第3章 出陣
ブルク村 集会場-
「ノーマンさん、これで村の男衆は全員集まったはずだ。」
村の幹事を勤める大柄の男、エテロが声をかけると、隣に座っていた村長の
ノーマン老人が頷いてからゆっくりと立ち上がった。
「皆、落ち着いて聞いて欲しい。先程、ディオンの駐屯部隊から来なさった伝令
騎士様からの報告じゃ。・・・皆も知っておろう、鏡の森、北東の方角の奥地に出現
した牛鬼の群れを討伐する為、現地に向かっておったディオンの駐屯騎士団の討伐隊
じゃが、道中で別の魔族共の奇襲に遭ったそうじゃ。現在、討伐隊はここブルク村
に向けて撤退中との事ぞ。伝令騎士様のあの慌て方じゃと・・・討伐隊の被害はでかい
やもしれん。」
集会所が重い沈黙に包まれ、タツミは顔色を変えて絶句した。
-そ、それじゃカイトは・・・
言葉を失い、よろよろと地面に尻持ちをついてしまう。
-やっぱり・・・あの悪夢は予知夢だったんだ
「お、おいおい!大丈夫かタツミ!?」
男達がタツミに駆け寄り、立ち上がるのを助けるために肩を貸そうとすると、
エテロがタツミの脇に腕を入れ力強く引き起こした。
「落ち着け、タツミ。カイトは後方支援、討伐隊の最後尾について出て行ったのを
俺は見ている。移動中の騎士団ってのはな、緊急時には要人と共に後方の新人達が
撤退する時間を必ず稼ぐんだ。それが団の規則、鉄則だ。何よりカイトはガキの頃
から足が速かったろ?あいつなら大丈夫。騎士団討伐隊の外部支援要員だった俺が
言うんだ。今は俺を信じろ。カイトは必ず生きてブルクまで戻って来る。」
エテロの言葉がゆっくりと、そして確実にタツミの心に根を下ろしていく。
-そうだ。カイトが死ぬと決まった訳じゃない。あくまで予知夢が伝えている
のは、あの子が負傷して助けが必要って事だけ・・・
必死に自分を落ち着かせようとしているタツミの眼に、思考力と力強さが戻って
来ているのを確認すると、エテロはノーマン老人に視線を向けた。
「説明を続けてくれ、村長。」
改めて男達の視線が村長に向けられる。
「そ、それで?」
「俺達は?」
「どうすんだ、ノーマンさん。」
「・・・うむ。伝令の騎士様によれば、伝書鳥によって部隊の撤退報告が齎されてから
ディオンの駐屯騎士団が迅速に対応しているとのことじゃ。早ければ明日の朝にも
駐屯部隊の主力で編成された討伐隊が、ここブルクを経由して撤退中の討伐隊の救援
に向かう手筈になっとる。」
「俺もノーマンさんの隣で伝令騎士殿の報告を聞いていたんだが、今度の編成には
王国屈指と評されるディオン駐屯部隊が誇る聖剣騎馬隊と魔剣騎馬隊も全員招集
されているらしい。皆も安心していいぞ。」
エテロが言い添えると一様に安堵の空気が流れた。
「そ、そうか!」
「良かった・・・。」
「聖魔、両方が揃って出るとか絶対大丈夫だろ!安心だ!」
「じゃが、魔族の群れが撤退してる討伐隊を執拗に追ってきとるらしくてな。下手を
すればこの村もどうなるかは分からんて。それで伝令騎士様が来なさったんじゃ。
皆も心して聞いてくれ。ディオンの駐屯騎士団から正式にブルク村の全住民に対して
ディオンの街への避難命令が出たとの事ぞ。明日の正午にはディオンの街の全ての
外門が緊急閉鎖されるでな、それまでに儂等はディオンに逃げ込まねばならん。
可能な者は今からでもディオンに向かってくれ。向こうに着いたらマドラス教会が
儂等を受け入れてくれるそうじゃ。なもんで、とりあえず中央大通りにある大きな
教会に向かえばええ。」
「ま、まじか・・・。」
「なら、すぐに避難すっか。」
「でも、いつブルクに戻って来れるんだ?」
「畑も家畜の世話もあるし、長々と空けるなんて出来んぞ?」
「俺も同じ気持ちだ。しかし家も畑も命あってこそだろ。」
幹事の一言で皆が黙り込む。
「今、儂等に出来る事は一日も早く魔族が討伐される事を願うだけぞ。・・・それで
なんじゃが、この村は明日から討伐隊の後方支援基地としても使われるそうじゃ。
ならば村の共同資材置き場と共同食糧倉庫は鍵をかけずに討伐隊に自由に使うて
もろて、討伐を頑張ってもらおうと思うんじゃが・・・反対の者はおるかいの?」
「それでいいと思う。」
「一大事だ。かまわねえよ。」
「だな。全部寄付したらええ。」
「賛成だ。」
「俺も賛成だ。」
「うむうむ。皆に感謝するぞい。さて・・・今晩中に避難する者は全員村の西門に
集まるとしようか。エテロ、引率を頼めるかの。儂は最後まで残ってから、出遅れ
た者達と伝令騎士様と一緒に明朝ディオンに向かう事にする。」
「分かった!任せてくれ!」
「では儂からは以上じゃ。他に何か話し合っておく事はあるかいの?無いならこれで
解散するよって。」
蜘蛛の子を散らした様に集会所から男達が飛び出していった。
深夜にも関わらず、外では荷物を抱え松明やトーチを手にした人々が村の西出口を
目指して急いでいた。もはや村の秋祭り以上の喧騒である。
その頃、保護院では集会場から戻って来たタツミがヒロとエレナに全ての事情を
話し終えたところだった。
討伐隊に被害が出ている事や自分が不吉な悪夢を見続けていた事はあえて伏せた
が、顔に出さないように話したつもりでも2人はタツミの様子から何事かを感じ
取っているようだ。
「現状だと、この村に被害が及ぶ可能性が0とは言えないらしいんだ。それで念の
為にディオンの街に避難をしないといけなくなったんだよ。急な話だけど僕達も
ディオンに急ぐとしよう。」
タツミは2人を安心させるように肩に手を置いて頷くと、ヒロとエレナが準備して
くれていた荷袋を肩に背負った。
「待ってよタツミ。カイトは?・・・カイトは無事だよね?」
ヒロがタツミに問う。
「ああ、無事だよ。たぶん明日中にカイト達もブルクまで退避して来るだろうし、
追加編成される主力部隊と合流してから魔族の殲滅に移るはずだ。心配はいらない。
カイトは絶対大丈夫だ・・・から。」
自分に言い聞かせるようにヒロの問いに答えたものの、タツミは思わず俯いて
しまった。そしてそのまま黙り込んでしまう。
「・・・タツミ?」
その姿に思わずエレナが声をかける。
-助けてっ!!
トラウマのようにこびり付いたカイトの悲鳴が頭の中で木霊する。
-予知夢の事はこの2人に説明のしようがない・・・
タツミは顔を上げると、何かを決意したかのように2人を見つめた。
「いいかい、よく聞くんだ。ヒロとエレナはネルを連れて今からディオンに避難
すること。」
「タツミはどうするんだよ!」
「タツミは?」
「私はブルクに向けて撤退してくるカイトを出迎えようと思う。後方支援のカイト達
には真っ先に撤退指示が出ているはずだから、この村に戻って来る第一陣にカイトが
いるはずだ。カイトと合流して一緒にディオンに向かう事にするよ。実はこう見え
て、冒険者時代にはギルドで翼竜も倒した経験があるんだ。なあに、必ずあの子を
連れて戻る。大丈夫だよ。」
タツミは精一杯のアピールを兼ねて胸をドンと叩いた。
-カイトが大丈夫ってのは嘘だ
ヒロはタツミの隠しきれていない悲壮感を見抜いていた。
ーだってタツミ、泣きそうじゃん
「タツミ、・・・でもそれって、カイトの撤退には助けが必要って事だよね?」
「い・・・いや、そんな事は無いと思うよ。個人的にあの子の無事を確認したいだけ・・・
というか・・・」
「だったらその役目は俺がするよ。」
ヒロが真剣な目でタツミを見つめ返した。
「ヒロ、それだけは絶対にダメだ。」
「タツミ、俺も今年で成人だぜ?それにさ、この村でカイトを待ってても意味なんか
無いから。カイト達は絶対にここには来ない。」
ヒロは自信に満ちた声で断言した。
「鏡の森の北東の奥地からの撤退でしょ?それだとカイトなら間違いなくドミの林
に逃げ込むはず。そして絶対にあそこから動かないよ。だって一番の安全地帯だし、
こっちにまで退避してくる意味が無いもん。それどころか追っかけて来た魔物が
ブルクの村を襲うかもだし、カイトも騎士団もそんな事は望まないと思う。必要
なのはドミの林に戻って来る騎士団の為の食料と水、医療品だって。」
思わずタツミがヒロの眼を見つめる。
「でも、タツミはドミの林に行く近道とか、荷物を載せた手押し車を押して行ける
ような平坦な道とか知らないっしょ?俺なら鏡の森の南側なら隅々まで知ってるし。
夜でも迷わずにドミの林に着ける。だってガキの頃から狩りも採取も遊びもぜーんぶ
森でしてんだから。タツミ、代わりに俺がドミの林に行ってカイトに薬とか食料を
届けてくるよ。」
タツミは静かにヒロを見つめていた。
「ヒロ、その平坦な道ってやつを教えてくれないかな。私が行くから。」
「タツミを連れて行く事なら出来るけど、説明はちょっと無理かな。道も目印も無い
ような獣道だし。」
「そうね・・・。」
黙って聞いていたエレナがタツミの袖をそっと掴む。
「タツミ、ヒロ達の足の速さ知ってるでしょ?ヒロなら間違い無くドミの林に誰より早く、確実に到着出来るわ。それよりも私達がディオンまで避難する方が危険だと
思う。」
確かにエレナの言う通りだった。ディオンの街に行く間に通過するヘイルの草原
では、夜間になるとエルダーウルフに遭遇する可能性が俄然高まるからだ。
今ならブルク村の出口で集まってる人達と一緒に移動して集団迎撃も可能とは
いえ、もしもエルダーウルフが群れになって襲って来た場合、さすがに無傷で
ディオンに到着とはいかないだろう。
万が一の場合、傭兵で鳴らしたエテロと二等級冒険者であった自分が受け持つ
責任が重くなるのは自明の理である。
「カイトを助けに行くのは俺に任せてよ。それに、ディオン駐屯部隊だって鏡の森の
南側は俺以上には知らないはずだし、ドミの林の位置どころか存在さえ把握してない
可能性だってあるじゃん?でも俺なら騎士団を見かけたら誘導して助ける事だって
できる。タツミ、俺に行かせて。・・・頼むよ。」
ヒロが真剣な眼差しで見つめる。
黙って頭をフル回転させていたタツミは、観念したように宙を仰いだ。
「・・・分かった、ヒロ。カイトをお願いできるかい。」
「うっす!」
タツミは肩から荷袋を降ろし、ドミの香木を取り出して二つに割ると、半分をヒロ
に手渡した。
「これはヒロが持っておくんだ。それと・・・」
食器棚の上に置いていた木箱を降ろして蓋を開けると、中から2本の小瓶を取り出
した。
「回復の蒼水だ。これも持って行きなさい。危ない時は迷わずヒロとカイトが使うん
だよ。」
青い水溶液が入った細い硝子瓶を2本ともヒロに手渡した。
1本で冒険者の1年分の報酬に匹敵すると噂される程の高価な薬水。
回復力、治癒力、再生力の点で非常に優秀とされる、通称「蒼水」である。
子供達の命が危険になった時の為に取っておいたタツミの最後の切り札であり、
今回タツミが単身でカイトの下に向かおうとした理由でもあった。ヒロも蒼水に
ついては噂話程度には聞いた事があったが、現物を見るのはこれが初めてである。
「う、うん、分かった。もしもの時の為にこれは持って行くね。あと・・・」
ヒロは暖炉に向かうと、突き刺していた鉄製の引っ掻き棒を手にした。
「これも持って行く。危険は無いだろうけど、もしもの時用に武器はあった方がいい
からさ!」
ブンブンッ!と振ってヒロがニカッと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます