幕間:頂点を名乗るものたち

第一話『創業の灯』

 一九七〇年代後半。

 高度経済成長の熱が冷め、誰もが「安定」という言葉を覚えはじめた頃。

 インターネットという言葉が、まだ空想の産物だった時代。

 新橋五丁目。わずか二十平米の貸事務所が、三人の若者の夢の起点だった。


 当時の日本は、機械化と効率化の波のただ中にあった。

 大企業は人を歯車として扱う気配を明かし、数字が人間よりも大切にされ始めた。

 オフィスには新しい機械が並び、パンチカードが人の手帳を追い出していく。


 そんな時代に、彼らは思った。


「数字じゃなくて、人の顔が見える仕組みを作ろう。

 まだ誰もやらないようなことを、誰より早く俺たちが成し遂げる。

 そういう気概のある会社をつくろう」と。


 会社の名前は、アペックスリソース。

 世の中に「人と仕事をつなぐ仕組み」を提供する、小さな人材情報サービス企業である。


「誰も考えないようなサービスをつくって、業界の頂点アペックスを目指す。もっと自由な発想で、面白いものを世の中に広めるんだ」


 それが後に、仕組み作りの神と呼ばれた男、後藤田黎一の目指す理念であった。


 彼が仲間たちと設計した「人と仕事をつなぐ仕組み」。

 まだ世の中に存在しない、「人の中の可能性を可視化するネットワーク」。

 夢物語に過ぎないその構想は、のちにヒューマンネットシステムと呼ばれ、時代の礎となる。


 黎一は仏のような顔をしている男だと、周囲からはよく評された。

 物腰は穏やか、他人の話にじっと耳を傾け、多くを語らないが、核心をつく。

 常に他人を立て、依頼主や顧客の満足を第一義とする。

 だが、アペックスを時代の頂点へと押し上げたのは、黎一の先見の明である。


 八〇年代に入り、OA化の波とともに、オフィスの机にワープロが並び、紙の山が静かに消えていく。

 アペックスが開発したヒューマンネットシステムは、そんな時代の風を正面から受け止めた。

 導入企業は月を追うごとに増え、社員の増員が追いつかないほどだった。


 創業初期に抱いた夢は現実となり、アペックスリソースは瞬く間に時代の寵児と呼ばれるまでになる。

 小さな貸事務所から始まった会社は、業界地図を塗り替える存在へと変わっていった。


 それでも黎一は変わらなかった。

 いつも現場に立ち、社員の名前を呼び、食堂で昼食を共にする。

 「数字の先に、人がいる」──それが彼の口癖だった。


 ある日、黎一は新社屋のエントランスに立っていた。

 新橋五丁目の貸事務所から十数年。

 彼らが夢を語り合った街の延長線上に、陽光を反射する塔が立っていた。

 汐留。かつて鉄の匂いが満ちていたこの街は、いまや透明な光をまとう都会となり、その壁面に、金色の文字が静かに浮かび上がっていた。


 「天道酬勤てんどうしゅうきん


 黎一はしばらくそれを見上げ、隣に立つ創業時の仲間、早坂に声をかけた。


 「……なあ、早坂。あの社訓、どう思う?」

 「天道酬勤? いい言葉だよな。努力した人間が報われる世の中をつくる。俺たちの目指すところそのものだよ」

 「……そうか。俺も、今まではそう思っていたんだけどなぁ。

 でも、こんな硬い言葉じゃ、今の若い連中には届かない気がしてな。

 もっと、誰が読んでも心でわかる言葉で伝えたいんだ」

 「ははっ。そう思うんなら、変えればいいさ。お前の直感は、だいたいあとから正解になる」


 自宅の書棚で、黎一は図書館学の書を手に取った。

 そして、そこに記された図書館の五原則に心を打たれる。

 彼はその理念をもとに、社訓を作り直した。


 『アペックスリソース五則』


 一、人は使い捨てではなく、活かされるために働く。

 一、すべての人に、その居場所を。

 一、すべての仕事に、その最適な人を。

 一、人の時間を、成果より尊く扱え。

 一、会社とは、人と共に成長する生きものなり。


 ──創業者・後藤田黎一


 その理念に惹かれた者たちが集い、会社には熱と夢が満ちていった。

 黎一の語る未来を信じ、人のために働くことに誇りを感じた若者たちが、夜を徹して議論し、技術を磨き、社会を動かしていく。

 中には理念に胸を打たれながらも、その重さに戸惑う者もいたが、会社の歩みが止まることはなかった


 人が人を呼び、共感が共感を呼ぶ。

 事業拡大に伴い、グループ各社を統括する新体制を整えた。

 リソースを中心に、関連会社を傘下に収め、その統括機構に「アペックスホールディングス」の名を冠したのだ。


 黎一の掲げた人を活かす仕組みは、いまや企業という枠を超え、社会全体をつなぐネットワークへと成長していく。

 店頭市場を足がかりに、数年を経て、ついに東証一部上場の夢を間近に見られる地位を得た。


 だが、その光が最も強く輝いた瞬間、陰はすでに、足元に落ちていた。

 それまで社会の中心を動かしてきた者たちは、自分たちの秩序を揺るがす彼の跳躍を、許さなかったのだ。



 一九八X年。政官財の癒着がささやかれ、バブルの足音が遠くから聞こえはじめたころ。

 その年、黎一に、官公庁との随意契約をめぐるリベート疑惑が持ち上がった。

 丸明商事を経由したコンサル料が、官僚への便宜供与に使われたというのだ。


 報道は連日そのニュースを取り上げ、黎一の転落を何かの祝祭のように消費した。

 カメラのフラッシュが、まるで銃口のように黎一を照らし続けた。

 かつて彼を「理想の経営者」と讃えた記者たちが、今は「時代の裏切り者」としてマイクを突きつける。


 だが、彼は気付いていた。

 自分のサインの下に、見覚えのない日付と印影があることを。

 誰かが、自分を消すために手を回したのだと。

 その夜、黎一は自室のカウチに座り、身じろぎひとつ取れなかった。


 「天道酬勤」──創業時、仲間たちと共にその言葉を掲げた男は、皮肉にも天に背く者として追い立てられる。

 疑惑を晴らすこともなく、ひっそりと表舞台から姿を消した。

 多くを語ることを己に許さず、それが会社への贖罪であるとでもいうように。


 そして後に、冤罪であると証明されても、彼は決して会社へ戻ろうとはしなかった。

 数々の業績を残し、時代の寵児と呼ばれた男の、あまりにも静かな去り際だった。


 一方、創業者の予期せぬスキャンダルの波は、アペックスを窮地に陥れた。

 連日、抗議の電話が鳴り、客先では白い目を向けられ、契約を切られる。

 己が犯したわけではない罪を責められる理不尽。

 頭を下げ続ける心理的な疲弊と、会社の未来への不安。

 社員たちは、一人、また一人と会社を去っていった。


 しかし、去る者もいれば、残る者もいた。

 それは、黎一の無罪を信じ、理念を胸に抱き、再び会社を「頂点」へ押し上げようとする者たちだった。


 事件のあと、企業の名前は、世間からそっと消された。

 新聞広告にも、テレビCMにも、その名が掲げられることはなく、ただ商品名だけが前に出る形となった。

 それでも製品は流通し、企業活動は続いていた。


頂点アペックスを目指す」と名づけた会社が、その名を伏せて生き延びる──それは、理念にとって最大の屈辱だった。


 だが、残った者たちの意思は挫けなかった。

 業界にまだない新しい試みを次々と生み出し、

 そのたびに世間を驚かせ、失われた信用をひとつずつ取り戻していく。


 そしてかつて名を失ったその企業は、ついに悲願の東証一部上場を果たす。


 世間を揺るがせた『アペックス事件』から、実に三〇年もの歳月が流れていた。



 時は流れ、二〇XX年。

 冬の赤坂。

 ホテル・オークウッドプラザ東京の大広間では、アペックスの創業五十周年を祝うパーティーが盛大に開かれていた。


 シャンデリアの光がグラスに反射し、ストリングスの生演奏がゆるやかに流れる。

 ステージ背面のスクリーンには、創業当時の写真が映し出されていた。


 二十平米の貸事務所。埃まみれのタイプライター。

 若き日の後藤田黎一の笑顔。

 会場の隅では政財界の要人が歓談し、レンズ越しの記者たちが光を絶やさない。

 かつて黎一を貶めた企業や官庁でさえ、いまやその動向を伺い、拍手を送る側に回っていた。


 その喧噪の中で、ひとり、壁際に立ったままスクリーンを見つめている男がいた。

 若干四十二歳にして、アペックスホールディングス経営戦略統括本部長 兼 アペックスリンクス代表取締役社長を務める男──海堂仁。


 目の前の映像に映る黎一の微笑みを、海堂はまっすぐに見つめていた。

 学生時代、黎一の書を何度も読み返した日々を思い出し、万感の思いを抱く。


 その理念を継ぐ、強い意志を瞳に宿して。

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