第34話

 三日後、鷺谷から電話が入る。怖ろしくくぐもった声だ。

「あんた、一体何をやってるんだ?」

「何って、どうかしたんですか?」

「警視庁から広域捜査がかかってる。下手したら逮捕されるぞ」

「逮捕?」

「身に覚えは?」

「一応…あります」

「ちっ」

 電話の向こうで小さな舌打ちが聞こえる。「どうするんだ。こっちだって仕事だ。その時は容赦できんぞ」

「話は聞いてもらえるんでしょう?」

 私は一応尋ねる。

「話?このご時世、容疑者の個人的心情にまでどこまで手間を掛けられるか保証はできんな」

 そう言ってから鷺谷は一つ大きな溜め息をつく。「それでなくても皆んな気が立ってる。当たり前だ。今まで普通にできてたことがこのコロナで私生活まで制限を受ける。仕事を失くして路頭に迷う者も出てくる。だが助けようにも下手に近よれもしない」

 彼の言葉はジレンマそのものだ。そして無念さ、やり切れなさ。

「鷺谷さん」

「何だ?」

「それでも私たちは戦わざるを得ない」

「戦う?何とだ?」

「変化と」

 私の耳には遠くさざ波のような音と震えを感じる。私は受話器を持ったまま窓から外を覗く。特に変わった様子はない。しかし確実に何かが迫っているのは分かる。

 私はその方角に目を凝らす。誰かの呼ぶ声がいつまでも私の心に木霊している。

 幸福とは何だろう?

 そう問い続けるかのように。

                                 ( 了 )

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『 親愛なる隣人 』 桂英太郎 @0348

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