第5章 出頭

 



ブルク村 タツミ児童保護院-


「腹・・・減った。」

 ヒロがだらしなく腹を掻きながらモソモソと起き出した。

 窓の外を見ると完全に真っ暗である。

「あれ・・・今・・・何時だ・・・」

-あぁ、そうだ・・・俺・・・竜の群れを・・・・・・・・・夢じゃ無かったんだ。

 ヒロは体を起こしてベッドの淵に腰かけ、自分の体に起きている異変を敏感に

感じ取った。

 体全身が一層引き締まり、余りにも濃い「力」が全身に漲っている。

-・・・たぶん、熟練度から何から・・・凄い事になってんだろうな。

「とりあえず腹減ったぁ・・・。タツミー」

 欠伸をしながら部屋を出て食堂の扉を開けると、カイトが一直線に突っ込んで

来た。

 続いてエレナとタツミが駆け付け、最後にネルが飛びついて来る。

「ど、どした?みんな・・・」

「お前が起きてこねーからだろっ」

「本当に良かった・・・。」

「心配したんだから!」

「ヒロ、だっこ!だあっこ!」

「そ、そっか。ごめん。・・・みんなオハヨ。」



 食堂でテーブルを全員で囲むとタツミが話し出した。

「それじゃあ、まずヒロに状況を説明しないとだね。」

「うん。」

「ヒロ、君はドミの林で騎士の皆さんが駆け付けて来てくれた時に急に倒れた

んだ。覚えているかい?」

「ああ・・・うん、全部覚えてる。夢じゃなかったんだなーって感じ。」

「そうか。それでカイトと騎士団の皆さんが君を介抱しながらブルクまで送り届け

てくれたんだよ。」

「お、ありがとな!カイト!」

「てか寝すぎなんだよ、お前・・・。」

「二日間も寝てたんだから。」

「え、そんなにっ!?」

「体で痛いところとか、調子が悪いところは無いかい?」

「ううん。絶好調過ぎて怖いくらい。だけど腹が減って死にそう・・・」

「それじゃ、すぐに夕食の準備をしよう。その前に、これだけは言わせて欲しい。」

 タツミが懸命に堪えていた涙を流し、ヒロを強く抱き締めた。

「生きて帰って来てくれてありがとう。そしてカイトを助けてくれてありがとう・・・

ありがとう・・・。」

「そんなの当たり前じゃん!」

「ほらタツミ、ご飯作ろ。」

 エレナがタツミの背中を押していく。

 ヒロの膝の上に座っていたネルが、急に泣き出したタツミの行方を心配そうに目で

追っていたが、エレナの「ご飯」という言葉を聞いて嬉しそうに

 小刻みに弾みだした。

「で、俺が倒れた後どうなったの?」

 ヒロがカイトに尋ねた。

「ヒロが竜の大群を消してったのを副指令達も見てたもんだから、ほんとマジで大変

だったぜ・・・。俺だって全然訳が分かんねえし、説明とか出来ねーじゃん?色々聞か

れるんだけど、まともに答えられなくて報告グダっちゃってさ。そうこうしてる間に

ヒロの状態を診てくれた救護班の先輩が、危険な症状は出て無いし、恐らくただの

気絶状態だろうって診断してくれて、負傷者も多いからとりあえずブルクまで移動

しようって話になって・・・」

「ふんふん。」

「で、村で全員一泊して、俺だけ残して部隊がディオンに帰還したとこ。」

「そっか。」

「てか、ヒロ。あの腐る程飛んでた竜はどうなったんだ!?全部消えたんだが!?」

「ん?だから抽出で倒したって。」

「ヒロが?」

「俺が。」

「まじかよ・・・。」

「まじまじ。」

「殺すと書いて消すと読む、みたいな?」

「あ、まさにそれ!騎士団にそう説明してやれば良かったのに。」

「怒られるわ。・・・で、最後急に倒れたけど体は大丈夫なのかよ?」

「うん、なんかさー」

「ん?」

「色んなもん一気に抽出しちゃって、体がその変化に追いつけずに倒れたっぽい。

今はもう適応できたみたいだ。違和感とかも感じない。なんかすげー絶好調!」

 ヒロの屈託の無い笑みにカイトは少し安堵した。

「そりゃまあ、あんだけ竜倒したら色々と変わるだろ・・・熟練度とか。」

「まあな。」

 笑う二人。

「あ、そうだ。大事な事を言うの忘れてた。ヒロ、最初に飛んで来たでっかい竜

に抽出を繰り返したらどうとか言って、最後は何か超くっせーグロい山をいっぱい

出してたじゃん?」

「あー、うんうん。」

「あの中で黒くて柔らかそうな粘土みたいな山があったの覚えてるか?」

「あったっけ?」

「あったぞ。ベトベトでぐちゃぐちゃの赤黒い土の山と、ヘドロみたいな超くせー

焦げ茶色の水溜りの間くらいに、てんこ盛り。」

「なんか汚い。」

「そこの汚物群は何だって副指令に聞かれて、たぶん竜です、って答えたんだ。

そしたらすぐに分析とか観察の祝福持ちの騎士が調べてくれてさ・・・、とりあえず

分かったのは、あの黒い粘土は軟化魔結晶体って言うんだって。で、鑑定が上手く

出来ないくらい高品質らしくて・・・なんと国宝級の逸品なんだってよ!!それに量も

ありえんくらいに多いとかで、あのカエラ副指令が分析報告を聞いて二度見して

固まってたくらいなんだから!」

「へー。・・・え、国宝級?」

「国宝級!」

「あそこに置きっぱだ!取りに行ってくる!!!」

「待て待て。ちゃんと騎士団が持ち帰って厳重保管してくれてるから!」

「騎士団に取られたらどーすんだよ!」

「取らねーよ。そんな奴いたら問答無用で副指令以下、隊長達にぶち殺されるっ

つーの。」

「う、うーむ・・・。副指令って、あの先頭走って来て、めっちゃ俺達に怒鳴ってきた

女の人?」

「そそ!あの人が副指令。カエラさんっていうんだ。ディオン駐屯部隊の中で二番目

に偉い人なんだぜ!」

「俺、あの人なんか苦手ー。」

「悪い人じゃないんだって。ありえねえ事が目の前で起きてテンパってただけだか

ら。」

「そうかぁ?・・・ま、いいけど。」

「あの人はさ、もう全滅するかもってなった時、俺達新人を逃す為に・・・あの数の竜

を全部引きつけてくれたんだ。・・・そういう人なんだ。」

 己の無力さを痛感しながら、悔しさを押し殺して必死に笑顔を作るカイトを見て、

ヒロは返す言葉を見失う。

「そっか。じゃあ・・・、いつか会ったらカイトを逃がしてくれた礼を言わなきゃ

だな。」

「うむ。明日の朝、な。」

「ん?」

「ヒロが目を覚ましたら12刻以内に2人でディオン駐屯地に出頭しろって、副指令

が。俺はヒロの監視を兼ねてブルクに残されたんだ。」

「出、出頭?監視ぃ??」

「まあ、騎士団じゃそういう表現になっちまう。ようは友達が心配だろうからお前

は残ってていいぞ。起きたら2人揃って駐屯地に来て話を聞かせてくれって事だ。」

「・・・にしては表現が物騒だなおい。」

「騎士団としてはドミの林で何があったのか聞き取り調査したいんだと思う。あと、

騎士団が保管中のヒロの軟化魔結晶体の取り扱いについても話がしたいって言って

た。買い取りとか権利とか・・・そういう感じの話じゃね?」

「えー。それってなんか面倒臭い話になってねーか?」

「だなー。・・・ネルー。明日、俺の代わりにヒロとディオン行く?」

「いくー!」

「いや、ネルは俺の代わりにカイトとディオン行くんだよなー?」

「うん、いくー!」

「泣かすわよ?あんた達。」

「まあまあ、エレナ。」

 タツミとエレナがパンを盛った皿と山菜スープの鍋を持って来た。



 翌日-聖クリシュナ王国騎士団 ディオン駐屯本部 司令官室-

「入れ!」

 室内から入室許可の声が聞こえると、カイトが扉のノブに手をかけ室内に一歩

入ってから敬礼した。

「第二予科隊所属、下級従騎士カイト、只今帰還致しました!」

 カイトの背後にはガチガチに緊張しているヒロの姿も見える。

 保護院で朝食を取った後、カイトは乗り気じゃないヒロを無理やり軍馬の後ろに

乗せてディオンの駐屯地に向かうと、そのまま司令官室に直行したのである。

「よく来たな、2人共。・・・そんなに固くなる必要は無い。まあ掛け給え。」

 生まれて初めて「絨毯」なるものが敷かれたフカフカの地面の部屋に入り、勲章

や賞状、ピッカピカの武器や防具が所狭しと飾られた壁棚に圧倒され、挙句の果て

に筋肉お化けみたいな女性から異様な圧を感じる視線に晒され、ヒロは猛烈に萎縮

していた。

「では確認だが、君の名前は?」

「ヒ、ヒロっす。・・・・・・ヨロシクオネガイシャス。」

 もはや不審者みたいになってるヒロを見てカイトが必死に笑いを堪える。

「私はクリシュナ王国騎士団、ディオン駐屯部隊副司令官、カエラ・アマンダだ。

隣に座る男はクリシュナ王国騎士団、ディオン駐屯部隊所属、上級監査官のデリ

ヒア・ロードスだ。カイトの騎士団招致で保護院に出向いた際に、彼は一度君とも

対面している。まあ、顔は少々強面だが萎縮する必要は全く無いぞ。デリヒアも

そんなに凝視してやるな。ほら、怖がっているだろ。」

-いやいや、怖えーのは筋肉お化けのアンタだよアンタ!

 フルフルと頭を振るヒロ。

「おっと、これは失敬。悪かったな少年。ほら、菓子でもつまんだらどうだ。」

 デリヒアが机の真ん中に置いてあった「甘玉」と呼ばれるお菓子を詰めた小瓶を

ヒロの前に置いてくれた。

「あ、はい。・・・アザース。」

 -食った途端、金よこせとか署名しろとか言って来ねーだろうな?

 上目遣いに筋肉女とこっちガン見男を観察するヒロ。

「遠慮するな。」

「食べていいんだぞ。カイトもどうだ。」

「はっ!戴きます!」

 -これ、食わねーと逆にヤバい空気になってる。・・・もしかして甘玉の中になんか

入ってんのか?

「えっと・・・・・・イ、イタダキマス。」

 カイトが甘玉を口に入れたのを見届けてからヒロも口に含んだ。

「時に確認なのだが、ヒロ。君は男の子でいいんだよな?」

 カエラは確かめるようにヒロの顔を眺めた。

「はぁ?」

「いや、顔が綺麗すぎるというか、やけに整ってるもんだから一応確認したのだ

が・・・」

「俺、バリバリの男っすけど。」

「そうか、すまなかったな。気にしないでくれ。それじゃ、村で女子にモテるだろ。」

「そ、そんな事ナイッスけどっ!!」

 顔を赤らめて強く否定するヒロを見て、こういう純朴さはカイトとそっくりだ、

と思いつつ、苦笑しながらカエラも甘玉に手を伸ばした。

「ああ、ブルク村だと君と同年代の子はいなかったか・・・。まあ、この話題はさて

おき、例の件に関して話すとしよう。」

 カエラは数枚の書類を手に取り、足を組んだ。

「最初に言っておく。我々自身がドミの林で実際に目にした「奇跡」、及び状況

証拠、そしてカイト訓練生や関係者による証言を総合して鑑みるに・・・ヒロ少年。

君に関して周辺諸国を巻き込んだ熾烈な争奪戦が始まると我々は見ている。故に

我々はドミの林で起きた出来事については極力秘匿するべきであると判断した。

・・・君も色々と周りに自慢したいだろうが、自分と近親者達の身の安全の為にも

今回は我慢して欲しい。今ここで私達とはっきり約束出来るかな?」

「俺、そんなガキじゃないっすよ。そ、それくらい分かってるし。誰にも言う訳

ねーじゃん。」

 ぶっちゃけ何も分かっていなかったヒロは、「熾烈な争奪戦」や「自分と近親者

の身の安全の為に」という言葉を聞いて不安になり、院に帰ったら真っ先にタツミ

とエレナに口止めしようと心に誓った。

「君の保護院の方々を含め、当駐屯部隊にも既に箝口令を敷いてある。心配は無用

だ。」

 君の考えている事などお見通しだ、と言わんばかりに副指令は苦笑した。

「え?・・・あ、はい。それは・・・アザマス。」

「聞き訳が良くて助かるよ。・・・では、君の話を聞かせてくれるかな?あのドミの林

で起きた事を全て、包み隠さずに教えて欲しいんだ。あそこで君はいったい何を

した?」

 カエラとデルヒアから強い視線を感じる。

-これ、言っていいのか?いきなりキレられそうな空気なんだが?

「え・・・っと」

 口籠るヒロ。

 部屋に重い沈黙の時が流れる。

「ふむ。・・・よろしい。では、我々がドミの林に到着するまでに直面し、この目で

見た事を先に話しておこうか。」

 返事に窮しているヒロを見て、落ち着かせようとしたカエラが話の方向を変えた。

「我々はあのドミの林から少し離れた渓谷付近で2千頭近い黒竜と交戦していた。

その戦闘中、黒竜の群れの中で司令塔となっていた巨大な竜が忽然と姿を消した

んだ。」

「司令塔?」

「我々は古竜と呼んでいる。黒竜達を統率し指揮官の役割を果たす・・・いわば黒竜達

の王だな。歴戦の魔族の王達の中でも最上位に位置する個体だ。君も見たはずなん

だが。」

「ほら、一番最初に俺達のとこに飛んできた、あのよく喋るクッソでかい竜な。」

 チラ見してくるヒロにカイトが説明を加える。

「あ、あいつな。へー、あいつが竜の群れを統率してたんだ・・・。えっと・・・・・・

あった。古竜王か。」

「古竜王?古竜の間違いでは?古竜は黒竜達の王の位置づけで・・・」

「いや、あいつは古竜王だよ。古竜は他にも4匹いたけど、古竜王はあいつだけ。」

「こ、古竜が4頭!?」

「それは本当か少年っ!?」

 カエラとデルヒアが同時に声を上げ、ヒロに顔を近づけて食い入るように瞳を覗き

込む。

 カイトの背後に隠れ、必死に威嚇しようと拳を振り上げるヒロ。

「ま・・・待った。とりあえず一旦落ち着こう。今の話は後でしっかりと聞かせてもら

うとして、まずは私の話を最後まで聞いて欲しい。」

 カイトがヒロの頭を殴って隣に座らせた。

「古竜・・・いや、古竜王と呼ぼうか。古竜王が突然消えたのは、その予備動作から

瞬間移動、もしくは空間転移という特殊な祝福、またはそれに類する派生能力を

使用したからだと我々は確信している。奴は一瞬でどこかに移動し、その数分後、

我々全員がアポカリプティック音を聞いた。」

「アピポクピィップ?」

「アポカリプティック。最上位種の竜が死ぬ間際に出す特大の断末魔の事だ。君達

にも聞こえていたはずなんだが・・・。」

 今度はカエラがカイトをチラ見する。

「はっ!自分達も聞きました!」

「あ、あの最後のゴガガアアアってうるさかったやつ?」

「それだ。アポカリプティック音というものは、周りの竜族を呼び寄せて報復を促す

効果があると言われている。今回も竜の特大の断末魔が遠方から聞こえた直後、

我々と交戦中だった2千頭の竜が一斉にドミの林の方向に移動を開始したんだ。

無論、我々も全速力で竜の群れを追った。その結果、我々はドミの林の中央付近

の開けた草原地帯・・・黒竜達が威嚇旋回しているあの草原へと辿り着いたんだ。

・・・そこに君達がいた。そして-」

 カエラはヒロを見つめる。

「驚く事に、上位種、最上位種の竜だけが持つ最強最悪の遠距離攻撃・・・黒炎砲口弾

を上空から一斉に撃とうとしていた大量の竜達が、あっという間に姿を消していっ

た。ものの数十秒で、二千頭の竜が、全て、だ。」

 副指令の隣ではデルヒアが無言でヒロを見つめている。

「私達が確認出来た範囲で、あの時、あの場所で、竜に対抗しようと「何かをして

いた」のは・・・少年。君だけだった。」

 重い沈黙が流れる中、カエラは決してヒロから視線を外そうとしない。

 -うっわ・・・やっぱこれ、めっちゃキレられてんじゃん!!

「お、俺、マジでよく覚えてなくて・・・」

 ヒロの返答を聞いたカエラは無言で隣のデルヒアに視線を走らせる。

 デルヒアは暫くヒロを見つめ、静かに首を横に振った。

「少年、すまないな。デルヒアは反応や表情から真偽を測る事も出来る「観察」の

祝福を持っているんだ。君は感情や思考が表情に出やすい。嘘はつかずに正直に話

してもらえないだろうか。」

「ヒロ。正直に全部言えばいいんだって。誰も怒んねーから。何が起きたのかを知り

たいだけなんだ。」

「べ、別に嘘を言ってる訳じゃないし・・・いや、まあどっちかって言うと嘘に近い

かもだけど-・・・」

「俺も本当の事が知りたい。」

 カイトの真剣な眼差しを受けて、ヒロは観念したように溜息をついた。

「・・・はぁ。分かった。言うよ。・・・・・・あの竜は俺が祝福を使って全部殺した。」

「祝福!?君の祝福は何だ!?」

「抽出。説明が難しいけど、対象から色んな物が抽出できる。・・・最初の古竜王は、

たまたま魂核を抽出しちゃって、で・・・気付いたら殺してた。その後で竜が大量に

来た時は範囲版の抽出を使って竜達を丸ごと抽出していった。」

「丸ごと抽出?・・・それはつまり、殺したという事か?」

「殺した。でも向こうが先に俺達を殺そうとしてきたんだぜ!!」

 予想していたとはいえ、ヒロ以外の三人は物凄い表情で固まっている。

「俺、悪くねーし。」

「りゅ、・・・竜を殺した事を叱るつもりは無い。殺らねば殺られる状況だ。しかし、

あの数の黒竜を・・・古竜を含めた黒竜の群れを一瞬で殺せるものなのか・・・」

「嘘じゃないって。殺した竜の死骸全部持ってるし。なんなら派生能力?で注入って

のを覚えたから出せるけど?なんなら魂核とか全部出すよ?」

 カエラが感情の死んだ視線をデルヒアに向ける。

 デルヒアが驚愕の表情でカクンカクンと頷いた。

「ま、待ってくれ。ここに出されたらこの部屋が魂核で埋まってしまう。一つだけで

いいから今見せてもらえるかな?」

「いいよ。じゃあ、これ。・・・最初に殺した古竜王の魂核ね。神級魂核ってやつ。」

「い?」

「え?」

 突然ヒロの膝の上に現れた大人の上半身くらいの大きさの魂核を見て驚く3人。

 かなり重そうだが、ヒロは軽々と持ち上げてゴドンッッ!!とテーブルの上に

置いた。

 カエラとデリヒアは言葉を忘れて魂核を凝視する。

 -い・・・今、どこから取り出したんだ!?

 -こっ、これは・・・

 そして思わず2人で見つめ合った。

「分からない事ばかりですが、とりあえず・・・これは黒竜の魂核とは色も大きさも

明らかに違います。・・・しかし、魂核に神級が存在するというのは初耳です。我々の

常識では最上級が最も高品質という認識でしたが・・・。しかもどこも損壊せず、完全

な状態を保っているとは。」

「つまり彼は、魂核という唯一の急所を狙わずに古竜王を仕留めた、という事に

なるな。」

「同意します。魂核を抽出して殺したという彼自身の証言の裏付けともなりましょう。」

「常識ではまず考えられん。デルヒア、お前の「観察」でこの魂核から何か読み取れ

ないか?」

「表情を読み取るのとは違いますから、私程度の熟練度では何とも。今、私に分か

るのは、これが読み取り不可能な未知の階級の魂核であるという事のみ。王都の

魔研か経連の査定局にでも持ち込ない限りは分析も解析も難しいかと思われます。」

「そうか。・・・ならば少年。少しの間この魂核を預からせてもらえないだろうか。」

「いいよ。ドーゾドーゾ。」

「これが本当に古竜王の魂核、神級の魂核というのであれば、人類史上初の至宝・・・

値段の付けられない第一級国宝に相当する貴重品、という事になる。」

「だ、第一級の国宝ぉ!?」

 ヒロがガバッと立ち上がった。

「私が忠誠を誓うクリシュナの王の名にかけてここに宣言する。この魂核は然る

べき調査を経た後、必ず君に返そう。その後すぐに王宮から君の下に使者が遣わ

され、買い取り交渉を持ちかけてくると思われる。その時は大いに値段交渉を

頑張ればいい。」

 カエラがウィンクをする。

「そ、そう?・・・分かった。じゃ、持ってっていいよ。」

「しかしそうなると、だな・・・本当にあの数の黒竜を君が倒した、ということに

なる。・・・あの群れをたった一人で倒すか・・・少年。」

 カエラが観念したように呟いた。

「一応言っとくけど、あの群れは黒竜だけじゃなかったよ。古竜以外に・・・黒竜、

魔竜、死竜、闇竜の4種類いて、全部で2千頭超えてた。正確には・・・2133頭

だね。」

「なにっ!?古竜と黒竜だけではなかったのか!?」

「最上位種の竜が全て揃っていただと?」

「ん?まあ・・・黒竜が一番多かったけど、種類は雑多だね。」

「待ってくれ。君の話が正しいなら、あやつらは第6、第7類強種の竜が勢揃いして

いる群れだったという事になる。これは非常に珍しい事なんだ。」

「ん?・・・よく分かんねーけど、竜は全部で5種類いた。ほとんど黒竜だけどね。」

 カエラがデルヒアをチラ見する。

「嘘ではないようです。」

「マジだって。」

「そ、そうか・・・。突然の夜間戦闘、かつ酷い混戦状況で我々も種別差や個体差の

判別までは十分に出来ていなかったのは事実だ。上位、最上位の竜が揃っていたと

聞いて驚いてしまった。疑うような言い方をしてすまなかったな少年。」

「そんな事はどうでもいいんだけど・・・やっぱ念の為に確認しとく?死骸。・・・それ

ならここじゃなくて広場の方がいいかな・・・。」

「あ、いや・・・私は君を信用するよ。大丈夫だ。」

 無言の時間が流れる。

「俺、説明下手かも?カイトが説明した方がよくね?」

「あ、いやいや。大丈夫だ。・・・それにカイトは勿論、タツミ殿を含め関係者全員

から既に話は聞いている。なぜ君がドミの森に居たのか、なぜあの古竜王がカイト

達を追ってドミの林に現れたのか、その理由を含め、君達と古竜王との間で交わされ

た念話、あの林での君達の全ての言動・・・、そして君が軟化魔結晶体を大量に出した

経緯も全てな。今日は他でもない、君の話が聞きたいから呼んだんだ。」

「う、うん・・・。」

「どこを見ているのかは分からんが、君は竜や魂核の名前、数を正確に読み上げる

かのように答えている。つまり、君は我々には見えない何かを見ながら話している

んだな?。それで古竜じゃく古竜王だと分かったし、黒竜だけじゃなく最上位種の

竜の部族が集まった群れだと分かった。違うかい?」

「そうだけど。えっと、頭の中に文字が走る感覚って分かる?」

「熟練度が上がったり、祝福関連で変化があった時の感覚の事だろうか?」

「そそ。あれがずっと頭のどっかに残ってて、見ようと思えばいつでも見えるって

感じ。」

「ほう・・・。では、その魂核はどこから取り出したんだい?」

「んー・・・」

 真剣に返答を考えているヒロの思考に連動し、祝福の「聡明叡智」や「看破」が

自然と発動した。

「なんつーか・・・抽出の祝福にくっついてる特殊な空間というか・・・そういうの全部

ひっくるめて抽出というか・・・うー、言葉にするのすっげームズい。とりあえず抽出

の祝福はどっか特別な空間に直結してて・・・抽出した物はそこに全部保管されるって

仕組み。で、そっから「抽出」で取り出してる。・・・たぶん。」

「ふむ・・・。了解した。・・・聞きたい事が沢山出て来たのだが、君は先程、相手から色んなものを抽出出来ると言ったね。他に何を抽出したのか教えてもらえるかい?」

「えーと、さっき言った竜の魂核に・・・魔石に、竜の躰の各部位っしょー。あと竜の

熟練度とか魔力。それと竜が持ってた祝福とか派生能力とかも全部抽出して奪って

る。いっぱいあり過ぎて読み上げるの面倒臭いくらいガッツリ持ってる。」

「ふう・・・。」

 カエラが頭を抱えた。

「それらがよく分からない場所に全部保管されているのかい?」

「物質はね。物理的に保管出来ないものは俺が・・・いや、違うな。もう俺のものに

なってるっていうか、もう吸っちゃってるっていうか・・・んー、朝起きてすぐここ

に来たからまだ試してないけど、竜から抽出した祝福とか派生能力とか全部使えるよ、俺。多分・・・ね。」

「ま、待ってくれ。まず確認だが、君は竜から魔力や熟練度を奪って、それらを

取り込んだと?」

「うん。魔力の他にも胆力や霊力も獲れてるけど、これは闇竜の胃の中で消化中

だった・・・まだ生きてた獣族と精霊族の分っぽい。全部数値化されてて、魔力は

・・・96396740922746獲れてる。」

 ヒロが甘玉を一つ取り上げて、そして皆の前で消した。

「今のは生命力の代わりに魔力を消費して「抽出」してみた。普通に使えるね、

魔力。」

 カエラが驚きの眼差しを向け、しばし黙り込んだ。

「生命力の代わりに魔力を代用する・・・そんな話、聞いた事がありませんな。」

「私もだ。・・・少年、その魔力の数値は・・・多いのかな?」

「どうだろ?分かんねーけど。」

「だろうな。本来、熟練度以外のものは数値化されていないはずなんだ。魔力が

数値化されているのが本当なら、人間族の生命力も数値化されるという事にな

るだろう。・・・これは言い換えると余命を数値化、可視化している事と同義だ。」

「そう・・・っすね。なるほど。」

「問題はそこだけじゃない。君が魔力を取り込んで蓄え、しかも使えている、

という点も非常に不可解だ。」

 そう言って再び黙り込むカエラ。

 デルヒアが口を開いた。

「魔力とは魔族のみが持つ得る力と命の根源。絶対に人間族が持ち得ないもの

であり、人間族と相いれないもの・・・というのが我々の認識だ。」

「え、そうなんすか?」

「人間は生命力、魔族は魔力、精霊族は霊力、獣族は胆力、天族なら天力を宿し

てこの世に生まれて来る。そして祝福を賜うこれら5大種族は、各々が持つ力を

消費して己が祝福を行使する。これはこの世界の「理」だ。」

「あー・・・神命式でもそんな話聞いたっけ。」

「例えば魔力を含んだ魔石を飲み込んだとて、我々が魔力を保有したり、使用

したりする事など到底出来ない。」

再び聡明叡智と看破が自然と発動した。

「ふむー。・・・ま、飲み込む事と取り込む事は別だと思う。抽出したものは完全に

取り込んじゃう。そういう仕様だとしか言えないや。」

カエラがヒロを見つめた。

「正直なところ、君の話が予想外過ぎて戸惑っている。・・・君は先程、熟練度も

抽出したと言ったな?」

「したよ。竜の群れから抽出した熟練度は全部で1713762121になって

んね。・・・その前に古竜王を倒した時は120222獲得してたはず。・・・うん、

間違い無い。1713762121と120222だ。」

「も、もはやありえん数値ですな。」

「竜を倒す前に熟練度が上がった経験はあるのかな?」

「ないっす。」

「という事は・・・2つの数値を足すと・・・現在の君の熟練度は1713882343になるはずだ。その数字、書き留めさせてもらうぞ。デルヒア、すぐにメリア司祭

を呼んでくれ。」

「はっ!」

「ん、メリアって誰?」

 ヒロが隣のカイトにそっと尋ねる。

「前に話した月一で俺達の成長度合いを調べてくれる従軍司祭のおばさんな。めっ

ちゃ優しい人。」

「あ、ああ・・・。」

 この話し合いって、まだ続くのか・・・と言わんばかりにヒロが長椅子から少し

ズリ落ちた。



「し、信じられない・・・。」

 司祭が驚いたように手で口元を抑えた。

「メリア、この少年の熟練度はいくつに見える?」

「こ、この子の熟練度は343です!」

「343?」

「待て、下三桁の数字は符合している・・・が。」

「で、でも、・・・これって、」

「どうしたメリア?」

「私の鑑定の熟練度では、はっきりした数値は3桁までしか読み取れないの

です。・・・ただ、343の数字の前に・・・滲んだ余白が見えます。」

「余白?」

「それで?」

「いやでも・・・あり得ない・・・」

「メリア、はっきり言ってくれ。」

「は、はい。鑑定士の間では、この滲んだ余白は読み取れない「数字」だと考え

られています。鑑定が昇華すると、この余白が狭まっていきますので。この子の

場合、滲んだ部位の幅からして・・・熟練度は・・・9、いえ、10桁に到達している

と思われます。」

 メリアの言葉にカエラとデリヒアは顔を見合わせ、そして溜息をついた。

「そ、そうか。分かった。急に呼び出してすまなかったなメリア。この事は内密

で頼む。最高度の秘匿事項だ。」

「畏まりました。」

「メリア司祭、「抽出」という祝福の詳細について教会に問い合わせてくれないか。

加えて、街のワグナー大司祭と協力して、独自に調査も進めて欲しい。この祝福に

関して分かった事があれば随時、副指令か私にまで報告を。これも最高度の秘匿

事項とする。」

 デルヒアがメリアに指示を出した。

「畏まりました。「抽出」ですね。すぐに取り掛かります。」

 メリア司祭が立ち上がり深々と頭を下げると、まるで神でも見るかのように畏敬

の念の籠った視線をヒロに向け、部屋から出て行った。

「やはり・・・とんでもない存在だったか・・・。」

 メリアが出て行ったのを見届けてから、カエラは驚き疲れたように椅子の背もた

れに全体重を預けた。

「騎士団に入って毎日のように他種族討伐に参加し、熟練度を稼いだとしても、除隊

時に3桁に届くかどうかなんだよ。・・・普通は、な。」

「まじっすか!?」

「この駐屯部隊で一番熟練度が高い私でも189。これでも他種族討伐数は聖王国

騎士の中で第2位だ。第1位のアズマ殿でさえ熟練度は241と聞く。」

「我が王国における伝説の英雄騎士たるデルフィン公は、熟練度が400を超えて

いたとされておる。つまり貴殿は人間族基準でいうなら間違いなく異端の存在だ。」

「あれ?でもさ、他種族を仕留めれば熟練度って奪えるんすよね?」

「勿論だ。」

「古竜王一匹倒しただけで俺でも120222まで増えたんすけど?しょっちゅう

他種族を討伐してる騎士団なら余裕で熟練度10万とか100万とか超えそうじゃ

ね?」

「いや、様々な理由からそうはならないのだよ。」

「んー・・・?」

「3つの理由がある。まず一つ目として、他種族討伐による熟練度の獲得という

ものは、討伐中に対象の魔力なり胆力なりを削った人数、つまり有効な攻撃を

当てた人間で頭割りになる。勿論、有効な攻撃を加えた回数や与えた被害の度合い

に応じて獲得熟練度は大きく変わる。 敵が古竜、魔族の中でも最強と目される

災害級の個体ともなれば少なくとも4師団・・・30000人以上で編成する大型討伐

になる故、獲得できる熟練度も頭割りになり、そこから更に個人差が生まれる。」

「・・・ほお。」

「2つ目の理由として、討伐状態や討伐方法などによっても獲得数値は大きく変わっ

てくる。一般的に知られている情報として、熟練度獲得の為の討伐は出来る限り対象

の魔力や胆力を削らずに屠る事が推奨されてるんだ。短時間で瞬殺した時と、長期

戦で相手の魔力なり胆力なりを削り切ってから倒した時とでは、対象から摂取出来る

熟練度の数値は大幅に違ってくる。」

「へー・・・。」

「これに加えて、魂核の状態も重要になる。討伐では他種族の急所でもある魂核を

破壊してしまうのが一番手っ取り早いが、破壊度合いに応じて獲得熟練度も目減り

してしまう。と、まあ・・・人間に置き換えて言うなら、心臓の損壊状態と生命力の

状態は討伐による獲得熟練度の増減に直結するといえる。」

「ほへー・・・。」

「3つ目、これが最大の理由になるのだが、他種族を討伐しても対象の熟練度を

全部奪える訳ではないんだ。討伐による熟練度獲得値は対象が魔族と獣族の場合、

討伐対象個体の保有熟練度値の1割程度と考えられている。そこから先程説明した

通り、様々な要因で更に減算されていくことになる。」

「たった1割なんだ!・・・魔族と獣族以外は?」

「精霊族の場合は大きく違って来る。倒して得られる熟練度は討伐対象個体が保有

する熟練度値の5割以上、部族によっては8割を超える事もある。」

「ほー。んじゃあ、精霊族の討伐は熟練度を貯めるには最適って事か・・・。」

「その通りだ。これが原因で精霊族は歴史を通じて他種族からの襲撃を執拗に受け

て来ている。特に精霊族の亜人種・・・エルフ種やドワーフ種などは何度全滅しかけた

か分からん程にな。・・・あと、天族については全く不明だ。人類が討伐したという

記録も伝承も残っていない。」

「そうなんすか・・・。」

「これで大まかな計算式が分かったと思うが・・・一応、我々の判定基準についても

説明しとくと、他種族の上位種・・・つまり第5類強種の場合、有している熟練度は

平均5桁と想定されている。最上位種である第6類強種になると6桁の中半から

後半。他種族の王や災害級の特殊個体を指す第7類強種ともなれば、6桁後半から

7桁台に到達する。因みに史書の中には推定7桁中半と思われる異常個体との遭遇

についても記録されていたりする。」

「へー、・・・7桁すか。」

 -あの俺、10桁なんだが。

「・・・あれ?ちょい待った。・・・そうなると俺の熟練度の数値って-」

「気付いたか少年。魔族の古竜王を単独で倒して12万の熟練度を獲得したという

のはまだ分かる。しかし・・・2千頭の第6、第7類強種の竜を倒して10桁にも届く

熟練度を得たとなると、・・・獲得値が余りにも多すぎるんだ。」

 三度ヒロの中で聡明叡智と慧眼が自然発動する。

「あー、分かった。俺、最初の古竜王の討伐以降は、対象の熟練度を「抽出」で

丸ごと奪ってるからだ。」

「あっ・・・そうだった!君はさっき抽出で熟練度を奪ったと言ってたな!」

「失念しておりました!・・・なるほど。最強種の竜族2000頭の熟練度を丸ごと

獲得したとすれば・・・10桁強の熟練度に到達しているのも納得です。むしろ適正値

かと。」

 合点がいったと言わんばかりにカエラとデルヒアが視線を交わす。

「でもさ、それだと人間が他種族を討伐するとかってキツくね?逆に騎士団はどう

やって他種族を倒してんすか?相手が上位種とか最上位種なんかが相手だとヤバい

っしょ?」

「率直な意見だな、少年。」

 予想できた質問にカエラが微笑んだ。

「大前提として、他種族の中で上位種や最上位種の個体数は極めて少ない。人間族

と争い事が多い魔族や獣族の場合だと、9割9分が第2類強種や第1類強種に属す

ると考えていい。つまり一般的には下位種や最下位種と呼ばれる層が圧倒的大多数

を占めているんだ。熟練度でいうと3桁に届くか届かないかくらいの個体だな。」

「あぁ、んじゃ人間とそれほど差がついてる訳じゃないのか。・・・でも第3類強種

以上が出て来たらヤバくね?」

「神命式でそういう話は無かったかな?」

「え?聞いたっけ・・・」

「聞いただろ。ほら、ワグナーの爺さんが「知恵と道具を利用して他種族を追い

払った」・・・とか言ってたじゃん?」

「そうだっけ?」

「まあ、説明すると我々が上位種や最上位種まで倒せているのは、我々人間族には

蓄積された知識があるからだ。そしてその知識を熟考して知恵に変え、更に経験を

加えて智恵から叡智に変える。そうして獲得した「戦術」があるからこそなんだ。」

 カエラの指先がコツコツとこめかみを叩いた。

「例えば、種族にはそれぞれ弱点というものがある。我々はそこをつく。」

「ほへー・・・」

「そして、我々人間族が他種族の強敵に打ち勝てる最大の要因。カイト従騎士、答え

てみろ。」

「はっ!人類は、「戦術」に加えて「道具」、つまり戦闘を強力に支える高性能な武器

や防具、そして戦闘補助道具を作り出したからであります!」

「具体例を述べよ。」

「はっ!高位の魔族との戦いの場合、純度の高い聖輝水を浴びせるか、第二バウス

技術期以降の方法で精製加工された、聖砂や清輝砂を周囲に散布すれば勝率は8割

を超えると推定されます。この為、討伐時には半包囲陣形の展開と共に第三式型

イシュ拡散砲弾、及びダルバイ型仕込み投擲弾が有効とされており、加えて広範囲

聖水散布網、範囲型粉塵聖幕などの戦闘補助具の使用は必須と考えます。更に武器

では、弓ならユードル式塗布用矢じり、槍であればアグア型仕込み穂先、剣であれば

バニシア式聖水鋳造鉄、もしくは聖剛鉄との合金刃、盾なら聖防反射塗料の塗布が

望ましいとされています。」

「よろしい。」

「うっは、なにカイトすげー・・・。勉強してんだなあ!何言ってんのか全く分かん

ねえ!」

「毎日勉強してるっつーの!」

「君から預かっている軟化結晶体や魂核などは、そういう色々な強力な道具や素材

を作る際の材料にもなるんだよ。」

「へー・・・。」

「無論、魔族だけではない。どの種族にも対応出来るよう、我々騎士団には常に万全

の備えがある。まあ、天族だけは別だがな。」

「なんで天族は別なんすか?・・・さっきからなんか天族だけ特別枠扱いしてるけど。」

「天族というのは、創造神マルドゥクスが直接生み出した従僕達を指す言葉だ。

俗にいう「神の使い」や「天使様」ってやつだな。彼らは創造神からの勅令にのみ

従い、最古の時代から他種族の争いに一切加わらず、中立の立場を現在に至るまで

堅持している。故に我々人類の敵とはなり得ない存在だ。それ以前に・・・彼等は我々

が手を出せる次元には生きていない。」

「え!そうなんすか!」

「うむ。君は天使様を見た事があるかい?」

「ないっす!」

「皆同じだ。伝説や伝承に存在が示されているだけの種族。詳細は不明。故に別枠

扱いになっている。」

「た・・・しかに。なるほど。」

「ところで個人的に知りたい質問を一つしてもいいだろうか?」

「あ、うん。どぞ。」

「熟練度が上がると同時に、高度な祝福の行使に耐えられるように生命力、身体

機能や身体能力にも強化補正がかかる。つまり今までよりも強くなれる。その事は

知っているな?」

「うん。」

「熟練度が10桁に達するとどれほど補正がかかるものなのか、それを是非確認

したい。」

「えっと・・・俺、熟練度補正だけじゃなくて、竜が持ってた常時発動型の強化系の

祝福とか派生能力とか腐る程抽出してんすよね。しかもほぼほぼ最上級。それに

称号による各種強化とかも常態化されてるしで、そういうのも一切合切も乗っか

って来てるんすけど・・・。」

「ほお!」

「今はそれを派生能力の「心身調律」とか、祝福の「調律抑制」とかでほどよく

制御してる感じっす。全部解放したら・・・地形とか簡単に変えちゃうもんで。」

-秒で国が潰れるわ。

「・・・ほう。その調律というのは解けないのかい?」

「いつでも解けるよ。調律抑制は感情の昂りだけでも勝手に解ける事もあるから、

正直ちょっと怖い。」

 カエラが好奇心に満ちた視線をヒロに向けて武者震いした。

「なら、少年。第二闘練場まで来い。君の強さを確かめさせてくれ!」

「副指令・・・」

「大丈夫だ、デルヒア!」

 嬉々として立ち上がるカエラをデルヒアが心配そうに見つめた。



「おい、なんか副指令が例の竜殺しの少年を連れて第二闘練場に向かってるらしい

ぞ!」

「それって、試合でもすんじゃね!?」

「試合!?どこで!?」

「今、第二闘練場に向かってるって!」

「まじか!見に行こうぜ!」

 カエラがヒロ達を率いて闘練場に到着し、戦闘の形式と勝敗の判定基準を説明して

いる間に、噂を聞きつけた騎士達が大量に闘練場に押し寄せていた。

 デルヒアが「見世物じゃないぞ!」と追い払うと、騎士達は闘技場を見渡せる隣

の監視塔や近くの官舎の上階まで移動し、この世紀の一戦を見逃してなるものかと

必死に目を凝らした。

「あいつら・・・。」

「いいではないか、デルヒア。私が勝つにしろ負けるにしろ、彼等にも大きな刺激に

なるだろ。」

「ま、まあ・・・そうですが。」

-とはいえ今のところ・・・この少年からは「強さ」も「恐怖」も全く感じない。ごく

普通の少年なんだが・・・

 カエラはヒロを推し量るように見つめ、ゆっくりとルーティン化した柔軟運動を

始めた。

「では少年、好きな模擬戦用武器を手に取っていいぞ。私は君と同じものを使おう。

一応、私の方は君に攻撃を当てないように極力寸止めに徹するつもりだ。君は好き

に戦いたまえ。といっても・・・君は対人戦闘の経験は皆無だろ。デルヒア、彼が怪我

する前に試合中止の判断を適時出してくれ。」

「はっ!」

「え、好きに戦っていいの?」

「待て、抽出は無しだぞ?」

 カエラがマジマジとヒロを見つめる。

「も、勿論ッス。笑えねーって。」

 ヒロの言葉を聞いてカエラの口元が不敵な笑みで歪み、その双眸が鈍く光った。

「一応、言っておく。・・・先程も話した通り、人間は知識や経験を戦術に変えるから

こそ、敵対種族を駆逐し古竜をも殺して来た。甘く見るなよ少年。私は・・・強いぞ。」

 ヒロの眼前に立つ筋肉お化けが、より威圧的で攻撃的な筋肉怪獣になった気配が

した。

「じゃあ俺、剣とか槍とか使った事ねーから、タツミから教えてもらってる体術で

いくよ。」

「ほお、体術を習っていたのか。なら私も格闘術でいくが・・・判断を謝ったな少年。私が持つ祝福は「格闘術」なんだよ。変えるなら今のうち・・・」

 ヒロの雰囲気が一転する。

 -え?

 ヒロの全身から爆発的に溢れ出した凶悪過ぎる「力」をカエラは本能で感じ取っ

た。

 -な、・・・なんだこれは!?

 カエラのうなじが恐怖で逆立つ。

「とりあえず心身調律と調律抑制を緩めたけど・・・」

 更にヒロが発するこの世の物とは思えぬ威圧感にあてられ、カエラは冷や汗と

震えから立っている事さえも難しく感じた。

「ま・・・待った・・・。」

「ん?」

「身体強化系の祝福は全部使って・・・いるのかな?」

「いや、ご希望通り熟練度補正値を全解放しただけ。後は調律したまんまだよ。

あ・・・でも、面白そうな攻撃系の祝福がけっこうあるから、それはちょい試したい

かも・・・。なんかヤバそうな感じの攻撃があるんだよなー。即死滅魂とか瞬撃殲滅

ってやつ。・・・あ、でもこれは使っちゃマズいやつだ。即死系に・・・ディオンごと

消し飛ばしちゃう系だ。」

「い、・・・いや、待っ・・・」

「あ、待って。これ、すばしっこい古竜とか黒竜が使ってた「瞬間移動」って祝福

だ!いいじゃん、かなり使える!ほら、・・・ほらっ!」

 カエラの思考が止まりかける。

「あと近接戦闘に混ぜて使うと良さげなのって・・・んっ!?闇属性魔法の黒炎魔弾

って・・・確かこれ、竜達が空から撃とうとしてたやつ?・・・うっはああっ!やっぱ

そうじゃん!!これすっげええ!!見て!!超イカつい爆炎っっ!!試しにこれ、

拳に纏って殴ってもい-」

「ま、・・・待った、・・・待ったぁっ!!!」

「?」

「た、立ち合いは終わりだ。・・・君の実力はよく分かった。部屋に戻るとしよう。」

「えっ?終わり?まだ何も試せてない・・・」

「うむ、終わろう。」

「だめだ。ここで終了だ。」

 カエラとデルヒアが揃って首を横に振り、ヒロが纏っていた無邪気かつ凶悪なる気と威圧感が急激に萎んでいく。

「すまないな少年。私はまだ死ねなくてな。まあ、戻って菓子でも食べて落ち着きたまえ。デルヒア、すまないがラベンダーのハーブティーとクッキーをヒロに出すよう

給仕担当に伝えてくれ。ラベンダーには精神鎮静効果がある。ティーは出来る限り

濃い目で頼む。大至急だ。」

「はっ!」



「諸君、待たせたな。」

 指令控室にカエラが入って来た。

 その後ろから無精髭の中年男も入って来る。

 銀髪の角刈りに頑固さを感じさせる何かを噛むように閉じた口。

 上着越しでも分かる鍛え抜かれた両腕と胸板。

 デルヒアとカイトが一瞬で立ち上がって敬礼をした。

「かまわん。楽にしろ。」

 そう言うと、男は真っ先に席に着いた。

 カエラを筆頭に誰も座らず、少し足を開いて「休め」の体勢で立哨する中、生まれ

て初めてクッキーなるものを貪っていたヒロが、一人取り残された様に座ったまま、

え?え?とキョロキョロしている。

「お前達も座ってやれ。坊主が落ち着かねえだろ。」

「はっ!失礼しますっ!」

 3人が背筋を伸ばして座った。

「お前がブルク村のヒロか。」

 サイモンは上着の裏止めから銀のケースを取り出し、蓋を開けて中から葉巻を

取り出した。

「う、うん・・・そーです。はぃ。」

 下手な敬語をヒロに強制させるくらいには、男から圧と威厳が溢れ出している。

 葉巻の先を切り落とすバチン!という音が部屋に響いた。

「俺はディオン駐屯部隊の総司令官をしているサイモンだ。お前に関する情報は全て

部下達から聞いている。先程もカエラ副指令とメリア司祭から報告を聞いたところ

でな。」

 サイモンの葉巻に火を着けようと近寄るデルヒアを左手で制し、自分で葉巻の先に小型火結晶石を押し付けて炙った。

「率直に言おう。坊主、騎士団に来い。今では到底見えない世界をお前に見せて

やる。」

「え、俺!?あ、いや、いいっす。」

 吐き出された紫煙が部屋を漂う。

「・・・ん?・・・それは断ってんのか?」

「え?うん。」

「理由を聞かせてくれ。」

「理由って言われても・・・。」

 ヒロは言葉を探して黙り込み、そして口を開いた。

「なんつーか、保護院って成人を迎えても男は1年間なら居てもいいんすよ。俺は

ギリギリまで皆と・・・保護院の皆と一緒に居たいかなーって思ってて。その後の事は

まだ何も考えて無くて、今んとこ未定。ただし、俺はブルクから出るつもりは無い

んで。」

「ああ。・・・俺も昔は同じだった。分かるぞ、その気持ちは。」

 サイモンが苦笑した。

「この話はお前には少し早かったかもしれんな。・・・だがな、男なら外の世界を見て

みたいと思う日が必ず来るもんだ。その時になってから、なんの準備も手段も無い

奴は絶対に人生楽しめねえ。だからこそ将来の備えってのが大事になってくるんだ。

・・・坊主、手を貸してやる。お前に、生きていく為の情報と技術を全て叩き込んで

やる。その後は王都の特務騎士団でも王宮の近衛騎士でも好きな部隊を選べ。俺が

直接推薦状を書いてやろう。この国を・・・全部をその目で見て来い。お前ならこの国

の歴史に名を遺す騎士になれるぞ。この俺が保証してやる。どうだ、ワクワクしない

か?」

「いや全く。・・・そういうのマジ興味無いんで。」

 サイモンが宙に向けてゆっくりと煙を吐いた。

 ヒロの返答を聞き、ソファーの背もたれに腕を回して何かを考えるように吐いた煙

の先を見つめる。

 しばらく無言の時間が流れた。

「・・・そうか。じゃあ、こうしないか?」

 サイモンは組んでいた脚を降ろして少し前のめりにヒロを見つめた。

「ブルクに住みながらでいい。俺の下で働け。お前が成人したら俺がブルク村にお前

の家を準備してやる。で、お前に任せたい仕事がある時はうちの伝令を出すか、伝書

鳥で知らせるから、説明を聞く為にここに顔を出すんだ。その指示に従って仕事を、

「討伐」をしてくれればいい。まぁ、討伐って言っても簡単に言えば狩りだ狩り。

悪い人間、有害な他種族、危険な害獣を狩るだけの簡単なお仕事だ。必要なら支援

要員も付けてやる。頻度は月に多くても2.3回ってとこだな。被害報告や通報が

無ければ実働無しの月だってある。ただし、狩りになると遠出する事も普通にある

と思ってくれ。それと、この仕事中に抽出した物は正確に俺に報告する事。特殊品、

貴重品、高級品、需要品を抽出した場合は速やかに王国に買い取って貰う事。その

手配は俺かカエラがする。で、それとは別に毎月の給与だが・・・毎月セイン純銀貨

3枚が基本給になる。で、「狩り」1回につき追加報酬として更にセイン純銀貨を

3枚出してやる!これで坊主も大金持ちになれるぞっ。どうだ!」

「・・・なんか専属の冒険者みたいな感じっすね。」

「あ、ばれた?・・・なかなか鋭いな坊主。」

 サイモンが涼しい顔で葉巻を吹かす。

「坊主、誕生日はいつだ?」

「9の月っす。」

「なら、もう再来月には成人だろ?・・・先の事はまだ何も考えてないとか、そんな

悠長に構えてる暇なんかねーだろが。保護院から追い出される日なんざ、あっという

間に来ちまうぞ。村を離れずに破格の棒給の仕事が今あるんだ。この話、乗るしか

なくないか?」

-まー・・・それは確かに。

「・・・もしも、その「狩り」ってのに失敗したり、仕事続けるのキツいってなった時

はどうなるんすか?」

「何事にも失敗は付き物だ。精一杯努力した結果なら失敗しても責めたりはせん。

ただし失敗が続くようであれば・・・、ここで泊まり込みの研修でも受けてもらうか

なぁ。・・・だがまあ、最上位種の竜2千頭を瞬殺するお前が失敗するような討伐

なら、そもそも人間族には不可能な狩りだったってこった。こっちも仕方ねえって

なるわな。あと、どうしてもこの仕事を辞めたくなったら俺に言え。退職金は

ガッポリ出してやる。」

「その時、ブルクの家は取り上げる?」

「取り上げない。家はお前のもんだ。」

「おー・・・。」

 どや顔をするサイモン。

「でもさ、俺の力を見た訳じゃないのに、なんで俺の事をそんな高く買ってくれん

の?話が旨すぎて怖いんだけど。」

 猜疑心がチラつくヒロの顔を見て、サイモンが後頭部を掻いた。

「お前の力ならもう見たぞ。」

「いつ?」

「俺の可愛い部下達がクソったれな森で二千頭の竜に絡まれて全滅しかけたが、

なんと全員が奇跡的に生きて戻って来やがった。そして俺の部屋には、うちの連中

が総出でも解析も分析も出来ねえ不気味な巨大魂核と、見た事も無い程に高品質

で、見た事もない程の量の軟化魔結晶体が保管されている。あと、俺が最も信頼

している部下のカエラとデルヒア、そして20年来の付き合いがあるメリアが、

10桁の熟練度だと断言するガキが今、目の前に座っていてなぁ。極めつけは、

遠目にだが闘練場でものすげー殺気を出したと思ったら、何度も現れては消えて

の瞬間移動を繰り返して、しまいには上位以上の竜しか出せねーはずの激ヤバの

獄炎を両腕に纏わせたのをこの目で確認してんだ。これでまだ信じない奴なんて

いんのか?」

 小声で捲し立てるように一気に喋ったサイモンが葉巻を吸い、そしてゆっくりと

紫煙を吐き出す。

「ふーん・・・。」

 -嘘はついてないっぽいし・・・ならまあ・・・その仕事ってやつを請けてみてもいいか

なぁ。

「狩りって・・・人も殺すんだよね?」

「殺す。王国の民を嬲り、奪い、殺すような連中は種族に関係なく殺す。それが俺達

の使命であり存在意義だ。・・・嫌か?」

「いや、そうでもない・・・かな。」

 まるであの日の竜達のように、旋回しながら立ち昇っていく葉巻の煙をずっと見つ

めていたヒロは最後にカイトを見た。

 視線に気づいたカイトが大きく頷き、会心の笑みを浮かべて親指を上げる。

「うん。・・・分かった。その仕事受けるよ。」

「よし、よく決断したっ!それで正解だ、坊主!!デルヒア、外部雇用契約書を持っ

て来てくれ。あと例の件の契約書もな!」

「はっ!」

「え、怖っ。なんか展開早っ。例の件って何?なんすか?」

「とりあえずお前が今持っている物を買い取りたい。あの異常に大きな魂核とか、

鼻が曲がりそうになる軟化魔結晶体も、全部だ。」

「今持ってる物って、竜の死骸とかも?」

「あん?竜の死骸だぁ!?」

「古竜王以外は竜を丸ごと抽出したから、分解状態の死骸を2千頭分くらい持ってん

だけど。」

「はぁっ?・・・そんなもんどこにあるってんだ?」

「説明出来ないけど保管してる。いつでも出せるよ。」

「司令官、彼の言っている事は真実です。私とデルヒアも、彼が神級の魂核をどこ

からともなく取り出したのをこの目で確認しております。」

「これ、古竜の牙ね。とりあえず一本。」

 ヒロは大人の片脚ほどの大きさがある鋭い牙を片手で支え持ち、ゴトンッ!と

テーブルの上に置いた。

 サイモンが咥えていた葉巻の先から灰が机上に落ちる。

「全部買い取る?」

「勿論・・・勿論だとも。・・・と、とりあえずお前が竜と戦って得られた物は、一切合切

全部買い取らせて欲しい。・・・てか、まじか。」

 -あ、そういやカイトが竜の体は高く売れるとか言ってたな・・・。

「別に良いよ。」

「分かる範囲でいいから何を持ってるのか教えてくれ。」

「えっと・・・分解状態の古竜の死骸4頭分、黒竜1863頭、魔竜22頭、闇竜15

5頭、死竜89頭分と・・・あとは魔石が獲れてる。特級が18、最上級853。これ

で全部。あ、ちな魂核は傷一つ無しだよ!」

「・・・い?そんなに・・・か。」

 総司令官の男は古竜の牙を横目に思わず口籠った。

「・・・ほ、ほう。それはまた・・・凄まじい量だな。」

 そして動揺を隠す様に小さく咳払いをした。

「簡単に説明しとくと、まずだな、古竜と黒竜の大半は第7類強種、他は全て第6

類だと考えてくれ。こいつらの魂核は凄まじい額で売れる超絶高級素材だ。加えて、

こいつらの体内からたまに採れる魔石、あとは角、歯、牙、爪、骨、目、鱗、皮、

血、腎臓と肝臓、膵臓、胃袋、肺、魔素袋、炎袋、魂核周辺の筋肉と翼を動かして

る筋肉はめちゃくちゃ高く売れる。」

「ほへー・・・」

「第6類の竜種の成体で一頭分を完売した場合、まあそうだな・・・数十人が一生派手

に遊んで暮らせるくらいの金になる。第7類は一頭丸ごと取引された記録が無い。

討伐に参加した国、領地で取り分が分割されるからだ。なもんで正確には分からん

が・・・とりあえず俺が言えるのは第6類の何十、何百倍も儲かるって事だな。」

「まーじっすか・・・。」

「後、竜ってのはな、今言った以外の部位は全てゴミだ。素材にもならん。肉も硬い

し臭いしで食えたもんじゃねえ。それどころか人間や畜獣には有害な部位も多いか

ら、それらは早急に焼却処分にする必要がある。」

「え、有害?」

「ああ。有害というより有毒って言った方が分かり易いな。敵国の工作兵によって

竜の有害部位が井戸に投げ込まれた大国が、一夜にして壊滅したーなんて話もある

くらいだ。どこの国も、そしてどの領地も、人と物の出入りを厳しく管理してるのは

そういう理由もある。」

「ほへえ・・・。」

「竜の死骸から金になる部位だけを正確に取り出して、有害部位は完全に焼却

する。・・・坊主、お前にそれが出来るか?」

「やった事ないけど・・・超面倒臭そう。」

「だろ?ま、話を戻そう。そういう訳で今のお前は、とびっきり特殊で、高額で、

厄介な物を大量に持っている。」

「うん。」

「無論、現物を見てみない事にははっきりと言えんが、お前が今さっき言った物を

俺が分かる範囲でざっと換算しただけでも・・・でっかい国を買い取れるくらいの金額

にはなるだろ。」

「はぁい?国ぃ!?」

「比喩だ比喩。ま、売ってくれる国があるんなら買えるだろ。・・・だがな、お前が

持っているその量を売られると、多くの人間が困る事になるんだ。ちと難しい話に

なるが、物には相場ってもんがある。それが崩れちまうと大損する貴族やギルド、

商人が出て来る。その結果、しわ寄せを食らって仕事を失う国民が一気に増えち

まう。・・・更に厄介なのは、お前が売りに出した物を道具や装備に加工して使えば

大概の戦争で圧勝出来るって事だな。これは大袈裟でも何でもねえぞ。世界各国の

勢力図がコロッと変わっちまう量と質だ。坊主、分かるか?・・・もしもそれらが敵性

国家や非友好国の手に渡った時、この王国は終わる。」

「・・・。」

「そこでだ。幸運な事に我がクリシュナ王国の王族は反吐が出るくらい金を持って

やがる。そして王都に居を構える上級12貴族を筆頭に43の有力貴族、100を

超える古参有力議族、国内330以上の大商家、500を超える各種大手ギルドに

2大教会、それとは別に王国内に三千人ほどいるとされている個人資産家や成金達。

こいつらもタンマリと金を貯め込んでやがる。こういう金持ち連中を一手に纏めて

いるのが「経連」・・・クリシュナ経済連合って組織だ。坊主も聞いた事くらいある

だろ?」

「勿論知ってるよ。たまたま金茸が採れた時にディオンの経連支部に持ち込んだ事

あるし。・・・てか、経連ってそんなに凄い金持ち団体だったんだ。」

「うむ、まあな。ってことで、手っ取り早く、かつ安全に貴重品を売り捌きたい時

は経連に丸投げしたらいい。これは経連との「提携契約」って言うんだけどな。」

「何それ?」

「まず経連と年間契約を交わして手数料を払う。そうするとお前が指定した日に経連

側からお前が売りたい物を引き取りに来てくれる。勿論、お前が直接持ち込んでも

かまわん。するとだな、その売りたい品々の代行販売をしてくれるんだ。それだけ

じゃなく、商品の洗浄や浄化、補修や修繕、死骸の解体処理から危険部位の除去と

処分等、そういう商品管理も含めて一切合切全部してくれる。」

「へー。」

「流れとしては、商品を市場に流す前に、経連の幹部や会員達が個人的に欲しいと

思う物を先に相場、もしくは予想落札価格に少し色を付けて可能な限り買い漁って

くれる。購入希望者が多いと非公開競売が開かれる。で、売れ残った物は経連が

公開競売会を開いて代行販売してくれる。公開競売品のみ落札価格の1割が税、2割

が経連の取り分、お前には7割が支払われる事になる。そして全ての売買契約から

得た利益を回収し、お前の下に届けてくれる。まあ、商売に関しては奴等は天才だ。

先程言った相場がどうだのと心配する必要は全く無い。それに、買い手の身元と身辺

を徹底的に調査した上で物を売ってくれるから、敵対勢力への流出も起きる心配が

ない。」

「ふーん、便利だね。」

「売り上げは一括、もしくは分割でお前が指定する場所に届けてくれるし、経連の管理部に預けて蓄えておく事も出来る。経連に預けておくと、王国は勿論、経連に

加盟している同盟国であれば、どこの街や村でも騎士団や経連に加盟しているギルド

支部、教会なんかを通しても預入や引き出しが出来るから便利だぞ。勿論その場合、

限度額ってのはあるがな。」

「へー・・・」

「俺がお前に経連との提携契約を薦めるのは、便利なだけじゃなくて経連が信頼で

きる相手は絶対に騙さない組織だからだ。信用を名誉と見做す組織だからこそ安心

して付き合えるし、他人に薦められる。あとな、魅力的なのは・・・この大陸で最高の

「人脈」ってのが手に入るって事だな。」

「人脈?」

「お前に国内外の権力者や金持ちの知り合いが沢山出来るってこった。今はまだ

分からんだろうが、年を取れば取るほどに、この人脈ってのが効いてくる。場合に

よっちゃあ、金よりも大事なもんだ。」

「んー・・・とりあえず、経連は俺が売りたい物を金に換えてくれるんだよね?」

「うむ。ただし金に代わるまで多少なりとも時間はかかるし、さっき言ったように

年間手数料がかかる。」

「高い?」

「あの軟化魔結晶体を売れば数十万年間は契約できるくらいの金額だ。」

「ふむ。」

「それに公開競売成立時に落札価格の2割は取られる。」

「それくらいならいいや。契約するよ。」

「良い判断だ!なかなか見込みのあるガキじゃねーか!なあカエラ!」

「はっ!同意であります!」

「あんまりガキ扱いしないでくれる?俺、再来月成人だし。」

「ああ、すまんすまん。お前はもう立派な大人だ。子供扱いするつもりは無かった

んだぜ。じゃ、経連の契約も併せて済ませるとするか。」

「ひとついい?なんで騎士団が経連の契約の窓口みたいな事してんの?」

「そりゃあーお前、国王と王族が経連の運営側に属してるからに決まってるだろ。

飼い主の為に全力で働くのが俺達番犬の役目ってもんだ。なもんで俺達王国騎士団も

加盟団体じゃなく運営団体に登録されている。さっきも言ったろ。売り上げを経連

に蓄えた場合、各街の駐屯騎士団でも払い出し可能だってな。」

「ふむ。」

「ついでに国にとって「危険」な物品の売買や流通を監視も出来るし、有利な立場で

貴重な各種素材や武具とか道具を入手出来るんだ。一石二鳥どころか三鳥、四鳥だ。」

 デリヒアがスッと数枚の書類をヒロの前に置いた。

「坊主は読み書き出来るか?」

「うん、保護院で教えてもらってる。」

「そうか。一枚目は俺との雇用契約書、2枚目はクリシュナ経済連合との提携契約

書になる。で、こっちはそれぞれの控えだ。控えはお前が大切に保管しておけ。まず

契約書をよく読んでから俺が言った事が本当に書かれてるかを確認しろ。難しい

単語とか文章があれば今のうちに遠慮なく聞いてくれ。それで納得出来たら署名

しろ。最後に俺が締結の決印で契約書に封切りをして完了になる。」

「ん、分かった。」

 言われた通り契約書を読み進め、念のためにカイトにも読んでもらって意見を交わ

し、全ての書類に署名をしていくと、最後にサイモンが契約書を4つに折りたたんで

机の上に置いた。

「我、ロス・サイモンが此度の契約の証し人として、ここに証書を封切りする。・・・

坊主、これらの契約に同意をするのなら、契約書の上に手を置け。」

 ヒロが手を置くと、その上にサイモンが手を重ねた。

「決印。」

 サイモンが唱えると同時にヒロの手の下で契約書が一瞬で燃えて霧散した。

 思わず凝視するヒロ。

「驚かなくていい。この契約書は特別な呪印紙でな。契約を誓約化できるんだ。」

「なにそれ?」

「故意に誓約を犯した人間の感情や思考、精神状態に敏感に反応する術式だ。・・・

で、王宮や教会、各種ギルドにいる誓約監査官とかに一斉にバレて即刻情報が共有

される。関係するギルドや誓約監査局による捜査の結果、厳重注意で終わる事も

あれば、場合によっちゃー俺達や冒険者達に国中追いかけ回されて、同盟国や友好

国にも手配書が回って、捕まったら首ちょんぱになる。」

「こっわ。」

「その控えよく読んどけ。失くすなよ。」

 一際大きくサイモンが煙を吐き出した。

「さてと・・・でだな、話は変わるんだが-」

 男のホクホク顔が真顔に変わった。

「鏡の森の一件について王宮に報告した結果、・・・坊主。お前に召還命令が出た。」

「召喚命令?」

「王様とかこの国のお偉いさん連中が、お前と会ってやるからちょっと城まで面貸せ、と言って来た。」

「はあ!?俺、別に会いたくないんだけど?・・・え、行くのって俺だけ?」

「お前だけだ。」

「一人で王様に会いに行くとか無理。・・・うん、絶対無理。」

-まあ、何も知らねえ田舎のガキにいきなり国王からの召喚命令ってのはキツイ

わな・・・

 サイモンがヒロの表情から察して頬を掻いた。

「まあ聞け、坊主。ちょうど5日後に魂核とこの牙、そして軟化魔結晶体を引き取り

に王都から経連の移送団が来る。王都に行く時はそいつらの馬車に乗っけてもらえ

ばいい。どうせ奴らにとっては帰り道だ。向こうに着いたら城の衛兵か、出迎え連中

のとこまでお前を連れていくように伝えておいてやるから。お前がこっちに戻って

来る時は、王都の南外門周辺で適当に乗り合い馬車を捕まえて帰って来い。馬車の

御者にちゃんとディオンに行くか確認してから乗るんだぞ。あと、行き帰りの路銀も

王都での食費と宿代も一切合切俺が出してやる。どうだ、これで無理じゃなくなった

ろ。」

「う、・・・うーん。」

「ついでに、向こうで王への謁見を済ませたら、経連本部に寄って倉庫にその2千頭の竜の死骸をぶち込んで来い。ここに出されても困る。経連が移送部隊を派遣して

運ぶのにも限界があるからな。竜2千頭分とか普通に無理だ。」

「でも・・・なんかさー、俺」

「カイト訓練生!」

「はっ!」

「去年、お前が新人の訓練生として従騎士認定した翌週だったか、一人で王都の騎士団本部まで行ったよなあ?」

「はっ!下級従騎士登録書の提出と基礎能力検査の為、王都の騎士団管理部にまで出向致しました!」

「カイトは一人で行ったが、坊主には無理か。」

「はぁぁ?余裕なんだけど?」

「じゃ、行ってこい。出発は5日後の正午だ。時間厳守だから遅れずにここに顔出すんだぞ。」

「分かった!」

 苦笑するサイモン。

「よし!・・・今日は良い話し合いが出来た。感謝するぜ坊主。それと最後に一つだけ話しておく。カエラからも説明があったと思うが、黒竜の群れの討伐の件とお前の

存在は王宮と俺達騎士団の判断で極秘扱いになっている。事件の詳細は王宮でもほん

の一部の人間にしか知らされていない。理由は分かるな?」

 素直に頷くヒロ。

「お前を巡って問題が起こらないようにする為の配慮ってやつだ。だが、そんなお前

が王に謁見して、国宝級の軟結晶体やら特大の魂核やら古竜の牙やらを経連に持ち

込んだ挙句、更に大量の竜の死体を経連倉庫に納品しました、となりゃあ・・・そんな

配慮してる意味が無いくらいに悪目立ちするだろ?」

「あ・・・うん。」

「それで今回はデコイを準備する。」

「何すかデコイって。」

「早く言えばお前の偽物だ。要はお前だってバレなきゃいいんだからな。だったら

うちの騎士団から誰か選んで変装をさせて、お前のふりをさせれば済む話だろ。

ディオン訛りの謎の腕利き冒険者、お前はそいつに最近雇われた従者としてついて

いけばいい。ただし王宮で王と謁見する時はちゃんとお前自身が対応するんだぞ。」

「あー、なるほど。そういう事ね。・・・でもそれだとデコイ役の人に迷惑がかかる

んじゃね?」

「変装させるし正体がバレなきゃいい。万が一感づかれても騎士団として知らぬ

存ぜぬで押し通す。俺達、聖クリシュナ王国騎士団に手を出して来る奴なんざ、

大陸中探してもまずいねえから。ま、俺達としては坊主の情報が漏れて他国に引き

抜かれたり、拉致られるよりかは百倍マシってこった。」

「うーん。・・・でもなんか悪いし、そういうのはいいや。竜からちょうど良さげな

祝福を採れてんだ。・・・これとか。」

 一瞬でヒロがタツミに似た中年男の姿に変わった。

「「変化」って祝福。これ、いけるっしょ?」

 開いたままのサイモンの口から咥えていた葉巻が落ちた。

「アチッ!あ、ああ・・・。そうだな。それでもかまわねえが・・・ただ、お前を襲う輩が

もしも出て来-」

「そん時は容赦なく抽出する。」

サイモンが静かにヒロの眼を見つめる。

-本気だな。

総司令官は苦笑した。

「まあ・・・そうだな。俺の仕事を請け負うんだ。自分の身くらい自分で守らなきゃ

いけねーか。・・・だが、やり過ぎんなよ。」

「ういっす。あと、俺からも最後に一つ質問あるんだけど。」

「なんだ?」

「経連に売る物って増えてもいいの?」

「高級品、希少品、貴重品、需要品、その類の物ならいくら増えてもかまわんぞ。

むしろ大歓迎だ。ただし不人気品とか粗悪品とか、そういうゴミはいらん。」

「分かった、了解っす。・・・んじゃ、腹減ったし俺そろそろ帰るね。あと、カエラ

さん。」

「ん?どうした少年。」

「カイトを逃がしてくれて、・・・こいつが死なないように命張ってくれて、ほんと

あざっした。」

「ありがとうございました!!」

「それが上に立つ者の役目だ。礼など不要。カイト、いずれお前も新人や仲間達の

為に命を張る時が来る。精進するんだぞ。」

「はっ!!復帰一発目の午後の訓練から俺・・・マジで頑張ります!!」

「じゃあ、俺は5日後だっけ?移送隊が到着する日にまた来るよ。」

「おい坊主、契約書の控えを忘れんな。それと、移送隊は5日後の正午きっかりに

ここを出発する。時間厳守だ。絶対に遅れるなよ。」

「心配し過ぎだって、おっさ-」

 サイモンが流し目でヒロを見つめる。

「ん?おっさん?」

「いえ、サイモンさん。」

「おう。命拾いしたな。気を付けて帰れよ。」

「ハイ。」

 席を立ち、いそいそと部屋から出て行くヒロ。

 サイモンとカエラが無言で視線を交わす。

 -売る物って増えてもいい?

 その質問に答えた時、ヒロがほんの一瞬だけ・・・したり顔で笑ったのを2人は

見逃さなかった。




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