第14話
私はその一見何の変哲もない神社に足を踏み入れた途端、何か不思議な寒気のようなものに襲われる。前を歩く鷺谷はそんなことには構わずにさっさと社の方に向かっていく。そして途中で誰かに気づいたのかその方へと声をかけた。
「久し振りですねえ、刑事さん」
私が視線を送る先にはまだ中年とは言い難い小太りの男が立っている。格好からしてこの神社の者だろう。
「客を連れて来たよ。少し時間いいかな」
鷺谷は私の方を振り返る。
「すみません。突然お邪魔します」
私はその男に向かって名刺を渡す。
「はあ、企画会社の人…。この前の事件の方?」
「いえ、支店長はまだ入院してます。本店から来た河野と申します」
「そうですか。相良です。お二人で今日は何か?」
相良は愛想の良い顔を向ける。その風貌はどちらかと云うと若い居酒屋の亭主を思わせる。私は思わず緊張を緩ませる。鷺谷が口を開く。
「いや、この人が神社に詣でたいと言うんでね。連れてきた」
「ああ、それはそれは。どうぞこちらに」
私たちは一緒に本殿の方へ向かって歩く。やはり先程からの不思議な寒気は続いている。
「ホントに災難ですよね。ウチも関わってはいるんですが、まさか刃傷沙汰になるなんて思いもしませんでしたよ」
「警察も最初は相手にしなかったんだけどな」
鷺谷が言う。「流石にこの社が迷惑を被ってるんじゃあ捨ててはおけない」
「暴力団はどこから?」
私は訊く。鷺谷は頭を掻く。
「あいつらも食うに困ってるからな。頼まれもしない仕事やって、結果で売り込むんだ。哀れなもんさ」
「鷺谷さんたちのお陰で、うちは物を少し壊された程度で済みましたけど」
相良は板間にきちんと正座して応える。「…確か最初は暴力団員の気がふれて」
「山で死んでたんだよ。行き倒れだな。淋しい葬式だったよ」
「山?どうしてまた」
私。
「そこが謎なんですよ。見つかったのは特に高い山でもないんです。公園があるくらいですから」相良。
「次は市役所での乱闘騒ぎだ」
「乱闘?」
「一時期、市役所内で暴漢が多発したんだよ。それまでもたまに窓口で暴れる市民はいたんだが、その数が急増してな、警察も対応せざるをえなくなった」
「あとは何でしたっけ?」
「まあ関係者への妙な脅迫文、ストーカー…挙げればきりがないよ。おたくのところも同じだ」
鷺谷に言われて私は支店からの報告を思い出す。社員が何者からかつけ回された。
「しかしよくニュースになりませんでしたね」
「事件の実体性がないんだよ。かと云って事故と云うわけでもない。まるで何者からか操作されているような。だから妙なんだよ」
「しかし状況は一変したんですよね。実際に人が刺されたんですから」
相良。
「それがそうとも言い切れん。支店長には襲撃されたと云う実感がないんだ。呆けてるんだよ」
「そうなんですか?」
「この俺だって今じゃ、このうつせみ神社の障りかって勘繰りたくもなる」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」
相良が苦笑しつつも慌てる。「ウチはそんな大それたことができるような神様ではありませんよ。全く妙な言いがかりだなあ」
「じゃ、他に何か障りになるような事があったのでしょうか?」
私は二人に訊く。二人も黙って考え始める。
「さあ、どうなんでしょうねえ」
相良は真面目に応える。「障りはいつも神仏と関係あるとは限りませんから」
「それはどう云うことですか?」
「もちろん神仏には怖い面もありますが、人間の思いはそれに負けずとも劣らず強いものですよ」
「それはそうだ」
鷺谷は大きく頷く。「そんな事は言われなくても分かってる」
「でも、それとこれとは」
私は言う。
「確かにそうですが、私は今回の一連の禍々しさは、何か土の匂いがするんです」
「土?」
私と鷺谷が同時に反応する。
「そう、土。つまり人間の営みです。何でしょう、何か、その人の営みを根本から覆そうとしている感じがします」
「それは…一体」
「分かりません。あくまで私の感じ方なのですが」
相良は言う。社殿には冷たく、透き通った空気が流れている。
「その土の匂いがどうなってるんだ?」
「腐ってきてます」
相良ははっきりと答える。「水が悪いんですね、きっと」
「やれやれ。人の暮らしなんていつも淀んでばかりじゃないか。今度のと一体何が違うんだ?」
鷺谷が言う。
「もちろん時の流れと共に移ろいや淀みは生じます。だからこそ人はそうあってはならないものにも気づくんです。しかし今はそれが崩されようとしているような気がしてならないんです」
「それは…。随分確信されているような仰り様ですね?」
私。
「この前雑誌記者が来て同じようなことを話してたんで」
相良。「私にとってはただの感じ方です」
「まあ、いいじゃないか。それぞれの立場で思うところはある。肝心なのはこれ以上思わせぶりな事件が起きないことだ」
鷺谷が言う。「そうだろ?」
私たちは共に頷く。
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