第2章 前兆

 半年後  夏-


「あ、くそーっ!逃げられたぁ!」

 岩狐が物凄い速さで逃げていく。

「やっぱ、もう一歩踏み込んでからの前蹴りが良かったか・・・。」

 獲物の姿が消えた草むらを悔しそうに睨む。

「つか、せっかく奇襲出来たのに迷ったから逃げられたんだ。・・・狩りは即断即決!いちいち迷うなっ!ったく・・・」

 ぶつぶつと独り言を呟きながらヒロは荷籠を背負い直して歩き出した。

 ここ「鏡の森」に生息している動物は筋力や敏捷性が高い種が多く、小動物でも

一般的な罠などは簡単に蹴散らしてしまう。

 故に、狩りには本格的な跳ね籠や鈎挟み、落とし網などの罠を使ったり、弓や窮、弩を使うのが一般的なのだが、狩猟用の罠や武器を買い揃える資金など今の保護院

には無い。

 そういう訳で、タツミ保護院ではもっぱら元手のかからない、そして狩りにも護身

にも有効な近接格闘術と投擲術を子供達に教えていた。

 タツミ自身が無手による近接格闘を得意としており、要人警護の分野では相当に

名の売れた冒険者だったから、という理由もあるのだが、そのタツミから見ても

格闘術に於いてヒロの上達速度には目を見張るものがあり、抜きん出た才能を感じ

ていた。


「岩狐の逃げ足の速さだけはマジ半端ねーな。・・・よいしょっと。」

 座るのに丁度良い倒木を見つけ、仕留めた獲物や集めた山菜を詰め込んでいた

大きな荷篭を地面に置いて腰を下ろし、暫し息をつくヒロ。

「ふいぃ・・・。ついでに祝福も使っとくかー。」

 ヒロは目の前に横たわるの倒木の上に石を置き、片手を近づけて慎重に「抽出」

を使ってみた。



 抽出により石英 獲得



 頭の中に文字が流れていく。

 見るからに石の表面がザラついたが、自分の手を見ても切り株の周りを見ても

抽出されたであろう「石英」らしきモノは見当たらない。

「やっぱなんもねーじゃん。・・・てか、石英ってなんだ?・・・・・・はあぁ。」

 溜め息をつく。

「やっぱ距離がダメなのかなぁ・・・。石を握りながらやってみっか。」



 抽出により雲母 獲得



 再び頭の中に文字が流れていった。

「だめだ、何も変わんねえ。獲得って言葉が流れても何も出て来ないし、そもそも

雲母って何?って話だし。・・・・・・うーむ・・・やっぱ、なんかやり方が間違ってんのか

なあ・・・。」

 とはいっても、抽出はディオン地方では前例が無い程の珍しい祝福との事で、誰に

尋ねても「分からない」と返されるのが関の山である。

「くうあああああ・・・創造神使えねえええ・・・抽出とかゴミじゃん!!!こんな事

繰り返してて本当に熟練度上がんのかよ!?上がってく感じが全くしねーんだが

あああ??」

 大きく仰け反りバランスを崩して草の上に落ちそうになるも、そのまま腹筋で起き

上がった。

「うあああああ・・・・・・、くっそぉー・・・」

 鬱憤を吐き出すように吠えてから立ち上がり、再び倒木に腰を掛けると、陰鬱な

溜息をついて最初よりも随分と軽くスカスカになった石を正面の樹に向かって投げ

つけた。

 石は狙った通り大木の幹に当たり、乾いた音を立てて崩れ散っていく。

 神命式以降、時間が出来ると石や木を相手に抽出を使ってみてはいるものの、結果

は毎回こうである。

 対象に何かしら状態の変化は起きるが、抽出された現物を見た事は一度も無い。

しかも抽出の祝福は数回使っただけで倦怠感を感じてしまうのだ。

 -これが生命力を消費してるって事なんかな?

 あまり経験したい感覚では無い為、積極的に祝福を使おうという気概が持てない

でいる。

「熟練度が上がれば身体能力とか運動神経とかも上がって、狩り効率も一気に上がる

って言うけど・・・なんだかなあ・・・」

 ヒロは再び溜息をつき、何気なく見上げた空に日没の気配を感じ取った。

「っと、そろそろ戻るか。」

 少年は重い荷籠を持ち上げて背に負った。



 大陸でも屈指の広さを誇る「鏡の森」。

 ブルク村と接する鏡の森の最南端周辺は、他種族や害獣が入って来ない安全地帯と

されている。

 理由は森の南部にのみ繁茂している「ドミの木」にあり、この木が出す分泌物や

分泌臭を魔族や獣族、そして一部の害獣が強く嫌う傾向がある為だ。

 故に古くからドミの木の群生地は人間にとっての安全地帯と認識されており、

ドミの木の枝や倒木などは、加工されて敵対除けや害獣除けとして使われているほど

であった。

 ブルク村から鏡の森に入って半刻程の場所に、とりわけドミの木が異常な程に

密生している「ドミの林」と呼ばれる群生地帯が存在している。

 この林を境に途端にドミの木はその数を減らして行く。故に、ブルク村ではこの

ドミの群生地を越えて森の中を進む事は固く禁じられていた。

 しかしヒロは日常的に「ドミの林」を超えた場所で狩りや山菜の採取をするよう

になっていた。

 無論、害獣や敵対種族と遭遇する可能性が跳ね上がるとはいえ、他の人が容易に

立ち入らない場所なだけに山菜や茸が豊かに育っており、またそれらを目当てに

狩りの対象となる中型の動物達も多く集まって来るからだ。

 ヒロにとってドミの林の先は危険を冒すだけの価値がある魅力的な狩場、採集場

となっていた。


「陽が高いうちにドミ林まで戻らねーと・・・」

 少年は周囲を警戒しながら早歩きで戻りだした。

「ん?・・・おー!?」

 ドミの林に戻る最中、ヒロは北東の少し小高くなった丘の上に隠れるようにそび

立つ、稀にみる程に大きく美しいドミの大樹を見つけた。

 その堂々たる佇まいは、もはや神秘的でさえある。

 少年は思わず蔦を伝って丘を登りきり、小走りで大樹に近づいていった。

「うはぁ・・・なんだこれ!でっけードミだなー!すっげー・・・!!」

 大樹の周囲をぐるっと回っていくと、途中で幹に大きな洞が開いているのを発見

した。

「お!なんだこの穴・・・。」

 好奇心には勝てず中を覗き込んでみる。

 -ん・・・真っ暗でなんも見えねー。・・・でもけっこう奥行きはあるっぽいな・・・。

 中からツグの実に似た甘くクセのある匂いが漂って来た。

「ここ・・・ランタン持ち込んで秘密基地にしてもいいなぁ。よし!場所覚えとこ!」

 周囲を見回してだいたいの位置を記憶すると、満足気に少年は大樹を後にした。



「エテロさーん!」

 ブルク村まで戻って来たヒロは、村外れの芋畑で鍬を振るう大男を見つけて声を

かけた。

「おう、ヒロ坊!森からの帰りか?」

「うん。今日はオオ鳥とマテル茸がいっぱい採れたんだ。お裾分けするよー。」

「お!どれどれー!」

 農作業で鍛えた巨体を屈めヒロの荷籠の中を覗き込むと、丸々と肥え太った鳥が

数羽と、通常の倍近い大きさの茸や山菜が所狭しと犇めいているのを見つめた。

「ヒロ、お前・・・ドミの林を超えたろ?」

「えっ!・・・いや、それはあのー・・・えっと・・・」

 エテロはヒロのおでこを強めに指先で弾いた。

「いってっ!!」

「ヒロ。俺は村の幹事として村の子供がドミの林を越えて、はいそーですかとは

ならねーんだ。どれだけ危険な事なのか、お前ならもう分かるだろ?」

 エテロの厳しい声が頭上から落ちてくる。

「・・・ご、ごめんなさい。」

「うむ。・・・・・・だがまあ、俺もガキの頃はよくドミ林を超えたもんだ。」

「え?」

 エテロはガハハと笑ってからヒロの肩に腕を回した。

「いいか、ヒロ。ドミの林は絶対に超えるな。・・・だが、どうしてもドミの林を超え

なきゃなんねえ時は、林でドミの木の枝を切り出して腰から吊るすんだ。絶対に面倒

臭がるんじゃねーぞ。これは男と男の約束だからな。」

「う、うん。分かった。」

 怒られてモジモジしているヒロの頭を豪快に撫でて、たかいたかいをするエテロ。

「エテロさん、俺もうガキじゃねーって!」

 怪力のエテロに抗えずプラーンプラーンと宙でクネるヒロ。

「ハッハッハー!じゃ、お裾分けはその立派なオオ鳥1羽とマテル茸を2つほど

もらえるか?お返しにこれを持ってけ。」

 エテロはヒロの荷籠に収穫したてのツマ芋をこれでもかとドシドシ入れていく。

「またナオの顔を見に来てやってくれよな。」

 エテロがニカッと笑った。


 エテロ夫妻がナオの引き取りを申し出たのは先月末の事であった。

 経済的に安定して来たものの子宝に恵まれずにいた夫妻は、とりわけエテロ夫人

に抱かれると至福の表情で乳を求めるナオの仕草に心を射抜かれてしまい、ついに

エテロ家の第一子としてナオを迎えいれる事を決意したのである。

 それはブルク村にとっても明るい話題であった。

 引き取り後、何かと理由をつけて頻繁にナオの様子を見に行っていたタツミだが、

最近はエレナに叱られてエテロ家への訪問回数をかなり減らす様になったところ

だった。



「ただいまー!エテロさんにツマ芋いっぱいもらったー!」

 保護院に帰って来たヒロが食堂の扉を開けて顔を出す。

「それと鏡の森でさー、くっそでっかいドミの樹を見つけ・・・」

 言葉を切ってヒロが目を丸くする。

「え!?カイト!?」

 食堂には皆と共に座るカイトの姿があった。

「ヒロ、お帰り!遅っせえよ!せっかくディオンから戻って来れたってのにさー!」

 そう言いながらカイトはヒロに駆け寄り、背中をバンバン叩いた。

「どうしたんだよカイト!騎士団は!?今日はこっちに泊まって行けるのか!?」

 ヒロが嬉しそうにカイトの肩に腕を回して体重をかける。

「いやー、それがさー・・・」

 カイトは残念そうに肩を竦めてみせた。

「今日は討伐任務の移動中で、たまたまブルクに寄れただけなんだよ。鏡の森の東の

奥地でヤバめの魔獣が確認されて・・・あ、でもこれ内緒な!」

「えっ、マジか!?魔獣って・・・魔族だっけ!?」

「そそ、魔族。獣型の魔族は魔獣、人型の魔族は魔人、異形の魔族は魔物って使い

分けられてる。・・・それで駐屯部隊の中ですぐに動けた第二中隊が討伐に向かう事に

なってさ、今はその移動中ってわけ。俺達騎士見習いは後方支援の荷物持ちだけど、

討伐にも参加するんだぜ!どうだ!すげーだろ!!」

 誇らしげに胸を張って俺すげーだろアピールをするカイト。

「大丈夫なのかよ。」

「大丈夫大丈夫!なんたって俺達ディオン駐屯部隊は、他種族討伐に関しては王国内

で3本指に入る精鋭部隊って言われてんだから!それに隊長達も今回の討伐は余裕

だって言ってたし、全くもって問題無し!」

「そっか。なら安心だけど。でも気を付けろよ。」

「おうよ!ってか、ヒロは魔族ってどうやって倒すか知ってるか?」

「え?・・・そりゃーやっぱボッコボコにして倒すんじゃね?・・・俺も岩狐とか森林豚

とか、蹴りと拳で仕留めてるし。」

「それ普通に動物じゃん。魔族でも獣族でもないし。」

「そりゃそうだけど。・・・やっぱ動物とは違うのか?」

「全然違う!えっとな、人間族以外の五大種族は躰の中に魂核ってのを持ってん

だよ。」

「何それ。」

「俺達人間でいう心臓だ。授業でそう聞いた。ドクドク動いてる。」

「ほおー。」

「そこを攻撃するんだ。剣で斬っても、法術で焼いても、拳でぶちぬいてもいい。

とりあえず魂核を潰せば、他種族なんかイチコロだから!」

「へー!」

「でもさ、実際のとこ戦闘中に魂核を潰すのってかなり難しいんだよ。他種族って

体も魂核もかなり頑丈だし、体内の魂核の位置も、種族差、部族差、個体差がある

から正確には分かんねえんだ。だから魂核の場所を戦闘中に探知とか探索の祝福

持ちが探さないといけなくてさ。ただし、位置を割り出しても戦闘中は敵も動くし、本能的に魂核を守ろうとするじゃん?だから・・・まあ、ヒロの答えも正解だ。まずは魂核とか無視して相手をひたすらボコる。そうやって動きを鈍らせてから魂核の位置を割り出して、狙い撃ちにして倒すってのが他種族討伐の王道なんだよ。それだけに討伐は連携ってのが大事になってくるんだけど、ディオン駐屯部隊の持ち味はその

連携にあるんだ。マジですげーから!」

「ほー。」

「それにな、聞いて驚け!」

 カイトの人差し指が左右に揺れる。

「魔族の体の特定部位、特に魂核ってのは素材として色々な物に使えるから、潰した

後の欠片でも持って帰れたら・・・めっちゃくちゃ高く売れるんだぜ!上手いこと倒し

て魂核とか丸ごと持ち帰れた日にゃー、そりゃもうウハウハだぞ!?」

「マ、マジかよ!!・・・おいくらくらいに?」

「大きさとか質によって変わるし、なんか等級付けもされてるらしい。最高品質の

魂核ってのは指先くらいの大きさでも城が買えるって聞いた。」

「城っ!?」

 ヒロが呆けたようにカイトを見つめる。

「カ・・・カイトは魔族とか他種族を倒した事あんのか?」

「おいおい。これでも騎士見習い、従騎士だぜ?討伐訓練だって普通にあんだぞ?

他種族も害獣もほぼ隔日で殺してるっつーの!」

 カイトが笑う。

「すげーじゃん!!」

「だろ!まー、正直に言うと、騎士団の訓練や任務中に入手した物は全部回収され

るんだよ。騎士は討伐対象の魂核、及び貴重部位を採取し、所属する部隊に速やか

に提出するってのが鉄則。そんで騎士団はそういうのを纏めて王国へ献納するんだ。

この規則を破ったら誰でも牢屋直行だから。」

「何だよそれ。」

「さっきも言ったけど、魂核とか体の特定部位は、色んな技術を発展させる為の材料

になるし、国の重要な資金源にもなってるんだ。ま、仕方ねーって。そういうのが

嫌で騎士団辞めて冒険者に鞍替えする奴もいるっちゃーいるけどな。」

「へえー、そうなんだ。・・・でもなんかすげーな、カイト。」

 久しぶりに見るカイトは博学になった上に少し背が伸び、体に筋肉も付いてきているように見える。

 ヒロにはそんなカイトが急に大人っぽく見え、先程までドミの大樹に秘密基地を作る事を考えていた自分が子供っぽく思えてしまった。

「カイトは剣技の熟練度は上がってんの?」

「もち!毎日死ぬほど訓練してっからなー。これで上がんなきゃ詐欺だ詐欺。」

「熟練度は今いくつ?」

「聞いて驚くなよ!先週7になったんだ!!」

「なんで7って分かんの?」

「従軍司祭のおばちゃんが一か月に一度見てくれるんだよ。神命式みたいな感じで

教えてくれる!それに、熟練度が上がると自分でも自然と分かるんだ。祝福の「声」

みたいなのが聞こえるっていうか・・・いや、違うな。頭の中に情報が流れてくるって

いうか・・・なんか確認が出来ちゃうみたいな。うー・・・、言葉にすんのムズい。」

「あー、それ何となく分かる。俺も抽出使った後になんか情報みたいなのが頭の中

に流れるし。」

「・・・じゃあ、やっぱりアレが熟練度が上がったってことなんだ。」

 エレナが小声で呟く。

「え!?」

ヒロが驚いた。

「エレナも熟練度上がったの!?いつ!?それいつ!?」

 カイトやヒロより一歳年上のエレナは、商人や各種ギルドで重宝される「算術」の祝福を受け継いでいた。

「え、えっとー、確か冬頃に一回、それに・・・2.3ヶ月前にも、かな。」

「君達も・・・成長しているんだね・・・。そっか・・・おめでとう。」

 子供達の成長を感じ、思わず涙ぐむタツミ。

「もう、大げさなんだから、タツミは。」

「でも、やったじゃんエレナ!!おめでと!」

「あ・・・うん。ありがと。」

 カイトに祝福されて頬を赤らめるエレナ。

 そんな中、押し黙るヒロに気付きタツミがその肩に手を置いた。

「焦らなくても大丈夫だよ、ヒロ。君もじきに上がるんだから。」

 タツミは涙が残る赤い目で親指を立ててニヤリと笑ってみせる。

「う、うん。」

 ヒロは複雑な気持ちを押し殺して頷いた。

「ん?ヒロは熟練度上がったことねーのか?」

「たぶん・・・な。熟練度が上がったとか、そういう情報が見えた事は一回も無いや。」

「そっか。」

「うん。・・・熟練度を上げるコツは回数と質だってタツミに言われて、けっこう練習はしてるんだけどさ。」

「焦る必要は無いんじゃね?」

「カイトの言う通りだ。熟練度の獲得は個人差があるし、祝福によっても全然違ってくるからね。だから他人と比べるものではないんだよ。」

 タツミが優しく微笑んだ。

「まあ・・・だけどヒロが焦る気持ちも分かるよ。私もそうだったからね。」

「え、そうなん?」

「そうだとも!」

「タツミの祝福って「予測」だったよね?熟練度いくつ?」

「87だね。でも、熟練度が上がりだしたのは成人して暫くしてからだったかな。」

「そ、そうなんだ・・・。成人してどれくらいで?」

「んー、1年くらいはかかったような気がするなぁ。・・・僕はね、成人してすぐに

冒険者になってギルドで格闘術と投擲術を習う事にしたんだよ。2つ共、予測の

祝福と相性が良いって冒険者の先輩から聞いてね。・・・そんなこんなで訓練と依頼

を熟していくうちに熟練度も上がっていったって感じかな。」

「へ、へー・・・。」

「残念ながら熟練度87でも予測の祝福は下級のままだし、中級に昇華するのは

いつになるのやらって感じだけどね。」

 タツミが肩を竦めて苦笑する。

「だからヒロも焦ったり落ち込んだりする必要はないんだよ。熟練度の上がり方は

人それぞれ。祝福の昇華も人それぞれ。でも使っていればいつか必ず上がる。これは

絶対だから。」

「うん。」

「よし、じゃあヒロも手を洗っておいで!少し早いけど夕食にしよう!」

 そう言うとタツミが立ち上がった。

「カイト、あんまりゆっくり出来ないんだって。日没までには西広場で野営してる

部隊に戻らないといけないらしいの。」

 エレナも立ち上がり、タツミの手伝いをしようと手早くエプロンをつけた。

「え!カイト、そんなすぐに戻るのかよ!」

「いやいや、夕方まで自由時間をもらえただけでも奇跡なんだって。俺がブルク村

出身だからって、今回は特別に副指令が許可してくれたんだ。」

「むー・・・。」

「まあ、また戻って来るし、その時は夜更かししてめちゃくちゃ遊ぼうぜ!・・・な、

ネル。」

 簡単には帰さんぞ、と脚にしがみつくネルを抱き上げながらカイトが笑った。



 -数日後 深夜

「ハッ・・・・・・」

 タツミが飛び起きた。

 体中汗だくで、寝具まで寝汗でグッショリと濡れてしまっている。

「ま、またか・・・。」

 カイトが討伐に出立してからというもの、毎晩のように同じ悪夢を見るように

なっていた。

 討伐隊が強大な魔獣に襲われる悪夢。

 負傷した右肩を押さえ、こちらを見て「助けてっ!!」と叫ぶカイトの声が、

今も生々しく耳の奥にこびりついている。

 ヒロ達に知られたら「心配性だなぁ」と笑われてしまうかもしれないが、これは

「予測」の祝福の派生能力、「予知夢」だという事をタツミは理解していた。

 希少価値のある優秀な派生能力であるものの、いつ、どんな条件で予知夢を見る

のかは不明である。だが、冒険者時代の経験則から、短期間に繰り返し見てしまう

悪夢は全て予知夢と判断して間違いなかった。

「水でも・・・飲むか」

 寝台から立ち上がった時、タツミは窓の外の喧騒に気が付いた。



 騎士団の鎧を身に着けた若い騎士が、軍馬に跨り松明を掲げてブルク村に駆け込ん

で来たのはタツミが目を覚ますほんの数分前の事だった。

「至急っ!!至急っっ!!村長、村長さんはいませんかっ!?」

 完全に寝静まっていた村が徐々に騒ぎ出し、方々からトーチやランタンを持った

人々が大声を上げている騎士を中心に集まり出した。

「・・・なんだろ?こんな時間に。」

 外の喧騒で目を覚ましたヒロが、窓から外を見渡しているタツミを見つけて

近寄って来た。

「なんか外、うるさくね?」

 タツミの隣に立ち、揺れる複数の松明の明かりを眠そうな目で見つめる。

「どうしたんだろうね。ちょっと外に出て見て来ようか。」

 タツミはランタンを手に取り、油を足すために食堂へと向かった。

 その時、外の一群の男達がこちらに向けて走って来ている事にヒロが気付いた。

「タツミ、誰かこっちに走って来てるよ。」

「ん?」

 タツミが急いで窓辺に戻ると同時に外の男達が声をはり上げた。

「タツミさん!村長が集会場で緊急の話をするから全員集まってくれって!あんたも

すぐに来てくれ!!」

「分かりました!すぐに行きます!」

 男達は別の家に向かって走って行く。

 タツミは不安な表情を見せているヒロの方を振り返った。

「いいかい、ヒロ。僕が院を出たら必ず戸締りをする事。それと、何かあればすぐ

に逃げ出せるように準備だけしておいて欲しいんだ。皆の事、頼んだよ。」

「分かった。最低限の荷物を纏めて荷袋に詰めとく。俺はタツミが帰って来るまで

寝ずに待ってるから。」

「タツミ・・・?」

 遅れて起きて来たエレナにも今の会話が聞こえていたようで、2人の表情を見て

ただならぬ空気を察したようだった。

「タツミ、どっかに行くの?」

「村の集会場で緊急の話し合いがあるらしいんだ。何が起きているのか聞いて来る

から、ヒロとここで待っていてくれるかい?」

「なら・・・ヒロが荷物を準備してる間に、私がネルを起こして着替えさせとく。今日

はヒロとネルと一緒に服を着たまま食堂の長椅子で寝ておくね。」

「エレナもありがとう。助かるよ。」

 タツミはヒロとエレナを交互に見つめた。

 -二人共、いつのまにかこんな風に大人の顔をするようになったんだな・・・

 そして二人を抱き寄せると、安心したように微笑んだ。

「頼んだよ、2人共。」

 タツミはヒロとエレナの頭にキスをしてから出て行った。



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