第2話 人生2週目の世界だあああ!?!
おぎゃああ!おぎゃあああ!!
「・・・おめでとうございます!元気な男の子です!」
分娩室に響く産声。
それを聞いた母親らしき女性は大泣きし、分娩室の外で待っていた父親らしき男性が、椅子から転げ落ちながら喜んだ。
分娩室に父親らしき男性を案内しようと看護師が出てくると、床を転げながら喜ぶ男性にドン引きしていた。
「おーい、パパでちゅよー♪」
「ちょっとあなた・・・。はーい、ママはこっちでちゅよー!」
(・・・え?俺が生まれた時、親父もお袋もこんな感じだったのかよ・・・。)
いきなり眩しくなったと思って叫んだら、おぎゃあとしか話せなくて、
視界がぼやけながらも見えて、耳もきこえてきたら、懐かしい父親と母親の声が聞こえてきた。
どうやら本当に人生の2週目が始まったらしい。
あのちぎりパンみたいな腕や足は、赤ちゃんにまで身体が戻ったからのようだ。
『ぷークスクスっ、アンタの両親めっちゃ溺愛してんじゃん!』
神の使いの伊津ノ尊は、お腹を抱えながら大声で笑っていた。
でも使いだからか、分娩室にいる人は誰も、伊津ノ尊の声も存在も認識していない。
そこも分かっていて大袈裟に笑っていた。
「おぎゃ!おぎゃあああ!!(おい!笑うなああ!!)」
一生懸命に伊津ノ尊を怒るも、伊津ノ尊は涙を流しながら笑い続け、遂には天井にドンっと当たりながらも笑い続けた。
『おぎゃあしか言えないのおもしろーーーー!!』
一発殴ってやりたい・・・。
そう思ったと同時にお腹が空いてきたので、目の前にある母親の母乳をご馳走になることにした。
正直、酒より美味かった。
ひと段落落ち着いたも束の間、なぜか3時間に1回お腹が空くかオムツが気持ち悪くて泣きながら起きた。
それを見た伊津ノ尊が大爆笑し、ムカついて泣き叫ぶも追加してしまい、
母親はあっという間に目の下にクマを作った。
赤ちゃんって、意外に大変なんだな・・・。
そう思っていると、ふと思い出した。
あぁ、確か退院したら、姉3人にお世話したくて争奪戦の毎日だっけ。
抱っこ争奪戦・ミルク上げ争奪戦・力加減のないおむつ替え・・・。
そして祖父母や親戚・両親の友達に、会う度にたらい回しでの抱っこ。
和樹は思い出すだけで絶句しそうになった。
『ワハハハ!アンタめっちゃ溺愛されてて笑えるぅー!』
「おぎゃっ、おぎゃおぎゃあ!!(おいっ、ホント黙れ!!)」
『溺愛されて、姉達のお人形にされ、1週目は超草食系男子なったんだっけ!?!
やばーーい!超ウケるーーーー!!』
「おぎゃああ!?おぎゃ!おぎゃああああ!!(はあぁ!?お前!覚えとけ!!)」
「あらー♪カズちゃんは元気でおしゃべりでちゅねー!」
おぎゃあしか話せないのはかなり不便だったが、神の使いに絶対仕返しをする、
そう決めた和樹は、とりあえず構い倒す姉3人で足蹴りの練習を始めた。
まだ赤ちゃんの力故、姉達は痛がることはおろか大歓喜。
誰が一番蹴られるか競争まで追加して始まった。
生後半年になり、離乳食が始まった。
無理矢理口に突っ込まれる離乳食の味が不味くて、何回も吐き出した。
あぁ・・・早く刺身やステーキ、揚げ物が食べたい・・・。
食卓で食べている他の家族の食事をガン見しながら、和樹は涎を垂らしていた。
そんなある日、母親が職場復帰をすることになり、保育園に入園が決まる。
そういえば、保育園の担任の先生可愛かったな・・・。
担任の先生の顔を思い出しながらニヤつくと、伊津ノ尊もニヤついていた。
半年伊津ノ尊と一緒にいて、分かったことがある。
伊津ノ尊は何か悪巧みを思いついた時、ニヤつくのだ。
そのせいで、姉の争奪戦に、”誰が寝かしつけ一位か”が追加され、
叩かれるお腹が痛すぎて、嘘寝で乗り切らざるを得ない事に苛立った。
キッと伊津ノ尊を睨みつけると、口に手を当ててバカにするように笑い始めた。
まだ赤ちゃんだからって舐めている・・・。
これで担任の先生が伊津ノ尊によって代えられてたら、伊津ノ尊の耳元で毎日大泣きしてやる・・・そう誓った。
「はい、では今日からお預かりしますねー!」
わーなんて気持ちのいいふかふかな腕・・・身体にジャストフィット・・・・・・
っておい!!
あの華奢で!若くて!顔が小さくて!笑顔が可愛い担任の先生はどこいったああ!?
なんで、女性と笑顔という共通点以外真逆な担任の先生の変えたあああ!?!?
ふんっふんっと、担任の先生の腕で肘を自分の背中に付ける勢いで振る和樹だったが、ふくよかでがっしりした先生の力には勝てず、
左手を掴まれると、強制的に母親に手を振らされた。
「あぶ!あぶあぶうう!!(おい!先生変えるな!!)」
『えー抱っこされた時、気持ちよくてとろけそうな顔してたのにー??』
「あぶわあぶああ!!(そんな顔してない!!)」
和樹を指差しながら笑う伊津ノ尊に、今すぐ殴りかかりたかったが、
担任の先生が教室のおもちゃの前に座らせると、和樹は遊びたい衝動に駆られて、
近くにあったスポンジのブロックに手を伸ばした。
その時だった。
「あら、由希(ゆき)ちゃんと遊びたいおもちゃが被ったわねー。
由希ちゃん、和樹くんは今日初めてだから、先に遊ばせてもいいかな?」
由希と呼ばれた女の子と手が触れ、和樹は由希を見た。
前髪を赤くて小さなリボンのヘアピンで止められ、同じ赤色の生地に白いドット柄が描かれたロンパース・お花型のアイボリー色の涎かけを身につけていた。
まつげも大きく、目はまるでガラス玉のように綺麗で、先生の声掛けに、満面の笑みでおもちゃを渡してくれた。
・・・・・・ドキッと心臓が高鳴った。
そうだ・・・あの由希ちゃんだ・・・。
和樹は、保育園の卒園式で泣いてしまった時の場面を、映画のシーンを見るように、思い出した。
ずっとクラスも一緒・遊ぶのも一緒で、今思えば初恋の相手だった由希ちゃん。
保育園の卒園式に、両親の都合でアメリカに引っ越すことを知り、
当時は既に草食系男子になり始めてたから、住所を聞けずにお別れしてしまっていた。
伊津ノ尊のやつ・・・ここは変えなかったんだな・・・。
和樹は心の中でガッツポーズを取ると、今できる最大限の行動で一緒に遊ぼうと、
身振り手振りで由希を誘った。
するとそれが伝わったのか、きゃっきゃと手を叩きながら喜び、一緒にブロックで遊んだ。
由希は和樹より3ヶ月お姉さんだったが、和樹は由希を喜ばせようと、由希の好きな色のブロックをハイハイで取りに行ったり、ちょっかいを出す他の園児から守ったりした。
『へぇ、草食系男子やるじゃん。』
由希と夢中になって遊ぶ一樹の後ろで、伊津ノ尊は安全な所で足を組み、頬杖を着きながら監視していた。
そして神や泰山王の声が聞こえるように右耳の取り付けられたインカムで、何やら話を始める。
『はいはい、分かってますよ〜。イタズラし過ぎてそっちに強制送還・神の使いの解雇は嫌ですから。』
”お給料も全カットになるからね!僕の最大プロジェクト、邪魔しないでね!”
『はいはーい、ちゃんと監視に徹しますよ。』
”このプロジェクト成功したら、神と僕で最大級のボーナスあげちゃう!”
『やったぁ!がんばりまーす!』
今日は慣らし保育ということで、たった1時間しか保育園にいれなかったが、
和樹は次こそは由希とずっといれるように頑張ろうと誓い、保育園から帰宅した。
由希との時間はあっという間だった。
たまに伊津ノ尊のイタズラで、席を離されたり、他の男の子に由希を取られそうになっていたが、そのイタズラにも負けないよう頭をフル回転させ、運命の卒園式の日を迎える。
「あっというまだったね!かずきくん!」
黒くて長い髪の毛を三つ編みポニーテールにヘアアレンジし、赤い大きなリボンのゴムで結んだ由希が、卒園証書の筒を持って話しかけてきた。
6歳になった由希は、入園時よりさらに可愛くなり、長いまつ毛と大きな瞳はそのままに、日焼け知らずの白い肌と目の下の黒子、朱色の控えめの唇で、にっこり笑顔だった。
お互いの母親も後ろで話している。
聞かなくちゃ・・・。
由希の新しい家の住所を・・・。
「そうだね。いっしょにあそんでくれてたのしかったよ!」
「わたしも!・・・・・・だからさみしいの・・・。」
「っ・・・・・・どう、して・・・・・・?」
ついに来てしまった。
記憶が正しければ、この後に由希から両親の転勤でアメリカに行ってしまう事を知らされる。
寂しいけど、引き止めることも、ついていくことも出来ない。
だから、聞かなきゃいけないんだ。
人生1週目の時の自分の初後悔だった新しい住所を聞かなきゃいけない事を・・・。
和樹は、ぎゅっと両手の拳に力を込め、話を聞く覚悟を決めた。
「・・・わたしね・・・パパのおしごとでっ・・・・・・あめりかにっ、ひっこすのっっ」
大きな瞳から流れる、宝石のようなキラキラとした大粒の涙。
周りはガヤガヤしていて誰も気づいていなかったが、後ろで話していた由希の母親が気付き、由希に駆け寄ると、桜色のハンカチで涙を拭いた。
遅れて和樹の母親も和樹に駆け寄り、視線を合わせるように座る。
母親が話しかけようとした時、和樹は由希に近づくと、由希の震える手を優しく握った。
「ゆきちゃん、ぼくたちはどこにいても、ずっとおともだちだよ。
じのれんしゅうもしたから、おてがみもかけるし、とうさんがかめらもってるから、おしゃしんもおくるよ。
だから・・・・・・これからは、おてがみでおはなししよ・・・?」
和樹は、震える声ではあったものの、必死にあの時言えなかったことを伝えた。
何回も家族の目を盗んで練習もした。
この初恋が実らなくてもいい。
でも、せっかく人生お変わりコースを選んだんだ。
次こそは後悔なく生きていきたい。
しばらくの沈黙が続いた後、由希が自分の母親の方を見て、由希母親から和樹の母親に一通の手紙を渡された。
中身を見た母親が目を見開き、そっと和樹に見せた。
そこには、由希の新しい住所と電話番号、旅立つ日が書かれていた。
「由希が、和樹君と離れるのが嫌だって、卒園式の日が決まってから毎日泣いていたんです。
・・・でも国際郵便でお金もかかりますし、渡そうかどうか悩んでて・・・。
今の和樹君の言葉で、渡そうと決めれました。
・・・和樹君、和樹君ママ・・・年に数回でもいいんです。
由希と文通して頂けますか?」
和樹は母親の方に上半身だけ振り返った。
母親は満面の笑みで大きく頷いていて、和樹は花が咲いたように笑って、由希の方に向き直った。
「ゆきちゃん!おてがみだすからね!ぜったいだすから!!」
そう力強く言うと、由希はワンワン泣きながら和樹に抱きついた。
やっと周りも何事かと見始め、伊津ノ尊も驚いたような顔をしていたが、
入園時の担任が大号泣しながら2人を抱きしめ、その苦しさと嬉しさで、
和樹は眩暈がした。
”そっかー!初恋の子と文通できるようになったんだねー。”
『文字教えるの大変だったよ!ねー、もうイタズラしたくて堪らないんだけどー。』
”だぁめ。減給するよ?恋には手を出さないの!”
『・・・はぁい。』
伊津ノ尊はつまらないと言わんばかりに口を尖らせたものの、どうしてもイタズラしたかったのか、由希と別れた帰り道、和樹を盛大に転けさせて大泣きさせた。
「ふんふふ〜んっと♪。」
「あれーかずちゃん、由希ちゃんに手紙?」
卒園後、空港まで両親と由希家族を見送った和樹は、早々に手紙を書いた。
お互い小学校という新しい環境での生活もあってか、数ヶ月に1回だったが、
文通を始めて4年の月日が経った。
とにかく由希に褒めてもらいたくて、好きでいてもらいたくて、
勉強も運動も真剣に取り組んだ。
お陰で由希からの返事は、毎回ニヤニヤしてしまうくらい、嬉しい言葉で埋め尽くされていた。
『うわーめっちゃ浮かれてるじゃん。』
「うるさい。」
『由希ちゃん可愛いから、アメリカでもモテてるんじゃない?』
「ばっ・・・!そ、そそそんな訳ないだろ・・・!
伊津ノ尊は瞬間移動出来るからって、見に行ったりしてないよな!?」
『さぁね〜♪アタシのプライベートはお話できない契約なんでっ☆』
「じゃあ命令したら?」
『いや、アタシあんたの監視役ね?離れたら給料減るんだからしませーん!』
「っは!すいませんねー、僕が人生おかわりコース選んじゃったから。」
家族にも聞こえないほどの小さな声だったが、伊津ノ尊とはよく喧嘩するようになっていた。
でも、内心凄く不安だった。
人生1週目でも遠距離恋愛はしたことがあったが、浮気された事もあれば、
相手はお遊びで、本命が別に出来たと言われて別れたりしていた。
しかも今回はアメリカと日本という、超遠距離恋愛。
文通だけでは、由希の本音も自分への気持ちも、確かめることは出来ない。
「・・・・・・けど、どうしろっ言うの・・・。」
もしかしたら、由希は4年文通を続けているから、好きな人がいても、恋人がいても、和樹の気持ちを尊重して、表面上の付き合いで返信していたら・・・。
でも、実際に確かめに行くことも、聞く事もできないのだ。
もし行動に出れるくらいの年齢に達していたとしても、それで嫌われてしまったり、
現実を知ってしまうのも怖い。
知りたいけど、知りたくない・・・。
グルグルと色んな考えや妄想が混じり合って、深くて暗い海の底に落とされている気分だ。
手紙を書き手が止まり、和樹は頭を抱えた。
姉たちが心配して声をかけるが、それに反応する事もできない。
苦しい、とにかく胸が苦しい。
『お、おい・・・どうした・・・?』
伊津ノ尊も心配して声をかけた瞬間だった。
和樹は描いてる途中の手紙を破り捨てると、部屋に閉じ篭もった。
ベットにうつ伏せになり、枕を思いっきり濡らして泣いた。
姉から事情を聞いた母親が部屋に入ってきた時、和樹は母親に背中を向けて、
母親にお願いをした。
「・・・・・・母さん・・・由希ちゃんママに・・・文通やめるって・・・伝えてほしい・・・。」
人生2週目を選んだら、1週目の初恋が実った。 百合 @ni-ruri
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