第8章 経連
翌日 正午過ぎ-
王都アイデオスに近づくにつれ、次第に集落や村が増えて来た。それに比例して
道すがらに歩行者や馬車と行き会う機会も増えて来る。
農作物を荷車に乗せた農夫が、擦れ違いざまにヒロが乗る貴賓専用馬車に会釈を
してみせる。
ヒロもなんとなく窓越しに会釈を返した。
「ホロ殿、前方に見える雑木林を越えれば王都が見えてきますよ!」
馬車に並走するカンナギが、窓越しに話しかけて来た。
「まじか!あとどれくらいで着くのであるか?けっこうすぐ?」
「もう2時間とかかりません。すぐです!」
「よし!超絶急ごう!」
「畏まりました!」
正直、馬車の旅による「退屈」がこれ程までに苦痛とは思いもしなかった。
ちょうど限界が見えて来た頃だったので、ヒロのテンションも駄々上がり状態に
なる。
嬉々として客車から御者席に移動して来るヒロを見て、馬の手綱を握っていた
マーベルが声をかけて来た。
「そろそろですぜ、御仁。もうじき王都の最外壁が見えてきやす。」
「よきよき。急ごうぜ!」
「ええ。先程、早駆けの合図が出やした。皆も早く家でゆっくりしてえんでしょう。」
「あんたも文句ひとつ言わず、4日間ずーっと御者してんだもんなー。・・・御者席
ってすぐケツが痛くなるのに、ほんとすげーと思う。」
「仕事ですから。」
そう言って笑う男の横顔をヒロが見つめた。
-仕事だから。守らないといけないものがあるから。・・・だから寡黙にひとつの事を
やり遂げる。飽きても、疲れても、痛くても、文句一つ言わず、ただ只管誠実に、
実直に。・・・マジ強えーな。これが大人ってやつか。
日焼けして目尻のシワが目立つ男の横顔が眩しく見えた。
移送隊が掲げる旗の紋印を視認した門衛達が敬礼を見せる中、止められる事なく
王都最外壁の正大門を潜るとヒロは思わず息を飲んだ。
区画整理が行き届いた舗装された道に瀟洒な建物が犇めき合っており、とにかく
人が多い。
加えて露店の数も尋常ではなく、ブルク村の夏祭りや秋の豊穣祭りを千倍、万倍に
した活気が街中に漲っていた。
「うわー!!すっげー・・・。マジで人が多っ!!超賑やかじゃんー!!」
「ですねえ。」
マーベルが苦笑する。
「そろそろですよ。・・・・・・ほら見えた。御仁、右をご覧あれ。ちょい上の方です。」
そう言ってマーベルが指差す方向に視線を向けると、遥か前方・・・街の建物が延々
と続いてく先の小高くなった場所に途轍もなく巨大な建造物が聳え立っていた。
「あれが主城デヴァン、国王様が御座す天下の大宮殿ってやつです。」
「ほおおお・・・」
堅牢な城壁、無数に突き出してる大小様々な塔や建造群、それら全てが陽の光を
受けてキラキラと白く輝いていた。
「すっげー綺麗じゃん!城全体がピッカピカに光ってるけど、なにあれ!?」
「壁という壁全てに、ナジュ産の石灰に光水晶石と輝剛石を砕いた光砂やらエール
珠貝の貝殻を砕いた貝砂やら、色々混ぜ込んだ特殊な塗料を塗ってるんですよ。
お日様が出てりゃあ、光を反射してあんな風にピッカピカに光るんです。そうして
日中に蓄えた光を、陽が落ちて来ると徐々に放出するんで、夜でも主城は淡い光に
包まれてます。ほんと綺麗なんすよ。特に夜の王城は一見の価値あり、ですぜ。」
「へええええ・・・」
高層の建物が増えて来てあっと言う間にデヴァン城が見えなくなった。
王都内を区切る内壁を超えると、喧騒の中に仰々しい感じの大声が聞こえて来た。
「敵対する者には死を!和睦する者には命を!。さあ・・・」
人だかりの中で、正装姿の老人が杖を剣のように掲げて叫んでいた。
「あー、あれは今晩行われる歌劇か演劇の客寄せですね。商業区から宣伝に来てる
んすよ。」
「ほおー・・・。」
-敵対には死を、和睦には命を・・・か。
ヒロが呟いた。
「御仁、ここからは共生区なんで、びっくりしないで下さいよ。」
「ん?」
笑っているマーベルを横目に街に目を戻すと、行き交う人々の中に異種族の姿が
チラホラと混じっている事に気が付いた。
「え!ちょっ!あれ!あれって・・・!?」
人間よりも耳が長い者達や、獣の耳やフサフサの尾を持つ者達、異常に背丈が小さ
く筋肉質な老人、全身が鱗で覆われ爬虫類に似た顔を持つ人型の集団等も見える。
思わず無言になり、忙しく辺りを観察しているヒロに気が付いたマーベルが苦笑
した。
「あそこにいるのは精霊族の亜人種でエルフとドワーフ、それにノームですね。ん、
あっちにいるのは獣族の猫人と狼人、その横を歩いてるのが魔族の牛吏です。他種族
って言っても、外見が俺達人間とあんまり変わらない部族から、一見して違うと分か
る部族まで、ほんと色々なんですよ。」
「ふむむーっ!!」
-そういや神命式の時にジグニー大司祭が言ってたな!人間との共存を選ぶ他種族の
者が増えてるって!
「こうして見たら、他種族もけっこういるんだなー!」
「他種族は珍しいですかい?」
「討伐ん時に魔族はけっこう見てるけど、精霊族とか獣族はあんまり!こんな風に
街中に普通にいる光景って・・・なんかビックリだ!」
「まあそうでしょうね。ここ王都アイデオスは王と王家の方針で他種族共生を掲げた
都でしてね。こんな風に色んな種族が住人になってます。まあ、実際に付き合って
みたら気の良い連中ですよ。」
「言葉は通じるんだ?」
「まあ、こんなとこで暮らすってんだから、それなりに話せますよ。人間の言葉を
覚えようとして必死に頑張ってるみたいな話はよく聞きます。念話って手もあります
が、双方が念話出来ないと一方通行の会話になっちまいますからねえ。」
「だよなー。そっか、言葉の壁もあるわなー。」
-うーむ。魔狼王から「言語習得」の派生能力を奪えたのはでかいな。他種族と
普通に会話出来るし、俺。
「王都には5大種族って全部いるの?」
「天族は分かりませんが、それ以外は全種族いますぜ。といっても日中だと見かける
のは人型の部族がほとんどですがね。」
「人型以外はどうしてんの?」
「異形の部族が外に出る時は、人目を気にして人間に似せて姿を変えてたり、マント
やローブで体を覆ったりしてますね。でも、日中はあんまり外を出歩かないように
してるってのが大半かと。やっぱ見た目で怖がっちまう人間も多いですから。これで
も俺達人間側も相当慣れてきた方なんですけどね。」
「そっか・・・。」
-まあ、双方が慣れて人間側の世界に溶け込めるようになるまでには・・・時間かかる
わなぁ・・・
「天族はいなさそう?」
「さーてどうでしょ。この街に天族がいたらそれこそ大事件ですが・・・ただ、マドラ
ス教会の信者の間じゃ、中央大聖堂にいらっしゃるアブル枢機卿は天族だってもっぱ
らの噂ですね。最近も死体を蘇生したとかなんかで騒がれていましたし。でも、あ
くまで噂ですぜ。真偽の程は分かりやせん。」
マーベルが笑った。
聖天マドラス教会-
この世界におけるニ大宗教のうちの一つ。
創造主マルドゥクスを最高神と崇めて天族を神聖視し、全国各地で神命式等を
執り行うなどして祝福と種族の調和を計りつつ、主神への信仰心を育む事を目的と
した教団である。
ふと、タオタの丘で月夜の晩に遭遇した天使の強烈な印象が蘇る。
それはヒロの中で天族に対する強い興味へと変わっていた。
「アブル枢機卿か。一度会ってみてーな。」
「御仁、マドラスの12使徒ってご存じですかい?」
「ん?なんすか、それ。」
「マドラス教会の最高幹部12名の別称みたいなもんです。勿論、アブル様も12
使徒の一員で、かなりお忙しいみたいですよ。一年の大半は巡礼や地方出向で大陸
中を飛び回ってらっしゃるとかなんとか。」
「そっかぁー・・・。んじゃ、簡単には会えないか。」
改めて街を行き交う人々と他種族を見つめる。
-これが共生社会か。・・・なるほどね。おもしれーな。
「おっと、ここからは俺達、経連の管轄特区になります。・・・あの少し先に見える
右側のでっかい官舎に向かいます。ふぅー、帰って来た。」
マーベルが屈託なく笑う。
5日間に渡る旅路を終え、移送部隊一行は王都の中心東部に位置するクリシュナ
経済連合特区に到着した。
「ホロ殿、お疲れ様でした。色々とご不便をおかけして申し訳ございませんでし
た!」
「いあいあ、大儀であった!」
「せひとも王都をご案内したいところなのですが、これから捕虜2名を近衛騎士団
に引き渡し、そのままエド伯爵を騎士団と連携して捕らえて来ます。街中を引き回し
てやりますよ。」
カンナギが2名の捕虜が乗る馬車を見ながら自分の掌を殴った。
「その後、色々と処理や手続き等もありますし、次の移送案件も控えております
ので、我々はホロ殿の王都滞在にお付き合い出来ないのです。ご滞在中はホロ様の
付き人兼案内役として、経連本部から人が参りますので。・・・あ、出て来ました。
彼女です。」
官舎の正面玄関からマキより少し年上くらいの、眼鏡をかけて大きな手帳を胸に
抱えた女の子が走って出て来た。
「は、初めましてー!ミヅキと申します。ハアハア・・・ちょっと走って来たもので
・・・・・・スミマセン、息が。・・・ふうー。・・・・・・ホロ様ですね!どうぞよろしくお願い
致します!」
丁寧に頭を下げる。
「うんむ。」
化粧は控え目、服装も地味な感じで眼鏡もかけているが、素の可愛らしさは隠し
きれていないようだ。
「このミヅキが今後はホロ殿の担当官として、移送の手配から納品、販売管理、売り
上げ管理と送金手配まで全て行います。王都ご滞在中は案内役ともなりますので、
何かありましたら遠慮なくお申し付け下さい。」
「あ、うん。よろしくっすー。」
「では、我々はこれで!」
「あ、もう行くの?」
「はい!」
「じゃ、エドの眠りを浅くしとくわ。あと、俺がブルク村に帰る日にブルズとベロナ
の隷属契約は解くから。それまでに取り調べとか供述作成とか必要な作業は終わら
せといてねー。」
「了解致しました!」
「あとこれ。」
ヒロの指が鳴る。
移送部隊全員の頭上から光の輪が連続して降りては美しく煌めき、隊員を包み込ん
で次々に儚く消えていった。
隊全体がどよめいた。
「古代神聖術、「神楽」。全員の身体能力を爆上げしといた。効果は丸一日続いた後
に勝手に消えるから。エドの野郎をよろしく!」
「す・・・すごい!!体が軽くて力が漲ってくるっ!!ありがとうございます!!」
「ういっす。カンナギさん、ほんと色々とありがとな。護衛班のみんなにもすげー
世話になったっ!ありがと!・・・マーベルのおっさん!隊のみんなー!!マジであり
がとなーっ!!」
武装移送部隊の面々が笑顔で敬礼し、手を振り返してくる。
「では、ホロ様。こちらにどうぞ。」
少し寂しそうにミヅキの後に着いて経連本部に入って行く老人の背を、男達は最後
まで見送った。
「ホロ様、こちらで少しお待ちください。」
一人放置されたキラキラピカピカの迎賓室は、田舎の少年にとって決して居心地が
良い空間とは言えないが、出されていた芋を蜜で煮たお菓子と黒ローズティーが
美味過ぎて、しばし無言で食す時間が続いた。
「うー・・・超うまかった!!満足っ。」
やっと一息ついて改めて室内を見回す。
高級感のある蒼色の毛長の絨毯。意匠を凝らした造りの柱と壁。薄い色付きの
ガラスが嵌め込まれ幻想的な雰囲気を醸し出している大窓。いたる所に飾られた絵画
や石膏像。そして剥製。天井には十分な光量を放つ光結晶石を散りばめた、煌びやか
で巨大な照明ガラス細工が吊り下がっている。
ーあれが落ちて来たら死ねるな・・・。大丈夫なんか?
警戒しながら見上げていると、ドアがノックされた。
「失礼します。」
3名の男達が室内に入って来て、一番最後にミヅキが入って来た。
男達はホロに会釈をしてローテーブルを囲むようにソファーに座っていく。
「初めまして、ホロ殿。いえ、ヒロ殿とお呼びしてもよろしいでしょうか。」
一番年長の男が語り出した。
「ん?・・・ヒ、ヒロってなんぞやっ!」
「ああ、失敬。ここに居る者は全員、ヒロ殿に関する全ての情報を把握しております
のでご安心下さい。何でしたら変装はそのままでも結構です。」
「あ、そうなん?んじゃ戻す。」
落ち着いた紺色のローブ姿の老人が、みすぼらしいシャツとズボンを身に着けた
少年に早変わりした。
-えっ!
ミヅキは余りにも整った少年の横顔に釘付けになった。
「おお!?」
「こ、これは驚いた!」
「すごい能力ですな!!」
「もしかして「偽装」の祝福って珍しいの?」
少し得意げに尋ねるヒロ。
「私は初めて見ました。」
「私もです!」
「討伐に出る者であれば「
すが、一般の方々はそうそう目にする祝福ではありませんからね。」
その意見に残りの男達が頷いた。
「そうなんだ。」
「ヒロ殿、先程のお姿は
「うん。
だから今日は偽装で来た。」
「ほお!」
「博識でらっしゃる!」
「今日は偽装で来た、という事は・・・もしやヒロ殿は、その全ての祝福が使えたり
するのですか?」
「もち。使えるよ。」
「素晴らしい!」
「聞いていた通りの方のようですな!」
「ほおお!」
-フフーン
ヒロの鼻が一段階高くなった。
「申し遅れました。我々の紹介もさせて頂きたく存じます。」
「あ、はい。」
「私は聖クリシュナ王国経済連合の連合長官、イリシア・ゲインと申す者。御仁の
お噂は色々と耳にしております。今後共宜しくお願い致します。」
そう言うと、温厚な老人を絵に描いたような丸顔で、屈託の無い笑みを浮かべた
小太りの男が胸に手を置き、会釈をした。
「初めまして。私は聖クリシュナ王国第一宰相のゼノ・コルトレインと申します。
以後お見知りおきを。」
白髪が目立つ髪を丁寧に撫でつけて七三分けにしている宰相は、老練な空気を醸し
出す出来る男、といった感じがする。
「どうもお初目にかかります。聖クリシュナ王国騎士団、近衛部隊総司令官、アズ
マ・シエンです。お会いできて光栄です。」
同じ騎士でもサイモンやカエラとは対照的に、都会育ちの優男といった感じの
アズマが、ヒロに対して座礼で頭を下げた。
-あ、アズマって・・・カエラさんが言ってた騎士の格闘大会とか討伐数でずっと一位
になってる人だっけ?なんかそんな風には見えないけど・・・
「どーもー。ヒロっす。」
相手方の肩書がよく分からないヒロはほぼ右から左に聞き流しながら頭を下げた。
「ヒロ様。まず最初に、今回の移動中に起きてしまった恥ずべき事件に関し、経連を
代表して心よりお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした。」
ゲインが丸顔をテーブルに擦り付ける勢いで頭を下げた。
「え?いや、いいよ。もうカンナギさんから散々謝られたし。」
「とはいえ、私からも謝罪致します。この度は本当に申し訳ございませんでした。
それどころかカンナギ以下、移送部隊を守って頂いた上に負傷者の治癒と回復まで
して頂きまして、もはや言葉もございません。今後は内部の引き締めにもしっかりと
取り組んで行く所存です。何卒穏便に・・・」
「うんうん、了解っす。」
アズマが手を挙げた。
「あ、あの、移送隊から事件の報告に目を通したのですが、ヒロ殿は凄まじく強い
召喚眷属を複数体使役しているとの事。それは・・・事実でしょうか?」
「うん。ここに呼び出してもいいけど、天井に吊り下がってるあの高そうなガラス
細工とかにぶつかって壊しちゃうかも・・・」
「あ、いやいやいや!結構です!またの機会があれば是非!!」
宰相のコルトレインが恐怖で引き攣った表情で話に割って入ると、経連のゲイン
長官が眼鏡を押し上げながら話題を変えた。
「では早速ですが、商談に移ると致しましょうか。まずヒロ殿が持ち込まれる品々
に関して、確認を兼ねてお尋ねしたいのですが・・・。」
「うん?」
「移送部隊がお預かりした、最高品質の古竜の牙1本、史上最高の品質の緋色の
軟化魔結晶体132.35ギル、そして尋常ならざる魔力を秘めているであろう魂核
・・・「神級」の魂核1個を先程この目で拝見致しました。現在、第一地下倉庫に納品
保管が完了しております。その他の持ち込み品も大量にあるとの事でしたが-」
そこでコルトレインが手を挙げた。
「あの、話に割って入って申し訳無いのですが、それについては私からも確認よろし
いでしょうか?それらの品々は全て、第6、第7類強種から採取、接収したという
事でお間違えないでしょうか?」
コルトレインに続いてアズマも質問を被せる。
「私もそれが聞きたかったのです!ヒロ殿は魔族が持っていた名前付き装備は持ち
帰っておいでですか!?」
男達は期待で胸を膨らませた少年のような目でヒロを見つめて来る。
「あー・・・うん。えーっと、納品で持って来たのは・・・魔族の死骸が全部で43000
個強。その内、第7類強種が5000弱、第6類強種が29000程、後は第5類
と第4類だね。魂核は全部欠損無し、魔石多数、武器防具、装飾品は大量。魔族産
の特殊加工物と各種素材も腐る程ある。」
男達は黙り込んでしまった。
「あの、ヒロ殿、諄いようで大変申し訳ないのですが・・・その中に名前付き、例えば
魔装や魔器といった類のものは含まれておいででしょうか!?」
アズマが食い下がる。
「あ、うん、いっぱいある。鑑定した時に名前が付いてるやつだよね?」
「そうです!!い、いっぱいですか!?」
「えっと、武器防具はそれぞれ20以上、装飾品は100以上はある・・・かな。」
「どこにお持ちで・・・。」
長官のゲインが恐る恐る尋ねる。
「保管先の説明はちょいムズいかも。けど、ちゃんと持って来てるよ。いつでも出せ
るけど、ここに出す?」
「あ、いや、荷受け室で全て賜わりますので!」
男達が視線を交わした。
「やはり事前情報の通りですな。」
「ゲイン長官、もう荷受け所にご案内してはいかがでしょうか。」
「そうですね。・・・ミヅキ君、準備は出来ているかな?」
「はい。第三地下倉庫の東側の2区画、及び第二冷温倉庫の北区画を空けており
ます。経連本部査定部、騎士団装備鑑定部隊、王宮鑑別調査団、王国立法術研究所
鑑定部、商業ギルド総合鑑定部の皆様方もそれぞれ既に待機されておいでです。」
「そうか、ありがとう。ではヒロ殿、皆様、参りましょうか。最初に地下倉庫にご案内致します。」
「さぁさぁ、参りましょう!ヒロ殿!」
アズマが待ちきれないといった表情で真っ先に立ち上がった。
「はーい。」
皆が立ち上がるより先にミヅキが扉の前に移動し、退出する男達の為に扉を開け
る。
男達は立場ゆえか、それがさも当然かのように部屋から出て行く。が、ヒロは
ミヅキの心遣いに恐縮していた。
「すみません。なんか色々とあざまっす。」
「いえいえ!とんでもありません!」
王国の中枢人物達と相対し、緊張した面持ちだったミヅキがやっと微笑んだ。
迎賓室があった経連本部南館を出て、ゲインを先頭に夕陽が照らす大通りを全員
で徒歩移動していると、5分程で厳重に警備された「第一特別区」なる地域に入っ
た。
更にしばらく歩いていると、右手に劇場のような大きな白い建物が見えて来る。
思わずヒロの視線が釘付けになった。
その様子に気付いたゲインが口を開く。
「ヒロ様、ここは我々経連の競売所が多く集まる売買専用特区にとなっております。
ここ王都アイデオスでは公開、非公開を問わず様々な競売会が定期的に開催されて
おりまして、世界各地から集まった数多くの物品が連日の様にセリにかけられておる
のです。とりわけ、今晩は非常に大きな競売会が予定されておりますもので、ご覧の
通り今はその準備に追われておる次第です。」
「へー・・・。」
ゲインの説明を聞きながら生返事を返すヒロ。
建物の裏手にある荷受け場に向かって搬入荷馬車が列を成しているのだが、ヒロは
奴隷らしき集団が詰め込まれた数台の輸送馬車を見つめていた。
「ああ。・・・あれは誓約奴隷として競売にかけられる予定の奴隷達でございます。
有用な祝福を持つ者ならば、こうした競売会によって社会的地位が確かな主人に身請
けされる事になります。ある意味で・・・彼等にとっては幸せな事でもあるのですよ。」
「幸せ・・・ね。」
社会的地位がある身請け人なら人道的な処遇をする、という話に根拠など無い。
少なくとも奴隷業者に泣くなっと怒鳴られ、早く降りろ!と荷馬車から鞭で追い立
てられる子供達を見て、「幸せな事」とは到底思えない。
そもそもブルク村は、開拓奴隷と呼ばれる荒地や辺境地の開拓によって市民権と
居住権を得た人々の集落であり、ヒロ自身もその末裔であった。
それ故、どこかで彼等を自分自身と重ねて見てしまっている自分がいる。
歩きながら移送車の「荷」を尚も見つめているヒロの視線を追い、アズマが静か
に溜め息をついた。
「私もヒロ殿と同じ思いです。大尽達がどう取り繕おうと・・・あそこに幸せなどあり
ません。」
周りに聞かれたくないのか、アズマはヒロの耳元で声を潜めて思いの丈を吐き出
した。
-知ってるよ、そんな事。
ヒロは泣きじゃくる子供達から視線を無理やり引き剥がした。
「ヒロ殿、申し訳ありませんが、ここから先はホロ殿になって頂いてもよろしいで
しょうか?」
「ん?了解っす。」
ゲインの要望に応じてヒロは一瞬で目深のローブを纏った老人に変わった。
一行はそのまま武装した衛兵と結界石によって一層厳重に守られている保管庫区画
に入って行く。
徐々に検問や詰め所の数が増える中、ゲインの顔パスによって足止めされる事無く
全て通過していくも、この錚々たる顔ぶれの中で年端もいかぬ少年が紛れていれば、
間違いなく注目を集めてしまっていた事だろう。
ヒロは思わず胸を撫で下ろし、ゲインの気遣いに感謝した。
ゲインを先頭に経連防衛局の一個中隊に守られた無機質な建造物の中に入ると、
瀟洒な光結晶ランタンで照らされた地下に延びている大階段が見えて来た。
足音を響かせながら地下一階に降り立つと、驚くほど視野が開けた大空間になって
おり、光石と光結晶によって広大な空間全体が昼間のような明るさになっている。
「うぉー・・・凄ぇー!」
ヒロが目を丸くする。
「これは圧倒されますなー・・・。」
「確かに凄いですねー!おお、こんなに声が響く!」
「はは、でしょう。」
急に賑やかになった階段口に、準備して待っていた人々の視線が一斉に集まった。
ゲインとコルトレイン、それにアズマが到着したのだと気付き、人々が駆け寄って
来た。
会釈や黙礼をする者、経連や商業ギルド員特有の挨拶の所作をとる者、騎士の
敬礼をする者、議族や貴族がよくする敬愛の所作をとる者、と雑多な反応を見せて
いる。
「諸君、お待たせしたね。紹介しよう、こちらが鏡の森の鎮守様、ホロ殿だ。失礼
の無きよう頼む。・・・ではこれより納品へと移る。全員準備を。」
ゲインが目の前の防護結界の前に立つと、数名の法術師によって結界が解かれた。
「ではホロ殿、このまま中央付近まで進んで頂いて、まず死骸以外の全ての品を
出して頂けますでしょうか。」
「死骸以外ね。了解。」
ヒロが中に入って掌を横に差し出しながら移動していくと、その後を追うように
周辺一帯が大量の物で溢れ返っていった。
どよめきが起こる。
「こ・・・これは!」
「し、信じられん・・・」
「どこから出て来るんだ!?」
「た、大量だな・・・おっと、武器や防具はどこだ!?」
アズマが嬉々として周りを見回す。
「アズマ総司令、この魔石の山の裏手に装備らしき物が見えます!」
「よし!お前達も着いて来い!」
アズマ率いる十数人が走り去っていった。
ゲインは商品の簡易鑑定と登録作業の監督指揮をしている初老の男に近づいた。
「ラビリア、どうだ?」
「これはゲイン長官。そうですねー・・・もはや、この世の奇跡、物語に出て来る伝説
の金銀財宝の山を見ているようです!」
顔を赤らめ、まだ興奮冷めやらぬといった表情でラビリアが語り出す。
「とりあえず第一級国宝相当の品が多すぎます。加えて我々の鑑定能力を超える未知
の「至宝」も多い。この特殊魔石などはその最たるものです!それに加えて素材系は
どれも最高品質。見て下さい・・・傷一つ無い魔石の山!信じられぬ程に密度と純度の
高い結晶石と水晶石!。そしてこれ!この他種族の上位種や最上位種が生成したと
思われる未使用の宝珠や護符などは、希少過ぎて法術学会が黙っておらんでしょう
な!他にも今採取したと言わんばかりの鮮度を保っている最高品質の素材、希少過ぎ
る魔草や魔砂の類まで大量に積まれてある。おや?あの濡れておる一帯は・・・」
「あー、あれは魔水だわ。入れ物に入ってる訳じゃねーし、考えずに出してたらあー
なった。さーせん。」
ヒロの言葉を聞いてラビリアが物凄い勢いで走り出した。
「キィエエエエエエエ!!!全員清めた布と冷温桶を持って来いいいいいっ!!!
貴重ぅなあぁ魔水がああああああぁぁ!!・・・いぃやああああああああああ!!!」
慌てて数人の男達が絶叫するラビリアを追いかけて行く。
「ミヅキ、すまないが本部に緊急連絡を回して、手が空いてる連中を全員呼んで来て
くれ。この膨大な量ではとてもじゃないが捌ききれん。人手が足りなさ過ぎる。」
「畏まりました。すぐに手配致します。」
ミヅキが走り去るとコルトレインが近づいて来た。
「ホロ殿。・・・いえヒロ殿。貴方様の活躍の証、確とこの目で確認致しました。感服
至極です。王国の名立たる研究者や精鋭の調査員達のこの狂喜と狂乱ぶり。私も初め
て目にしました。」
宰相が苦笑する。
「はあ。それはどーも。」
ヒロは頬を掻き、照れ笑いを浮かべる。
数名の男達がヒロに尊敬と憧れの眼差しで深々とお辞儀をしてから通り過ぎて行
く。
「あの、宰相さん。俺、あんまこういう雰囲気に慣れて無くってさ。・・・とっとと
出す物出したら、早々にブルクに帰りたいんだけど、王様の謁見ってやっぱ明日に
なるっすか?」
周りから注目される事に疲れを感じ始めていたヒロがコルトレインに尋ねた。
「えっ!?あ、あの、謁見予定の変更は難しいかと。大変申し訳ございません。それ
に王との謁見後に、夕刻から第一迎賓館にてヒロ殿の栄誉を称える歓迎式と親睦会
が開かれますので、それにもご出席頂きませんと・・・」
「え、そうなんすか!?マジで!?」
「は、はい。マジでございます。」
「・・・それって、出た方がいいやつ?」
「いいやつです。」
「でも俺、礼儀作法とか所作?とか全然知らないんだけど・・・」
老人の姿の向こうに透けて見える、田舎の少年らしい気恥ずかしそうな様子を
見て、コルトレインは優しい笑みを浮かべた。
「全然かまいませんとも。これは貴方様に我々を売り込む為の・・・言い換えると、
ヒロ殿の気を引いて今後も懇意にして戴く為の貴重な機会なのです。ヒロ殿が気に
なさる事は何もございません。気負わず、ドンと構えていて下さいますよう。」
-サイモンのおっさんが言ってた「人脈」ってやつか・・・
「うー・・・。まじすかぁ・・・。」
隣で話を聞いて大きく頷いていたゲインがハッとした顔でコルトレインを見た。
「お待ちください、宰相殿。確か式典は招待制ではなく公開制でしたよね!?これ
は確実に第一迎賓館では収まり切れない人数が集まりますぞ!!なにしろ、ご覧下
さい。この宝の山ですから!!王都どころか、噂を聞き付けた近郊の街に住む資産家
達までも挙って集まって来ましょうぞ!」
「う、うーむ!言われてみると確かに・・・。となれば、まいりましたな。場所の選定
からやり直すとなると事は一大事。・・・うむ。ゲイン殿、私はこの場を離れます。
今晩の夕食会と経連幹部会までには戻って参りますゆえ。」
「分かりました。必ずお越し下さい。お待ちしておりますぞ、コルトレイン殿。」
「ヒロ殿、大変申し訳ありませんが、本日はこれにて失礼致します。明日は正午過ぎ
に使いの者が馬車で宿にお迎えに上がりますゆえ。ではまた王宮でお会い致しまし
ょう!」
ヒロの手を両手で握り、小走りで宰相が走り去ると、ゲインがヒロに向かって頭を
下げた。
「ホロ殿。長年経連の長をして参りましたが、これ程素晴らしい品々に囲まれるのは
初めての経験です。これらの品々は必ずや王国の格式、防衛、経済に多大の益を齎す
ものとなりましょう。・・・魔砂の一粒に到るまで有効に活用するとお約束致します。」
「お願いシヤッス。」
興奮と謝意に満ちた老人の視線から逃れるように、少年は小さく咳払いをした。
「それでは、次は魔族の死骸なのですが、地上の解体処分場の近くに区画を空けて
おりますので、これよりご案内致します。」
「ういーす。」
「アズマ殿ー!今から魔族の死骸を出して戴く為、場所を移動します!卿はいかがな
されますかなー?」
「す、すぐに参ります!!先に向かっていて下さい!!」
声を上げつつ、アズマが唇を噛んだ。
「くっ・・・もう少し装備を見ていたいのだがな・・・とはいえ各部族の王や古竜、魔狼
の死骸は是非とも見ておきたいし、ヒロ殿の討伐状態も見ておきたい。・・・ヴィルは
私に着いて来い。シルビア、後は頼んだぞ。こっちの赤護符と緑護符、先程見た封印
に転用出来る宝珠は一揃いを確保。あと、向こうに積まれていた魔霧のローブと・・・
血華のマントだったか、高性能ながらも廉価品のようだ。全品確保しておこう。魔石
は水と光、結晶石は聖と火と水で買えるだけ買う。魔草も多めに仕入れておくか。
俺が個人として欲しいのは最初に見た銀色の魔装、それとあの赤い戦斧だ。この2点
はすぐに予約を入れておいてくれ。あとは各部隊へ支給する常備品として一般武器と
装備、道具類をまとめて見繕って早めに抑えてくれ。頼んだぞ!」
「ハッ!」
「急ぐぞ、ヴィル。」
アズマ達がゲインとヒロの後を急いで追った。
ちょうど戻って来たミヅキと追いついたアズマ達を含め、5人は一度地上まで
戻って冷温倉庫区画に向かった。
冷気結界が施された広大な倉庫に入ると、中は氷結晶石で冷気が追加されてお
り、さらには聖結晶石で浄化効果と腐敗遅延効果が追加されていた。
ここには解体員や検査員、研究者を含む数百名もの人々が集まっているようだ。
「ではホロ殿、ここに魔族の死骸を全て出して頂けますか?」
ヒロが改めて倉庫内を見渡していく。
-確かに広いけど、この倉庫に収まるかぁ?
「了解。とりあえず第七類強種から順に出していくね。」
しかしほんの数秒で・・・死古竜と各部族の王、更に古竜と黒竜を出している途中で倉庫が埋まってしまった。
初めて見る様な高位魔族の出現に場が一瞬騒然としたものの、すぐにアズマ達や
各機関の研究者達が一斉に死骸に群がりだし、各部族の王だった死骸から丹念に
検分が始められた。
最初は興味津々だったアズマと部下のヴィルだったが、徐々に小声で話をするよう
になり、いつしか真剣な表情で2人が話し込むようになった。
「ゲインさーん、場所が全然足りねーんだけどどーしよー。まだ出してない死骸が
いっぱいあるー。」
「むむ!!やはり多いですなああ!!・・・あとどれくらい残っておりますでしょう
か?」
「数はこの50倍くらいかな。でも大型種は・・・残り1000ちょっと。」
「ぜ、全然場所が足りませんな。うーむ・・・。ミヅキ君、他に空いている冷温区画は
あったかな?」
「色々と移動させて、なんとかここの区画を空けましたので、他で空いている箇所というのは・・・」
「そうか。・・・分かった。」
ゲインが皆の方を向いて声を上げた。
「各団体の諸君、全員聞いて欲しい!個体確認と簡易素体調査のみ行い、それ以外
の分析、調査作業は全て一端中止とする!検体研究用の個体のみ急冷収容し、全員
で大型竜種の解体作業と有用部位の取り出し作業を優先する!!大至急だ!」
ゲインが振り返る。
「ミヅキ君。すまないが、手が空いている者はここの解体作業に合流するように職員
全体に緊急支援要請をかけてくれ。」
-うあああ・・・段取り悪ぅぅ・・・
「あー、ゲインさん、俺も手伝うよ。とりあえず竜の不要部位とか危険部位を教えて
くれる?そこだけ再抽出して消すから。あと、これから出す魔族の死骸も魂核とか
有用部位だけ出すね。」
「そ、その手がありましたかっ!!」
「でも、ホロ様、」
ミヅキが心配そうな目を向ける。
「竜種に関しては有害部位の取り扱いが難しく、個人での所有は大変危険なのです
が・・・」
「焼却処分にしないといけないんだっけ?」
「そうなんです。」
「まあ、あとで纏めて他の不要部位と一緒にどっかに転移させて、黒死炎で完全に
焼き払ってもいいし、錬金術とか錬成術用の素材にしてもいいし。全然大丈夫っす
よ。」
ヒロの返答にゲインが目を丸くした。
「そ、そんな事ガ・・・デキルノデスカ?」
言葉がカタコトになるゲイン。
「もち。余裕。」
「か、か、感謝致します、ホロ殿!!本来であれば全て我々が為すべき仕事なのです
が・・・本当に面目ありません。」
「うんうん。量が多いしね。気にしない気にしない。」
-悪いけどさ、もう宿に帰って寝るか街を探検するかしたいんだよ・・・俺。
「ホロ様、ちょっと教えて下さい。魔族の有害部位や不要部位に関してなのですが、
錬金術とか錬成術の素材になるのですか?」
-ん?
無口で控え目だったミヅキが積極的に会話に食いついて来た事に少し驚いた。
「うん。死骸に抽出と注入を繰り返していくと、分解が進んでいって素材成分に変わ
ってくんすよ。それを使って錬金や錬成で新たな物質に造り変えていくって言えば
分かるかな?」
「ふむふむ、なるほど。具体的にはどのような?」
ミヅキは話を続けるよう笑顔で促す。
「えっと・・・例えば、そこの廃棄枠に入ってる魔狼王の肉とか筋は、薬砂や水と一緒
に錬金と錬成で手を加えてくと、一時的に身体能力を引き上げるカバリ繊維質とか、
瞬時に魔力や生命力を増幅させる効果があるデリト脂とかになる・・・ね。聖水で薄め
て合成比率を変えると栄養剤とか強壮剤とかにもなるよ。」
「すごい・・・!」
「あの、ヒロ殿・・・竜は?竜はどんな感じですか?」
「竜の血と髄液にさっきのデリト脂と魂核を錬成合成すると、万能治癒薬とか瞬間
完治薬になるラフィル系薬砂、あと老化遅延薬のエクリサの原液なんかも出来る。
あと・・・竜の筋肉と脂肪を使えば、人体の欠損部位を再生、再形成する活性シドリン
油が出来るし、筋を腸液に浸して発酵させると解毒とか解呪、耐性向上に特化した
サクナ系の薬砂とかバリオン酵素がいっぱい採れる。」
「それでそれで!?他の内臓は!?」
「えっと、臓器は竜の脳と一緒に聖水で繊維質だけ発酵させて、もうちょい手を
加えてアメル系の薬液とか薬水・・・呪符や護符を書く染料にした方がいいかもね。
転換効率が63.5以上だから、単純計算で店売りされてるような一般的な呪符や
護符の40倍から50倍の効果がある符が作れる。」
「す、凄いっっ!!全部初耳です!!」
「まあ、錬金術と錬成術が最上級になってカルマの理とかヴィエタ・トトの原理が
見えないと作れないからねー。」
ゲインとミヅキの視線が交差する。
「やはり高品質だったりします!?」
「基本的に効果とか品質は、原材料の質に依存してるんだ。ここに出した死骸って
ほぼ第6、第7類強種っしょ。だから質はかなり高・・・・・・ハッ!売れるっ!?」
ゲインとミヅキが口元を僅かに歪め、ニヤリと笑った。
「はあぁ・・・さすがに疲れた・・・。」
明日の王への謁見の際にはこれを着るようにと、ミヅキから男性用の上等な礼服
一式と革靴、そして小洒落た小物一式を手渡されたうえ、高級馬車に押し込まれ、
経連が手配してくれていた王都アイデオスで屈指の高級宿、ラ・ヴェール亭に到着
して今やっと一息つけたところであった。
「しっかし・・・すげー部屋だなー・・・。」
天井に埋め込まれた星空の様な光結晶石、180度景色を見渡せるガラス張りの
仕込み壁、フカフカの赤紫色の絨毯にいかにも高そうな家具と寝具の数々。生れて
初めて見た「高級な物」で溢れている部屋を物珍しそうに一通り見て周る。
「こ、これは・・・!」
ヒロは思わずその場で服を脱ぎ捨て、夜景が一望出来る湯浴みテラスに飛び出し
た。
滝を模した美しい噴水と石造りの大きな湯舟。
床や壁に埋め込まれた火結晶石によって調整された、丁度良い温度の掛け流しの
湯が揺蕩う。
「とうっ!」
使用時の注意書きを読む事無く、ヒロは湯舟にダイブした。
「う”あ"あ"あ"あ"・・・気”ぃ持ち”ぃええぇ・・・・・・。はああぁぁぁ・・・・・・。」
温かな湯に浸かりながら星空の下に広がる夜景を眺める。
もう日付は変わってしまっているはずだが、見下ろす街の灯は微塵も衰えを見せて
いない。
そしてマーベルが「一見の価値有り」と評した・・・淡く美しい光に包まれた王宮と
デヴァン城が格別の存在感を放っていた。
「すげー・・・。王都の夜ってこんなに綺麗なんかー・・・」
安堵を齎すビアンカの花の香りが鼻先を擽った。
納品を済ませた後、持ち込み分だけではなく経連本部が処分する為に一次保管して
いた不要部位と有害部位も全て使って、各種薬液、薬水、薬砂、薬油、薬脂、素材、
特殊染料、高性能装備を大量に造りだし、更に少し手を加えて人類史上初の「祝福
効果増幅薬」なども生成し、最後に結晶石や宝珠の補修液や保存液、一般洗剤や
石鹸、飼料や肥料に変えた。
それが終わると息つく暇も無く商談室に押し込まれ、永遠に続くかと思われた
小難しい説明を聞かされ続け、数えきれぬ程の契約を次から次へと交わして、指の
感覚がおかしくなるほど署名をしていき、結果、膨大な量の契約書の控えのやり場
に困って、ゲインに頼んで全て経連に預けて来た。
全ての持ち込み品の登録が済むのに二日かかるらしいが、目の肥えた経連幹部や
関係者によって早くも8割方の品に予約や買い手がついているという。
数日内に莫大な額の金貨がヒロに支払われる共に、経連の特別上級会員として
大陸内にある全ての経連所有施設や設備を無料で優先的に使える権利を得る事と
なった。
「まあ、ディオン支部の錬金施設がタダで使えるってのはいいよなー・・・。」
少年は湯をゆっくりと向こうに押しやった。
同時刻-
経連本部では国王と王族達やゲイン、アズマ、そしてコルトレインを含めた30余
名の経連最高幹部達が一堂に会し、夕食会に続いて最高幹部会議を開いていた。
この会議により、地元ブルクに固執するヒロに対応する為、ディオン支部の早急な
拡大と拡充が決定。更にヒロの囲い込みと、ヒロの近親者の取り込みについて協議
され、タツミ児童保護院への運営資金全額支援と無償の大規模改修工事が決定。
何よりもまず、ヒロの同院生とされるエレナという名の少女の雇用獲得が経連人事
局とディオン支部に厳命される。この為、経連ディオン支部の命をかけたエレナ嬢
獲得大作戦が展開される運びとなった。
数日後に王都の経連本部から人事局長、ディオン支部から支部長と幹部達、及び
専属交渉員達によって編成された経連特別代表団が、大挙してタツミ保護院に押し
かけて来る事をヒロはまだ知らない。
「ふぁぁぁぁ・・・」
ヒロが至福の表情で湯に沈んでいった。
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