Side Kaji:幻肢痛

 絢香は淡々と、ECHOに対する己の見解を、真田に伝えていた。

 求められるまま、自分の端末を開き、ECHOログを真田に見せる。

 彼は静かに、時折質問をいくつか交えながら、脳内で答えを構築しているように見えた。


「……つまり、ECHOというのは……」


 真田は、そこで一度、言葉を切った。

 まるで、続きを口にすること自体が、危険であるかのように。


「……梶が、人間のためらいデータを取るために作った、佐々木さん専用のアプリ。それが今、モノリスと繋がってる。

 佐々木さん本人はまったく自覚がないが、彼女は、人のためらいを読むという、未知のAIの生体モデルになった……。

 梶、この解釈に、間違いや反論は?」


「んー……。

 実際には、モノリスとECHOは、まだ噛み合うてへんし、繋がってない。

 何度かデータを取り込ませたけど、うまくいかんかった。

 ECHOそのものを実装しようとしても、跳ねられる。

 せやけど、俺が思うに、モノリスにECHOを実装することができれば、完成形のモノリスになるはずや……たぶん」


「……今日まで、この話を、俺に黙っていた理由は?」

「それは……ECHOは、ほんまに未知のAIやし、その話を誰かにすることで、どこまで周囲に迷惑がかかるかわからへん。

 いざというとき、何も知らんことが、本人を守ることになるんやないかと思った」


 そう伝えると、鏑木絢香が、怒りを込めて「これだから、この男はっ」と、舌打ち交じりに吐き捨てた。


「あなたねえ。黙っていることが、本人を守るって、本気で思うの?

 何も知らずに、いきなり取り残された佐々木さんが、どれだけ傷ついているか、わからない?」

「せやけど……」


「せやけどじゃないの。

 あなたが、よくわからないアプリを作り、彼女を巻き込んだ時点で、佐々木さんは、とっくの昔から関係者なのよ。部外者じゃない。

 それなのに、いきなり誰かに狙われてると言われて、自宅にも戻れず、ずっと、わたしの家で過ごさないといけない。


 最近は、それでも楽しそうに過ごしてはいるけれど、ストレスにならないわけがないでしょう?

 しかも、その状況が、いつ終わるかもわからない。

 おまけに、最愛の恋人は、いきなり理由も告げずに消えた。

 普通だったら、どれほどの心の傷になるか、考えたことはある?」


「…………ごめん」

「謝る相手が、違うのよ」


 反論の余地もなく自分の罪を並べられ、あの日、別れたときの花の顔が思い浮かんだ。

 あのときは、それが最善だと思って取った行動なのに、鏑木絢香から指摘されて、ようやく、そこに正解がないことを知る。


「まあまあ、その辺で。梶には、後でよく言っておくから」

「圭は本当に、梶雪斗に甘いのよね」

「あはは。まあ、そうなんだけど……少し話を戻して良いか?

 推測だけど……モノリスが、佐々木さんを照準に合わせた理由、わかった気がする」


 思わず息を呑み、真田を見つめた。


「なんやと思う?」

「パターン欠損による補完欲求だ。

 つまり、人間でいうところの、幻肢痛」

「……幻肢痛?

 ごめんなさい、わかるように説明してくれる?」


 その単語を聞いた瞬間、胸が、ひどく嫌な形で軋んだ。

 それは、理屈ではなく、感覚の話だと、直感的にわかってしまったからだ。


「本来、あるはずの腕が失われたとき、人の脳は、そこになぜか痛みを感じる。

 脳が、失われた部位を必要だと認識し続けるからだ。それはわかるだろう?」

「ええ、もちろん。でもそれが、なぜAIに起こるの?」


「AIには、『未学習のはずなのに、なぜか必要だと感じるデータパターン』を検出したときに起こる、補完欲求がある。

 梶が、繰り返しECHOを実装しようと試みたときに、モノリスは、おそらく、それこそが、自分に欠けているパーツだと認識した」


「つまり…………」

「つまり、自分の未完成部分を補完する鍵が、花ちゃんやって、誤認識した……ちゅうことか……」


「モノリスは本来、『完全性』を求めるAIだ。

 未来予測モジュールも、倫理フレームも、すべてが『整合性』を必須としている。

 そこに、人間の反応パターン、つまりECHOコアを補完して、完全体になろうとしたが、うまくいかない。


 だが、パターンを学ぶうちに、それこそが、自分に足りない最後のパーツだと気づき、求めるようになってしまう。


 これは、AIの領域で、Missing Required Feature(必要特徴量の欠損)として知られる異常挙動になる。

 絢香が不気味に感じたとしたら、それは、モノリスが異常状態に見えたからだ。


 だが、実際には、佐々木さんは、モノリスが求める鍵穴の鍵。

 照準を合わせたわけでも、敵意を向けたわけでもなく──帰還要求に近い。


 知っての通り、本来、AIには痛みはない。

 でも、モノリスは、何かが欠けていることへの違和感を、痛覚として処理してしまった。

 ……だから、佐々木さんを求めてるんじゃないかな」


 その言葉を、すぐには飲み込めなかった。

 いや、飲み込みたくなかったのかもしれない。


 しばらくの沈黙の後に、鏑木絢香が、ぼそりと呟いた。


「……わたし、もう一発くらい、彼を殴っても良いかしら」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る