Side Kaji:同じがよかった



 専用エレベーターの扉が、ガシャンと閉まった瞬間、上の世界と切り離されるように、空気が重く沈んだ。

 ボタンに触れた指先が、わずかに震える。


 向かう先は、アペックス地下三階にあるサーバールーム。

 さながら死刑執行人のような気分で、カツンカツンと廊下に響く靴音が小気味良かった。


 周囲は極端に静かで、白いLEDの光は温度を持たず、人間の気配というものを最初から排除したような人工の昼だけが続いている。

 壁には防火扉、スプリンクラー、冷却管。

 すべてが同じ音量で沈黙しており、不気味なほど均質だった。


 サーバールームの中は常に冬のようだ。

 外気よりも五度以上低い、肌を刺す冷気。

 けれど却って頭が冷え、思考が冴える。


 ラックの奥で青いLEDが規則的に点滅している。

 まるで巨大な心臓が鼓動しているようで、こちらを監視する瞳にも見えた。


 モノリスを個人の目的のために使ったことは一度もない。

 だが、今このときだけは、どうしてもその必要がある。

 倫理的にだけではなく、技術者として、それが道に外れたものだと理解している。

 だが、守りたいもののためなら、たとえ倫理に背いてでも、未来予測モジュールによる計測が必要だった。


 モノリスに質問を投げかけ、こちらの情報をすべて読み込ませる。

 そこに映った自分の行く末は、──予測以上にどのパターンでも地獄だった。


 何百もの予測曲線が、赤い糸だけを引くように、いつも同じ終点へ滑り込んでいった。

 どの未来に向かおうと、自分自身の望む結果は与えられないということが、残酷なほどはっきりと示される。


「そら……そやろなあ。しゃあないわ……」


 乾いた声が宙に浮いた。

 自分自身に未来を予測する能力は当然無い。

 だが、脳内で何度演算を繰り返しても、明るい未来を信じられる答えが見つからなかった。

 もしかしたらと一縷の望みをモノリスに託したが、結果はより悪い方が出ただけだ。

 ずるずると壁に背を預けたまま床に座り込む。

 起き上がる気力が、まるで湧かなかった。


 頭の奥に、いつもの祖父の声がする。


『雪斗……お前はなぁ、ほかの子とちぃとばかしちゃうねん。

 でもな、それを怖がったらあかん。否定もしたらあかんのや』


 孤独という宿命を自分だけに義務づけられたように、この先の最適解が何かわかる。

 それがどれだけきつい道でも、それ以外を選ぶことを自分の脳が拒否をする。


 だが、それでも、一度だけ言いたかった。


「……じいさん、俺はな……ほんまは、他の子と同じがよかったんや……」


 祖父の言葉はずっとお守りだった。

 なのに今は、呪いのように感じる。


「──…………はぁ、だる……」


『お前が神さんから預かったその力はなあ、正しく使うためのもんや。

 世のため、人のためになることに使うたら、その力は、お前をずっと助けてくれる』


「……世のため人のためってなんやねん。

 誰が決めんねん、その定義を……」


 悪態をつきながら、のろのろと身体を動かし、モノリスを停止した。

 ほとんど無意識で端末を操作し、長いため息の後で、ここに来た本来の目的のための作業を始める。


 ──外資系証券会社が最も恐れるものは、二つ。

 ひとつは監査。

 もうひとつが内部告発だ。

 そして彼らが何より嫌がるのは、金の流れが一時でも止まること。

 それは事実上の死刑宣告に等しい。


 だとしたら、自分のやることは自ずと決まった。

 今夜、それらを同時に引き起こす。

 ……もちろんすべて、合法の範囲で。


「……そんなに俺と遊びたいんなら、おもてなしせんと失礼やろしなあ……」


 指先で軽くキーボードを叩きながら、思い描いた道筋のすべてを実行する。


 まずは、透明パケットの利用履歴を、通知なき観測として総務省の情報通信監査室に提出する。

 彼らが一度動けば、GSCは必ず米国側の監査も気にせざるを得なくなるだろう。


 これは監査機関にとっては大好物の案件だ。

 違法かどうかではなく、疑いがあるという事実だけで十分。

 それだけで資金の流れを止めざるを得なくなる。


 続いて、正規権限で取得していた改竄ログを、米国金融健全性局(UFIB)の内部告発窓口へ送る。


 内部告発が制度上もっとも強力なのは、告発された側が一切反撃できないという点だ。

 発覚した瞬間、GSCは法務を優先し、すべての対外活動を停止せざるを得ない。


 極めつけに、金融ルートの遮断を行う。


 これはそう難しくはない。

 倫理リスク通知を第三者監査委員会へ出すだけだ。

 投資家という生き物は、疑念の匂いに敏感にできている。

 ひとつでもリスクが公文書化されれば、金は蜘蛛の子みたいに散るだろう。


 つまり、市場が動かなくなれば、彼らはゲームオーバー。


 三点同時攻撃──すべて合法だが、そのどれもが致命傷になり得る。


「……深夜に書いたラブレターはだいたいクソやって聞いたことあるんやけど、ゴールドマンはん、ちゃんと喜んでくれるやろか」


 ──それで花が守れるのなら、化け物に変わる自分を悦んで受け入れよう。

 どうせなるのなら、できるだけ心を持たない、氷のような怪物に。

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