第13話

ははは。「猫番人」さんもなかなかやりますね。

 久し振りの「蝙蝠男」。

何だか無性に腹が立っちゃったんですよ。私はそういうモヤッとした環境が大嫌いなんです。特に職場では。

 私は書く。

空気を読む、とかですか?

そう、それです。もちろん相手の事を思いはかることは大事ですが、それはあくまで双方であるべきです。一方的にそれを要求したり期待するのは変だと思います。私。

まあ、道理ですね。しかし世の中ではその道理がなかなか通らない。不思議ですよね。

「蝙蝠男」の苦笑が目に見えるようだ。

日本人は「思いやり」を勘違いしてますね。「思いやる」ことを自分勝手にやって、相手からも「思いやられる」ことを期待しているんです。

 なるほど。そうかも知れない。

自らのエゴに気づかない限り、それは無くなりません。それにしても「猫番人」さんのお住まいの地域では何が起きてるんでしょうね。私も素直に興味が湧いてきました。

そうですね。私もただ被害者の話を聞いておこうと思っただけなんですが、その被害者の態度が変なんです。我慢している風でもないし。何だか自分が枠外に追いやられて馬鹿にされてるような気持ちになってしまって。

 私は敢えて応える。

まあ、何かあるんでしょうね。しかしかえって良かったと思いますよ。人間には特に恥や外聞を捨てて本気を見せた方が良い場合がある。理屈ではどうしても乗り越えられないものがあるんですよ。

 そのコメントに私は驚く。理知的な「蝙蝠男」にしては珍しい内容だ。

そう言って頂けると少しは自己嫌悪が収まります。なにせほとんど罵声を浴びせたようなものですから。私。

ははは。良いなあ。「蝙蝠男」。


 私は少し救われた気分になってコメントを終わる。さてさて、これから先どうしたものか。あれだけブチ切れて明日から平気な顔をして仕事に行ける気がしない。まあ、身から出たサビだ。仕事に埋没するしかない。明日の現場はショッピングモールの販促キャンペーンだ。小規模だが学生アルバイトを動員して着ぐるみショーを行う。店側のPAを使うので準備は会場設営だけで済む。

 妻には今日の事は敢えて告げない。せっかく引っ越しまでして来たのに職場で早速大揉め(!)したなんて言い出せるはずもない。「蝙蝠男」には悪いが、やはり感情で突っ走ると碌なことはなさそうだ。


 数日後、私はテレビの地方版ニュースを見て呆気にとられる。

「ん?」

「え、何どうしたの?」

 妻も私の様子に驚く。

 テレビには最近見知った顔が映っている。

「ウチの元社員だ。傷害事件を起こした」

 その顔は間違いなく、あの友永だった。


「一体何なんだ?オタクの関係者は」

 会社の応接室には例の鷺谷刑事が来ている。

「実は数日前、友永はここで私たちと話をしていたんです」

「ああ、本人からも聞いた。しかし今回の事件とそれは全く無関係だと言っている」

「…」

「しかしだね、それを素直に信じるほど我々は人が良くない。それに被害者は他でもない例の再開発関係者だ」

「確か不動産業者と」

 私はニュースの情報を思い出す。鷺谷は私を一度ギロッと見る。

「表向きはだ。あとは想像できるだろう」

「ええ、まあ」

 私は頷く。それにしても何故友永は急にそんな大それた事を起こしたのか。全く理解できない。「友永は事件に関しては何と?」

「黙秘だ。たまたまガイシャの店に行って諍いになったと」

「なるほど」

「そんな訳ないだろう。俺は友永とも顔見知りだ。早々相手に襲いかかるような男じゃない」

 鷺谷は言う。「どいつもこいつも被害者か加害者か皆目分からん」

「一つお伺いしてもいいですか?」

「何だ?」

「刑事さんはそのうつせみ神社の方ともお知り合いなんですか?」

 私は尋ねる。

「まあな。俺は割とゲンを担ぐ方でね、神社にもたまに詣でるんだ」

 鷺谷は普通に応える。「宮司も今回の事には正直迷惑してるんだよ。それでなくても客足は遠のくし、興味本位の噂が立ってもな」

「それはそうでしょう。あの、もしよろしければなんですけど」

「何だ?」

「刑事さんの紹介でその宮司さんと会わせていただくことはできないでしょうか?」

 すると刑事は先ほどとは違った表情で私を見る。

「あんたも取り込まれるぞ」

「どう云うことですか?」

「変なことを言うつもりはない。事件ってのは周りの人間に思わぬ影響を与える。それも表向きだけじゃない。事件そのものが関わった人間の内面にまで巣食ってしまうんだ」

「私には、よく分かりませんが」

「だったらあんたはこれまで幸福な人生だったと云うわけだ。わざわざ箍の外れた世界に足を踏み込むのはお勧めできないがな」

「でも止めはしないんですね」

 私は刑事の目を見て言う。応接間の外では続けざまに掛かってくる電話に社員が慌ただしく対応しているのが聞こえる。

「長いこと刑事やってると、人を視る勘みたいなものが付いてくる。あんたは何を言っても自分の思う通りやる人間だろう」

 そう言うと鷺谷は立ち上がる。「俺も忙しい。今から行けるか?」

 私は慌てて席を立つと、彼と一緒に事務所を後にする。

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