を押し殺した冷たい視線を向けていた。

「人が奴隷に堕ちる責任を神に問う事は出来ませぬ。業とは神ではなく人が勝手に

生み出し背負うものだからです。」

「それは論点のすり替えだよ。あんたが言ってるのは奴隷落ちの責任。俺が言ってる

のは奴隷制度の創設と奴隷制度運用における公正さ。そんな事を言いだしたら、神

が奴隷制度を作らなきゃ、そもそも奴隷落ちする人間もいないわけで。責任論で

追及するんなら一番上までいっちゃうよ?それに奴隷の子供も奴隷になるけど、赤子

が、幼い子供がどんな業を生み出したってんだ?アホぬかせ。」

「そうですわね・・・残念ですが非常に説明が難しく思えます。ただ、お考え頂きたい

のですが、ホロ様も我々も、そして奴隷に堕ちた人々も、その全てが創造神たる

マルドゥクス様からの憐み深い贈り物である「祝福」・・・前世の能力を授かっている

のではないでしょうか?それを公正といいます。」

「それが何?」

「天族の神であり、全ての被造物の父たるマルドゥクス様は・・・そういう平等を大変

重んじる慈悲深き神だという事はご理解下さい。あと・・・」

 サラが微笑んだ。

「申し訳ありませんが、私は「審判」の祝福を賜っておりまして・・・、自分の意思に

関わらず見えてしまうのです。他者が持つ徳と罪、そして・・・命と運命の「境界線」が。」

「ほーん。」

「どうやらホロ様のお言葉は様々な点で「人」の境界を越えておいでのようです。

時としてそれは、罪や死の災厄の元ともなり得ます。・・・どうかご留意下さいます

よう。」

-へー、ここで脅すんだ。

「死の災厄か。そんなもん軽く捻り潰してやんよ。・・・たとえ相手がマルドゥクス

でもな。」

 被っていたフードを軽く押さえてヒロが笑う。

 目深のフードの奥には老人ではなく黒髪の少年の顔。

 そしてその右眼は竜眼が炎の様に妖しく光り、左眼は魔眼が青白い炎の様に怪しく光っていた。更にその額には邪眼と呼ばれる第三の眼が開き、その瞳孔は緻密な法陣

を描いている。またフードを押さえる右手の甲には死の象徴とされる鬼眼が開き、

瞳を中心に異形の文字がとぐろを巻いて溢れ出していた。

 そして、そのどれもが、この瞬間にも敵たる眼前の老婆を食い殺そうと余りにも

凶悪な視線を向けている。

 少年が舌を出して残酷に笑った。

「っひぃ!!」

「サ、サラ様?」

「どうかなさいました?」

「ひっ・・・・・・い、・・・いえ、・・・だ、大丈夫です。取り乱しました。ごめんなさい

・・・」

 サラは震えだす手を必死に抑えつつ、従者の肩越しに怯えた目をヒロに向けた。

 そこには、ただの老人の冷淡な眼が自分を見つめているだけだった。

 そして老人が悪戯っ子の様な笑みを浮かべる。

 その瞬間、立て続けにヒロの威圧と威格強制がサラを射抜いた。

「ひぃっ!!ひぃぁ・・・」

 サラは思わず頭を抱えてその場に蹲ってしまう。

「サ、サラ様!?大丈夫ですか!?」

「サラ大司教!?すみません、どなたかっ!!」

 周りに助けを求めつつ、サラの従者とミヅキが老婆の傍に駆け寄り、その肩を

抱いた。

「お赦し下さい、鎮守様。わ、わ・・・私はっ・・・貴方様に敵対するつ、つもりなど

毛頭も-」

「おやおや!?何事か??大丈夫であるか、サラ殿?」

 無関係を装いつつ、サラの言葉に割って入るホロ。

大司教の老女は身を震わせ、今は押し黙るべき時である事をその視線から察した。

「あ、い、いえ・・・ご、ごめんなさい。・・・その、ちょっと急に眩暈が・・・して。」

「あー、それはいかんすねー。お大事にー。」

「偉大なるホロ様、我が主人サラ・イルマ大司教はご覧の通り体調不良のようです。

本日はこれにて失礼させて頂きたく存じます。また近いうちに改めて謁見の機会を

賜りたく・・・。では急で申し訳ありませんが。」

 サラの従者がヒロを警戒しつつ腰を落として会釈をし、サラを支えながら出口に

向かおうと歩き出した。

 すれ違いざまにホロがサラの耳元に口を寄せる。

「お前が「境界」を越えた罰だ。」

 ホロが微笑む。

「さてと、ミヅキさんや、腹減ったんだけどなんか食わね?・・・うっ。」

 やっと席が空いたと言わんばかりに、次の人々がホロを取り囲み必死に話しかけ

だした。

「サラ様・・・。」

「・・・分かっています。」

ーまさか・・・まさかこんな事になるなんて。

 サラは、誓約奴隷の証である奴隷刻印が、制的に刻まれてしまった己の右手の甲

を、従者にも気付かれぬようにローブの袖で隠した。


「ただいまー!」

 ヒロが空間転移を使って王都から帰って来た。

 歓迎式典後に王宮と経連と騎士団から新たな錬金、錬成の依頼などが急に入って

ほぼ半月ぶりのブルクである。

 保護院の玄関の扉を閉めたところで奥からタツミが顔を出した。

「お!やっと帰ってきたか!お帰りっ!!・・・あれ?ヒロ、少し見ないうちに背が

 伸びてないかい!?」

「2週間くらいでそんな変わんないよぉ。」

「そうかな・・・。おっと、今お茶を淹れるところだったんだ。手を洗っておいで。」

「はーい。」

 食堂に顔を出すと、お気に入りのブランケットに包まってネルが長椅子の上で昼寝

していた。

「エレナは買い物?」

「今、出かけているよ。実はヒロが向こうにいた間に色々と面白い事があってねー。

さてと、どこから話したものか・・・。」

 裏庭で採れた香草で淹れたティーがヒロの前に置かれた。

「あー、この匂いだ。」

 爽やかで深みのある柑橘系のハーブが香る。

「それで王都はどうだった?」

「あ、うん。経連と契約したよ。物も高値で売れたし、知り合い・・・人脈?ってのも

結構出来たかな。ま、言う事無し。完璧!」

「おお、うまくいってよかったね!ヴェスタ王との謁見はどうだった?王はご健勝

だったかな?」

「あー、王様なー。元気ってか、顔はツヤツヤしてた。まー悪い奴って感じはしな

かったかなー。なんか俺の事を色々調べてたみたいだけど。」

「調べる?」

「うん。なんか色々と俺のこと知ってたし。それに、其方を試す其方を試すって

しつこくてさー。こいつ病気か?って思った。」

「こら!」

「だって本当なんだもん。・・・あ、それで王様がこれをタツミに渡せって。」

 ヒロが足元に置きっぱなしにしていた荷袋から、書類らしきものが入った厚めの

大きな封筒を取り出した。

「えっ?私にかい?」

「うん。タツミにって。」

「ほ、ほう・・・。」

 タツミが封筒を受け取る。

 裏側には丁寧に蝋印による封がなされており、蝋印の中央には王家の紋章である

巨鷹の精巧な型が浮かび上がっていた。

「これは・・・開けるのがもったいないくらいに見事な蝋印だね・・・。ほら見てごら

 ん。」

「ん?ふむー。」

 タツミは暫く印を見つめ、思い切って蝋を押し潰して封を開け、中の書類に目を

通していく。

 そして固まった。

「王様、なんて?」

「特別給付金の支給に関するお知らせ・・・だ。」

「え?それって、お金をくれるって事?」

「そうだね。これから毎年、セイン純金貨2枚がこの保護院の運営資金として給付

 れるって。」

「でええぇいっ!?すっげえじゃん!!」

「それに・・・領主様に毎年払っていた村民税も、払わなくてよくなったみたいだ。

あと、この土地と建物も王様が家主から買い取ってから無償譲渡して下さるって書い

てあるね。つまり、もう家賃も払わなくて良くなる。・・・こ、これはすごい待遇だ

な。」

「俺さ、あの王様はなんかこう・・・ちょっと違うなって思ったんだ。やっぱ出来る

やつだったかー。」

 ヒロが腕組みをして頷いた。

「それと、これは俺からね。」

 ヒロが荷袋から赤く染めた大きめの重そうな革袋4つを取り出してタツミの前に

置いた。

「何だい?これ。」

「セイン純金貨3200枚。さっき言ったっしょ。高値で売れたって。これでも

前金?らしいよ。とりあえずこれはタツミが使って。」

「さ・・・さん・・・」

 タツミが深呼吸を繰り返して窓の外を眺め、そしてヒロに視線を戻した。

「ありがとうね、ヒロ。・・・でもこのお金は受け取れない。それに王様からのお話も

全てお断りするつもりだ。」

「え!なんで!?」

「これはもうずっと前から決まっていた事なんだけどね、来年の初めにディオンの街

に聖天マドラス教会が運営する立派な児童保護院が出来るんだよ。それにエレナも

ヒロも来年の秋までにはこの保護院から巣立って行くだろ?だから・・・院としては

一区切りがつく事になる。」

 突然の話に驚き俯いたヒロの頭をタツミが豪快に撫でた。

「だから、タツミ保護院の最後の一人は僕が引き取って、ここは来年の秋で閉めよう

と思っているんだ。なーに、ネル一人くらいなら食わせていけるさ。心配ないよ。」

「でも、お金も寄付も受け取らずに、ここも閉めちゃってどうやって生きていくん

だよ。家は?仕事は?」

「家はエテロさんが離れの古家を貸してくれるみたいなんだ。住んで古家の手入れを

してくれるなら無料でいいって言ってくれていてね。仕事はブルク村の守衛に応募

しようと思ってる。ほら、村の守衛だったジーグさんが腰を悪くして辞めてから、

ずっと次の守衛が決まっていなかっただろ?村でも問題として話し合っていたところ

なんだよ。それに・・・何なら、冒険者に復帰するって手もあるしね。仕事は全然大丈

夫だから。」

「タツミ・・・」

「ヒロ。10年前に起きた飢饉でこの保護院は必要になった。でも今はそうじゃ

ない。この院の役割と責任は十分に果たしたと僕は思っているんだよ。」

 タツミが迷いのない目で微笑んだ。

「閉院についてはいずれ皆に話そうと思っていたんだけどね。」

 ヒロが俯いた

 俺がとやかく言える事じゃない。・・・そんな事は分かってる。けど・・・



 今から10年前、大量発生した魔虫が農作物を食い荒らし、その糞が土壌を汚染

した事により、ディオン地方一帯で大飢饉と疫病が発生した。

 急激に増えたブルク村の孤児達が悪質な奴隷商達に目を付けられた事に気付き、

子供達の窮地を救ったタツミは、これまでの冒険者生活で蓄えた私財を全て投げ売

ってブルクに児童保護院を立ち上げ、親族や引き取り手のいない孤児達を一手に受け

入れたのである。

 とはいえ多くの働き手と田畑を失った村で、私設保護院の運営は決して楽なもの

ではなかった。

 生き残ったブルク村の住民達は、自分達の生活も苦しいながらに保護院に作物や

収穫物を分け与え、そうした善意の支援を10年来続けて来ていたのである。

 無論、少しでも自活しようとタツミ保護院でも裏庭でハーブや香味野菜を育て、

ディオンの街へ売りに出ているものの、大した儲けになるはずもなく、村の厚意に

甘えつつ、タツミがお返しにと農家の手伝いをしたり、子供達が狩りや採取で食材

を調達しながらギリギリの運営を続けて来ていた。

 何の見返りも求めず、何も受け取らず、ただ保護院を温かく支え続けてくれている

村の皆の事を思うと、もはやその役割は果たしたとして保護院を閉めるというタツミ

の決断も、決しておかしなものではなかった。

「いつか言おうと思いながら、ずるずると来てしまってね。・・・良い機会だ。今晩に

でも皆に話す事にするよ。」

「・・・そ、そっか。」

-だめだ。俺が落ち込むとタツミが気にする。

 ヒロが溢れる感情を必死に押さえ込んで顔を上げると、タツミが優しい目で見つめ

ていた。

「いつの間にか男の顔をするようになっていたんだね。・・・僕の自慢の息子だ。」

 少年の目から涙が零れた。



「それとだね!なんと、ヒロがいない間にエレナの仕事が決まったんだよ!」

 ヒロが落ち着くと、勤めて明るく振舞おうとしてタツミが笑った。

「えっ?」

「一週間ほど前になるんだけど、いきなりディオンの経連支部から代表団の方々が

エレナに会いたいって保護院に来られてね。・・・そりゃーもう、どこかの国のお姫様

を扱うように礼を尽くして「エレナさん、貴方が欲しいのです!」「ぜひうちで働い

てもらえませんでしょうか!」って、凄かったんだから!」

「経連が?」

「うむ!それだけじゃないぞ!今後は保護院に多額の寄付を定期的に行うし、無料

で保護院の大規模改修工事と、保護院と川をつなぐ農道の補修工事までしてくれる

って言うんだ!あ、もちろんそういう保護院への援助の部分は全て丁寧にお断りした

けどね。」

「なんで急にそんな話が・・・」

「多分だけど、経連はヒロと良い関係を築きたくて色々考えて行動しているんじゃな

いかな。まあ、政治や商売の世界じゃあよくある話さ。それにディオンの経連支部

が急遽拡張されるとかで、支部の経理局がちょうど事務関係の祝福持ちを探していた

みたいでね。エレナの「算術」は経理要員にもってこいって事で、「貴方は我が支部

の救世主です!」とか言って・・・ほんと凄かったんだよ!」

「それ、大丈夫なやつ?」

「僕は大丈夫だと思うよ。契約書を隅々まで確認させてもらったけど、説明と違う点

は一つも無かったし、何よりエレナ自身が鑑定の祝福を使って相手の反応とか色々と

調べた上で、契約に応じたみたいだからね。」

「そうなんだ。」

「あとね、聞いて驚くなよ?お給金は年棒制で、なんとセイン純金貨1枚とセイン金貨5枚だそうだ!それに加えて来年のエレナの独り立ちの日に合わせて、経連支部

がディオンの街に侍女付きの豪邸を準備してくれるんだって!」

「はぃ!?まじでえっ!?どんだけ好待遇だよ!?」

「まあ、こんな破格の条件になったのは、それなりの理由があるんだけどね・・・。」

「理由?」

「ヒロがエレナにあげた「鑑定」の祝福がね・・・面談中にバレちゃったんだよ。」

「ぇ?」

「経連側もエレナの能力を把握する為に「調査」とか「分析」の祝福持ちを連れて

来ていたみたいなんだ。エレナの祝福は最上級でも熟練度は低いままだから、相手

さんに筒抜けで見られちゃったみたいでね。エレナは「気が付いたら新しい祝福を

持っていた」で押し通していたんだけどね。」

「ヤッベ・・・経連はそれで納得したの?」

「経連側は、鑑定は算術の派生能力で得たんだろう、最上級なのは獲得時に何らか

の事故が起きたのでは?って事で無理やり納得していたみたいだった。どうやら今、

似たような台本設定の歌劇が王都で大人気らしくてね、題名が「命と死」だっけ?

まあ、何とかその線で誤魔化せたよ。」

「そういや、王都で劇場の宣伝師がそんな感じの台詞を叫びながら人寄せしてた

な・・・」

「ほう。まあでも、国宝とも称される「鑑定」の祝福、しかも最上級だろ?そんな

逸材、王国どころか世界中を探してもいないからね。間違いなく人類史上初の事だろ

うし。そんなこんなで代表団の皆さんも目の色を変えて、エレナの破格の待遇を超

破格の待遇に押し上げたみたいだったね。」

「まあ・・・それなら頷けるか。なるほど。」

「なんだかんだでエレナも入社する事に決めたんだけど、王都の経連本部から来て

いた人事局長とディオン支部の人事部長の間でエレナの取り合いが始まっちゃって

ね・・・。その翌日には王宮とか騎士団とか、貴族の方々やら各種ギルドやら、教会か

らもそれぞれ使者の方々が来院されて、もう村の外まで行列がズラ―ッと出来たん

だから!ズラーッと!!」

「ほへー・・・」

「うちの待遇はどうとか、やれ爵位だの、やれ聖人認定だのって話になって、婚約

だの結婚だのって話にもなったんだけど、エレナが行列で並んでいた人々も含めて

全員村の入り口に集めて一度に全部断ったんだよ。私はお金も名誉も必要ありま

せん。結婚相手は自分で決めます。ディオンの街以上にブルク村から離れた所には

行きません。なのでもう経連支部に就職を決めました。ってね!・・・いやー、ほんと

もう、嵐のような一週間だったよー・・・。」

-あかん。これ・・・絶対エレナに八つ当たりで怒られるやつやん。

「エ、エレナは?」

「今日は経連支部で研修の日なんだ。これからは週に二度、支部に通って色々と研修

を受けるそうだよ。来年ここを出たらそのままディオンに引っ越して、正式に経連の

上級幹部職員として働くことになるんだそうだ。」

「うへぇ・・・」

 刹那-

 

 ヒロは背後から飽和した殺気を肌で感じ取った。

 ちょうど帰って来たエレナが戸口で腕を組み、仁王立ちしていた。



 夜-

「俺からも少し話があるんだけど。皆いいかな。」

 夕食後の食堂でタツミが保護院の閉院に関して皆に話した後、ヒロが何かを決意

したように真顔で話し出した。

「ん?どうしたんだい?」

「なにかしら?」

 ヒロの膝の上に座っていたネルも不思議そうに見上げる。

「王都に行ってさ、俺・・・色んな組織や機関から目を付けられてるって改めて実感

したんだ。期待とか危険視とか、目を付けるっていっても色々あるんだけどさ。これ

はエレナも同じだと思う。」

「そうね。」

「前にカエラさんが言ってたように、俺やエレナを取り込もうとして、ここにいる

誰かが事件に巻き込まれる可能性だって普通にあると思うんだよね。」

「確かにその通りだ。あれからは僕も十分に気を付けているつもりだよ。」

「私は・・・通勤は経連が専用馬車を出してくれて守ってくれてるから大丈夫。それに

ディオンにいる間の私の身辺警護ってもの凄いんだから。ブルクにはタツミもヒロも

いるし、怖いとは思わないけど。」

「うん。でも念の為に保険を掛けときたい。・・・みんなを確実に守りたいんだ。そも

そもの原因は俺だしさ。」

「ヒロが気にする事なんて何も無いんだよ。」

「それを言うなら一番の原因は古竜王だっけ?その急に襲って来た竜でしょうに。」

「んー・・・まあそうなんだけど、でも皆の為だけじゃなくて俺の為にも・・・ここにいる

全員に眷属とか精霊をつけたいんだよ。」

「ん?」

「え?つけるってどういう意味?」

「魔族から奪った祝福を皆に渡したのと同じように、奪った召喚眷属や守護精霊も注入で渡せるんだ。」

「はぃ!?」

「え・・・・・・」

「これからはタツミは村の守衛さんになる訳だし、エレナはいずれディオンで一人暮らしをするっしょ?それまで週2でディオンに通うのに、いくら送り迎えや護衛

があるって言っても、エルダーウルフがいる草原地帯だって普通に通るじゃん?だか

ら最強の護衛をつけときたい。・・・とりあえず、俺の説明を聞いてから判断してもら

ってもいいかな。」

 ヒロが姿勢を正した。

「鑑定とかもそうだけど、他人の個人情報を見たり知ったりする祝福って沢山ある

よね。けど、他人の特殊所有物・・・召喚眷属、守護精霊、誓約奴隷まで見通すには、

どんな祝福であれ最上級まで昇華しないとダメなんだよ。だから俺が眷属や精霊を皆

に渡したとしても、簡単に他の人にバレるなんて事は起きないから。そこは安心して

欲しい。」

「ほ、ほおー・・・。」

「言ってる事は分かるけど・・・」

「召喚眷属や守護精霊は、互いに納得した上で眷属契約、守護契約によって忠誠と

協力を一方的に強制する関係なんだ。ある意味で奴隷と同じ関係性だといえる。

奴隷と違うのは、互いに意思疎通を図りながら親友とか家族みたいな信頼関係が

築けた上で、互いが同意の上で交わす契約関係だっていう点。それだけに、今回は

注入で主人側を強制的に変更させる事になるから、意思疎通は大事にして欲しい

かな。時間がある時は話しかけてあげて欲しいんだ。」

「ほお、・・・ふむ。」

「え?他種族と会話が出来るの?」

「普通に出来るよ。守護精霊は勿論、種族が違う眷属とも会話は出来る。正確に

言うと、言語が違うから会話じゃなくて念話を使うんだけどねー。契約念話って

言って、契約対象としか話せない限定的な能力になるけど、守護契約、眷属契約

状態に入れば自然と身に付く派生能力だから、心配はいらないよ。」

「話には聞いていたけど、契約念話か。・・・うーむ。興味深いね。」

「へ、へー・・・。」

「特徴としては、召喚眷属は眷属がどこにいても呼べばすぐに召喚移動で現れる。

守護精霊は召喚で呼べない分、だいたい主の周りをぷらぷらしてる。召喚眷属は他人

にも見えるけど、守護精霊は基本的に主以外には見えない。見るには心眼とか竜眼、

霊視、超視とか・・・そっち系の祝福や加護が必要になるんだ。勿論、精霊族でも亜人

種とか、化肉化したり実体化している場合は別だけどね。」

「ふむ。」

「・・・うん。」

「あと、彼らと契約を交わして問題になるような事は何も無いからそこは安心して。契約による主への負担や代償、対価、責任は一切発生しない。彼等はそれぞれ自活

しているから世話する必要も無い。・・・で、眷属も精霊も主の要求や指示に従って、

もしくは自発的に、自分が持つ祝福と派生能力を存分に使って主人を助けてくれる。

俺がみんなに付けようと思ってる眷属と精霊は、熟練度が99万を超えてて、祝福

は最上級まで昇華してる状態。保有してる派生能力の総数は80超えてる。一般的

には、災害級って呼ばれてる第7類強種の中でも最上位種に相当する個体ばっか

なんだ。なんてたって魔族の最上位種の王達が所有してた、筆頭眷属や総代精霊達

だからね。」

「・・・」

「・・・」

「あ、あと、この子達がいれば、俺みたいに狩りとか討伐も余裕で無双出来るか

ら。だけど、眷属や精霊を使って他種族を倒した場合、主人が倒した事にはなら

ないんだよ。残念だけど自分の熟練度は上がらないから、そこは間違わないでね。」

「・・・」

「・・・」

「いいかな?」

「・・・」

「・・・」

「よし、じゃ付けるね。」

「待ちなさい!」

「考えさせて!」

 食堂に沈黙が流れる。

 ネルはヒロの膝を枕にしてもう就寝していた。

「本当に安全なんだね?」

「さっき言った通り安全で安心。むしろつけない方が危険で不安。」

「私やネルが主人でも・・・大丈夫なのよね?」

「超絶大丈夫。でも、悪い事に使わないでね。」

「使わないわよっ!」

「ヘイ。」

「その子達を僕達に渡してしまって、ヒロは困ったりしないのかい?」

「ん?俺は眷属とか精霊とか関係無く、もうありえんくらい強くなってるから。眷属

も精霊も守護のしがいが無いみたい。暇すぎて辛そうにしてる。見てて少し可哀そう

かなって。」

 タツミとエレナがクスクス笑う。

「じゃ、お言葉に甘えてお願いしようか!・・・いいよね、エレナ。」

「うん・・・そうだね。ありがとう、ヒロ。」

「こちらこそだわ。これでサイモンのおっさんの依頼を安心して請けられるわ。仕事

中は遠出もあるから毎日ブルクに戻って来れる訳じゃないみたいだしさ。・・・やっぱ

心配じゃん。」

 ヒロはネルをソファーに寝かせて立ち上がった。

「ネルにはシルヴィアが良さげだな・・・。この子は母性が強い精霊でね、きっとネル

を溺愛してくれると思うんだ。人間の子供が珍しいみたいで、今もずっとネルの近く

をウロウロしてるし。」

 ヒロが魔双樹の精霊シルヴィアをネルに注入した。

「エレナには守護精霊のヴォ―ドと召喚眷属のアデリア。」

「う、うん。え?2つも?」

「うん。ヴォ―ドは凄く勤勉で責任感が強い子だから、エレナとの相性は抜群だと

思う。それでいて、もうありえんくらいにクッソ強い精霊でね。あと、もう一体の

アデリアって子は魔族の眷属なんだけど、人間でいうと女性に近い存在なんだよ。

ほんっとに色んな事が出来る子。この子がいれば瞬間転移で通勤出来るし、エレナ

が望むなら、自身の魔力と寿命の半分を使ってエレナを不老不死に近い状態にだって

してくれる。ま、その辺はよく考えてお願いしてね。」

「はいい!?」

 不死女帝アデリアと闇の大精霊ヴォ―ドをエレナに注入する。

「な、なんか凄いね・・・。」

「想像を遥かに超えて来たんですけど!?」

「高位の精霊とか眷属ってほんとすごいんだよ。・・・タツミには召喚眷属を2体、

アグリとゴルボを付けるね。この子達は魔族の眷属なんだけど、アグリは一言で言え

ばすっげー賢くて従順な子。主人の指示には絶対に従うし、指示が中途半端だったり

不明瞭だったりしても、主の脳内思考を勝手に読み取って補完して行動に移すん

だ。」

「ほ、ほお・・・。」

「で、ゴルボは俺が今持ってる眷属とか精霊の中じゃ一番強い子でさ、他者の存在を

消滅させる事に特化してるから、とりあえず・・・もう笑えるくらい強い。殺りだした

らこっちが「えええ・・・」ってなるくらい。マジでひく。先に言っとくけどここでは

絶対に出さないでね。」

 タツミに従魔アグリと死霊王ゴルボを注入する。

「き、危険なんだね!?」

「いや。ゴルボはでかいから、ここで召喚しちゃうと天井とか壁とか確実に壊れるっ

てだけ。お願いしたら霊体化とか透化してくれるから、その状態ならここで召喚して

もいいよ。あ、そうそう。あとゴルボって空を自由に飛べるんだ。勿論、タツミも

この子の背中に乗ってどこにでも飛んで行ける。ちょー便利だけど他の人にあまり

見られないようにしてね。見かけは骸骨みたいな死霊だし普通の人が見たら絶対に

腰抜かすから。」

「・・・な、なるほどね。」

 熟睡しているネルの周りを、シルヴィアが興味津々と言った様子で飛び回って

いた。




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